時代で変わる正義

 作曲家の小山田圭吾氏が、若いころ、障害者の同級生に対するイジメの実行犯だったことを1990年代の週刊誌に武勇伝に様に語っていたことに世間が批判が集まり、ついに彼の楽曲はオリパラ開会式で使用しないという結論になりました。私はこの結果を見て、時代は変わったなと思いました。昨日7/19まで、実行委員会はオリパラ開幕をあと4日後にひかえている状況を考慮し、彼の曲を採用する方針を変えないという結論を出していたものを、たった1日でひっくり返したというのは、SNSのインパクトの大きさを感じますし、いかに、今の世の中が、コンプライアンス重視になってきているかがよくわかる事件でした。街頭インタビューで答えていた人達がテレビに映っていましたが、特に20代-30代は”この人のやったことは信じられない。障害者が主役のパラリンピックを考えた場合、続投は絶対にありえない。”という意見が多かった様に思います。期限重視のおやじ達に鍛えられた、私らは、どちらかと言えば、ここまでやってきたことを全部、白紙に戻し、新たに作曲家を連れてきて、1から楽曲を作り直すなんて、ありえないだろうし、昨日までの実行委員会の判断は当然だと思っていました。それが1日で覆ったという事は”間違いは間違いとして認め、きちんと襟を正し、あえて厳しい選択をする”という人として当たり前の事が、これまでは建前としてきた部分まで、実行される様になったという事。今後、日本が清く正しくお天道様に恥ない生き方をしている人達が絶対に損をしない国になる事すら予感させます。今まで私も仕事では随分、ルール違反を強いられてきました。本音と建前をよくわきまえて行動する事が真の大人という評価をされ、ルールはルールと、現実的な工程やコストを重視するがゆえに、ルールが軽視されていた時代も現実にあったのです。品質は最後にお客さんに製品を納入する時に80点以上のA判定となればよく、まずはC判定で出し、途中は軌道修正しながら、とにかく工程を守って納入できたということが誉であると教えられていました。私は元々、大学院でデータ重視の日常を送って就職しましたので、この感覚が許せないと思っていた方です。私が就職した年はまさに、この小山田氏が音楽会で脚光を浴びていた1990年初頭のの渋カジ時代。バブルが弾けた直後でしたが、世の中は活気に溢れ、多くのお金が出回っており、細かい事をいう人は野暮とされていた時代です。派手で声が大きい人が優位に立てる時代であり、私の会社もその様な人が牛耳っていた様に記憶します。入社して3年ぐらいですかね、その時代にも社風にも馴染めませんでした。根拠のない状態で仕事が進んでいく事が不安で仕方なかったのです。生きる為にだんだん、その派手で声の大きな人を演じる様になりました。本来の自分ではないので、すごくストレスがかかり、仕事は進めやすくなった反面、そういう人に見られている事が嬉しいとは思いませんでした。ようやく、本来の自分に戻る事ができたのが、過労死とかワークライフバランスとかいう言葉が聞こえ出した、15年くらい前、40歳になったころだったと思います。娘も生まれたばかりだったので、世の中の風向きは追い風だと思いましたよ。また、不景気になると決まって会社に現れるのが企業コンサルという商売の人たちでデータで煽っては改善を求めるため、数値で可視化する事を求められる様になりました。しかし、これも自分にはうってつけでありであり、元々、理系とはかくあるべきという信念でしたので、非常に住みやすくなったと感じました。データや図解で特に力のある幹部クラスを説得し、自分の方針を実行してしもらう事に快感すら感じていました。一方で、そういう風潮に変わって、創造性という点で面白みがない仕事が増えたというのも、また事実で、同時に魅力ある個性的な人たちが少なくなっていった気がします。そして、今度は、とことん、コンプライアンス遵守の時代へ移行している象徴がこの事件ではないか?と思いました。良否の判定基準はデータではなく、ルールと曖昧な倫理観です。少しでも守っていない有名人や公人が現れると顔が見えない一般人からSNSで袋叩きに合う。袋叩きにされた公人はもはや、一般人以下の扱いであり、次は政治がその公人や有名人なりを権力で舞台から排除する。排除しなければ、政治に矛先が向くから。ルールや正義を定義する人の責任は重大です。1人の人間の人生を左右する。注意を要するのはルールや正義は時代で変わる事です。

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