痙攣性発声障害4:術後2年

 正確には、今年2020年12月で2年なのですが、術後約2年経った現状について、綴ってみたいと思います。この障害を生まれた時から抱えている方というのは少ないと思っていますが、この障害を抱える人の中には、以前、正常だった頃にどの様な発声をしていたか?という事を、もはや、忘れてしまったという人も居るのではないでしょうか?私の場合は男性にしては声が高く、ハスキーではあったけど大きな声、且つ、興奮するとやや早口で話していたと思います。しかし、この障害を自覚してからは、締めたいときに声帯が締まらず、声が抜ける為、それを一生懸命締めようとして、力むという癖がしみついています。その力みは胸や腹に伝わり、胸はしびれたような状態に腹筋には相当なストレスがかかっているのがわかります。当時は加齢で腹筋が落ちた事が原因だと思い、(今も継続していますが)腹筋を鍛えていました。しかし、これはボーカリストのそれと似ていて、ハスキーボイスの人が自分のオリジナルキーより高いハイトーン域で歌っているときと同じ様な感覚であり、日常会話で継続する等、困難な事は明らかでした。更に、この手術は”低音で落ち着いて、会話したときに響く位置で、声帯を開かない様に止めている”わけで、以前の発声法は通用しない事が、だんだん、わかってきました。つまり、以前の発声法はハスキーながらも高音で話す発声ができていたが、それが、この障害によってできなくなった事で力んで発声する癖がついていたものを、手術によって低音で話せる様にしたという事になります。しかし、長年の慣れていた発声域を変えるわけですから、相当、意識しないと難しいと、術後2年の今でも感じます。まず、寝起きは体は弛緩しており、非常にリラックスしているので、最も、この手術が期待する音域で発声しやすいです。ところが、だんだん、脳が目覚めてくくると色々な刺激に対して体には知らず知らずに力が入り、以前の発声法で興奮気味に話そうとして、そのたびに声はフェードアウトしてしまいます。私の場合は朝のルーチンで日本語の本を2-3ページ音読し、英会話学習も30分ほどやりますので、そこで、とにかく、”低音でゆっくり発声”を心掛けるのですが、人との会話や特に会社における会議では、そういうわけには行きません。”冷静に静かに話す”というのは”会議室の広さ”、”参加人数”、”周囲の騒音”等、いわゆる会議環境によって、できる場合とできない場合が出てきます。どうしても興奮気味で且つ早口で一生懸命、話さなければこちらの意志が伝わりにくい場合もあります。特に、このコロナ禍でWeb会議になるとマイクの拡声に助けられるケースもありますが、ネットにノイズが乗り出すと相当厳しいし、私の場合は外国人と英語で行う会議もありますから、なおのことです。私が日々、練習している事は”低音で話す事”だけです。声帯リハビリで行うプッシングという訓練がありますが、これは私には害でしかありません。大声を出せないわけではないですから、低音で明瞭に話す訓練とは逆行しています。従って、リハビリは音読という形で必要なんだけど、この様に要らないものをあるわけで、そういう意味では見切って良かったと今は感じています。今日はここまでとします。

投稿者: カズ

長崎在住の作曲やギターが趣味のブロガーです。共感して頂ける皆様と情報交換する事を目的に立ち上げたブログですので、気になる記事がありましたら、ご意見やコメントをお待ちしています。

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