歴史学習の難しさ

 現在、角川ソフィア文庫から出版されている”吉村武彦著 古代天皇の誕生”という本を読んでいます。300ページ程度の文庫本ですが、122ページしか読めていません。並行して同じく角川ソフィア文庫出版の”中村啓信著 古事記”も読んでいますが、現代語訳の部分で210ページしかないのですが、40ページ程度、読んで止まっています。この2つの本を読みはじめて、歴史を史実を暗記するだけの教科と舐めていたことを反省しました。まず、古事記の方は神話の世界とは言え、一体、何人の神々がでてくるのか?と気が遠くなりました。人間界につながり、やがて天皇になる有名どころだけをマークしておけば良いかと思いながらも、どうも小骨の多い魚の様な食べにくさがあるのです。明確に失敗作と書かれている神もいますので、どうでも良いと言えばどうでも良いのですが、そこを読み飛ばすと、前後の繋がりが見えなくなりはしないか?という心配が常について回ります。古代天皇の方も同じで古事記で次々に生まれし神ほど多くはないですが、一人の天皇の名前が次々と変えられて説明されており、これは一体、どの天皇の事を言っているのか?と前のページに遡って、読み返して、納得して読み進める為、遅々として進まない状態です。例えば、雄略天皇はオホハツセノワカタケルで武烈天皇はヲハツセノワカサザキと書かれているし、これが中国むけ倭5王の中の讃・珍・済・興・武の武の事あるとかいう感じです。あの有名な女帝 推古天皇も敏達天皇の皇后時代は額田部皇女(ヌカタベコウジョ)と呼ばれており、とにかく、この人、誰だっけ?状態に何度も陥ってしまいます。さらに複雑にしているのが系図であり、腹違いの妹との間に皇子が生まれたり、叔父と姪がくっついたりと、今では、ありえない親族婚が堂々と行われているので、違和感のある系図になっています。もう1つは古事記にも古代天皇にも、現代語訳の中に原文が古文(元々は漢文なのですが)で引用されており、一応、それを読むのですが、さっぱり、わからない。著者はもちろん、原文を読める人なので、それを理解できている人がある程度、歴史の知識のある人に説明しているわけで、私の様な素人の理系出身には、解説を読んでも、その原文と繋がってこない場合があるのです。つまり、原文を読まずに解説だけを読む事になり、もはや、日本人なのに、英文を解説している本よりもわかりにくい。例えば

”勾大兄広国押武金日(まがりひろくにおしたけかなひ)天皇、崩りましてみつぎ無し。群臣、奏して剣、鏡を武小広国押盾尊(たけをひろくにおしたてのみこと)に上りて、即天皇之位(あまつひつぎしろしめ)さしむ”とある様に、安閑の弟が群臣の推挙によって即位している。

等という文章がみなまで言わずともわかるよね?って感じでサラッと書かれているわけです。勾大兄というだけで、歴史を知っている人はあぁ継体天皇の息子の安閑天皇のが死んだんだなとわかるのでしょうが、安閑天皇の弟 小広国押盾尊がという人は、知る人ぞ知る天皇だと思うわけです。倉山満著の”日本一やさしい天皇の講座”には系図がついているので、安閑天皇を探すと在任期間は4年間の第27代である事がわかり、確かに推古天皇の父にあたる第29代 欽明天皇との間に、第28代 宣化天皇という、同じく、たった4年間しか在任しなかった天皇がいました。この天皇は古事記では武小広国押盾尊(たけをひろくにおしたてのみこと)なのですが、これが日本書紀では檜隈高田皇子(ひのくまのたかたのみこ)という場合もある様です。こうやって、名前と系図と原文に翻弄されて、おそらく、半分も理解できていないと思いますので、もう一度、きちんとメモを取りながら読み返したいと思っています。今日のブログは本当に時間がかかりました。

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