全力疾走か全力失速か?

 若い頃はあまり後先考えず、何事も全力でやっていた様に感じます。その若い頃というのは、きっと70代の両親達にとっては50代の私の年齢さえ若い頃というのかもしれませんし、私から見れば20代から30代を意味しています。なぜ、10代を含めないのか?と言われそうですが、10代というのは記憶も曖昧になってきているというのもあるのでしょうが、自分がどこに向いて走っているのかすらわからない、迷走状態であり、若いというよりは幼いというのが正しいし、1つ間違えば、今ならば確実に少年院送りになりそうな世界に足を踏み入れたこともあります。結果が出せたかどうかは別にして、何か真剣に取り組んで頑張った時期というのが私の場合は大学院入学〜会社で管理職になる手前迄の15年間で、自分の部下に現役の仕事を渡し、部下を管理することに終始した40代は”部下を押し退けて全力でやり過ぎる事も悪”という考え方に、だんだん、変わってきました。一言で言えば、年甲斐もなく、ガムシャラにやって見せつける事が何だか恥ずかしいという感じですかね。50代になって、その管理職も40代に譲ると、今度は部下だった40代に仕えるシニアプレイヤーに戻ります。人を使う事に慣れ切った自分を鼓舞して、自分で何かOutputを出すという仕事になるわけですが、若い頃の様に叱咤激励してくれる人もいません。つまり、私にやれそうな仕事を上司が流してくるのですが、それを好きな様に捌いてくださいと原材だけを与えられる様な感じですかね。上司は元部下ですから、私の好みを知っているので、間違っても、アジフライを作るのが得意な私に、ヒレ肉を持ってくる様なことは流石にありません。ですが、アジフライはアジフライであり、それ以上の物は作り様がありません。結局、頑張った15年で蓄積してきた料理しか、並べることはできないわけです。この料理が、長年、需要のあるロングセラーばかりならば良いですが、だんだん、飽きられるのが普通の流れだと思います。仕事に話を戻せば、この料理の例えは、仕事の成果だけではなく、成果を出すまでのプロセスを含めて例えているわけで、会議の中でその人の発する言葉や態度も含め全てということであり、その人自身が飽きられるという事にも繋がっています。過去の栄光に縋る武勇伝ばかりを語り始めると、そろそろお引き取り頂きたいと思われる様になるのですが、元部下の上司はそれをストレートには言えない。自分が管理職の頃に覚えがありますが、やはり、怖いし、恩もあるし、申し出憎いわけです。”まだまだやれる”と信じ切っている心身共に若い老兵は特に難しい。その人ができる範囲において”まだまだ、いける事”はわかっているのですが、その範囲が限定的で幅がなく、あれこれ仕事を振れないことや、考え方が頑固過ぎるところ、その為に周囲の若い世代との間に不協和音が流れチームワークに問題が生じており、今までチームの結束力で生まれていた成果が減ってきていることなど、この人の”まだまだ、俺はやれる”が組織的には負の方向に働いていることを自覚してもらう必要があります。これを自分の置き換えると”扱い辛い老兵になる前に去る”か”多少、自分にストレスをかけてでもEverything is OKで受け入れて慣れない仕事もこなす”かのいずれかしかないです。前者を選択すれば、完璧に家事をこなせる主夫道に身を置き、働く妻を全力で支える。後者を選択した場合、今までのカードは使えないわけなので、新しいスキルを身につける為にあの15年間の様に、全力で走るしかないです。老害だけは何としても避けたいと思う今日この頃。

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