作曲

 私は大学時代ですらWindowsがまだ存在しなかった世代で当時は今のマウス操作でアイコンをクリックするスタイルのパソコンはMacのみでした。Winodws系のPCは当時、MS-DOSというOSにコマンドを入力して、アプリケーションソフトを起動したり、BASICと呼ばれる言語でプログラムを書いたりという事ぐらいしかできず、 音楽を制作したり、絵を描いたりといういわゆる、アートに使うには難がありました。話はさらに相当、遡るのですが、私は中一からギターを弾き始め、既にバンドの真似事の様な事はやっており、作曲もしていました。高校~大学にかけては、ほとんどのプライベートな時間はバンドと楽曲作りに費やしていて、当時はMac等、買えるはずもなく、個人向けのレコーディングスタジオは長崎にはなかったので、楽曲を個人で作る設備がありません。従って、カセットテープ(これも昭和であり、今でいうCDやDVDメディア)に録音して、そのデモテープをバンドの練習にもっていき、その場でメンバーと一緒にアレンジして一発取りで再度、録音し、完成させる方法でした。おそらく、個人がPC上で作曲できるソフト(Desktop Music:DTM)の元祖は1989年にNEC製PC-9801向けにRoland社から発売された”みゅーじくん”だと思います。Mac向けのDTMはやはり少し早かった様で、Mark of the Union社から1985年のリリースされたPerformerという初のMIDIシーケンサソフトがある様です。1980年代と言えば日本でMacを買おうものならば、一式で100万円を超える値段でしたから、10万円程度で買えたこのみゅーじくんは決して安価ではないけれども、音楽制作者にとっては画期的な製品だったと思います。その後、私が思うに主流になったのは、Windows系ではCubase、MacではLogic Pro、あるいは、Logic Proの一部の機能が無料で使えるGarage Bandかなと思います。私は最近までMacbook Airを使っていたのでLogic Pro Xだったのですが、プログラム作成にMacは向かないのでWindows 10を搭載したDellのPCに変え、DTMはCubase LEを使っています。使っていますと書いていますが、実は、昨年、Dell PCに変えてから、はまって作曲をしていないので、ギターを弾き、ドラムをチョット手入力して試し撮りした程度です。長年、Logic pro Xを使っていた為、Cubaseに馴染めず、情けない事に気力が萎えてしまい作曲まで行きつかない感じです。30代の頃、何故、50代が新しい会社設備やソフトが導入されるたびに1人、2人と会社を辞めていくのか?と冷ややかな目で見ていましたが、この歳になって漸く、わかった気がします。好きでやっている趣味ですら新しいものを覚えるのは大変なのに、仕事ならば言わずもがなだったはず。若造がゴールが見えてきた人に対する過酷な押し付けと失礼な指導を当時の先輩方にしてしまったと思います。(ここで詫びても仕方がないのですが・・・)今週末にA5手帳に、やりたい事に対するビジョンを書いていて、長い事、作曲をやっていない事に気づきました。そこで、やっていない理由は怠惰以外、何も理由はなく、一念発起したので、このブログでコミットして、楽曲作りを再開しようと思っています。

書き出す事から始めよう

 私はこのブログを再開する前にバーバラシェア著 桜田直美訳の”書き出す事から始めよう”の以下のエクササイズをやってみました。

1.理想の環境に育っていたら現在の人生はどうなっていたか?

2.好きな事を20個書き出す

3.理想の環境を書き出す

4.理想の一日を思い描き書き出す

5.理想の一日に不可欠なもの、あった方が良いもの、必要のないもの区別してあげる。

結果、1では自分は歴史ミステリーを研究する学者か作家、または、Xファイルを研究する研究者かプロファイラーになっていたという意外な答えが出てきました。確かに、未だ誰も解き明かせていない謎解きや推理の様なものを調べてノートに纏める様な事が好きだったという記憶がよみがえりました。2では1とは全然、違っていて、音楽とかプログラムを作る、ギターを弾いて歌う、文房具店巡りをする、自室のコーディネートを考える・・とすぐに20個埋まったのですが、共通しているのは”研究し、創造し、独学し執筆する。”その活動の空間を居心地の良いものにする”という点。やはり、何につけても”書く”というところに行き着きます。3の理想の環境では、この自宅がすでにその環境にぴったりの場所に位置しており、この部屋に理想とする環境を作ろうとしている事に気づきました。4の理想の一日に足りないものは、時間と気力でした。こうやってサラリーマンで会社に縛られている限り、自分の創造、研究、そして独学を行う時間と気力が残っていないというのが大きな問題でこれを解決しなければ理想の一日にならない。一方で5の理想の一日に不可欠なものはすでにこの部屋に揃っていて、皮肉なことの若い頃からサラリーマンで一生懸命働いた事によって得た資金でそろえたものばかり。このPCもインターネット環境も、高級な万年筆も手帳も、全部、サラリーで買ったものばかりです。では、もう十分なので今の様な重責の仕事を定年まで続ける意義はあるのか?と問われると、本当に心が揺れます。先輩方は家に居てもする事がないし、奥さんに疎まれるのは嫌だから、60歳過ぎても働いている方がいいと言います。でも、私の場合は毎日が休日でもやる事はたくさんあるので、生きていく為に必要なお金さえあれば、会社には縛られたくありません。もう少し、このエクササイズを続けてみて、心をさらけ出してみようと思います

英語学習:ReadingとListening

 私は杉田 敏先生の実践ビジネス英語をこの春から受講しています。その前は遠山顕先生の英会話楽習を受講していたのですが、この講座は楽しい反面、何か自分が必要としている英語ではない様な気がして、少し難解だと知りつつ、自分の判定レベルより1つ上のC1に位置づけられている実践ビジネス英語にチャレンジしているところです。内容はビジネスの英会話なのでDress CodeだとかWork Life BalanceだとかAIだとか、トレンディなテーマが多く、200Words-300Wordsが1日分のToday’s Vignetteになっています。これを、CDの指示に従って、まずはテキストを見ないでListeningするのですが、1回目のListeningでこの内容を把握できる事はほとんどありません。まず、語彙力が追い付いていない為、意味の分からない単語や熟語で集中力が途切れてしまうという事があります。これは1回目流れた後にWords and Phrasesで新出の単語や熟語が英語で解説され、テキストには和訳が書かれていますから、2回目のListeningでは聞き取れる場合があります。私の場合、2回目はテキストを見ながら聞くので1回目と比較すると格段に意味を把握できます。ところが、この2回目でもよく意味が分からない文章があります。関係代名詞や1文の中に句や節が複数出てくると、そもそもReadingで和訳ができないという事に気づきました。つまり、単語や熟語は知っているのに文頭から後戻りなく読んで英文和訳するスラッシュリーディングができていないという問題です。本当は2回目もテキストを見ずに聞くと、もう1つレベルの高い壁である”テキストを見ればわかるけど、音としてネイティブの発音が聞き取れていない”という問題もあるはずなのですが、私の場合は、それ以前にReadingも弱い様なのです。もちろん、時間をかけて精読すれば和訳できる文章も出てきますが、Listeningできるレベルというのは、文章を読んだら、すぐに何を言っているかを要約できなければダメだと思うのです。そこで、Listeningの教材ではなく、Readingの教材としてこの実践ビジネス英語のテキストと音声教材を使う事にして、文章をぱっと見で即座に意味が掴めない文章を抽出する事にしました。英単語もTOEIC向けの単語帳でコツコツ覚え語彙を増やそうと思いましたが、実践ビジネス英語のWords and Phrasesに出てくるものを暗記する事にしました。まだまだ、聞き取れるレベルになるには時間がかかりそうです。

依頼と命令

 やや、堅い内容が続きますが、今週は私がこういう内容を書きたいと思える様な事が会社で比較的多くあったので、退屈かもしれませんが、書かせて頂きます。私の職場だけかもしれませんが、最近の上司は頑固さがなく、物分かりが良くなった分、それが”依頼”なのか”命令”なのかよく分からない仕事の振り方をしてきます。最初は”お願いがあるのですが・・”という調子で切り出してきます。その後、やり取りをしていくなかで、この上司は部下である私に丸投げしたいのか?、ある程度、自分の方針に沿って私に案を出して欲しいと言っているのか?、単に自分の命令通りに私に動いて欲しいのか?を判断する事になります。もちろん、お願いがあるのですが・・と前置きがあったのに、何故、命令するのか?なんて野暮な事は言いません。どんな言い方であろうが、サラリーマンの世界では、コンプライアンスを遵守し、社則に従っていれば、どの様に自分の部下を使おうが、それは上司の裁量です。問題は明らかに途中まで丸投げだった癖にある程度、目途がつくと自分の意見を言い出して、こちらの方針をひっくり返してしまう上司がいる事です。おそらくは、この上司は最初、自身の組織に求められているOutputや期待されている成果をイメージできないまま、部下に投げたはずです。つまり先を読む事や具現化が苦手な上司の典型です。ところが受けた部下の方が上司よりも問題を先例に従って類似の事象にあてはめ、ケース分けして対策を打ち出す事が得意な場合、上司はその問題の本質をその段階で理解し、あれやこれやその対策に口を出したくなるという事だと思います。そして、いつの間にか、そのアプローチを、最初から自分1人でやった事の様にクライアントへ提案していると、部下はここで確実にモチベーションが下がります。もし”依頼”ならば”私はこの問題にどうアプローチしたら良いのか分からないので、経験豊富な君のアイデアを今日から一週間後に、いくつか出して欲しいのだが、今、仕事の負荷はどうかな?受けられる状態かな?”という切り出し方をすべきだと私は思います。そして、提案されたら、あくまで、この部下に託したのだから、この部下のアイデアの中からチョイスすべきであって、それを全否定して、自分のアイデアにすり替えるというのは、非常に失礼な話です。それも、悪気なく、そうしている事が多く、それは、もっと、たちが悪いです。クライアントへ提案する場合も必ず、この部下を横に置いて、”彼が考えた案なので詳細のコンセプトについて彼から説明させますが、宜しいでしょうか?”と切り出し、クライアントのリアクションやコメントを記録する役に徹するというのが良いと思います。全てが終わったら、”君のアイデアを先方は大変、気に入っていたよ。ありがとう。助かったよ。”と労う。我々にとっては当たり前の部下とのコミュニケーションが、だんだん、できなくなってきている様で、コンプライアンスに守られている割には、むしろ、上司と部下の関係がぎくしゃくしている様にも見える場合があります。逆に言えば”私はこうやりたいと思っている。全責任を私が取るので、黙ってついてきて欲しい”と宣言して、仕事を割り振るのは”命令”であり、昔はワンマンな上司が多かったので、ほとんど、このパターンでした。この命令の場合、Outputや成果に大きな差を生むのが、日ごろからの信頼関係であり、ほとんどがアフター5で築いていくものでした。信頼関係ができていますから、多少、理不尽な事や前言を撤回する様なチェンジマインドの指示を出されても、耐えられるわけです。一方で、ただ上司だから部下に命令できると勘違いしている人も居たわけで、この場合はちょっと矛盾した事を言うだけで、信頼関係がないですから、重箱の隅をつつく様な揚げ足取りが始まり収集がつかなくなります。何とか、この上司を引きずり降ろして、違うボスを担ぎたいと部下は思っているわけですから、質の高いOutputや成果が期待できるはずはありません。”命令”で、自分の方針通りに部下に動いて欲しいならば、仕事ができるのは当たり前で、それでは不十分であり、どこか人間臭いところを部下に披露し、可愛げがないと上手くいかないというのが何人かの上司に仕えてきて思う事です。おそらく、今の上司は”命令”は成立せず、いかに上手く”依頼”し、気持ちよく仕事をしてもらうか?なのでしょうが・・・それだけだとすれば残念です。

フランクリン手帳

 私は2年ほど前、フランクリン手帳を使っていました。この手帳をご存じの方や実際に使用されている方も多いと思いますが、あの有名なスティーブン・R・コヴィー著 ”7つの習慣”を実践しやすい様な専用リフィルをバインドしたシステム手帳です。7つの習慣については、ここで、細かく説明しませんが、一日の中でも時系列で変化する自分の役割(例えば課長、父親、息子・・)と、それらに関わる人たち(例えば、部下、子供、両親・・)との良好な関係性を維持する為の指南書であり、その良好な関係性を維持しながら、決して1人では達成できない目標や夢をも達成する方法について述べた著書です。この著書には立場による視点の違いや人間関係の構築という点で学ぶ事が多いのですが、手帳で目標や夢を達成するという事を述べているわけでもなく、おそらくはFrankilin Planner Japanが戦略的にこの著書に記載されているワードや思想を巧みに引用したと思える節があります。スターターキッドには自分の価値観のルーツとなっているものを紐解くエクササイズがいくつか仕掛けられており、価値観が明確になったらミッションステートメントを宣言し、そのミッションステートメントを起点に長期目標を立て、それらを達成する為に日々やるべき事をTo Do ListとDaily Scheduleに具体的に明記しフォローしていくというものです。これとは別に一週間コンパスという縦長のリフィルがあり、ここに”どの役割(例えば、息子という立場)において、この1週間、何を目標(両親に優しくする事を目標)として、具体的に何をするか(少なくとも1日30分の会話の時間を設ける)。”を宣言し、別途、実行します。そして翌週には何が問題で実行できなかったのか?を客観的に見て、反省を活かし再計画するというものです。確かに”7つの習慣”のワードや手法が取り入れられ、目先の事ばかりに追われ、長期的にコツコツと実践すべき高い目標を忘れるな!という事をベースにしているのでしょうが、普通にサラリーマンとして、日々、働いていれば、特に責任世代は計画倒れで終わってしまうのではないか?と感じます。この手帳の考案者は普通の多くのサラリーマンが1日の中で仕事や家庭の事以外に、どれだけの時間がさけるのか?という点に関してリサーチ不足だと思います。おそらく、だらっとする時間、ランニング等、体力作りに使う時間そして最もパフォーマンス回復に必要な7時間の睡眠を確保しようとしたら、たぶん2時間あれば良い方です。さらに一週間コンパスには”良い父親になる為に家族との時間を大切にする”なんて宣言しているわけです。仕事の拘束時間が最低8時間あるとすれば、この時間は生活を維持する為に絶対に削れないし、この時間に夢を叶える活動はできません。おそらく、スティーブン博士は”人は夢を叶える方向に向かって日々の仕事をしているし、そうあるべきだ”という思想を持ってこの著書を書いていると理解しています。実に白人らしい発想です。しかし、多くの日本人の場合、夢とかやりたい事は別にあって、それとは別に家庭生活だけは安定させなければならないから、義務的に会社で働いているわけで、自分の価値観に基づくミッションステートメントとサラリーマンとしてのミッションがシンクロする事の方が珍しいと思っています。自分を律する意味で使えるのは1週間コンパスだけ。この手帳に何か書けば夢が叶うとは私は思えず、使う事を辞めました。夢や目標を叶えるには実現に向けてのプロセスが”眠らなくても続けられるし、朝起きた瞬間からワクワクするほど楽しい”か”それを実行しなければ死を覚悟するしかないか”のいずれかであり、手帳はそれが何なのか?を探す為に自分の心を書き出し、整理するツールだと悟りました。つまり、Time Managementなんていらないわけです。

幸福とは

 私は幸福についてとても興味があります。何かだらだらと時間を過ごしているとき、自分の置かれている境遇を見つめなおし、自分がいかに恵まれているか?を贅沢な自分に言い聞かせ、自戒するのです。今、私はYOU TUBE MUSICの夜カフェのBGMの流れる自室で時々、夕焼けを眺め、デカフェのコーヒーを飲みながら、このブログを書いています。先ほど、Runningから帰ってきて、風呂に入って、しばらく、横になってから、この自室に来ました。信じられないかもしれませんが、私はこの部屋がとても好きであり、仮に1ヶ月、この部屋の中だけで過ごせと命じられても、おそらく大丈夫だと思います。学生時代や所得の少なかった若い頃を思い出すと、1人になって何かをゆっくり考える事ができる個室なんてなかったわけで、この部屋には好みの照明とアロマの香りと創造(私の場合は作曲なのでギターやDAWの環境)や独学に必要なものは全て揃っています。本当にいい身分になったものです。そして、週に5日間、1日8時間働けば、衣食住が保証されています。しかも、今はほとんど在宅勤務が許されており、通勤時間は必要がない為、6:30-15:30が私の勤務時間です。従って、夕方の時間に余裕があり、こうやって仕事が終わってからRunningで汗を流し、風呂から上がって、すっきりした状態でブログを綴る時間も確保できる。この部屋は今、まるでスタバの様な雰囲気になっています。わざわざ、お金を使ってカフェにその執筆の空間を求める必要もない。僕はおそらく1日 1000円もあれば生きていけると思えるほど、何でも持っています。たまに手持ちの服は飽きたので違ったファッションでイメチェンし、それを着てカフェでお茶しながら執筆したい等という気持ちにはなるものの、1人ならば、その気持ちも年1回あるかないかであり、もう何年も同じ服を着ていますから、ほとんど服も食事も1人ならばお金がかからないのです。ただ、妻とは時々、デートして、話をしたいと思うので、そこにお金を使うのは惜しいとは思いません。それは飢えているからとか喉が渇いたから飲食にお金を出しているわけではなく、妻と共有する時間に必要なシチュエーション作りにお金を出しているわけです。それは家の中ではなく、非日常的な空間であった方が良い場合もあります。家はすでにローンは終わり土地も家屋も自分のものになっていますから、住は光熱費と固定資産税だけです。幸福とは”人としての暮らしと健康が保証され、知的好奇心を満たす活動に費やせる時間とその活動に必要なインフラが整った部屋を持ち、さらに妻子や親に施せる余裕のある境遇の自分に感謝できる事”だと私は最近、思います。一方で自身の現在の境遇が自分にとってどうなのか?という評価をせず、自身にとっての必要性も考えずに他者との比較で不足しているものにばかり執着したときに人は不幸になるのだと思います。もし、こうやって冷静に見渡してみて、自分の知的好奇心を満たしたり、絵画でも音楽でも良いので創造する為に必要な物を十分持っていると確信したら、邪念を払い、その活動に邁進すべきだと思っています。実は最近まで私はその活動に一歩も踏み出せず、やりたい事にも迷い、躊躇していたのです。今は、自分がいかに恵まれているかを冷静に見つめなおす事で改めて幸福感を実感し、前に進めそうな気がしています。

スロージョギング

職場がどちらかと言えば体育会系で走って体を鍛える事を推奨し行事として年に1回、部署対抗駅伝などがあるところなので、若い頃からよく、走らされました。当時はタバコは1日2箱、酒を飲まない日はない(休肝日が許されない?)様な悪習慣にも関わらず、毎日、心拍数を全く気にせず5kmを20分-22分ぐらいで走る感じだったと記憶しています。私だけでなくどの会社の若手もそうだったと予想しますが、定時に帰れる事は滅多になく、早くても21:00。週休2日なんて名目だけであり、隔週で1日休みが取れればいい方で、体はボロボロなのに、まぁ元気に走っていました。長崎は老若男女問わず、坂が多い街の割にはジョギングが盛んで、通勤をリュックサックを背負って往復走って通っている人も多く、朝は4:00ごろから夜は22:00ぐらいまで、色々な世代の人たちが普通に街中を走っています。私も30代半ばぐらいにだんだん無理が効かない事を自覚し始め、酒やタバコは仕事に必要とそちらを減らす事はせず、一時期、走る事を控えていた時期もあったのですが、結婚も子供も遅かったもので、子供が年老いた父親では恥ずかしいだろうと思い、再開して、もう15年ほどになります。この間、タバコは完全に止め、酒も晩酌は最近、2ヶ月ほど止める事ができています。つい1年ぐらい前までは、今の年齢にしては相当高い最大心拍数の190まで上げて5.3kmを25分ぐらいで走っていたのですが、息も切れ切れ、なかなか、平常時の心拍数に戻らず、走った後は爽快感を通り越して疲労感が長く残る様になりました。疲労感を残さず走る事を続けたいと思う様になり、色々、調べていて巡り合ったのが、かんき出版 著者:パトリック・マキューン、翻訳:桜田直美の”人生が変わる最高の呼吸法”という本でした。この本は”口呼吸”の持久力に対する悪影響とその後にくる疲労感について言及しており、早く言えば長い距離を疲労感を残さずに走りたければ鼻呼吸で走れるペースを維持するべきと記載されています。私の走るコースはずっとコンクリートかアスファルトの地面でスタートから5分ぐらいは下り、そこから折り返し地点まで10分間はずーっと上り、帰りはその逆というコースで往路:15分、復路:10分ぐらいで5.3kmを走っていました。往路で昇りつめたところの心拍数がほとんど185-190付近になっているのをApple Watchで確認しています。この間を鼻呼吸だけで完走するには、心拍数160が限界である事がわかった為、心拍数をそれ以上、上げない事だけを念頭に走ったら、タイムは25分→30分に落ちましたが、まったく、疲労感がなくなりました。若い頃、非常にゆっくりしたペースで走っている年配のランナーを見て、”この走りで何が楽しいのだろうか?爽快感を得る事ができるのだろうか?”等と思っていましたが、今はそれが理解できます。長く走る事を続ける為に最適なのは鼻呼吸可能な心拍数で走るスロージョギングだったわけです。食事もおいしく、走った後でもこうやってブログを書く事ができるので、今後も継続していきたいと思います。

痙攣性発声障害2:リハビリから手術へ

 今回は第2回目でボドックスが効かなかった私が、その後、どうしたかという事を綴ってみたいと思います。クマダクリニックからは、リハビリという選択もあるし、もう少しボドックス治療で様子を見る事は可能だが、それをするにも、定期的に声帯の動きを観察しながらになるので、熊大の音声外来を紹介すると言われました。主治医は長崎から西麻布に毎月、通うのは、交通費もバカにならないので、ボドックスはできなくても、せめて九州で音声外来やリハビリのある病院が良いという判断をされたわけです。そのうえでボドックスを再度、ご希望ならば来て下さいという感じだったと記憶しています。そこで2017年10月ごろ、紹介状を持って熊大の受付まで行ったのですが、意中のエキスパートは朝日野総合病院という私立の病院に勤務先を替えておられた為、さらに熊大から朝日野総合病院へ行く事になりました。ここで鼻から喉へ挿入したスコープを観ながら下された結果は、2度もボドックスをして左声帯が発声時、開いているので、おそらくは効きにくい体質であり、これ以上、量を増やすのは気道をふさぐ可能性もあり危険と判断するという事。つまり、クマダクリニックで再度、ボドックスを受ける意義は薄く、むしろ危険であり、コツコツとリハビリを続ける事を推奨されたわけです。1年間続けたリハビリの内容は以下の通り。自宅でこれらを毎日行い、2回/月、朝日野総合病院でスコープを鼻から喉に挿入した状態で発声しながら声帯の動きを診断し、以下と同様のリハビリをやって、発声時の声を記録して帰るというもの。しかし、よくよく、このリハビリ担当に聞くと内転型患者のリハビリによる改善実績はあるものの、外転型患者は初めてという事らしく、これで治るかどうかやってみなければわからないという事でした。どこがゴールなのでしょうか?と続けて質問すると、1年とか2年とか一概にリハビリ期間で決まるものではなく、主治医と患者である私で止め際を見極める必要があるという事でした。リハビリは確かに一定の成果があり、始めた頃からすれば、ずいぶん、発声しやすくなったという実感はありました。しかし、私はそのリハビリに改善の限界がきている事を何となく自覚していました。そこで、ここから、私は2018年9月に京都にある一色記念ボイスセンターのひろしば耳鼻咽喉科で手術が行える事を知り、音声外来を申し込みました。今回はリハビリから手術へ踏み切ったところで終わりにし、次回、手術の状況から現在に至るまでを綴ってみたいと思います。

1.壁を押して、”エイ”と発声するプッシング(30回/日)

2.鼻の上の方を両人差し指で抑え、指に音が響く様に”イー”と発声。(5回/日)

3.ドレミファソ→ソファミレドの音階を”オー”で発声(1回/日)

4.低高→高低と”ノー”という音で上げ下げの発声(5回/日)

5.カ行、サ行、タ行の続く単語及び短文の音読

手書き

 字は上手くないのですが、手書きが好きです。常に万年筆とシステム手帳を持ち歩いています。万年筆は最近、Montblanc Mister Stuck 146を手に入れ愛用しており、システム手帳はFilofaxのMaldenでバイブルサイズを持ち歩いています。ちなみにインクはロイヤルブルーで青です。昔はミッドナイトブルー(紺色)が好きだったのですが、何故かライトブルー系が好きになりました。このシステム手帳を何に使っているか?というと頭の中にあるモヤモヤしたものを書き出して整理する事と日記として記録する事に使っています。MonthlyとWeeklyのPlannerのリフィルも入れているので、会議の予定等を記録する事にも使っているのですが、予定を調整しなければならないほど忙しい身の上ではないので、あまり活躍していません。特にWeeklyの方は在宅勤務の実績を書き込んでいる感じです。Filofaxの純正リフィルは万年筆には向かず、ほとんどが滲んだり、裏抜けする確率が高い為、使っていません。やはり、リフィルは国産が良く、DavinciのリフィルでMonthlyはDR274、WeeklyはDR273そして後は自由記述用の5mm方眼でDR4306です。万年筆のペン先をニブというのですが、EF(Extra Fine)というのが最も細く、これらは少なくともMontblancでもPilotでもEF又はF(Fine)のニブで試した限り、滲みも裏抜けも感じられません。以前は”ほぼ日手帳”のWeeklyを使っていた事があるのですが、この手帳に使っているトモエリバーという紙も優秀で薄いのに全く裏抜けせず、ひっかかりも少なかったです。とにかく万年筆を使いたいので、紙質は重要で、もし、トモエリバーのリフィルがあればDavinciから乗り換える可能性はありますが、今のところ、システム手帳のリフィルとしては満足しています。逆に最悪だったのはMoleskineノートでほぼ100%の確率で裏抜けする為、万年筆には適しません。手書きで思いつくままに手帳に書いていると、発想が沸き、頭の中が整理される効果があると聞き、実践しているのですが、バイブルサイズでは紙面が小さすぎるせいもあり、発想が沸くという域には達していないです。しかし、頭の中が整理されたり、すっきりする効果があるのは間違いない様です。また、丁寧に文字を書くという事で心が穏やかになる様な感じもあります。これは書道における小筆の毛筆に近いかもしれません。私たちは、あくせくと何かをやる事を良しとし、PCやタブレットに文字を入力する事が多く、もはや、小学生や中学生の頃の様に心静かに姿勢を正して書写をする様な機会がありません。万年筆は油性ボールペンとは違い、筆圧をかけずに書くのに適した筆記用具で、心が乱れていたり、さっさと書いて事を済ませ様とすると、本当に汚い筆跡になります。1つ1つの文字を丁寧に書くのは修行に近く、時間が十分あるときにしかできない事です。高い万年筆やシステム手帳じゃなきゃダメなのか?とおっしゃる方もおられると思いますが、やはり、安い筆記用具ではダメなのです。それを使っている時間をよりリッチな気分にするには、どうしても、この組み合わせでなければモチベーションが上がりません。贅沢だと怒られそうですが一生モノとして長く使う事を想定しているので決して高い買い物だとは思っていません。

FILOFAX Malden
Montblanc Mister Stuck 146

立ち位置

私は、日曜日に放送されている半澤直樹とほぼ同期で、そろそろ、バブルも終わりつつある平成の初期に就職した世代です。入社して間もなく30年を迎えますが、上司もほとんどが後輩になってしまいました。お世話になった先輩方も1人、2人・・と60歳で定年を迎えられ、そこから、ほとんどの方が再雇用で5年間勤められた後、65歳で完全にリタイヤされている様です。自分達の時代はパソコンもスマホもなく不便で、こんなに苦しかったとか、こんな豪傑が居た等という話はここに書くつもりもないのですが、目下、悩んでいるのが、自分の立ち位置です。現役である以上、やはり、降りかかってくる火の粉は払わなければならないし、危うそうな仕事ぶりには意見せずには居られません。何気なく発した一言によって上から下まで私の意見に染まって、本来、主体的であるべき世代が決断したり、リードしたりできない状態になっている様で、”あぁ今日も、また、要らぬ世話を焼いてしまった”と自分に嫌気がさす事が増えてきています。現場時代の瞬発力や即決力が、まだ、残っている為、見るに見かねてどうしても口を出してしまいます。古い型紙通りなので、リードミスはないのですが、私の現場時代よりはインフラやソフトが進歩しているので、それを活用したより効率的な方法を教える事ができないのが難点です。その方法を理解している中堅社員は就職氷河期の入社で人数が若手に対して少なく、下への指導に手が回らず、上への報告や接客に追われ面倒を見切れないという状態です。私と同世代の中には、すでに、男性ホルモンの低下が顕著に出ており、すぐに切れる人が多くなってきています。何故、これができないのか?と怒りながら指導していますが、その人のやり方をその若手は中堅社員から教わっていないので、困惑するばかり。離れた世代が仕事で近づき過ぎるというのも問題です。私が30代の頃の50代と言えば、もう、半分、眠りながら働いている様な老成した人が多かったので、仙人には近づかない事が暗黙の了解だったのですが、脳の劣化具合はその頃の50代とは変わらないのに、外見が若い為、若手も錯覚し、色々とパワハラまがいのトラブルも起こります。最近はできるだけ丁寧な言葉でメルマガとして発信し、使える情報があれば使ってくれというスタンスで接しています。”俺がメールしているのに何故、すぐに返事をしないのか?”と朝から怒っている同僚を哀れに思いながら、涼しい顔でメルマガなので捨て様が活かそうがそれは読み手の勝手、こちらも、あくまで自分の意見として記載しているので、強制はしないと前置きして発信します。こう書きながら、間違いはないので1つでも2つでも拾って参考にしてくれと願っています。拾ってもらえたら、とても幸せだし、拾ってくれなくても、それは仕方がないと割り切れる・・まるで、このブログの様です。精神衛生上は、このくらいの位置がちょうど良いと思っています。