自分のハードル

私はどんなに頑張っても結果を出せず、もがき苦み、最悪は自ら命を絶ってしまった人や世間の評判を気にするあまり、頑張って走っていたが、あるきっかけで、その緊張の糸が切れ、二度と立ち直れず廃人の様になった人を職場でもニュースでも見てきました。今年も真因は定かではありませんが、芸能界でも”まさか、あの人が・・”いう人達が自殺されましたね。俳優さんや女優さんの場合は、一般人とは少し事情が異なるかもしれませんが、”自分が役として演じているイメージやテレビを通じて見せている偽った姿をプライベートまで引きずり、家庭を含め一般人との付き合いの中で、そのギャップに悩む”という事なのかなと想像しています。我々、サラリーマンにも多少はあると思います。芸能人ほどではないですが、外面はありますし、働き盛りの頃はそのまま仕事を家に持ち込み、家族は二の次という事があったと記憶しています。共通しているのは”身の丈に合わない事をしている”という事だと思います。それが”昔は若さで乗り切れていた”という人もいれば、”年齢にかかわらず、ずっとつらいが、せっかく就職できた会社を簡単に辞められないし、多少の無理は仕方がない”という人も居るでしょう。でも、やっぱり、自分に課したハードルが高すぎて、それを超えられない自分を自分で責めている状態だと私は思います。自分はできる、もっとやれる、やらなければならない・・本当でしょうか?私は今は50代ですが、40歳で”自分は大した事ないな”と気づきました。相当、遅いですが、”道を誤った”とも思いました。そこから仕事に関しては”できる事で役に立ち、できない事は人に助けてもらおう”と決めました。”大した事ない人間”が恰好をつけて、仕事ができる様に見せているのは、まるで、不細工な男が一流ブランドで着飾って俳優の様な口調で話している様なもので、それは私ではないと思ったのです。その後、私は人生を楽しむ事を選びました。40歳まで、頑張ってきた・・それこそ、命を削って、気を失いながら走ってきたので、その道の知識や仕事をこなすスキルは確かにあり、そこで培った人脈もあるので、それがあるから、そんな悠長な事を言っていられるんでしょ?と言われるかもしれません。どこかで無理をし、背伸びをしてみなければ、自分の目指す目標やあるべき姿としているモデルが自分の身の丈にあっているかどうかはわからないので、その過程は必要なんだと思います。しかし、命を絶ったり、廃人になる前にどこで咲いて朽ち果てるのが自分にとって幸せなのか?に気づいて欲しいと思います。今、成績で悩んでいる娘や必死で仕事に邁進している妻を見ていて、これを書きたくなったのでちょっと長々と説教くさい文章を書いてしまいました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です