多少の無理が必要

 最近、また、モチーベーションが下がってきている感じがします。これが中年男性にありがちな、更年期障害というやつでしょうかね。イライラはしていないと思いますが、特に食事を採ったあとは、昼夕問わず、すぐにベッドに横になりたいという感じです。疲れて寝落ちする感じではなく、目は冴えているのですが、だるく何もしたくないと思うのです。この原因が肉体疲労ではなく、脳疲労であると感じるのはギターを弾いたり、歌ったり、あるいは、ちょっと無理して手書き日記を書くなど、比較的、好きなことを選んで、だるいと感じながらでも、やりだすとやれているということや、体型維持の為、義務的にやっているランニングや、やらざるをえない仕事ならば無理が効くということ。このブログもどちらかといえば、気分が上がっている時ではなく下がっている時に何か吐き出す様な感じで書くことが多く、やろうと思えば、やれることの1つかもしれません。年齢で無理が効かなくなると感じることが事実である場合とそう思い込んでいる場合の2通りあることを、私は、最近、知りました。中学や高校の頃、夏の炎天下の中で部活をしたり、大学のころ、前日徹夜で遊んで、そのまま、当日の講義やテストを受けるなどの無理をしても、1日くらいの無理は気合いで乗り切ることができていたが、それを50代になった今もできるか?という問いに対して、つい最近までそんな無謀なことができるわけがないと思っていましたが、実は、そうとばかりは限らないということを自覚したという意味です。実際、若い頃の様な無理をやればやれるはずなのに、自分で制限していることも多く、年齢とともに増える内臓脂肪がその証拠です。代謝が落ちているとよく言いますが、そればかりではなく、そもそも運動量が不足しているということ。体脂肪は走っているからか、かろうじて20%は切っており18%代を維持できている。一方で内臓脂肪はこのところ、晩酌をやめてもレベル6だったものが8まで上がってきています。勉強も同じ。相当クタクタでも明日に向けて今日、無理してでも、机に向かってやらざるを得ないことを今は仕事をやっていることを理由に先延ばしできます。勉強が本業ではないからですが、そう言えるほど、今、仕事をしているか?と問われるとそこまでの負荷はありません。ほとんど定時だし、残業なんてしていないのだから、20代後半から40代前半くらいまでとは、負荷もプレッシャも違います。つまり、勉強に回せる余力はあるのに、学生の頃の様に追い込まれていないから先に延ばす選択も、最悪は完全にやめてしまうという選択もできるということであり、結局、自分で限界点を下げている事に、最近、気づきました。この何事も無理をしないことが返って、意欲の低下と原因不明の疲労感につながっているのかもしれません。疲労というのは加齢によるものもあるかもしれませんが、それよりも自分の意識の問題の方が支配的である事が多いと思える様になりました。ですが・・そう考えてしまうのを避けられないのです。そこが年なのかもしれません。そう刷り込まれて、変えられないのです。私の今の課題は脳をいかに騙すか?なのです。研究者に憧れがあるのでせめて自分で専攻していた学科ぐらいは完全にやり直したいし、その先では英語も使いこなしたいと思っています。ギターだって我流なので基礎からやり直したい。体型や若さだっていつまでも維持したい。理想の姿は非常に明確です。だからやれば良いだけ。何が邪魔をしているのか?がよくわかりません。ちょっとやり始めると非常に疲れます。面白くて、やりたいこと、あるいは、やるしかないことならば絶対に疲れないはずなのです。少なくとも後者の”やるしかないこと”ではないので、やはり、面白くて、”やりたいこと”になっているはずで、そう公言してきたのに、それはマヤカシだったのでしょうか?そうだったらいいな程度でそんなに強い願望ではなかったのかもしれません。脳を騙し奮い立たせる何かを考えることにします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です