自分のハードル

私はどんなに頑張っても結果を出せず、もがき苦み、最悪は自ら命を絶ってしまった人や世間の評判を気にするあまり、頑張って走っていたが、あるきっかけで、その緊張の糸が切れ、二度と立ち直れず廃人の様になった人を職場でもニュースでも見てきました。今年も真因は定かではありませんが、芸能界でも”まさか、あの人が・・”いう人達が自殺されましたね。俳優さんや女優さんの場合は、一般人とは少し事情が異なるかもしれませんが、”自分が役として演じているイメージやテレビを通じて見せている偽った姿をプライベートまで引きずり、家庭を含め一般人との付き合いの中で、そのギャップに悩む”という事なのかなと想像しています。我々、サラリーマンにも多少はあると思います。芸能人ほどではないですが、外面はありますし、働き盛りの頃はそのまま仕事を家に持ち込み、家族は二の次という事があったと記憶しています。共通しているのは”身の丈に合わない事をしている”という事だと思います。それが”昔は若さで乗り切れていた”という人もいれば、”年齢にかかわらず、ずっとつらいが、せっかく就職できた会社を簡単に辞められないし、多少の無理は仕方がない”という人も居るでしょう。でも、やっぱり、自分に課したハードルが高すぎて、それを超えられない自分を自分で責めている状態だと私は思います。自分はできる、もっとやれる、やらなければならない・・本当でしょうか?私は今は50代ですが、40歳で”自分は大した事ないな”と気づきました。相当、遅いですが、”道を誤った”とも思いました。そこから仕事に関しては”できる事で役に立ち、できない事は人に助けてもらおう”と決めました。”大した事ない人間”が恰好をつけて、仕事ができる様に見せているのは、まるで、不細工な男が一流ブランドで着飾って俳優の様な口調で話している様なもので、それは私ではないと思ったのです。その後、私は人生を楽しむ事を選びました。40歳まで、頑張ってきた・・それこそ、命を削って、気を失いながら走ってきたので、その道の知識や仕事をこなすスキルは確かにあり、そこで培った人脈もあるので、それがあるから、そんな悠長な事を言っていられるんでしょ?と言われるかもしれません。どこかで無理をし、背伸びをしてみなければ、自分の目指す目標やあるべき姿としているモデルが自分の身の丈にあっているかどうかはわからないので、その過程は必要なんだと思います。しかし、命を絶ったり、廃人になる前にどこで咲いて朽ち果てるのが自分にとって幸せなのか?に気づいて欲しいと思います。今、成績で悩んでいる娘や必死で仕事に邁進している妻を見ていて、これを書きたくなったのでちょっと長々と説教くさい文章を書いてしまいました。

ほぼ日刊イトイ新聞:製品戦略

YOUTUBEで2015年ごろにアップされていたGLOBISの動画で当時、東京糸井重里事務所の取締役CFOだった篠田真貴子氏がほぼ日イトイ新聞の製品戦略について語っている動画があります。彼女は小学校1年生~4年生を米国ですごした女性で以下の動画でも語っている通り、お嬢様です。慶応大学卒業後、新生銀行へ就職したのですが、きっとまだ勉強したりない事があったのか、4年で銀行を辞めてペンシルバニア大学でMBA取得、ジョンズ・ホプキンス大学で修士号取得したのち、マッキンゼー等、いくつかの外資企業を経て2008年からつい最近まで東京糸井重里事務所の取締役CFOとして活躍されていました。私から見れば年齢もほぼタメ年の非常に親近感のある才女で、一緒に仕事をしてみたかったと思う女性です。(してくれないでしょうけど)私はこの動画を夕方、晩酌しながらよく見ています。今の自分の悩みに何かヒントがある様に思えて、聞き逃した事はないか?と何度も見ているわけです。興味があるのは、この女性が語る製品戦略です。誤解を恐れずに書けば、わざわざ女性と書いたのは、私は女性教師が教えてくれる事は素直によく聞き、よく頭に入るからです。これは小中学校の頃からそうでした。おばあちゃん先生でも新卒のおねーちゃん先生でも良いのです。この会社にはクリエイティブとか人が喜ぶものだとか面白さという言葉がよく出てきます。本当に人が望むものをとことん掘り下げて製品を生む。クリエータたちは自分の中に色々な視点を持つレビューアーを飼っていて、常に自問自答しながら製品を生み出していくと説明されています。ここが非常に心にささるのです。日頃、人が本当に望む事は何かと本気で考えて製品を企画した事が長い会社生活の中であっただろうか?と自省しますし、明日から何か1つでも人が欲しがるものとういう観点で製品企画をしてみようとやる気が湧いてきます。興味のある方は是非一度、ご覧になってください。

夫婦別室

 物を直角並行に置くのが好きな私と雑然と並べる妻は夫婦になった頃、お互いの美意識の違いでよく揉めました。理由は彼女が私の持っていたマンションに転がり込んできて、それまで保っていた適度な空間を女性らしい大量の物で埋め尽くし、あっという間に満杯にしてしまった事、それだけならば、まだしも、雑然と置いて無駄に場所をとっている事、明らかに使わないものをいつまでも片付けない事にありました。マンションの頃は娘も、まだ、生まれていなかったし、若かった事もあって、寝室も一緒、生活スペースも一緒、全ての空間を共有していた為、この美的感覚が大きく違うというのは正直、困った問題でした。一方、妻から見れば、埃が溜まっている部屋や机でも平気な私の感覚が信じられないという事で彼女は彼女なりに私に不満があったと思います。この一戸建てを買ってから私たちは別々の部屋を持つ事ができました。まぁマンションの頃でも、部屋を別にしようと思えばできたのですが、まだ、若かった彼女の神経を逆なでする結果になり、それはできない年齢であったと言えます。しかし、もう結婚して15年以上経過した現在はお互い会社から帰る時間が違った時期もあり、寝室+書斎をセットにした個室で分けました。そして、埃が気になるという割には掃除機をかけたり拭き掃除をするのが億劫そうな彼女に代わって私がリビングの掃除をする事にしました。うちにはリビングに可愛い猫を2匹飼っているので、彼らの毛は散るし、猫砂は散乱するし、餌も食べこぼすので、絶対に小まめな掃除が不可欠なのです。掃除はやらされ感でやるとストレスが溜まりますが、私は決して嫌いではないので、この役割分担の方が上手くいきます。しかも書斎や寝室を分けた事はセックスレスに近い夫婦生活にはなったものの、個室を与えられた子供の様にあれやこれやと自室を自分の好みでアレンジする事や模様替えする事ができ楽しいし、長い夫婦生活を考えるとこれで良かったのだと思っています。要するに共有する空間が広くなるほど、お互いの好みで主張をし合い、結果として、必ず、一方が妥協しなければならない状況も増えるので、それは、もう中年夫婦にはストレスになるだけです。それよりは夫婦であってもプライベートな空間を持っている事で自分に合わない相手の空間を共有せず、どんなに散らかっていても見なくて済むならばそれに越した事はありません。ただし、快適だからと言って家庭内離婚をしているわけではないのだから、自室に引き籠ってばかりではなく、リビングや外出で妻や娘と過ごす時間も意識的にきちんと取る様に心がける様にしています。

痙攣性発声障害4:術後2年

 正確には、今年2020年12月で2年なのですが、術後約2年経った現状について、綴ってみたいと思います。この障害を生まれた時から抱えている方というのは少ないと思っていますが、この障害を抱える人の中には、以前、正常だった頃にどの様な発声をしていたか?という事を、もはや、忘れてしまったという人も居るのではないでしょうか?私の場合は男性にしては声が高く、ハスキーではあったけど大きな声、且つ、興奮するとやや早口で話していたと思います。しかし、この障害を自覚してからは、締めたいときに声帯が締まらず、声が抜ける為、それを一生懸命締めようとして、力むという癖がしみついています。その力みは胸や腹に伝わり、胸はしびれたような状態に腹筋には相当なストレスがかかっているのがわかります。当時は加齢で腹筋が落ちた事が原因だと思い、(今も継続していますが)腹筋を鍛えていました。しかし、これはボーカリストのそれと似ていて、ハスキーボイスの人が自分のオリジナルキーより高いハイトーン域で歌っているときと同じ様な感覚であり、日常会話で継続する等、困難な事は明らかでした。更に、この手術は”低音で落ち着いて、会話したときに響く位置で、声帯を開かない様に止めている”わけで、以前の発声法は通用しない事が、だんだん、わかってきました。つまり、以前の発声法はハスキーながらも高音で話す発声ができていたが、それが、この障害によってできなくなった事で力んで発声する癖がついていたものを、手術によって低音で話せる様にしたという事になります。しかし、長年の慣れていた発声域を変えるわけですから、相当、意識しないと難しいと、術後2年の今でも感じます。まず、寝起きは体は弛緩しており、非常にリラックスしているので、最も、この手術が期待する音域で発声しやすいです。ところが、だんだん、脳が目覚めてくくると色々な刺激に対して体には知らず知らずに力が入り、以前の発声法で興奮気味に話そうとして、そのたびに声はフェードアウトしてしまいます。私の場合は朝のルーチンで日本語の本を2-3ページ音読し、英会話学習も30分ほどやりますので、そこで、とにかく、”低音でゆっくり発声”を心掛けるのですが、人との会話や特に会社における会議では、そういうわけには行きません。”冷静に静かに話す”というのは”会議室の広さ”、”参加人数”、”周囲の騒音”等、いわゆる会議環境によって、できる場合とできない場合が出てきます。どうしても興奮気味で且つ早口で一生懸命、話さなければこちらの意志が伝わりにくい場合もあります。特に、このコロナ禍でWeb会議になるとマイクの拡声に助けられるケースもありますが、ネットにノイズが乗り出すと相当厳しいし、私の場合は外国人と英語で行う会議もありますから、なおのことです。私が日々、練習している事は”低音で話す事”だけです。声帯リハビリで行うプッシングという訓練がありますが、これは私には害でしかありません。大声を出せないわけではないですから、低音で明瞭に話す訓練とは逆行しています。従って、リハビリは音読という形で必要なんだけど、この様に要らないものをあるわけで、そういう意味では見切って良かったと今は感じています。今日はここまでとします。

英語学習:教材

 以前のブログにも書いた通り、これまで使ってきた、杉田敏先生の”実践ビジネス英語”は読んでも意味の分からない文章が多く、私にとってはリスニング教材にはならないと思っています。結局、聴き取る事はできないので、リーディングと語彙力強化に使うという事になり、別にリスニング教材が必要になります。そこで今一度、ちょっと抵抗のあった遠山顕先生の”英会話楽習(2018年開講)”を引っ張り出して2018年4月号から再開しました。NHK講座の事前のレベル判定テストでも自分の能力にマッチしたB1~B2のレベルなので、さすがに読んで理解ができない文章というのは、ほとんど、ありません。あるとすれば、日常でネイティブが使うフランクな言い回しであり、それは理屈抜きで覚えるしかありません。ちょっと気になるのは、実践ビジネス英語と英会話楽習の会話の速度には相当な落差があるという事。でも、これが自分のリスニング能力なんだと素直に認めて、わかったふりをせず、集中して聞く練習をしなければならないと思っています。一方で、実践ビジネス英語も継続して、きちんと中学や高校のReaderや英文法の様にノートに書き、辞書を引きながら、学習して、まず、英文を解釈できる様になってから、聴き取りの教材に使うというスタイルに変え様と決めました。英会話楽習はタイトルこそ英会話となっているのですが、この内容ではクイックトランスレーションは鍛えられそうにないので、主にリスニングとイントネーションやリダクションを意識した発音練習の教材という位置づけになると思います。クイックトランスレーションは何かまた別の教材で鍛えておかないと、今度は”こう言いたいんだけど出てこない状態”になります。それで結局、以前、AEONに通っていた頃に使っていた1日に15-16個の例文を暗記するスタイルの構文練習帳を再開しています。日本語を見て英語に素早く訳すという学習方法ですが、再開してみると以前のような切れはなく、相当、英訳が遅くなっている事に気づきました。私は痙攣性発声障害で声を出すのが億劫で、基本、しゃべらない方が楽なので、音読、シャドーイング及びクイックトランスレーションを敬遠し、すぐにReadingやWritingに逃げがちなのですが、英会話学習においては致命的です。大声でなくて良いので確実に音を聞き、声に出す事を続けていないと、どんどん会話が下手になっているのがわかります。この新しいスタイルで何とか今の閉そく感を脱したいと思っています。

Macintoshというコンピュータ

 私は2006年にAppleがPower PCからIntelのプロセッサに完全シフトして以来、Mac OSだけではなく、BootcampでWindows OSも載せられる様になった事でMacintoshというWindows PCとは一線を画した個性あるコンピュータは無くなったと思いました。私は2005年ごろまでPowerbook G4を愛用しており、Windows版とは見てくれの違うPower Macでしか動作しないMac版Officeを使っている事やそこに美しいフォントが揃っている事等、自分はMacintoshという人とは違うコンピュータを持っていて、それを仕事にも趣味にも使っているんだという自負がありました。私は人があまり持っていないものを持ち、それを実用的に使いこなしたいという拘りが強い人間です。今の様に情報セキュリティがうるさくなく、個人のLaptopを会社に持ち込んで仕事をして良かった時代は大半がWindows PCで仕事をしている職場で本体はスタイリッシュでマウス1つとっても美しいフォルムを持つMacintoshで仕事をしている自分をクールだと思っていたし、それもモチベーションの1つになっていました。そのMacintoshにWindowsが載せる事ができ、画面はWindowsのDesktopと何ら変わらない、Windowsのアプリもそのまま動くとなってしまうとそれはもはやMacintoshではなく、Windows PCじゃないか?と感じる様になってきました。もちろん、Mac OSは引き続きリリースされ、Mac OSで動かしている限りはそれは誰が見てもMacintoshであり、Mac版Officeもあの美しいフォントも健在なのですが、でもそれありきではなく、”Windows PCにも私はなれます”と言われた途端、何か自分の彼女だった女性が自分だけのものではなくなり、みんなが愛でる事のできるアイドルや女優になってしまった様な感じだったのです。今までは清楚で奥ゆかしかった女性が急に派手なメイクを覚え、衣装を身にまとい、万人に愛される様になった。そんな感じもありました。そして、あれから、もう14年が過ぎました。もちろん、これは私の受けた印象であって、Macファンの誰もがそうは感じなかったと思います。Intel プロセッサに乗り換えたことで性能は各段に向上し、できる事も増え、時代に取り残されずに済んだのだから、良かったじゃないかと思った人も多いでしょう。しかし、ついに2020年内にAppleシリコンが搭載された新型Macがリリースされ、そこから2年間でIntelプロセッサとはお別れするというニュースが入ってきました。Bootcampはサポートされておらず、Windowsを載せる事はできなくなります。再びAppleシリコンでしか動作しないMac専用のソフトも逐次増えてくるだろうし、それが熟した頃にはハードとソフト一体で真にMacintoshと呼んでも差支えのないWindows PCとは一線を画したマシンが生まれる事でしょう。このニュースを知るまで、私はMacbook Pro 16″かiMac 27″かを近々、購入しようとしていました。しかし、私は買うのを止めました。私が本当に欲しいのはMacintoshという事に気づいたからです。今から非常にワクワクしています。

Windows 10 クリーンインストール

 現在、私はDellのLaptop PCでInspiron 5390を使用していますが、Macを使っていた頃のLogic Pro Xは音楽制作ソフトとしては使えない為、Cubase LE AI Elements 10という最も安いバージョンをインストールしています。しかし、Logic Pro Xで慣れていたせいもあり、どうにも使い辛く最近では何だか動作も重くなってきた為、それがMacに戻りたいという動機の1つになっています。第8世代のCore i7-8565Uプロセッサ,SSD :512GB , メモリ8GBでそれなりのマシンなのですが、Cubaseを使うにはメモリが不足しているのかもしれません。それで今日は市内のPCデポにMacを触りに行くの予定なのですが、それはちょっと置いておいて・・このDell PCもMacではできないVisual Basic(VB)のプログラミングやOfficeとVBの連携あるいはVISIOの作画等には必要なわけで、必要最小限のソフトだけを入れて持ち歩く、モバイルPCとして使おうと、今、Windows 10からのクリーンインストールを試みようとしています。Windows 10はMicrosoftのサイトからダウンロードできて、8GB以上あるUSBやDVDに保存し他のPCへインストールという事が可能なので、早速、USBへ落としました。Windows 10からのクリーンインストールは以下のURLの通り、Dellでも推奨されている復元方法の1つなのですが、要はDell OS Recovery Toolで作成したUSBやDVDに作成したリカバリメディア(昔風に言えば復元ディスク)による復元で、出荷時、プリインストールされていた不要なアプリケーションソフトまで復元されるのは違い、プライマリパーティションをフォーマットして、Windows 10のみをインストールする方法につき、自分の望むアプリケーションだけをカスタムインストールできるというメリットがあります。このPCのディスクの管理を確認してみると、プライマリパーティションはOS : 460GB、WINRETOOLS(回復パーティション): 990MB、Image(回復パーティション): 13.38GB、DELLSUPPORT(回復パーティション): 1.19GB及びEFIシステムパーティション:650MBで構成されていました。不安なのは、このクリーンインストールによってプライマリパーティションのOS以外のデータも完全に消えてしまうではないか?という事。一応、出荷時の状態に戻すリカバリメディアは作っているのですが、クリーンインストールでプライマリパーティションにフォーマットがかかると回復パーティションのデータも消えてしまうのではないか?という事です。万が一、クリーンインストールに失敗したら、出荷時の状態に戻すのに、おそらく、この回復パーティションは必要ではないか?と予想しているのです。もう日曜日も終わろうとしていますので、もうちょっと調べてから来週の土日のTryする事にします。

(参照URL)

https://www.dell.com/community/Windows-10

Macbook Pro 16″とiMac 27″

 色々、調べていくと、リリースされたのは昨年2019年の11月14日でもうすぐ1年経つのですが、最近、Macbook Pro 16″が気になって仕方がありません。Appleの公式サイトにあるモノクロのプロモーションビデオの恰好良さと、このサイズ感が、かつて、巨大Laptopとして発表されたPowerbook G4 17″を彷彿させるものがあり、それしか購買意欲をそそる理由はないかもしれません。重量2㎏で持ち歩くには最適とは言えないこのMacをこれからやろうとしている作曲やデザインに使ってみたいと思うのです。重量2kgもあるLaptopを持ち歩くわけがないのだから、そんなに広い画面でクリエーティブな事をやろうというならばDesktopのiMacの方が安いだろうという意見も聞こえてきそうです。色々なカスタマイズの仕方があると思いますが、SSDを512GBとメモリ16GBに合わせ比較してみる以下の通りで、Macbook Pro 16″の方がiMac 27″よりは高い様です。私は昨年、Macbook Airを使っていたのですが、主にVisual Basicでプログラムができない事を理由にMacbook Airを売ったお金に手出しして今のDell PCを購入しており、これはこれで必要なのですが、どうしてもMacへの愛を断ち切る事ができませんでした。作曲をしようとCubase LEをこのDell PCにインストールしましたが、やはり、直感的に使いにくく、LOGIC PRO Xの方が良いと感じます。さらに、最近、このDellのLaptop PCが動作的に重いと感じる場合があり、とにかく、中身をOfficeとVisioだけにする為に一旦、フォーマットを掛けWindows10からクリーンインストールしようかと考えています。ブログを書いたり、Officeを使ったり、VISIOで作画したり、プログラムを書いたりするのは、持ち歩くのも苦にならないDell PCの方が良いので、それ専用にカスタマイズしようと考えています。どのMacを買うにしても、さすがに昔の様に一括で購入というのは難しそうなので2年の分割が良いかなと思っています。ちょっとYOU TUBEに感化されて、その気になり過ぎ、冷静さを欠いているかもしれないし、Macは冬になると欲しくなるので、一度、頭を冷やして考えたいと思います。

右脳と左脳

 私が高校で理系を選んだ動機は”男は理数系の科目ができる方が印象が良いし、就職の幅も広がる”とか”国語ができる男というのはくるくるメガネをかけた文学青年みたいで恰好が悪い”とか、そういう、幼稚で単純なものだったと思います。それはそうですよね、この前まで中学生だった16歳ですから。しかし、大学、大学院ぐらいまでは、何となく若さで誤魔化せても、いよいよ就職となると、そもそも不向きで恰好つけだった事が徐々に露見しだします。まず、技術系の会社を選んで入社すると、”私は昔からプラモ等を含め、物作りが好きでした”とか”今でも休日には電気工作が趣味です”とか”バイクは乗るのも好きだけど、ばらしてチューンナップし、また組み立てるのが至福の時です”なんて自己紹介する人がたくさんいるわけです。確かに私と同じ様に楽器や作曲が趣味ですという人もいましたが、こっちは生粋のバンド小僧であり、そもそも大学も留年するほど没頭し、趣味のレベルを超えて活動していたわけで、何かちょっと違います。その作詞や作曲が好きっていう右脳派は、おおむね、左脳で物事を突き詰めていく技術系とは真反対にいる人間であって、”どうもこの辺りに機械のトラブルの原因がある気がする”で仕事をされると困るわけです。入社して3年もすれば先輩や上司から”お前がそこまで言うならば根拠を示してみろ”と言われる事がよくあり、時代もあって、1から技術系のお仕事を叩き込まれ、すっかり、染まってしまい現在があります。飯を食う為には仕方がないですもんね。今の若い人の様に簡単に一度決めた会社を辞めて転職するというのが難しい時代で終身雇用が当たり前の時代。且つ、長崎で公務員以外で安定な大企業というのも限られているわけです。従って、右脳を止めて不得意な左脳を使う様な働き方を強いられた為、人より疲れやすい状態だったと思います。僕にも娘がいますが、彼女も含めて若い人に言いたいのは、傷が浅いうちに自分がストレスの溜まりにくい事は何かを見極め、自分に素直になって学校や仕事を選んで欲しいという事です。好きな事になると、なかなか、仕事にするのは難しい面があります。趣味や遊びならば楽しかった事さえ、お金をもらって働く仕事にした途端、こんなはずじゃなかった、思っていた内容と違って厳しい世界だったという事が往々にしてあるからです。だから、少々、自分を奮い立たせて頑張っている様な事でも比較的、これならば我慢できるなというものが良いと思います。勉強をしようとして、まず、机に向かって最初に取り掛かる教科がまさにそれであり、嫌な事に向かうにあたって、比較的、努力の要らない教科を選ぶはずなんです。僕の場合、数学は得意な教科だったので別にして、絶対に物理が最初に来ることはなく、大抵、英語か国語だったと思います。なのに電気工学を選択するってやっぱりおかしいわけです。しかも僕の大学の二次試験は電気工学を希望しているのに、数学、化学、英語という選択ができたのです。たいていの人は英語が嫌いなので、数学、化学、物理で受験します。どう考えても理学部か薬学部の選択です。確かに化学は面白いと思いました。でも物理や地学が面白いと思った事は一度もありません。当時はエレクトロニクスブームで電気、電子工学の偏差値が工学部の中で最も高かったという事もあり、ここでも変なプライドが働いてこの学科を選択しています。だけど、やはり、向かなかった。入学したら、教養学部の間はすごく優秀だったけれど、専門教科が始まる2年生になると全く、面白みを感じず、ストレスに満ちた学生生活となり、右脳が使えるバンド活動を優先した結果、留年です。大学を留年したのに、留年生の合格点は一般の4年生よりも高いというペナルティが課せられると聞き、これで合格したらレジェンドになれるなと思い、未消化の単位を追試でクリアしながらほとんど3カ月間、眠る事なく、死ぬ気で過去問を暗記しまくって試験に臨んだら、合格したのです。大学院は右脳の私に学問をする楽しさを教えてくれました。確かに専門書や論文を読み、実験や解析で結果を出すところまでは、明らかに左脳なのですが、ここから論文を書き、いかにドラマティックな演出でプレゼンができるか?という部分は明らかに右脳の企画力が必要なのです。このステージが非常に楽しいので、ここをモチベーションにして専門書や論文を読むという左脳の活動にも耐える事ができました。まぁあまり書くと自慢話と思われるのは嫌なので、止めますが、自分は直感やフィーリングで判断して上手くいく人は理系ではなく、文系を志して欲しいと思いますし、何でも理詰めでなければ気にくわないという人はやはり理系だと思います。その自分に持って生まれた特性に素直に向き合って欲しいというお話でした。

痙攣性発声障害3:甲状軟骨形成術

 前回はリハビリを約1年続けた後で一応、見切りをつけ、京都の”ひろしば耳鼻咽喉科”で手術を受ける決断をしたところまで書きました。やり取りしたメールを追うと2018年9月24日に以下のリンクにある一色記念ボイスセンターの問診をWebで受け、録音した音声データを送ったのが最初でした。一応、これまでブログに綴った様な経緯をある程度、要約し、メールに添え報告しました。

<ひろしば耳鼻咽喉科ホームページ>

https://www.hiroshiba.com/

2018年10月に一度、手術前の診断を受け、この病院でもスコープで確認した結果は”外転型痙攣性発声障害”という事で手術によって完治は難しいが、改善は見込めるという事を告げられ、2018年12月14日に手術日を決定しました。術式は以下の甲状軟骨形成術 1型で決定し、要するに声帯を動かす軟骨を削ってクリアランスを狭め、声帯の開き過ぎを抑えて声を出しやすくするという手術です。逆に内転型の患者さんは発声時、声帯が締まりやすい傾向にあるので声帯が広がる方向にチタンブリッジを装着する2型となり、その他、症状によって3型と4型がある様です。手術は局部麻酔で喉を3cm~5cmほど切り、発声しながら骨を削るという手術になります。時間的には手術室に入ってから3時間程度だったと記憶していますが、時間については少し曖昧です。手術中、激痛を伴う様な事は私の場合はなかったし、麻酔の注射が痛かったという覚えもありません。ただ、グラインダーやノミで骨を削る音や振動がリアルに聞こえるので、そういうのが極端に苦手な人は怖いと感じるかもしれません。気持ちが悪いというのは多少あっても、痛みがないというのは間違いないです。更に声帯の開き具合を調整して削るので削る前にどの位置まで狭められるのかを鉗子等の手術道具で動かしながらチェックします。その際に気道がふさがる様な息苦しさを感じる場合がありますが、実際は片側ずつ締めていっているので完全にふさがる事はなく、呼吸には影響ありません。これも、そういう感覚の問題であって、もし、もう1回やったら、そういう恐怖感は減っていると思います。手術後、1日入院するのですが、翌日には固形物を飲み込める様になっていました。手術から1週間は全て筆談となり、話す事は禁じられます。きっと苦痛だろうなと思っていたのですが、会社を休んでいるので、そこまで苦痛ではなかったです。2週間後に抜糸となるのですが、京都まで抜糸の為に行くわけにはいかないので、近くの外科に紹介状を書いてもらい、そこで抜糸しました。手術後、1ヶ月、3カ月、6カ月そして1年とスコープによる診察がありましたが、発声時にある上限までしか開いていない事は確認され、一応、この手術で一定の改善は見られたという事になりました。確かに声はリハビリ当時より低音が響きやすく、出しやすくなりました。今日はここまでとします。次回は手術後 約2年経過した現在の状況を綴ってみたいと思います。

甲状軟骨形成術 1型:

声帯の動き

声帯麻痺、声帯萎縮など、声を出すときに隙間ができる病気に対して行います。声帯を中に移動させて、声帯の間の隙間を少なくし、声を出しやすくします。

甲状軟骨形成術 2型:

甲状軟骨形成術

痙攣(けいれん)性発声障害に対しての実例も豊富で高い効果が期待できる施術です。
けいれん性発声障害の大多数は、声を出す時に声帯を強く締め過ぎる内転型と呼ばれるもので、これは手術によって改善できます。手術では一色が開発したチタンブリッジを甲状軟骨に装着します。こうすることで、声帯を広げ、緊張を緩めたまま固定することができます。

甲状軟骨形成術用チタンブリッジ

甲状軟骨形成術 3型:

甲状軟骨の一部を切除して、声帯を短くし緊張をゆるめて声を低くします。変声障害の男性の方や性同一性障害GID(FTM)の方の声を低い声が出るように改善できます。

声がわり障害・変声障害について

甲状軟骨形成術 4型:

甲状軟骨と、その下にある輪状軟骨とを近づけることで、声帯を前後に引っ張り、緊張を高め、声を高くします。声帯の萎縮や加齢で声帯がゆるみ、声が低くなったりガラガラする場合に行います。\