痙攣性発声障害:ウイスパーボイスでいい

完全に歌をやめて、約10日は経過したと思います。おかげさまで高い声に張り付く事はなく、かすれていても、低い声で連続して話せる感じに近づいてきています。音読も英会話も、焦らず一音一音が確実に出せるスピードを心がけています。最近、自分の声を記録し、それを聞き返して気づいた事があるのですが、それは、かすれたウィスパーボイスの方が力んでフェードアウトしてしまう声より相手に届いている可能性が高いという事です。これは聞こえないだろうなと思って出したウィスパーボイスがMacのボイスメモで録音した声を聞く限り、きちんと聞こえるレベルで録音されているのです。逆に息も絶え絶えになりながら、絞り出した声は確実にフェードアウトし、そういう出し方の声は録音できていない。つまり、一発目は力んで大きく聞こえるが、後にフェードアウトしてしまう声と最初から省力で囁く様に話す声を比較すれば後者の方が届いている可能性がある事が明らかになったということです。こんな囁き声では聞こえない、こんなにゆっくりしたぶつ切りの話し方では相手を苛立たせるという不安から一生懸命、力んで、何とか途切れない様、全身に力を入れれば入れるほど、声帯は開きがってになり、結果、フェードアウトして、聞きとり辛くしている様ならば、いっそ、ウィスパーボイスで、ゆっくり切りながら話せば良いと割り切る事にしました。家族との会話で試していますが、怒った様に誤解されず、冷静に考えて話す分、失言も減り、今のところ、有効と判断しています。ただし、これは少人数の会話に関して有効というだけで、これが20-30人の会議での発言やプレゼンにまで適用できるか?と言われれば、それは難しいと思います。また、交渉事では、ある程度、相手より優位に立つ必要がありますので、それがウィスパーボイスでは迫力負けしてしまうのは間違いありません。ですが・・この迫力負けという発想自体が実は昭和的ではないかとも思うのです。きちんとした論理を組み立てて、理路整然とこちらの意向を先方へ伝えるのに、本当に大声が必要でしょうか?私は相手に理解を得るのに、大声を張り上げなければならないということを最近、疑問視しています。何かそう言うパフォーマンス付きでなければ、説得力にかけるというのが、そもそも、おかしく、すでに負けているという事ではないか?とこう事ではないですかね?静かに紳士的に話しても、良いものは良い、正しい事は正しいと判断されるべきではないか?と考えるわけです。ホワイトボードや配布資料に工夫するなど、話す事を省力化する手段は色々あります。一生懸命の声を出し、相手を見据えて、汗を流しながら説得するのは如何にも熱血ビジネスマンで、サラリーマンのあるべき姿の様に思われがちですが、相手にも意見を言わせ、Win&Winとなる合意点や落とし所を見出す事を良しとする昨今、返って邪魔なパフォーマンスの様にも思えるのです。これまで会議では、ウィスパーボイスではなくフェードアウトボイスで行っていましたが、これから、ずーっとウィスパーボイスで継続してみようと考えています。

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