日本企業のパワハラ問題

最近、我が社でも自分と同世代の50代が20代-30代の若い社員から訴えられているケースが頻発している様ですが、たとえ仕事だけの付き合いとは言え、お互いが必要以上に親密になれば、男女問わず、今後、ますます増える問題だと思います。ケーススタディで色々、勉強する機会はあるのですが、正直、現場はそんな極端な例題がいきなり火種になる事はなく、見ている限り、絶えず燻っているという感じがします。50代が20代-30代の意見を尊重するということは、まず、よほどのことがない限り無理です。しかし、パワハラ抑制の基本は相手の立場で物事を考え言葉を選んでコミュニケーションを図る事にありますから、この時点で無理だと思っているのです。誰が考えても多くの場合、その業界においては20代-30代が50代を仕事で指導できる様な組織構造にはなっていません。それは勤続年数が短い中で一生懸命、努力し、実務能力が極めて高い20代-30代が居たとしても、何の努力もせず、時代に乗って上手く生き残ってきた50代にすら、絶対に逆えない倫理観が元々、我が国にあり、そうであれば、企業ではそれに準じた組織運営しかできないからです。つまり、年長者を敬う日本文化が、会社では実力、実績に関わらず長く勤めてきた者を崇拝する倫理観に繋がり、それがパワハラの原点になっていると私は思っています。年長者を敬うのが悪だと言っているつもりはないので、誤解なさらないでください。その国にはその国の倫理観に沿った原因があるはずで、パワハラやイジメというのは永久に人間社会からなくなる事はないと思っています。私の考えとして、ここで述べているのは、日本の企業におけるパワハラの原因です。早い人は18歳で就職し、一応定年の60歳まで勤めると仮定すれば、どんなに頑張っていても、大体、自分の将来が朧げながら見えてくると、どこかでトーンダウンします。経験的には今から約10年前の45歳を超えたあたりでしたが、”もう、いいかな”と思う時期が私にもありました。この”もう、いいかな”は、”やる事は全部やり尽くした、だから、もう悔いはない。”という意味ではありません。”どうでもいいかな”の”いいかな”です。要はもう、自分は”字も見えにくく、無理も効かず疲れやすくなってきたので、後輩に最前線を任せ、どちらかと言えば指導側に回るべきかな”と思うわけです。私の場合は、40代は管理職が多かったので、実務上の責任も負っていたわけですが、それでも、指導が主体であり、現役ではなかったと言えます。最初はこれまで一緒に戦ってきた、当時の30代-40代にはRespectされ、指導もスムースなはずです。まだ、戦士のオーラの様なものが残っているからです。ところが、これが10年ほど経つと、だんだん、”最近、あの人、ほとんど定時で上がっている様だし、一体、何をしているんだ?口先だけじゃないか。”という評判が立ち出します。そもそも管理や指導に残業を良しとしないムードがあるので、やりたくてもやれない状態になります。当時、一緒に働いていて、自分をRespectしてくれていた30代-40代はそれぞれ40代-50代になり、もはや、指導する立場。指導とか言っても、実務を教える相手はいません。現場の方はだんだん、20代-30代が主力になって、声が届きにくくなります。インフラもシステムもどんどん便利になり、使い方を知らない50代が下手に触ると仕事の邪魔になり兼ねません。現役の手伝いもできないということになります。昔ならば、年金も十分ならば早期退職するか、あるいは、55歳ぐらいで、協力会社への出向し、バイト程度で食い繋ぐ手もあったのでしょうが、それを選択できない年金事情もあり、65歳まで雇用を延長する道を選ぶ人がほとんどです。つまり、職場を変えずに何か仕事をしなければならない為、20代-30代と接さない仕事だけをやり続ける事は、ほとんどの場合、無理です。身内でもない20代-30代はもはや、息子、娘の年齢であり、文化も言葉も違う為、毎日、仕事上の付き合いとは言え、言葉使いや態度に違和感を感じるはずです。実は自分も若い頃、同様に当時の若者では常識とされている言動をとって、散々、ベテランに怒られた経験があるわけで、その経験があったからこそ、今、こうして生きながらえていると考えると、注意をしたくなります。ここで失敗するのが、”当時の自分の怒られ方を今の若者に対して再現してしまう事”です。注意はしていいのですが、その言い方がパワハラになりかねない。もっと言うとパワハラになりそうな注意しかできないという事です。違和感=この野郎・・になってしまいます。注意された若者は、そんな怒られ方を親でもないアンタから何故、僕がされなければならないのか?という思いはあるが、いまだ年功序列の日本企業では、都度、その不快さを発した相手に伝えても良い企業環境ではない。耐えているうちに、鬱になるか、匿名の告発と言う形になるのだろうと思うわけです。若者の問題でなく、年金または関連企業への再就職の問題のいずれかを解決しない限り、日本企業のパワハラ問題は無くなりません。親子ほど離れた世代が一緒に働く職場環境が、そもそも、今は通用しないと言えるのですから、互いが密に接さずに1チームでOutputを出せる環境に変えなければ、改善しません。では指導や技術を伝承できないではないか?という人もいるかもしれませんが、それは、今はVRもSNSもあるのですから、いくらでもできますよね?再雇用という形態は、やはり、考えものだというのが、私の意見です。再雇用で残ってくださいと若者から求められる人だけの権利としてはどうでしょうか?

 不登校

 1回目の緊急事態宣言の頃は、なかなか夏休みが終わらず、やばいと思った頃もありましたが、今のところ、娘は不登校ではありません。私立の進学校なので成績は相当悪いですが、それでも学校は好きだと言ってくれます。昨日、BSスペシャルで不登校とフリースクールの番組をやっていましたが、そこに出てくる子供たちは、”こうなってしまうのは仕方がない”と思える”教師や周りの生徒からの濡れ衣”やそこから発展した”いじめ”がきっかけになっている子供達もいれば、”どう考えても、本人が甘えているだけで、それを親が腫れ物にでも触るように扱ってきた結果ではないのか?”と思いたくなる様な子供達もいました。私は、特に、小学生の姉弟を不登校の子供として抱える家庭が非常に気になりました。お姉ちゃんは完全に被害者で、やってもいない悪事をやったと教師からも同級生からも言われ、もう何もかも嫌になったパターン。一方で弟は”僕がやりたい様にやらせて欲しい”と主張し、どう見ても親が甘やかした結果でこうなったパターン。特に、この弟は2−3年生だった記憶していますが、一日中、ゲームとYOU TUBE三昧で、このままではこの子の為にならないと冷静に話し合おうとした父母に向かって、”ねえ、話は終わった?ゲームしたいんだけど・・”という豪傑さ。強制されるのが大嫌いというわけです。これに対して児童心理学を専攻していたと思しき、何人かの教育の専門家がでてきて、”子供の自発性に任せるべきで、不登校は今や悪ではない”とまで断言していました。確かに文科省は”不登校の子も認め、彼らが教育の機会を失わない様、フリースクール等、学校以外の居場所を認める法律”として2017年に教育機会確保法というものを制定しています。この番組に出てきたあるフリースクールではそこに居るスタッフは勉強を強制しないし、積極的に勉強を教えないポリシーで、子供たち自身に計画を立てさせた上で、やりたい事を自由にやらせる様なシステムでした。その中から興味のある分野が出てきて、子供達自身が自分にマッチした進路をそれぞれ見つけ、自発的に必要な教科や学校を選択して勉強しだすということらしいです。正直、このお姉ちゃんの様な子供には最適だと思いましたし、良いシステムだと思いました。私は古い人間ですが、私自身がそういう性格なのでよくわかります。教師に教えられて良かった勉強は何1つないと断言できます。教師に教えられたのは、勉強や部活に向き合う姿勢やテストや受験に向かう精神力、そして、その教師のもつ魅力によって、自分もあぁなりたいという一人のお手本となる人間像の様なものです。絶対に勉強は自分の力で、独学やるべきものだという考えは社会に出ている自分の中でいまだに根強いし、仕事にもそのポリシーは生きています。つまり、学校は学科を学びに行く場所ではなく、社交性を含む人間形成の場所であり、学科を学ぶだけならば、自分で教科書や問題集を使って学び、補完として塾に通えば十分です。そういう意味でこの教育機会確保法というは、的を得ていると感じます。不幸にして義務教育期間の学校では勉強や部活どころではなく、いじめ等で負のスパイラルしか与えない場合だってありうるわけですから。我々の学生時代は、その逆境に耐えてこそ、人間は強くなるし、それが、社会で生き延びるために不可欠とされてきたわけですが、私はそんな事は絶対にないと気づいていました。教師や親も人間ですから、自分が不機嫌な場合にそういう根性論とすり替え子供に暴力を振るい、暴言を吐いてはけ口にしているということはそのあたりのつっぱりと同じく、ありうるということに早くから気づいていました。だから、安心して自分の目指したい道を目指す事ができない学校ならば、フリースクールは絶対にありだと思い、システムには賛成です。ですが、一方で、この弟の様なケースに対してどうでしょうか?自分のやりたい事を自由に続けていられる世界がこの世にあるかという話になりませんかね?この様な子が自発的に何かに目覚め、俄然やる気を出すとすれば、それは自分が大好きなゲームやYOU TUBEの何かでしょう。しかし、その世界で飯を食うプロになるということと、ユーザとして楽しむということは、全く別の話です。もちろん、小学校低学年にそんな理屈がわかるはずはない。つまり、一旦、強制力を持って王道に戻してやる必要があると思うのです。親が説教している最中にその長い話はいつ終わるのか?と顔色1つ変えずに質問する子供が、正常な躾をされてきているはずはない。この子は上司や先生に対しても同じ事をいうのか?と言えば、そんな事はないはずで、親だから甘えているわけです。親に甘えて学校に行かず、親もそれを容認している。学校が学びの環境に最適でないわけではなく、機会を失っているわけでもなく、学ぶ気がないわけです。こんな状態で不登校になっている子は、引っ張ってでも学校に押し込むべきだと思います。そこでどんな反応が出るか?をよく見てから、不登校扱いすべきではないですかね?色々、苦労はあるのでしょうが、それはどの家庭にも、それなりの苦労があります。正直、この親には甘さと憤りを感じ、こんな子供を、絶対に、そのまま社会に出してくるなよと思いましたね。

昭和へのノスタルジア

何を自分が求めているのか分からないですが、自分が学生時代だった昭和へのノスタルジアが日に日に強くなっています。その1つがラジオです。BOSEのスピーカに繋いでいますが、AM/FMの2,000円ちょっとの携帯ラジオです。FMはいい音ですが、AMは天候やラジオの向きで時々、雑音が入ります。番組を集中して聴こうなんて思って流すことはなく、今もFMを流していますが、ほぼBGMです。実はレコードプレーヤも買いたいなと思っていますが、好きなミュージシャンのレコード盤が手に入るのかどうか?が心配で、まだ、買ってはいません。電子ではなく電気、通信ではなく電波、ワープロではなく手書き、Kindleではなく文庫本、電子辞書ではなく紙の辞書、コーヒーメーカーではなくサイフォン、ウィキペディアではなく百科事典・・あえて、重くて、手のかかるものを、使いたくなりました。大学に合格し、祖母が使っていた1階の部屋に両親が下りたことで、やっと弟と分かれて個室になり、専門書の並んだ新しい白い机に座って、ラジオを聞いていた春の夜を思い出しています。スマホもPCもなかった時代ですが、暖かく、静かな夜で、とても幸せを感じていたのを思い出します。高校の頃と同様、バンドを組みたいとは思っていましたが、誰と組むかは決まっていませんでした。どんな歌詞もメロディーも恥ずかしがったり、躊躇することなく、いくらでも捻り出すことができていました。作った曲はカセットテープで一発取り。バンドに持ち込んで、メンバーとアレンジしていくという感じ。オーディオインターフェイスで取り込んで、PCで一人で音の良いデモ音源を作れる時代ではありません。車の音や犬の吠える声も入ってしまいます。野良犬もいたし、防音性の高い窓もなかったです。自分自身はそれらしい歌詞も書いているのに、女性も恋愛もよく知らない、大人の事や社会とも無縁。憧憬と妄想と意味のない反抗心しかなく、それが楽曲作りの源泉になっていたことは間違いありません。今、考えれば、中学や高校を卒業してすぐに働くことになった何人かの友人と比べれば、未熟であり、大学や大学院では、ふわふわした夢の中で社会と隔離されて生きていた様に感じます。そこだけで通用する常識で生きており、きっと親も含め、当時の大人は”新人類は何を考えているか分からない。このままで社会で通用するはずがない”という目で見ていたと思います。ただ、自分は今、この状態を再現したいと思っています。勿論、あの頃の様な馬鹿騒ぎをして、世間に迷惑をかけたいというわけではないです。あの頃の環境に今一度、自分を置いてみて、あの幸福感が何だったのか?を思い出してみたいと思っているのです。今が不幸なわけではありません。ただ、今の様に忙しくなかったし、疲労感がなかったことは事実で、これが、どうも、便利すぎるディジタル社会や裕福になった食べ物に原因があるのではないか?と思うのです。本を読み、紙に書き、声に出してみて、じっくりと何か考え、まとめるという独学の根気の様なものも、知らず知らずのうちに無くしている様に感じます。アナログに戻し、時の流れをしばし遅らせて、これを確かめてみたいという気持ちが昭和への回顧に繋がっているのかもしれません。そういう言えば、こういうブログやTwitter等のSNSも昭和にはなかったもので、手紙や葉書をせっせ書き、ラジオ局や新聞社へ送って自身の意見や評論として公表するか、日記を書くかしかなかったですよね?でも、これはやめるつもりはありません。

歴史学習の難しさ

 現在、角川ソフィア文庫から出版されている”吉村武彦著 古代天皇の誕生”という本を読んでいます。300ページ程度の文庫本ですが、122ページしか読めていません。並行して同じく角川ソフィア文庫出版の”中村啓信著 古事記”も読んでいますが、現代語訳の部分で210ページしかないのですが、40ページ程度、読んで止まっています。この2つの本を読みはじめて、歴史を史実を暗記するだけの教科と舐めていたことを反省しました。まず、古事記の方は神話の世界とは言え、一体、何人の神々がでてくるのか?と気が遠くなりました。人間界につながり、やがて天皇になる有名どころだけをマークしておけば良いかと思いながらも、どうも小骨の多い魚の様な食べにくさがあるのです。明確に失敗作と書かれている神もいますので、どうでも良いと言えばどうでも良いのですが、そこを読み飛ばすと、前後の繋がりが見えなくなりはしないか?という心配が常について回ります。古代天皇の方も同じで古事記で次々に生まれし神ほど多くはないですが、一人の天皇の名前が次々と変えられて説明されており、これは一体、どの天皇の事を言っているのか?と前のページに遡って、読み返して、納得して読み進める為、遅々として進まない状態です。例えば、雄略天皇はオホハツセノワカタケルで武烈天皇はヲハツセノワカサザキと書かれているし、これが中国むけ倭5王の中の讃・珍・済・興・武の武の事あるとかいう感じです。あの有名な女帝 推古天皇も敏達天皇の皇后時代は額田部皇女(ヌカタベコウジョ)と呼ばれており、とにかく、この人、誰だっけ?状態に何度も陥ってしまいます。さらに複雑にしているのが系図であり、腹違いの妹との間に皇子が生まれたり、叔父と姪がくっついたりと、今では、ありえない親族婚が堂々と行われているので、違和感のある系図になっています。もう1つは古事記にも古代天皇にも、現代語訳の中に原文が古文(元々は漢文なのですが)で引用されており、一応、それを読むのですが、さっぱり、わからない。著者はもちろん、原文を読める人なので、それを理解できている人がある程度、歴史の知識のある人に説明しているわけで、私の様な素人の理系出身には、解説を読んでも、その原文と繋がってこない場合があるのです。つまり、原文を読まずに解説だけを読む事になり、もはや、日本人なのに、英文を解説している本よりもわかりにくい。例えば

”勾大兄広国押武金日(まがりひろくにおしたけかなひ)天皇、崩りましてみつぎ無し。群臣、奏して剣、鏡を武小広国押盾尊(たけをひろくにおしたてのみこと)に上りて、即天皇之位(あまつひつぎしろしめ)さしむ”とある様に、安閑の弟が群臣の推挙によって即位している。

等という文章がみなまで言わずともわかるよね?って感じでサラッと書かれているわけです。勾大兄というだけで、歴史を知っている人はあぁ継体天皇の息子の安閑天皇のが死んだんだなとわかるのでしょうが、安閑天皇の弟 小広国押盾尊がという人は、知る人ぞ知る天皇だと思うわけです。倉山満著の”日本一やさしい天皇の講座”には系図がついているので、安閑天皇を探すと在任期間は4年間の第27代である事がわかり、確かに推古天皇の父にあたる第29代 欽明天皇との間に、第28代 宣化天皇という、同じく、たった4年間しか在任しなかった天皇がいました。この天皇は古事記では武小広国押盾尊(たけをひろくにおしたてのみこと)なのですが、これが日本書紀では檜隈高田皇子(ひのくまのたかたのみこ)という場合もある様です。こうやって、名前と系図と原文に翻弄されて、おそらく、半分も理解できていないと思いますので、もう一度、きちんとメモを取りながら読み返したいと思っています。今日のブログは本当に時間がかかりました。

花田家の因縁

この一家は、何故、こうなってしまうのか?必ず、この渦中の中心にいるのは、花田兄弟の弟、元横綱 貴乃花光司氏です。かなり前には、インチキ心理カウンセラーに洗脳されていたという噂もありますが、兄の花田虎上氏(元 若花田)との確執。次は2001年に父親の花田満氏(元大関 貴乃花)と離婚した母親の藤田紀子さんとの確執。そして、2017年の弟子への暴力事件をきっかけに相撲協会と揉め、その頃から嫁の河野景子さんとうまく行かなくなって離婚。今回は実の息子 花田優一氏と週刊誌での告白合戦。誤解されやすい性格なのか、とにかく、自身の意向に沿わない相手との揉め事に関する話題には事欠かないです。どうもTV番組で光司氏から”息子については、完全に勘当しているので・・”と言われた事がショックで優一氏は”週刊女性”に光司氏のモラハラや家庭内暴力など、古い話を告発し、一方、光司氏は”週刊文春”でこれを真っ向から否定するという流れの様です。確かに、色々、報道されている内容を見る限り、この口の達者なチャラい息子が少し話を盛り、父親が不利になる材料ばかりを並べて告発したのは明らかです。しかし、”この子にして、この父親あり”で、息子とは逆に言葉が少ない事が仇になり誤解されても仕方がない様な言動があったのも事実です。暴力事件の渦中で相撲協会と揉めてる時もそうでしたが、きちんとした釈明を聞くまで”何故、あの様な無視や居留守を繰り返し、語ろうとしないのか?その頑固さで返って、自分が不利な状況に追い込まれているじゃないか?”と私も思っていました。誤解だったのかもしれませんが、我を通した結果、彼は実際に除名同然で相撲協会を退職しています。何事も己の信じる相撲道をベースとした思想を持っていて、その正義に従って言動するも、それが相撲協会や一般人には、なかなか、理解されない。例えば、息子の優一氏が本業の靴職人一本で自己研鑽する事に集中せず、何か浮ついた様子でTVに出たり、歌手デビューしたり、しかも、別れた嫁がそれを奨励しているという状況をあの一本気な彼が看過できるわけがないと思います。光司氏が優一氏に望んでいるのは、他の事に手を出す前に自分で決めて選んだ靴職人として一流になるまで、頑張って欲しいという事に尽きると思います。一人前になっていないのに、職人とは真逆の芸能界デビュー等、許せないでしょう。私も光司氏と同じ意見です。しかし、別の考え方も、ありますよね?20代の優一氏が自分の道を、まだ、色々試しながら、見極めている過程だとしたら、法律に違反したり、他人に迷惑をかけていない以上、親であっても、それを止める権利がありますか?という話です。そもそも、子供の将来に対して、親は見守るしかなく、責任など取れないわけです。確かにこの息子は、父親が世話になっている方の娘さんを傷物にして別れたり、靴の納期を守れなかったり、無断で父親のバイクを売ったりとインモラルな行動も目立ちます。しかし、普通の父親は”何故、息子がこんな行動をとるのか?その様に育てた覚えはないが、自分に何か落ち度があったのか?”と立ち止まるもの。一時の感情で怒ったとしても、必ず、自省があるはずなのです。絶対に俺が正しいと信じ、言い続けて光司氏は失敗を繰り返しているだけではないですかね?その証拠に、この息子との騒動だけではなく、過去にも、身内や相撲協会との騒動を引き起こしています。こうなってくると、みんなで彼をハメていない限り、確率的には、光司氏が正しく、周りがおかしいとは言えないわけです。常に光司氏を中心に事件は起こっています。相撲協会は角界であり確かに特殊な人間関係や独自のルールがあるのかもしれませんが、あとは一般人の身内です。相撲協会か身内かどちらかと上手く行かないというならば、普通のサラリーマンでもあることで、よく、わかるのですが、どちらとも、上手く行かないというのは”いつまで経っても大人になりきれない、世間知らずのワガママな人”としか言えないのではないでしょうかね?

いつまで働くか?

 最近、老害事件の数々を見ていると、諸先輩には50代ごときが、生意気だと怒られそうですが、正直、身につまされます。きっと私らが60歳を迎える頃には、再雇用で雇ってもらえる上限が現在の65歳から70歳まで延長される可能性が高いです。あと15年間、働きたいと思えば働く事ができるというわけです。1992年に今の会社に就職して、約30年ですが、大きく変わったなと、思った年が3回ありました。1回目は1998年。会社で個人PCが支給され、それまでワープロ屋さんとかCAD屋さんに手書き原稿で渡して作ってもらっていた書類や図面を自分で作る様になりました。まだ、メールはなかったですが、格段にFAXが見やすくなりました。2回目は2000年。メールや携帯電話が導入されました。まだ、入社して10年経っていませんでしたが、この頃になると、今までワープロ打ちして紙で提出していた一部の文書が電子決済方式に変わってきていました。エビデンスとして一応、デート印を押した紙を上司まで上げる必要があるのですが、社内の基幹業務システムがサーバ+イントラネット上で、どんどん充実してきました。これまで、字が汚くて、見えないので書き直せと後輩を怒鳴り散らしていたアラフィフのおっさんと当時30代で油の乗り切った我々の立場が逆転した瞬間でもありました。おっさんの中にはシステムの変化についていけず、何度も何度も、処理をやり直し、それに苛立ってキレる様な人もいました。紙で仕事をしていた頃まで、自分は仕事が裁けていたのに、媒体や処理方法が変わってしまった事で時間がかかり、たちまち、仕事が裁けなくなってしまった状態です。たかが、材料を買う、出張精算をする、報告書を書く、図面を探す・・本業ではなく、文書の提出や検索等、付帯業務に手を取られるわけですから、固くなった頭で1から覚えるのは、相当、辛かっただろうと思います。最後は2010年。労働時間やコンプライアンスが煩くなってきた年です。入社して18年目ですが、さすがに、この頃は、すっかり、私も今の会社の文化に染まっており、以前に記載した様に、サービス残業当たり前、パワハラ当たり前の中で叩き上げられ、脇が甘かったと言われればそれまでですが、海外でも、ずいぶん、危ない目にも合い、それが当たり前だと思って、毎日を勤務していました。ところがある日、突然、昨日まで、私にとっては普通の文化を奨励してきた上司から、”お前のやっている事は違法になるので、注意しろ”と言われるわけですから、”おいおい、ちょっと待てよ。”と言いたくなる。紙が電子決済に変わるぐらいならば、まだ、ついていけるが、昨日まで正義だった事が悪だと言われると、混乱します。もっと悲惨だったのは、私らを、若いころ、いい意味でも悪い意味でも可愛がってくれた定年間近の先輩に、このコンプライアンス制度を利用して仕返しをする同僚や後輩が出てきた事です。駆け込み寺の様な仕組みや投書箱ができて、今のSNSの様に”匿名”で訴える事ができる様になってきました。お前が正しいと思うならば、堂々と氏名を明かして投稿しろやと思うのですが、こういうクソみたいな連中はそんな勇気はない。20年も経たないうちに、善が悪になる時代です。仮に65歳まで働けば、あと11年、さらに70歳まで働けば、あと16年。きっと大きく変わっていくでしょう。ファッションやヘアースタイルの様に一巡して、”あなた方の世代の仕事のやり方に戻すべきです”なんて、うまい話が、平成や令和生まれの上司からあれば、運よく生き残れるかもしれませんが、気力や体力がもつでしょうかね?

女性蔑視

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森さんは辞任に追い込まれました。自分の父親を見ている限り、私は、この世代の特徴だと思っているのですが、”怒っているのか、詫びているのか、分からない様な態度”に見え、”アンジャッシュ渡部みたいな謝罪をしたら男は負け”みたいな、そんな感じの、分かりやすいオヤジの謝罪会見でしたね。今のご時世、森さんも、あれじゃ、老害と言われても仕方がないのでしょうが、一方で、国会では、調子に乗ったメス議員共が、白い服なんか着ちゃって、抗議まがいの態度をとる。お前ら中学生か?って感じでした。女性を感じさせない同士の様な女性達と一緒に仕事をしてきたので、私から見れば、女を売りした、ただのメスの集団にしか見えなかったです。心から軽蔑しました。下品で、非常に気持ちが悪かったです。森さんの問題発言は、女性は会議で、言い合いになり、話が長い人も多い為、会議が長引く・・でしたっけ?明らかに彼の偏見ですね。そういうケースはあったかもしれないが、それが、たまたま、女性だったということならば理解できます。年を取るにつれ、軽率な発言を慎み、場の空気を悪くしない様、言葉に気をつけて発言しようとすれば、話は自然に長くなるし、人が、まだ話している時に、口を挟んでかき混ぜたり、論点をすり替えたりする人がいますが、実際、これは、男女関係ありません。勿論、森さんがおっしゃっていた様に、女性の中にも、そういう人はいますが、”女性全員がそうだ”と聞こえる発言が火種になったのだと思います。さらに、そのことについて、森さんが謝ると”それは、私の言い方が悪かったです。そんなつもりはなかったのですが、多くの女性の方々に誤解を与え、傷つけてしまった事を深く、お詫び申し上げます。以後、気をつけますので、お許しください。”と聞こえない。口では詫びの言葉を並べているが、表情や態度にそれが現れない為、”この人は、口先だけで、その場を取り繕おうとしている。その証拠に記者にも逆ギレしていた。”これが、拍車をかけたとのだと思います。しかし、50代の私から見れば”白い服のメス議員の群れ”の方が不快で幼稚に見えました。税金払っているからですかね・・普通の女性に対して、こんな感情は湧かないのですが、あの人達がやると非常に不快に感じます。国民の代表が、やるべき事は、そんな事じゃないだろう?って思うのです。主婦がこぞって国会議事堂に白スーツで押しかけても、おかしくないし、不快とも思いません。主婦の方達は、家の中に押し込められ、どれだけ、過酷な家事労働を強いられていますか?働く女性であっても、一般の会社では、あの方達みたいな発言の場は、ほとんどありません。そもそも、会社というのは、男女問わず、自己主張できる様な場はないです。自分をアピールする術もなければ、理不尽な権力に物申したくとも、そんな場すら与えられていません。むしろ、今ならば、SNS等でその様な一般女性達の声は集められるはずで、それらを文書や数値でまとめ、決して、自身の感情は入れず、データで抗議をする。女性が二度と下げずまれない様な、あるいは、差別を受けない様な法を定め、欧米に負けない女性権利を確立する。国会議員ならば、こんな事をすべきじゃないのでしょうか?子供じゃあるまいし、国民の代表が、あんな、幼稚で、わかり易い茶番はやめて欲しいもの。まるで烏合の衆です。今回、森さんは辞めたので、みなさん、白スーツを脱いで、お気に入りの色のスーツに戻すんでしょうか?男性の私から見ると、白スーツを着る時は勇ましくて良いですが、戻すのは、なかなか、恥ずかしいものがあります。みんなで、話し合い、申し合わせて、戻すのですかね?月曜から一斉に?それって女らしいですね。男はそんなことしませんからね。女性が仕切る社会になって、もし、差別されても、白スーツで抗議するなんて、男性議員はしないと思いますが、仮にあったとしても、おそらく、月曜日には10人、火曜日には20人って感じてバラバラと自分の好きな時に着替えると思います。自分がやりたい時に抗議し、やめたい時にやめるのが男ですからね。群れる理由は何もない。逆に、白スーツを着ていない人がいても、それを批判する事もありません。人は人です。やっていることに自信があるならば1人でやれば良い。そのくらいの強さがあるから国会議員なんでしょうから。

スロージョギング その2

 最近、また、禁酒をしていて、17日目に入り、ランニングは、晩酌を習慣にしていた頃より伸びはあるのですが、やはり、歳のせいもあるのか、5.3kmを26-27分のペースで走ると、走った後、何もやる気が起こらない状態になり、どうしたものか?と考えていました。快調に走れるけど、その後、何もできないというのは、時間を無駄にしている事であり、ランニングで一日が終わってしまいます。クエン酸とかユンケル錠剤を摂取したり、甘いもの多量に飲食したりして誤魔化すのですが、一時的なもので、疲労が回復するものではなく、逆に糖化で血糖値が大きく変動しているのではないか?と思えるほど、眠気やだるさが残ってしまいます。色々調べていたら、50代の年齢の割には心拍数の上げ過ぎである事がわかりました。以下のコニカミノルタのHPに詳細があるので、参考にして頂きたいのですが、まず、自分の最大心拍数は220-年齢で目安も求める事ができ、私は54歳なので、166回/.分になります。実際、これは運動負荷を上げていき最高に頑張った心拍数という事なので、ランニング時の記録をiPhoneのフィットネスで見ると150回/分〜170回/分なので166回/分というのは、当たっていると思います。目標心拍数は、この166回/分の60%-70%で週1回の30分程度の運動が健康に良いという事なのですが、そうなると99.6回/分〜116.2回/分で30分程度のジョギングを週1回で良いことになります。しかし、履歴を見ると私は平均心拍数が165回/分〜180回/分で26分〜27分のランニングを6日間/週を実行してきたことになり、はるかにオーバトレーニングになっていることがわかります。この60%-70%という係数は目標運動強度という値らしいですが、持久力向上で70%-85%(116.2回/分-141.1回/分)、レース体力向上で85%以上(141.1回/分)なので、140回/分-150回/分でダイエットだけが目的ならば1回 20分程度で走れる距離を週3回のジョギングで良いという事になります。それで今日、相当抑えて、平均心拍数:146回/分で5.2kmを走ったところ、34分かかりました。いつもより約7分〜8分も遅いペースです。心拍数を意識して150回/分を超えない様にセーブしたのですが、結局、最大は158回/分まで上がっていました。140回/分台を維持して走るというのは、本当にとろとろ走らなければ、相当、セーブするのが難しいです。特に往路は登りが多く、登りはこける心配がないので、気がせいて、早く登り切ろうとする意識が働く事もあり、かなり心拍数をあげることになります。むしろ、登りがきたら、より速度を落とさなければならない事は分かっているのですが、これがなかなか難しい。しかし、このスロージョギング、確かに効果はありました。疲労感が全く違います。こうやって、夕食前にブログを書く事ができているのが何よりの証拠です。ガンガン飛ばしていた頃を考えると、少し恥ずかしいですが、長く走る為にも、しばらく、このスタイルで行きます。

(参考URL)コニカミノルタランニングプロジェクト

https://www.konicaminolta.com/jp-ja/runpro/running/sports_safety/004.html

情報カードボックス その3

以前、Amazonでコレクト製の5×3(単位:incで75mm x 125mm)用の引き出し式情報カードボックスを間違って、3,850円で購入したが、B6版(128mm x 182mm)の情報カードでなければ困る場合もあるので、買い替えを検討しているというブログを投稿しました。蓋なしの木製と蓋ありプラスチックボックス製はAmazonでも購入でき、蓋なしの紙製のファイルで良ければコクヨ製もあるということもわかって、いずれも好みではないので、どうしようか?と迷っていました。直接、コレクトのHPにアクセスし、オーダメードもありそうだったので、担当者の方とメールでやりとりをしたところ、B6版の引き出し式は2015年まではラインナップにあったが、その後、製造中止になったという事でした。しかし、オーダメードには応じてくれて、見積をとってもらったところ、1個〜5個の注文ロットで税込:19,800円/個との事。ここにコレクトのある浅草から長崎までの送料がかかります。オーダメイドなので納期がまた長納期で約50日。値段もちょっと躊躇する値段なのですが、結論から言えば断念しました。では、無印良品などにちょうど良いサイズの引き出しのついた収納ボックスがないか?と探したのですが、この幅:182mmにちょうど良い、185mm-195mm程度の幅のものがなく、175mmの次は一気に200mm超えでスカスカになりそうな感じです。スカスカを我慢するにしても、仕切り板を入れないとカードが倒れてしまうので、仕切り板を確認にしたところ、そもそもカードを並べる事を想定して作った収納ではない為、純正の板は存在しない。どうせ何か加工が必要ならば、引出し式のボックスは無理でも蓋のあるジャストフィットサイズの箱を自分で作るかと思い、ダイソーに行きました。ダイソーには500円均一で木製の蓋なしボックスやプラスチック製の蓋ありボックスは売ってありますが、これも182mmを満たすものはありませんでした。結局、今は、数万円出すならば、中古で良いので、いっその事、以下の様なカードキャビネットを検討しています。これならば、確実だし、サイドデスクを買った様なものだと割り切れるのですが、問題はカードシステムを断念した場合に何に使うかということです。さすがに3段も要らないよなという感じです。

時の権力者が天皇にならなかった訳

倉山満著 ”日本一やさしい天皇の講座”という本を読んでいます。190ページほどの本ですが今、3章まで130ページほど読んでおり、あとは4章を読むと終わりです。この本には、まだ、天皇が神話で古事記に出てくる初代:神武天皇から平成の今上天皇までを対象としており、中学や高校の歴史の教科書では、決してクローズアップされる事のない天皇まで、詳細な行いや性格などが記載されていて、とても、興味深いです。また、その時代の政治を仕切っていた時の権力者達、つまり、蘇我氏→藤原氏→平氏→源氏→北条氏→足利氏(特に義満)→織田氏(特に信長)→豊臣氏→徳川氏→薩長→伊藤博文→軍部・・等と並行して、その時代時代の天皇が記載されおり、天皇がどの様なお立場で崇め奉られ、不幸にも、増長した権力者たちに政治利用されていたのか?を、垣間見る事ができて、この点も、わかりやすいと思いました。各章に都度、出てくる、”時の権力者達は、何故、中国やローマの様に、それだけの権力や武力を持っていながら、自分が天皇になろうとしなかったのか?”という問いは、この本の最大のテーマになっており、本当に考えさせられます。この本の作者は、タマタマだと記載しています。本当にそれだけか?と私は思うのです。一方で、作者がタマタマと言いたくなる気持ちも何となくわかり、もし、時の権力者が天皇を恐れ多いと思っていたならば、自分の都合の悪い皇族を堂々と暗殺したり、言う事を聞かない天皇を譲位させ、傀儡にすべく、力のない若い天皇を据えたり、当時は天皇の死後退位が不吉とされて生前退位で譲位してから亡くなられるのが常識だった時代に、お金がなく譲位できない御所の貧困ぶりを見て見ぬふりをするか?とも思うわけです。なぜ、天皇家が必要だったのか?やはり、神の信託の様なものを求め、それを具現化した存在が天皇家だったのではないか?と私は思います。要は事を起こす際、自分の正当性を担保するものを自分以外に求める場合、勅命や錦の御旗があれば、これに勝るものはない。その為には、天皇という存在が必要で、天皇がやって良いと言ったから、自分は誰々を成敗に行くのだとか、その様な政治を行うのだという大義名分を立てて、その実、自分の立場や家を磐石する戦や政治を行いたいというのが本音。その天皇とは日本人が古の昔から、天皇家と認めてきた家系につながる存在でなければならず、自分が今の天皇家を滅し今日から天皇であると宣言したところで、日本人に認めてもらえるわけがない。また、自分が起こそうとしている戦や行おうとしている政治についてはわかるが、それ以外に、天皇が天皇であるがゆえになすべき儀式や祭事まで理解し、それを実践しなければならないとすれば、元々、やろうとしている事に十分な精力を傾ける事が難しくなる。そうであれば、一民間人のまま、天皇に許可をもらって事を起こす立場であり続けた方が、煩わしい事に巻き込まれず、思い通りに戦や政治ができる・・まぁ、こう考えたのではないか?と私は思っています。これは、今の日本の社会にもあると思うからです。会社で、何か事を起こす為には、ある程度の地位が必要である事は間違いありません。ヒラ社員では、自分の裁量だけで、やれる事は何もないはずです。しかし、上り詰めると、今度は、自由や個性は、どんどん制限されるばかりか、その地位を手に入れても、配下がついてこなければ、その地位でやりたかった事ができないという結果にもなり兼ねない。最高の地位より、もう1つ2つ下の立場の方が、健やかであり、配下にも人気もあり、思うがままに事を進める事ができていたというのは、覚えがある人もいるのではないでしょうかね?もちろん、それは、最高の地位に座った上司が煩わしいところを全部、取ってくれて、自由にやらせてくれていたという事で、会社では感謝すべき事なのですが・・これが権力者の場合は、ちょっと違います。何か自分は無敵な感覚になり、増長し、勘違いする為、いつしか、天皇家は必要だが、天皇は自分に同調してくれる人でなければならないという事になり、本来は、反対されれば引っ込むしかないはずのの一民間人が恐れ多いことに、天皇家に意見したり、排斥したりする様になり、世の中は乱れてきたわけです。非常に奥が深い、この天皇家をもう少し、勉強してみたいと思います。