やりたい事をやりたい理由

Mindmapを手書きで始めてみようと思い、方眼ではなく無地のA4レポート用紙とクリアファイルを昨日、買ってきました。iMindmapというアプリは前から使っていて、綺麗なMapで残すという面で良いのですが、深く考えるとか、記憶するという面では、やはり、手書きにまさるものはなく、また、手書きに拘ってみようと思いました。ペンはStaedtlerの0.3mmと1.0mmの両方を昔、一度、ハマった時に買っていたので、新しく買う必要はありません。すぐに始められます。再開の一発目のテーマは何にするか悩んだのですが、やはり自分が何をやりたいのかについて、考えてみようと思いました。これまでもやった事はあるのですが、何故、それをやりたいと思っているのかを考えるのは初めてだと思います。やりたい事をやりたい理由をMindmapに吐き出してみるという事です。これまではやりたい事をやる為の手段や方法を探り、計画に落とすという感じだったのですが、自分が本当に何の為にそれを頑張ろうとしているのか?をまず、知りたいと思いました。セントラルイメージはイラストに拘っていると一向に進まないので、図解と文字にしました。メインブランチは、まず、4本。英語、電気工学、情報発信及びギターを選びました。本当はあと1、2本、体型維持とアンチエージングのメインブランチを追加するかどうか、迷ったのですが、これは動機がはっきりしていて、Mapに描くまでもないし、ごちゃごちゃなり過ぎないかという心配もあり、まず、4本にしました。いきなり、ペンで描き始めるとサブブランチを追加していくに従ってバランスが偏ったり、カテゴリーの分け方がまずい事に気付きメインブランチの直後のサブブランチぐらいから再度描き直したりした場合に、紙ごと捨てる事になるので、まずシャーペンで下書きをし始めたところです。色の組み合わせも大事で、下書きの縮小版のブランチだけをペンで色を使って描き、配色を考えます。やっていると考える事も楽しいのですが、絵としてブランチを整形したり、配色を考える作業が楽しいと感じました。これはiMindmapのMacの作業には無い感覚であり、こういう作業で記憶に定着していくのかと少し納得しました。今出先きなので、帰ったら仕上げようと思います。

50代こそ自分でOutput

 歳を取ると会社でも家庭でも大抵のことは許されて、我慢や無理をするということをしなくて済む様になります。40歳未満の人は信じられないだろうし、40代でも半信半疑な人もいらっしゃるかも知れませんが、さすがに50歳をすぎると、だんだんそうなのか・・と思う様になる人も多いはずです。まぁ自営業の方はちょっとわかりませんので、サラリーマンや公務員の方々に限定しておきます。いわゆる未だ根強く残る年功序列且つ学歴主義の組織の中で早い人は18歳-24歳、中には、中卒や博士課程の方もいらっしゃるかも知れませんが一応、高卒から大学院卒の年齢で普通に就職し、働いてきた人達ということです。私は1年留年していますので、25歳で就職しましたが、ここから、再婚した38歳までは、何がなんだか自分でも立ち位置がよくわからない、目まぐるしい日々で、会社と家を往復する生活でした。会社と家と書きましたが、この中の10年ぐらいは長崎ではない他県や海外の長期出張先が含まれています。そして管理職やあるプロジェクトのマネージャなどを任されると、明らかに仕事の中身が変わり、使われる側から使う側に変わったのを実感しました。ついこの前まで、その立場に向かってよく発していた”現場を知らない人間ども”に自分も成り下がった瞬間でした。13年間の苦労が報われたなんて思いませんでした。だんだん、組織に縛られ身動きが取れない、自由な発言ができない様な感覚もあり、いわゆるミュージシャンが路上からインディーズ、インディーズからメジャーになり、売れ筋の曲ばかりを個性度外視で書かされる、あの感覚に近いかも知れません。死に物狂いで徹夜してでもやりあげる気概、これは俺にしかできない、俺の手柄だという様な野心・・この野心こそが誤解を生みました。”これは俺にしかできないこと”を見せつけて格好をつけたかっただけ。その先を望まないし、ましてやお金の為なんかではなかったのに、勘違いされていました。きっと出世したいから、あんなに頑張っているんだろうと。40代は、その裏を演じ続けた10年でした。人が横でどんだけ苦労していようが見て見ぬ振り。自分の仕事が終われば、まるでダメな公務員の様にきっかり17:00に上がる。自分の部下が頑張っているのに、おきざりにして帰る。”裁けないのはお前の力不足。できないならば、やらなくていいから、俺にその仕事を渡し、お前が管理者やれば”と心ない言葉を発して傷つけたこともあります。しかし、この10年間の会社をある意味、そでにしたことで、同業者の妻も仕事を継続できたし、幼かった娘が愛に飢えずにすんだのも事実です。40代を、もし、私が会社人間を続けおり、その影響で妻が仕事を続けられなくなる様な働き方をしていたら、おそらく、今の様な、余裕ある生活や老後の展望は無かったと思います。男がある程度の家事をやるのは当たり前と言い切ることに当時は驚かれましたが、今ではそれは共働きでなくても、当たり前になっているはずです。そもそも、結婚し、子供ができたら、女の方が優秀でも、子供や男の世話をするために仕事を辞めなければならないというのは、間違っていると昔から思っていました。逆に男が家事が得意ならば家事をやれば良いという考えです。しかし、私の世代は、男が外で働き、女が家を守って育児+家事を担当するのが当たり前という考え方の親に育てられた世代で、そういう世代の残党の様なものです。そして50代。40代で人を使うことばかりに慣れきっている同世代の人は、ここで好き勝手にやろうとします。40代で指示側の立場も与えられ、その立場で20-30代と変わらない様な働き方をしてきた人なのですが、私の様に中休みがないため、その反動は大きく50代で老害となって現れます。ここまで、頑張ったんだからもういいだろうという感じです。私はあえて逆を行なっています。他の50代が疲れた、もう辞めたい、少し軽い仕事にしてくれ・・そのくせ、俺をリスペクトしろと権利ばかりを主張するのに対して、できるだけ自分の手作り、かつ、人に指示せずに、自力でOutputを出すことを心がける様にしています。理由はその方がCoolだからです。すでに娘も手を離れ、どちらかと言えばお母さんである妻への相談事が増える為、父親としての役目は主に資金調達と進路相談。どちらかと言えば親の介護を考える歳になりました。在宅勤務がしやすいムードになったのはコロナで苦しんでいる方には申し訳ないですが、ありがたいことです。50代に求められるのは元部下であった管理職が楽になる様な動きと、できるだけ人に頼らず、自分でOutputを出すこと。加齢の最大の敵は老婆心から小言が増える事なのですが、私も同じです。しかし、これを抑えられる様に修行をしたいと思っています。

書いて考えるにはMind Map

 何か考えたいと思ったとき、書き出すという行為は不可欠です。数学の問題でも良いし、英文を考えるでも良いですが、とにかく、一旦、頭にあることを目で見る必要があるため、紙、パソコン、タブレットなんでも良いですが、絵でも文字でも、とにかく、書いて、それを眺めて、改めて、考えることをしなければならないと思います。ですが、最近、自分はその行為がすごく減っていると感じます。物理や数学などいわゆる数式を使って問題でも解く様な機会が多ければ、書く事も多いのでしょうが、技術系の会社に居ながら、その機会がほとんど勤務時間中はありません。Power PointやWordで資料などを作ることはあるのですが、何か書き出してまで、考えて作る様な事はなく、大抵、アプリの上で考えて配置したり、文章を書いたりしているので、まず、手書きで紙に書くという行為がありません。ミーティングでメモを取るということはあるのですが、これを確実に記録しておかないと後で困るという様な情報はなく、結局、メールやドキュメントなどの電子データになって流れるので、”記録”の為に紙に書くという事もほぼありません。勉強会や技術的なプレゼンテーションに参加しているときは、流石に何か書いて後で読み返そうという態度で一応、講義の様なノートをとることもあります。ですが・・これも、読み返したり、後で整理をする様な事はないです。会社では、”これはすごい。是非、深く調べてみたい。”という様な勉強会は入社して全くと言って良いほどなく、これは自分が入社した20代の頃から変わっていません。まず、それを聞き逃したでも、死活問題ではないということ、そして、大学の講義の様に内容がアカデミックではなく、何となくその講師の主観が入っていて、固有のノウハウの様になっている点が、もう、自分にとってはダメなのです。まぁ、当時は生意気なのですが、それは50代になって自分が教える立場になっても、変わらないのです。私が教えたところで、この人がその通りにやるかどうかも疑わしいし、できない可能性もある。だけど、やり方は私のやり方以外にもあって、特に自分が伝承しなくても、大丈夫というものばかり。当たり前ですが、アカデミックな部分だけでは仕事にならないのです。アカデミックなところを深く追求するのが仕事ならば話は別ですが、そこを深堀りをする様な時間も予算もなくそもそも、仕事が回らなくなるのです。ちょっと横道に逸れてしまいましたが、そんなこんなで会社の中で紙に何か書き出して考えるということは、私の会社に限ってはほとんどないということを伝えったかったのです。一方で、私は何か考えたり、調べたことをノートにまとめたり、情報として整理したりするのが、すごく好きなのです。どうしても極めたいものの1つにMind Mapがあります。ノートに文章でまとめるというのは、結局、情報を取り出せず、関連性のあるものを繋げられない為、無駄な思考をし、結局、何も閃かないという事になりがちです。一時期、カードに書いて体系的に整理し、情報として活用しやすい様にしておくということも考えましたが、このカードを携帯し、事ある毎に取り出して何かを気づいたことを記録するというスタイルはちょっと自分には合わない様なのです。カードは確かに分類することで関連性に気づく可能性のあるツールです。しかし、弱点は頭の中の堂々巡りを俯瞰的に見ることができない点です。自分がこれから考え様とすること、あるいは、何か頭の中にあってモヤモヤしていることを広い紙面に書き出す場合はMind Mapが最適なのですが、問題はセントラルイメージです。ここに絵心が要求される。私はiMind Mapというソフトを使って描く事にしているのですが、これもなかなか、印象に残る様な描き方ができない。一度、専門家から講義を受けてみたいと思う今日この頃です。

結局、iPhone 12 Pro

iPhone 12のグリーンと心に決めて機種変に行ったのですが、予想通り、グリーンが行きつけのauショップになく、予約しても2-3週間はかかりますということだったので、これは縁がないと割り切り、結局、128GB のパシフィックブルーにしました。XSから機種変ですから、そりゃもう持った感触、バッテリの持ち、画面の動き具合が、まず、大きく変わった感じがしました。重量感は、さほど、XSと変わっていないのですが、意外に片手で打った場合の安定感が12Proの方があると感じました。ちょっとわからないのが、カメラで普通に明るいところで我が家の猫をアウトカメラで写真撮影をすると、キメの細かさはよくわかるのですが、鮮明だとか、綺麗だとかはあまり感じませんでした。多分、設定などを含め、使い方をよく理解しておらず、さっと撮影しただけだし、そもそも、そこまで写真の画質にこだわる人間でもないので、ただ、私が疎いだけだと思いますが、私ぐらいの素人にはXSとの差すら、猫を被写体にする限り、よくわからない感じなのです。そもそも12Proは望遠があるので、遠くの景色を一度、ナイトモードで撮ってみたいと思いますが、長崎県民の特権である夜のハウステンボスや稲佐山からの夜景で、すぐに行って試すことができるのに、今はコロナ禍で昨日まで市内は緊急事態宣言が出ていた為、何となく、その気になれません。私の住んでいるすぐ近くの中島川は、毎年、蛍が放流されているので、そろそろ、時期的に羽化して風流な灯火の夜景を見せてくれるはずなので、まず、一発目は蛍で試して見ようと思います。サウンドについては、まず、iPhoneのスピーカで生で聞くことはなくAir PodかBOSSのBluetoothスピーカで聞くことになるので、これもこだわりはないですが、今、試しに聞いてみたところ、意外に良い音がするなと感じました。でも、音楽を聞くことはなく、聞くときは就寝時にYOU TUBEのトークやブログが多いと思います。5Gの電波は長崎市内で電波が飛んでいる場所は歴史博物館のあたりに限られているそうですが、まだ、試していないので、近々、確認してみようと思います。データ通信はこれまで7GB上限のフラットプラン7プラスで契約していたのですが、このサービスがなくなるということで使い放題Max 5Gという契約に変え、この契約でさらに割引にし、このデータ通信をさらに3GB/月で抑え切れれば、さらに減額になるというプランで申し込みました。今回、12 Proを購入したことで、おそらく私自身はもうiPad Airを買うことは、しばらくないと思います。12のグリーンを購入していれば、iPad Airもグリーンを購入して、おしゃれに見せびらかしていた可能性はあったのですが、ちょっと心残りはあります。

禁酒スタート

こんな時間にこのブログを書くことは滅多にないのですが、今夜は眠くありません。実は今日から性懲りもなく禁酒をスタートしました。禁酒の理由は先日人間ドックを受診した時に体重や胴回りが若干、増えていた事とあまりにも夜の時間を有効活用できず、やりたいと思っている事をなかなかできない事です。このままでは、仕事上がりで、Runningに行き、風呂から上がって、ビールとワインを17:00から飲み出すと、もう19:30-20:00にはアルコールが回って、寝落ちし、夜中、12:00-2:00のいずれかの時間にアルコールの利尿作用で起き、熟睡できず朝を迎えるという生活を繰り返す事になりそうだったのです。随分前から17:00-19:00まで夕食前の2時間と、夕食後の21:00-22:00ぐらいまでの1時間をアルコールを入れることで使えないのは、非常に勿体ないと、ずーっと思っていたのですが、なかなか、断ち切れず、今日、決断したという感じです。以前も1ヶ月ぐらいの娘のテスト願掛け禁酒は実行した事はあるのですが、今回は主旨が違います。期限もないし、娘の為でもありません。自分の時間を確保し、ドライな体に戻す為であり、本日から残りの人生はノンアルコールで生きていくという事にチャレンジしようとしています。タバコは日常的に吸わないという事ができていますので、飲みに行った時ぐらいは、思い切り吸って良いというルールにしていたのですが、このコロナ禍でもう、居酒屋に行くことも、キャバクラに行くこともないわけで、タバコもこれで完全に断ち切ることになりそうです。さらに晩酌もやめるということで、これでストレスがなければ、健康への悪影響や太るリスクも無くなります。考えてみれば、アルコールに合わせて生活していたと思います。絶対に17:00には飲みたいから、それまでに、できることだけをやろうとか、飲んだら、何もできないから決めたことが17:00までに終わらなくても、緊急性のない目標は明日以降に延ばそうとか、週末にまとめて朝からやろうとか・・・要は仕事をちゃんとやって17:00から飲んで何が悪いのか?と自分を納得させて毎日、晩酌していたというわけです。ですが・・やはり、この姿は自分が理想とする姿ではないと思い直しました。自分はそもそも、研究者の様な独学の余生を送りたいと思っていたはずです。それも、いつからか、実行していませんでした。体型の変化はさらに望まないことで、去年のドックの結果より、お腹周りが3cm増えた、体重が2kg増えた・・もういいじゃないか?54歳だぞ、別に太り過ぎではないと悪魔が囁きましたが、以前はもっと敏感に反応して絞っていたじゃないかという天使の声を辛うじて聞きとることができました。確かに、もはや、諦めてしまったデブオヤジと比較すれば、大した増加でありませんが、やはり、彼らと同じ見てくれにはなりたくないという気持ちの方が私は強い様です。勿論、それを否定するものではありません。見た目などどうでも良いという生き方もありですが、私はそれを許容できないと思ったのです。今日は初日なので、あまり無理をせず、やれることをやろうと、このブログを書いたのですが、やはり、ちゃんとした計画を手帳に書いて、日々を管理した方が良いのかも知れないと、だんだん、Change Mindしてきました。自分は英語学習、筋トレ及びRunningをルーチンでこなしている事で、手帳に管理されなくても、ルーチンをこなせていると以前のブログに書いているのですが、実際、やろうと決めていたことは、これだけではなかったことを、改めて思い出したので、初心に帰ろうと思っています。

いよいよiPhone機種変

 ついに6月になりましたので、2年使ってきたiPhone XSをiPhone12シリーズへ機種変します。5月のゴールデンウィークに一度、すごく機種変したくなって調べまくっていた時期があったのですが、やはり6月まで待ってXSの機種代の残額と二重払いにならない様にした方が良いというauショップの方の勧めもあって1ヶ月待ちました。いまだに悩んでいるのが12Pro?か12miniか?という選択です。128GBで比較するとmini:87,780円、12:99,880円、Pro:117,480円、Max:129,580円という価格差でminiと12は12,100円の価格差でここはDisplayの大きさとバッテリの時間差ぐらい、12とProは17,600円の価格差でここはカメラの性能差。Proの望遠を使って撮影した様なシーンがあるか?と言われれば、それは、ほぼ、あり得ません。カラーバリエーションもグリーンを選択できるので、Proより12かなと思います。一方、今後、iPad Airを契約する可能性もあるので、そうなれば、iPhoneは本当に携帯電話、Line及び音楽Playerとしか使わないのは目に見えていて、Net SurfingやYOU TUBEは間違いなくiPad Airを使うと思いますので、軽くて小さいminiを選びたくなるわけです。でも、よく考えてみました。電車でちょっと調べ物をしたい場合にいちいち、iPad Airをカバンから取り出して調べるか?という事です。どう考えても手軽なiPhoneで調べると思います。また、今書いているブログは電車でiPhoneで読み返すことも多いのですが、誤字を見つけると修正したくなります。これも電車の中が多いわけですが、これもiPad Airで修正作業はしません。こうなってくるとそこそこDisplayは大きい方が良いということになってきます。さすがにMaxはないですが、6.1インチは必要なので、やはり無印の12にしようと思っています。Proだとカラーバリエーションも少なく、私の好きなグリーンもない。もし、ここにグリーンがあったら、auで買い続ける限り、どうせ2年縛りの半額なので、Proに行ったかも知れません。iPad Airの購入意欲は日に日に薄れかけてきています。というのも、娘が誕生日にiPad Airを欲しがっており、娘と2人分を支払えるほどの余裕はないからです。まだ、買ってやると娘と約束はしていませんし、妻と相談して今回の夏の定期テストの成績次第で決めることになっていますので確定ではないですが、もし、買うことになったら、娘を優先せざるを得ない為、見送ることになると思います。実際、Macを外に持ち出して何か作業をすることが年々減ってきているため、結局、iPadよりもノートや手帳を使うことが圧倒的に多いわけです。そちらに金をかけた方がいいような気がして、また、システム手帳を使いはじめています。そうなった場合、手元に残ったモバイルがiPhoneだけだとしたら、やはりminiでは寂しい気もします。さぁ、もう、くよくよ悩まず、今日、人間ドックが終わったら12一択で機種変に直行したいと思います。こういうときに限って、意外と意中のグリーンがなかったり、128GBがなかったりするんですよね・・

Lang-8

皆さんはLang-8という英文添削を無料で受けられる投稿システムをご存知でしょうか?メールアドレスを登録すれば、すぐにBlogを投稿することができます。英文添削と書きましたが、外国語添削というのが正しく、日本語を勉強中の外国人が日本語で投稿したBlogをNativeの私が添削してあげることも可能です。他にも韓国語、中国語、スペイン語、フランス語・・ありとあらゆる言語圏の人が参加しているので、外国語のWriting能力が無料で評価してもらえる優れたサイトです。最近、また、仕事で英文を書く機会が増えてきて、最終的に提出されるまでに、英語の得意な営業部門で自分の英文のFormal LetterやDocumentに訂正が入っていることが多く、そんなに私の英語はおかしいのか?通じない文章なのか?というのが気がかりで、それならば、Nativeに評価してもらおうと始めたわけです。始めたのは実は相当前で、しばらくサボっていたのを再開したというのが正しいです。このWordpressの日本語Blogは大体、2日に1回のペースであげているのですが、誰から添削されるでもなく、コメントをもらうわけでもなく、リアクションのない孤独な作業なのですが、Lang-8の方は年齢も非公開、ただ私が日本語を母語とする長崎在住の日本人で英語のスキルアップの悩んでいることだけが公開されている為か、それはもう、あらゆる国の幅広い年齢層から遠慮も会釈もなく、ズバズバと添削結果が返ってきます。なるほどね・・と思える添削結果もあれば、どっちもでもいんじゃね?という結果もありますが、良いとこ取りで自分のスキルアップに活かしたと思っています。ニックネームで付き合っていますから、相手の国籍を確かめるのを忘れて、やりとりしていると英語の得意な日本人が添削してくれていたりします。英語の添削結果の間にやけに整った日本語のコメント書いてあったので”日本語がお上手ですね・・”と日本語でコメントを返したら、” I am a Japanese.よろしくお願いします。”とさらに返信がきていました。プロフィールを確認したら、日本人の女性の方であることはわかりました。その方以外にもフィリピン人やオーストラリア人の20-30代と思しき若い男性も添削してくれていましたし、添削はせずにいきなり友達になって欲しいというイギリス人の男性もいました。何が言いたいかというと、この日本語ブログより交流の場が広がる可能性があるのではないか?と思ったということです。日本人は警戒しますから、そんなに簡単にコメントを返したり、友達リクエストをしてくることはないでしょう。しかし、特に欧米の外国人は性別、年齢、ほぼ関係なし。よくも悪くもオープンかつフラットです。私はただ英作文スキルをアップしたいだけですが、英語がもう少し上手くなれば、そのうち、距離感もわかる様になるでしょうから、外国人の友人を増やすというのも楽しいかなと思っています。確かに知らない情報を提供してくれそうでしたし、ワクワク感はあります。この日本語ブログがやがて、英語のブログになって外国人のみと繋がっているということもあり得るかも知れませんね。

価値観とは

 あるべき自分の姿や理想的な自分の人生と現状とのギャップを把握し、そのギャップを無くす為に起こすべき行動を決め、日々のルーチンに落とし込み、実行していくというのは、よくある手帳術や時間術などの出てくるお決まりの手法だと思います。これと対比して、”自身に素直になり、やるべき事ではなく、やりたい事を見極め、それを実行すべき”という様なアドバイスもあります。いずれも価値観を明確化するという点は共通するのですが、この”やりたい事”というのは、誤解を招くし、ちょっと違うかもしれないと最近、思う様になりました。人間はそもそも”働かず、楽に生きたい”というのが根底にあり、特に日本人は”食生活が豊かではなく、エネルギーの消費を低くしようとするDNA”があると言われていますから、余計な活動は控え様ということで、一般的に見れば働きもせず”怠惰な方向”が理想となるはずなのです。私もやりたい事は何かと聞かれれば、”好きなオードブルを揃え、ワインを飲んで、ゆっくりくつろぎ、眠くなったら誰に気兼ねする事なく眠る。”、”気分がよくなったら、ギターを弾き語る”と即答すると思います。こういう怠惰な状態を繰り返していることが、本当に自分の理想なのか?と自分に問う事が価値観を明確にする第一歩だと思っています。食欲と睡眠欲は満たされても、おそらく、性欲を満たすことは困難でしょう。性欲というのは風俗では絶対に満たすことはできない、もっと、精神的で愛情の延長線上にある本物の性欲ということにしておきましょう。いくらお金があったとしても、一日中、遊んで暮らしている男を女は信用できないし、体も鍛えておらず、体型もだらしがない為、いざという時に体を張って守ってくれる保証もない。まず、抱かれる気にはならないと思うのです。体ばかりか、使わない頭は確実に悪くなります。限られた世界でしか生きていない引きこもりがちな男は話していても話題に乏しく、退屈です。つまり、男の価値は女に好かれてなんぼというのは、生物学的にも間違っていないと私は思います。つまり、女が魅力的に感じる要素をどれだけ持っているかが男の価値と心得、体を鍛え、勉強をし、その過程で精神力を鍛えていくということ。その一点において、自分はどんな理想的な男になりたいのか?というのが男の価値観だと、最近、気づきました。正直、私は40代でそういう事は終わるのだろうと思っていたのです。50代でそんなことを言っていたら若い人からも異常だと思われはしないか?と心配でした。ですが、やはり、何か事を起こそうする原動力は食欲でも睡眠欲もなく、やはり、性欲だと分かったのです。モテたいと思わなければ、できるだけ楽な仕事で少しの金を稼ぎ、食べて寝ていれば、それで事足ります。じゃあなんで、大企業で重責を負い、会社が終わってからも英語などの勉強で自己研鑽し、太らない様に気をつけてランニングを習慣にするのか?ということを、よくよく自身に問いかけてみれば、それが自分の求める男になる為に不可欠だからという事です。ここでしつこく、男、男と繰り返すのは理由があります。理想の人間になる為というならば、このパワーは出てこないのです。きっとこの世に中性しかおらず、男性と女性の性別のある世界ではなかったならば、ずーっとワインを飲んで歌いながら暮らしているのだろうと思います。本当に好きな事を見つけよう、やっていて楽しい事をやろう。それが理想なんだという人はそれはそれで良いと思います。一時は私もそうでした。もう50代にもなって、無理して努力など、しなくていいじゃないか?と思っていたのです。しかし、今は、まず、自分が魅力のある男になるために何を目標にすれば、その過程の苦労に耐えられるか?を考えてみたいと思っています。その魅力のある男というところは、よくよく考える必要があります。そこに行き着く過程は決して、やりたいことばかりではないと思うからです。

SIMロック禁止

 10月1日から自社回線しか通信不能とするSIMロックを原則禁止にする方針にすると総務省から発表がありました。私がこのSIMの存在を意識する様になったのは2005年頃だったと思います。当時、うちの会社に来ていた香港のクライアントが、何やら、SDカードの様なものを携帯電話から取り出して、入れ替えている操作を見たのが、最初だったと思います。最初、私は撮影した写真などのデータを携帯電話のハードディスクからコンパクトなSDカードに移し替えているのか?と思っていました。そんな面倒なことをせずともケーブルで直接、PCへ繋げばいいのにと思いながらも、直接、繋ぐ事ができない制約が何かあるのだろうと思っていました。しかし、どうも、いくつかのカードを入れ替えている様に見えたので、一体、何をやっているのですか?と確認したところ、日本に来たので日本のキャリアのSIMを買って、入れ替えている。一緒に日本に来ている同僚や日本の友人と連絡を取るのに、日本の中で香港のキャリアのままでも連絡は取れるが、国際電話で連絡するのは電話代が馬鹿にならないので、日本のキャリアで連絡を取れる様にする為だと言うのです。auか?docomoか?どのキャリアのSIMだったかは、確認しなかったのですが、とにかく、日本のキャリアであったことは間違いありません。そんなことができるのか・・と当時、中東やフィリピンへの出張が多かった私は自分が海外出張に行っても手持ちの携帯でそれができるのか?について、auに確認をしました。それができるならば、いちいち、国際電話用の携帯をテレコムからレンタルして出張する必要はないし、そのテレコムの携帯ですら、私の滞在国にキャリアが存在していないため、結局、シンガポール経由となり、例えばクウェートに同行している、すぐ近くのホテルの同僚にシンガポール経由の国際電話でちょっとした要件の電話をしても、ものすごい通話料金を取られていたわけです。いくら会社が負担してくれるからといっても、出張経費の無駄遣いであり、何とかしたいと思っていました。しかし、auからは一言、”当社の携帯はSIMロックがかかっていますから、当社のSIMで通話はできないことになっています。auは中近東の大抵の国でそのまま使えますから、3Gと4Gの切り替えは発生しますが、ご安心を”というドライな返事でした。ここで初めてSIMロックという言葉を耳にしました。当時はiPhone 5か5sを使っていたと思うのですが、このSIMロックについてApple社を含め、色々、聞いて回ったことを覚えています。結局、出張先のクウェートでNokiaのSIM Freeスマホを購入して、しばらく使っていたのですが、よくよく、考えると最初からApple On Line StoreでSIM FreeのiPhoneを買えば良かったんじゃないのか?ということに気づき5sのSIM Freeを購入しなおしました。Nokiaがだいぶん、劣化してバッテリーの持ちが悪くなっていたのと、Nokia自体が日本から撤退していた時期で、日本でのメンテが難しくなってきたというのがその理由です。一時はこのNokiaにauのSIMを入れて使っていたこともあったのですが、日本語入力がいまいちで使いづらい為、結局、出張専用になっていました。そんなこんなでSim Freeの5sを日本と海外出張先の両方で使っていたのですが、auに2年縛りのルールができてから、Sim FreeのiPhoneをApple Storeから満額払って、毎回、機種変するのと、auしか使えないSIMロックのかかったiPhoneだが、2年ごとに半額で機種変できるのは、どちらが良いか?という選択をすることになりました。結局、滅多に行かない海外出張のためにSim FreeのiPhoneは贅沢だということで、その後はずっと2年縛りに乗っかってauから買っています。海外出張はコロナの影響もあり減ったし、コロナ禍ではないとしても年々、アクティブな出張は減り滞在期間も短くなってきてはいたので、今更、Sim Freeになってくれてもね・・という残念な思いはありますが、同時にやっと日本もSim Freeになったか・・と感慨深い思いもあります。IT後進国 日本はもはや韓国や中国より遅れていましたし、au,NTT及びSoftbankの3大キャリアの独占でしたから、自由競争で価格が下がることを期待しています。そういう意味で菅内閣は国民の味方ですね。

思考ツールとしてのノート

最近、また、手帳に興味が出てきています。ルーチンの管理ツールという意味では、特に手帳がなくても、やるべきことはわかっていて、それを自分の意志で、毎日、こなしていくだけなので、手帳に日々管理されるまでもなく、それは不要だと思っています。手帳に細々とデイリーで書きだすという行為に効率の悪さや無駄を感じていたのです。例えば、今朝、ラジオ英会話の5月号のLesson 1をやれば、明日は必ずLesson2をやることは分かっているのに、それをわざわざ予定に書いて、何になるのか?という事です。仮にそれをサボったとしたら、明後日Lesson2になり調整日の日曜日を使ってLesson1-Lesson5までを消化するのですから、予定通りなのです。2回サボれば日曜日に2回分のLessonをやってWeeklyで遅れがない様、調整をするのですから、手帳に書いて管理するほどのことはありません。決めたことを守る人間には手帳は不要だと私は思うのです。しかし、高田晃さんという手帳術に詳しいコンサルの方がやっている動画をYOU TUBEで見ていると、彼は確かに予定やルーチンの管理に手帳を使う事を勧めているのですが、それ以外にもアイデアを書き留めるツールとしてA5版のシステム手帳にさっとメモって、B5版リフィルのルーズリーフに詳しく転機するというノートと手帳のコラボを実践している様なのです。私がノートというものに違和感を覚えるのは、検索性の悪さで、何かを考える為に手で自由に書き出してみるツールとしてはわかるのですが、一度、書いたものを読み返すのか?という点に関しては、学生時代から疑問がありました。勉強の場合、暗記の為に使うツールとしてのノートならば、まだ、いいのです。例えば、左半面に和文、右半面の英文をコピーして貼り付けて、重要構文を暗記するツールとして使うという様な使い方です。しかし、手書きで書く意味はなく、多色ボールペンでアンダーラインをひいたり、マーカでカラフルに強調するなどは勉強の本質ではなく、ただ、綺麗なノートを作ったという自己満足です。手で何かを書くという事は脳の中だけでは漠然としているアイデアや知識の点と点が結びつかずに、全体としてモヤモヤしたり、事象の関連性に気づかないことで実は共通している問題に気づかず異なるアプローチをし、非効率的な仕事をしたりすることなどを避ける為に行う行為だと思っています。文字ばかりではなく図解して考えた方が早いという場合もありますが、その場合も手書きの方が最適です。高田さんはそういう考える作業にはA4ノートをさらに別に持ち歩いているそうです。彼曰く、携帯するホワイトボードであり、紙面はできるだけ広い方が良いということで流石にA3は持ち歩けないのでA4で妥協されているということらしいです。そう。私はここで気づきました。何か問題提起し、その解決策を1から考えてアイデアを出すという行為を長らくやっていないという事です。仕事ではやっているのですよ。日々、起こる、突発的な想定外の問題や長期で抱えている問題は、必ず、会社組織の中にはあるわけで、それを解決する事が仕事なのですが、突発的な問題で1日終わってしまうことが多く、長期で抱えている問題に行き着けない。いや、時間がある時でも、長期で抱えている問題に取り組もうとしていない自分に気づきます。そこで今一度、この思考のツールとして手帳、ノートあるいはカードを活用してみようという気になったのです。管理の為のツールではなく、考える為のツールです。ただし、私の場合は長続きしない問題があって、アイデアをメモるという行為が苦手なのです。ある、長期的な問題があるとして、それを解決する情報をどこから、どうやって得れば良いのか?で壁にぶつかります。思いつくのは同業者の情報を得ることなのですが、少なくともWeb上で公開されている様な情報がそう簡単に異なった組織で使えるわけはないのです。じゃあ、組織そのものを真似したいある有能な企業に合わせなければならないじゃないか?ということになり、表面的なアイデアは採用できないことに気づくわけです。結局、会社で起こっている問題はその組織でもできる事を独自に考えなければなりませんが、その知恵には限界があります。仕事に関しては、何か見つけても、ほとんど、使えないアイデアをメモることに意義を感じなくなるのです。では仕事以外の問題ということになり、自分たちの仕事の効率を上げるツールのプログラム開発の様なことに自然に目がいきます。現在、私がやっているPythonはその一環ですが、メモるという行為は伴いません。効率化のヒントをいきなり紙に書き出してプログラムにしたいネタをフローチャートや図解で書き出すということになります。その後、プログラムにしたら試行錯誤で動かしながら期待通りのOutputとなる様、改良を繰り返す作業です。何かを問題提起し、アイデアを練りながら解決策を企画するという事が自分の場合、意外に少ないことに気付かされます。私生活の問題を含め、手帳やノートをどう思考ツールとして使うか、そこから考えてみたいと思います。