年寄りに優しくない社会

世の中にはズルく、あざといので、助けたくない年寄りもいますし、中国の事件の様に手を差し伸べて、助けてやろうとしたら、逆に、この男に突き飛ばされたと訴え、賠償金を請求する危ない年寄りもいます。ですが・・電話回線がパンクすることは、最初から想定できていたにもかかわらず、命に関わるコロナワクチンをWebで細かい文字を注意深く読まなければ、予約できなかったり、早くて便利だからといって、Lineで予約を受付るなどというのは、いかがなものか?と思います。”もう、私はいつ死んでも良い”と日頃、言っている言葉が真実ならば、なぜ、こうなるのか?死んで良いならば、コロナも怖くないだろうなんて、まともに信じちゃいけません。いくつになっても、死にたくはないし、死が恐怖だからこそ、大阪のある市の様に、日頃、弱っているはずの老人が徹夜で発券開始の1日前から人より1番でも早く、予約券をもらおうと並んでいるわけです。やっとダイアル黒電話からプッシュフォン電話を使える様になり、さらに孫とFAXでやりとりできる様になったのに、今度は安否が心配だからと携帯電話を持たされる。漸く、電話とカメラぐらいは使える様になったかと思えば、”もうガラケイは製造中止で全てスマホになりますので、お年寄りはこのラクラクスマホがお勧めです”とか言われて、また、それに馴染まなければ、普通の暮らしが難しいわけです。これが高齢化社会における1つの問題です。文明の利器は、どんどん進歩し、過去のそれらは淘汰され、人はそれに追従することを求められるのが常ですが、だんだん、頭や気力が追いつけない年齢になってしまったのに、生きているということです。子供達は体の元気な老人ですから、決して、同居して面倒を見ようとはしません。まだ、大丈夫だろうと思っているはず。頭の劣化の方はすでに気遣って欲しい年齢に達している事に気づかずにです。”IT社会に馴染めない人は危ないので、家でじっとしていてください。外に出て普通の生活を送りたい人は自分で覚える努力しないと・・”と言わんばかりですが、日本は、いつから、老人が”生きずらいので、いつ死んでも良い”と思うような社会になったのでしょうか?IT社会に馴染めない老人は死ぬまで家で過ごせということですかね?一方で台湾の老人達はちゃんとスマホを使いこなしており、電子マネーで決済できているのに、日本の老人だけが甘えているという意見もあります。しかし、共存できる社会を作ってこそ、日本らしいと私は思います。なぜ、使い慣れた機器や手書きの紙決済を完全撤廃するのでしょうかね?縮小はいいんですよ。ダブル、トリプルスタンダードを維持するにはお金も人材も必要ですからね。部品だってだんだんなくなってきて、いつか修理もできなくなるでしょう。でも、できる限りでいいのです。少しだけ残してあげればいいじゃないですか?各社にガラケイ1種類、あるいはスマホだけどハードのボタンはあった昔のスマホでもいいじゃないですか?手書き書類を郵送で受け付けてくれる窓口1つだけとかでもいいのです。0にしなくていいじゃないですか?電車に乗っていても、10代-20代がお年寄りに席を譲ることなく偉そうに座っています。50代の私は、70代以上に見えるご老人には席を譲りますが、それに気づかずに彼らはスマホに夢中です。視界にすら入っていません。娘も彼らと同様、電車でスマホをいじっていますが、私が小さい頃から躾けているので、高齢者に席を譲るのは当たり前だと思っています。とにかく、年寄りを大切にする、先輩に敬意を表する、黙ってまずは、過去の教訓や歴史について教えを乞う。取捨選択はそこからやれば良いのですから。私は年寄りの忠告も聞かず、独自の判断だけで物事を判断し、過去の失敗を振り返らない若者が、また、自衛という言い訳で、不要な殺し合いを始めるのではないのか?と非常に心配です。中国や北朝鮮は悪い国、アメリカは良い国・・そんなに単純に区別できるものではないです。主義の違う国の価値観も認めてこそ、日本らしいと言える気がします。

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