痙攣性発声障害:伝わらないもどかしさ

 最近の悩みは、冷静に一語一語を確実に発声する事を心がけ、文を短くして息継ぎしながら話すと息は切れないが、小声すぎて届かない、興奮して力強く一気に話すと息も上がり、相手に威圧的且つ怒っている様に捉えられてしまうという悩みです。特に妻との会話でそれを指摘されます。お互い同業者で私の方が8年先輩ですから、仕事の話でこちらの言っている事を彼女が理解できない場合は、途端、話したくなくなり、ラインかメールで説明するので後で読んでおいてと言います。私には大した仕事ではない事にでも、当然、彼女は悩んだり、行き詰まったりするわけで、仕事に関してはこうするしか手段がありません。本当は夫婦なので、スムースに会話できれば、簡単なのですが、私のこの障害は逆に彼女を威圧してしまう。会社の会議室も30人以上の会議室になると厳しいです。静かにゆっくり区切りながら話す事もできますが、やはり、説得力がなくなります。できるだけホワイトボードを使い、描きながら話す事になります。一方、日常会話においては娘の教育で同じ状態になります。こっちは先輩後輩もなく同じ日にそれぞれ父母になって現在に至っており、どちらかと言えばお腹を痛めて産んだ母の意見が優先されるのが常です。しかも、娘は現在、中3で思春期真っ只中であり、54歳の私が理解できるはずもなく、母親が女性になる教育している様なもの。女性になるまで、当たり障りのない付き合いでいきたいのですが、やはり、看過できない些細な事が起こります。例えば、部屋の片付けをせず、食べ物を放置しているとか、エアコンやコタツを付けっ放しで外出するとか、無駄遣いし、小遣い以上の出資を求めて来るとか・・言わば、こちらに降りかかってくる火の粉の様なもの。影響がなければ、口出ししないので、何でもお母さんと相談してやってくれで済むはずなのですが、ゴミ出し、光熱費の支払い、小遣い・・全部、こちらに降りかかってくるものばかりなのです。何度でも娘に対して静かに諭す事ができれば、全く、問題はないですが、何度言っても理解できなければ、黙って手を上げる事もできないわけで、叱るしかなく、それは声を張り上げて怒る事にしかなりません。これが、申し訳ないが、昭和スタイルです。今後、もっと時代が進めば通用しなくなるのですが、会社はそれでいいです。その頃には確実に会社からは消えているからです。今のところ持病もなく、癌にならなければ、その後もきっと生きている確率が高いのですが、そうなったら、やはり、迷惑な老害のまま、家族や近所の人達で付き合う事になるのか?と考えてしまいます。やはり、感情的にならない練習を積むしかないのかもしれません。不思議な事ですが、小さな声でも区切って1つ1つを丁寧に発声していると、だんだん、息切れせずに会話が続く様になる事があります。100%ではなく、そうなるラッキーな時があるという事です。それがどういう、タイミングなのか?が分かれば、常にその状態にしてから会議や会話に臨むということができるので、最も良いのですが、今のところ、どの程度の時間、経過すれば話せる様になるのかが掴めていません。

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