臆病と出不精

 私は子供ころから癖で先読みしてせっかちに行動するところがあります。こう書くと頭が良い事をひけらかしたいのか?と誤解されそうなので、補足すると、先読みはその悪い予感が当たっていてせっかちに動いて良かった事もあれば、逆に悪い予感がただの杞憂に過ぎず、せっかちに行動した結果、損をする事も多いです。損とは、もう少し、その杞憂を解消する為に使った時間は他の事に有効に使えたとか、あるいは、もう少し慎重に考えていれば、さらに良い選択肢があったという様な事です。すごく臆病であり、あれも起こるんじゃないか、こういうこともあり得るんじゃないか?という考えが巡ります。知らない土地に行ったり、馴染みのない人と一緒にいると、全く、気が休まりません。海外では特にそうで、仕事と食事、ジムがあればジム以外は、一歩もホテルの部屋から出ることはないです。自分は旅行を楽しめないタイプであることを今更ながら妻と喧嘩して気づきました。国内ならばまぁ我慢はできますが、外国は嫌です。しかし、ただの我慢でしかない。旅先に求めるものなど実は何もなく、若いころ、それが苦痛だと思わなかったのは、好きな女性と夜を一緒に過ごすことができるという非日常を体験できるからだと気づきました。実はラブホでも近場の温泉でも泊まれればなんでも良かったという、ひどい話ですが、若気の至りと言えばそれまでの話であり、ただ、その女性を妄想しながら抱きたいだけ。じゃあ、家庭をもち、その非日常がなくなった今、あえて旅行に行く意味は何なのか?ということになります。行けば無理やりでも、あっちこっち連れ回されますから、新たな気づきや面白い発見もあるのです。ですが、自分からそういう行動を起こす気にはならないです。これは若い頃から同じ。ホテルや旅館の雰囲気とか食べ物とかそういうものにどちらかと言えば興味があるだけで、観光という気分にはなれないです。やっぱり、自分は家庭生活には向かないと思います。娘が小さかった頃は可愛さで我慢できるのですが、もはや、幼少の娘も立派に成長しているので、彼女の好みに合わせることも、もはや、できないし、その義務もありません。そもそも理解できないという感じです。そうなると妻と一緒にということになりますが、部活などで長崎を離れられない娘を1人残してまで旅行にいくこともない。ますます、そういう機会は減っていく一方です。よく定年退職したご主人が奥さんに長年、苦労をかけたお詫び?にと旅行に誘い、退職金を散財するという話を聞きます。長崎などは港町ですから、周りは海で客船の旅などは非常に盛んです。私はこれもできそうにありません。先に説明した通り、長生きした場合を想定すると、私は退職金を散財するほどの度胸はないですし、妻は同業者でいわゆる内助の功という意味で私には貢献していません。週末は食事など一緒に過ごすことが多いですが、日常は私が寝ているときに帰ってくる様なパターンが多いです。そもそも奥でおとなしく家を守っている奥さんと呼べる人ではない。表でバリバリ働く管理職です。長年苦労をかける様なことをした覚えもありませんし、私のことは私がやります。長期出張が多かったので、それが当然だと思っており、生活に慣れきっているのです。料理以外の家事も家を中心に動く私がやることが多いです。料理はやろうと思えば何品かは作れますが、妻が料理をできない時は、1人で食べる分を買う方が安いと気づきました。娘も好きなものを買って食べています。私は自分の住むところは快適にしたいので、掃除も洗濯も苦にはならないのです。自分の書斎が一番落ち着く場所であり、ここでほとんどのことが完結します。臆病と出不精ならば、お金は貯まるはずなのですが、なかなか目標に届かないのは何故でしょうね?

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