事実と推定

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 自分自身もまだまだ修行が足らず、気づいた時にはもう遅いということが仕事においてあるのですが、事実と推定を区別せずに情報を発信してしまうことが少なくありません。この原因は自分の意見や考えを他人に理解してもらい賛成してもらい、多数の賛同を得て事を進めなければならないケースでよく起こります。例えばPowerPointのプレゼン資料でも良いですがを賛同を得たい人に見てもらい意見を求めることをレビュー(Review)を受けると言い、そのレビュー結果に対して議論をし、結論をその資料や考え方に反映して、より良いものにすることをブラッシュアップ(Brush-up)と言ったりします。このレビュー結果には、自分とは考え方が合わない意見も含まれるため、その合わない意見を提案している相手に自分寄りの考え方に改めてもらう為に自分が正しいことを力説する時に、事実と推定の混乱は起こりやすいわけです。事実は誰がどの方向から見ても変わらない真理であり、それを証明できる裏付けがあるはずです。一方、推定はその裏付けに確証がなくあくまで、その裏付けが確かならば、こういう事実が得られるという条件つきの真理です。そういう意味でレビュー結果で議論している内容が推定ならば、裏付けの仮定の仕方で何通りも意見が出てくる場合があるはずです。つまり、仮定した裏付けの妥当性を議論していることと同意であり、論破するには相手の仮定が現実的ではないこと説明して納得してもらう必要があるわけです。

ところが、冷静な時には、このことが頭で理解できていても、相手の意見を尊重する余裕を無くしている場合には、まるで、自分の推定が事実であるかの様な発言をしてしまうことがあります。私は電気工学の大学院を卒業する時点までは”絶対に真実を検証もせずに、理解した気にならず、推定ならばそれが事実になるまで明言しない”と誓って社会に出たのですが、会社生活30年間の前半15年間はそれが許される仕事は与えてもらえなかったと思っています。武田邦彦先生がよくご自身のYOU TUBE Blogでおっしゃられている科学者が最もやってはいけない”予測で決断すること”を選択しなければならない場面が多かったと感じています。ある程度のリスクをとって、見切り発射でやるのが仕事であって、悠長に構えていると機を逃すと教え込まれてきたのです。今の 60代後半から70代が私の直属の上司や先輩であり、忙しい時代でもありました。しかし、彼らの指導は”推定が事実になる前に進めよ”ということと同じで、私は次第に真実で物事を進めることができなくなりましたし、”経験的に正しい”と言い切る場面が増えていったのでした。振り返ってみれば、たまたま、立てた推定が大きく外れずに得た過去の成功体験を正しいと言い切って、現在の仕事の表面だけを見て、憶測で進めているのですから詰めが甘く、危ない状態に陥ることもあったと記憶します。

しかし、そんな時代から現在は私が大学院を卒業する時に誓った”絶対に真実を検証もせずに、理解した気にならず、推定ならばそれが事実になるまで明言しない”が通用しやすい時代に変わったと感じます。YOU TUBEの日経テレ東大学にRe:Hackという2チャンネル創設者のヒロユキさんと成田悠輔さんがホストで、そこに大物ゲストを迎えてトークする番組があるのですが、この30代のホスト2人がそれこそ70代−80代の政治家や評論家を相手に歯に絹せぬトークをするのを聞いていると”推定を良しとせず、事実に従って具体的に議論することを良しとする文化”を感じるのです。顕著だったのはゲストに田原総一郎さんを迎えた会と竹中平蔵さんの会のトークでした。ヒロユキさんや成田さんがこの2人のゲストに具体策の提示を求めるのですが、その追求の仕方が”事実であるならば証拠を見せろ”という感じなのです。50代の私から見てもこの2人のゲストは推測に基づき、自身の経験で物事の是非を断言している様に見えましたし、現実に根拠や具体策を提示するには至っておらず、押され気味に見えました。旗色が悪くなると怒り出すおじさんゲストに対して、少し同情はするものの、冷静な30代のホストの応対は日本がグローバルに成熟する上で正しい道に進んでいる様に見えました。興味がある方は一度、ご覧になってください。

投稿者: KAZU

生まれも育ちも長崎で長崎在住のブロガーです。仕事はエンジニアで普通のサラリーマンでブログです。このブログは主に3つのカテゴリーで構成していて1つは仕事術や図解などノウハウブログ、もう1つは自身や目標を立てて取り組んでいる事などを紹介したチャレンジブログ、そして最後は万年筆、Mac、ギターなど私の好きなものを集めたホビーブログです。

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