価値観とは

 あるべき自分の姿や理想的な自分の人生と現状とのギャップを把握し、そのギャップを無くす為に起こすべき行動を決め、日々のルーチンに落とし込み、実行していくというのは、よくある手帳術や時間術などの出てくるお決まりの手法だと思います。これと対比して、”自身に素直になり、やるべき事ではなく、やりたい事を見極め、それを実行すべき”という様なアドバイスもあります。いずれも価値観を明確化するという点は共通するのですが、この”やりたい事”というのは、誤解を招くし、ちょっと違うかもしれないと最近、思う様になりました。人間はそもそも”働かず、楽に生きたい”というのが根底にあり、特に日本人は”食生活が豊かではなく、エネルギーの消費を低くしようとするDNA”があると言われていますから、余計な活動は控え様ということで、一般的に見れば働きもせず”怠惰な方向”が理想となるはずなのです。私もやりたい事は何かと聞かれれば、”好きなオードブルを揃え、ワインを飲んで、ゆっくりくつろぎ、眠くなったら誰に気兼ねする事なく眠る。”、”気分がよくなったら、ギターを弾き語る”と即答すると思います。こういう怠惰な状態を繰り返していることが、本当に自分の理想なのか?と自分に問う事が価値観を明確にする第一歩だと思っています。食欲と睡眠欲は満たされても、おそらく、性欲を満たすことは困難でしょう。性欲というのは風俗では絶対に満たすことはできない、もっと、精神的で愛情の延長線上にある本物の性欲ということにしておきましょう。いくらお金があったとしても、一日中、遊んで暮らしている男を女は信用できないし、体も鍛えておらず、体型もだらしがない為、いざという時に体を張って守ってくれる保証もない。まず、抱かれる気にはならないと思うのです。体ばかりか、使わない頭は確実に悪くなります。限られた世界でしか生きていない引きこもりがちな男は話していても話題に乏しく、退屈です。つまり、男の価値は女に好かれてなんぼというのは、生物学的にも間違っていないと私は思います。つまり、女が魅力的に感じる要素をどれだけ持っているかが男の価値と心得、体を鍛え、勉強をし、その過程で精神力を鍛えていくということ。その一点において、自分はどんな理想的な男になりたいのか?というのが男の価値観だと、最近、気づきました。正直、私は40代でそういう事は終わるのだろうと思っていたのです。50代でそんなことを言っていたら若い人からも異常だと思われはしないか?と心配でした。ですが、やはり、何か事を起こそうする原動力は食欲でも睡眠欲もなく、やはり、性欲だと分かったのです。モテたいと思わなければ、できるだけ楽な仕事で少しの金を稼ぎ、食べて寝ていれば、それで事足ります。じゃあなんで、大企業で重責を負い、会社が終わってからも英語などの勉強で自己研鑽し、太らない様に気をつけてランニングを習慣にするのか?ということを、よくよく自身に問いかけてみれば、それが自分の求める男になる為に不可欠だからという事です。ここでしつこく、男、男と繰り返すのは理由があります。理想の人間になる為というならば、このパワーは出てこないのです。きっとこの世に中性しかおらず、男性と女性の性別のある世界ではなかったならば、ずーっとワインを飲んで歌いながら暮らしているのだろうと思います。本当に好きな事を見つけよう、やっていて楽しい事をやろう。それが理想なんだという人はそれはそれで良いと思います。一時は私もそうでした。もう50代にもなって、無理して努力など、しなくていいじゃないか?と思っていたのです。しかし、今は、まず、自分が魅力のある男になるために何を目標にすれば、その過程の苦労に耐えられるか?を考えてみたいと思っています。その魅力のある男というところは、よくよく考える必要があります。そこに行き着く過程は決して、やりたいことばかりではないと思うからです。

SIMロック禁止

 10月1日から自社回線しか通信不能とするSIMロックを原則禁止にする方針にすると総務省から発表がありました。私がこのSIMの存在を意識する様になったのは2005年頃だったと思います。当時、うちの会社に来ていた香港のクライアントが、何やら、SDカードの様なものを携帯電話から取り出して、入れ替えている操作を見たのが、最初だったと思います。最初、私は撮影した写真などのデータを携帯電話のハードディスクからコンパクトなSDカードに移し替えているのか?と思っていました。そんな面倒なことをせずともケーブルで直接、PCへ繋げばいいのにと思いながらも、直接、繋ぐ事ができない制約が何かあるのだろうと思っていました。しかし、どうも、いくつかのカードを入れ替えている様に見えたので、一体、何をやっているのですか?と確認したところ、日本に来たので日本のキャリアのSIMを買って、入れ替えている。一緒に日本に来ている同僚や日本の友人と連絡を取るのに、日本の中で香港のキャリアのままでも連絡は取れるが、国際電話で連絡するのは電話代が馬鹿にならないので、日本のキャリアで連絡を取れる様にする為だと言うのです。auか?docomoか?どのキャリアのSIMだったかは、確認しなかったのですが、とにかく、日本のキャリアであったことは間違いありません。そんなことができるのか・・と当時、中東やフィリピンへの出張が多かった私は自分が海外出張に行っても手持ちの携帯でそれができるのか?について、auに確認をしました。それができるならば、いちいち、国際電話用の携帯をテレコムからレンタルして出張する必要はないし、そのテレコムの携帯ですら、私の滞在国にキャリアが存在していないため、結局、シンガポール経由となり、例えばクウェートに同行している、すぐ近くのホテルの同僚にシンガポール経由の国際電話でちょっとした要件の電話をしても、ものすごい通話料金を取られていたわけです。いくら会社が負担してくれるからといっても、出張経費の無駄遣いであり、何とかしたいと思っていました。しかし、auからは一言、”当社の携帯はSIMロックがかかっていますから、当社のSIMで通話はできないことになっています。auは中近東の大抵の国でそのまま使えますから、3Gと4Gの切り替えは発生しますが、ご安心を”というドライな返事でした。ここで初めてSIMロックという言葉を耳にしました。当時はiPhone 5か5sを使っていたと思うのですが、このSIMロックについてApple社を含め、色々、聞いて回ったことを覚えています。結局、出張先のクウェートでNokiaのSIM Freeスマホを購入して、しばらく使っていたのですが、よくよく、考えると最初からApple On Line StoreでSIM FreeのiPhoneを買えば良かったんじゃないのか?ということに気づき5sのSIM Freeを購入しなおしました。Nokiaがだいぶん、劣化してバッテリーの持ちが悪くなっていたのと、Nokia自体が日本から撤退していた時期で、日本でのメンテが難しくなってきたというのがその理由です。一時はこのNokiaにauのSIMを入れて使っていたこともあったのですが、日本語入力がいまいちで使いづらい為、結局、出張専用になっていました。そんなこんなでSim Freeの5sを日本と海外出張先の両方で使っていたのですが、auに2年縛りのルールができてから、Sim FreeのiPhoneをApple Storeから満額払って、毎回、機種変するのと、auしか使えないSIMロックのかかったiPhoneだが、2年ごとに半額で機種変できるのは、どちらが良いか?という選択をすることになりました。結局、滅多に行かない海外出張のためにSim FreeのiPhoneは贅沢だということで、その後はずっと2年縛りに乗っかってauから買っています。海外出張はコロナの影響もあり減ったし、コロナ禍ではないとしても年々、アクティブな出張は減り滞在期間も短くなってきてはいたので、今更、Sim Freeになってくれてもね・・という残念な思いはありますが、同時にやっと日本もSim Freeになったか・・と感慨深い思いもあります。IT後進国 日本はもはや韓国や中国より遅れていましたし、au,NTT及びSoftbankの3大キャリアの独占でしたから、自由競争で価格が下がることを期待しています。そういう意味で菅内閣は国民の味方ですね。

思考ツールとしてのノート

最近、また、手帳に興味が出てきています。ルーチンの管理ツールという意味では、特に手帳がなくても、やるべきことはわかっていて、それを自分の意志で、毎日、こなしていくだけなので、手帳に日々管理されるまでもなく、それは不要だと思っています。手帳に細々とデイリーで書きだすという行為に効率の悪さや無駄を感じていたのです。例えば、今朝、ラジオ英会話の5月号のLesson 1をやれば、明日は必ずLesson2をやることは分かっているのに、それをわざわざ予定に書いて、何になるのか?という事です。仮にそれをサボったとしたら、明後日Lesson2になり調整日の日曜日を使ってLesson1-Lesson5までを消化するのですから、予定通りなのです。2回サボれば日曜日に2回分のLessonをやってWeeklyで遅れがない様、調整をするのですから、手帳に書いて管理するほどのことはありません。決めたことを守る人間には手帳は不要だと私は思うのです。しかし、高田晃さんという手帳術に詳しいコンサルの方がやっている動画をYOU TUBEで見ていると、彼は確かに予定やルーチンの管理に手帳を使う事を勧めているのですが、それ以外にもアイデアを書き留めるツールとしてA5版のシステム手帳にさっとメモって、B5版リフィルのルーズリーフに詳しく転機するというノートと手帳のコラボを実践している様なのです。私がノートというものに違和感を覚えるのは、検索性の悪さで、何かを考える為に手で自由に書き出してみるツールとしてはわかるのですが、一度、書いたものを読み返すのか?という点に関しては、学生時代から疑問がありました。勉強の場合、暗記の為に使うツールとしてのノートならば、まだ、いいのです。例えば、左半面に和文、右半面の英文をコピーして貼り付けて、重要構文を暗記するツールとして使うという様な使い方です。しかし、手書きで書く意味はなく、多色ボールペンでアンダーラインをひいたり、マーカでカラフルに強調するなどは勉強の本質ではなく、ただ、綺麗なノートを作ったという自己満足です。手で何かを書くという事は脳の中だけでは漠然としているアイデアや知識の点と点が結びつかずに、全体としてモヤモヤしたり、事象の関連性に気づかないことで実は共通している問題に気づかず異なるアプローチをし、非効率的な仕事をしたりすることなどを避ける為に行う行為だと思っています。文字ばかりではなく図解して考えた方が早いという場合もありますが、その場合も手書きの方が最適です。高田さんはそういう考える作業にはA4ノートをさらに別に持ち歩いているそうです。彼曰く、携帯するホワイトボードであり、紙面はできるだけ広い方が良いということで流石にA3は持ち歩けないのでA4で妥協されているということらしいです。そう。私はここで気づきました。何か問題提起し、その解決策を1から考えてアイデアを出すという行為を長らくやっていないという事です。仕事ではやっているのですよ。日々、起こる、突発的な想定外の問題や長期で抱えている問題は、必ず、会社組織の中にはあるわけで、それを解決する事が仕事なのですが、突発的な問題で1日終わってしまうことが多く、長期で抱えている問題に行き着けない。いや、時間がある時でも、長期で抱えている問題に取り組もうとしていない自分に気づきます。そこで今一度、この思考のツールとして手帳、ノートあるいはカードを活用してみようという気になったのです。管理の為のツールではなく、考える為のツールです。ただし、私の場合は長続きしない問題があって、アイデアをメモるという行為が苦手なのです。ある、長期的な問題があるとして、それを解決する情報をどこから、どうやって得れば良いのか?で壁にぶつかります。思いつくのは同業者の情報を得ることなのですが、少なくともWeb上で公開されている様な情報がそう簡単に異なった組織で使えるわけはないのです。じゃあ、組織そのものを真似したいある有能な企業に合わせなければならないじゃないか?ということになり、表面的なアイデアは採用できないことに気づくわけです。結局、会社で起こっている問題はその組織でもできる事を独自に考えなければなりませんが、その知恵には限界があります。仕事に関しては、何か見つけても、ほとんど、使えないアイデアをメモることに意義を感じなくなるのです。では仕事以外の問題ということになり、自分たちの仕事の効率を上げるツールのプログラム開発の様なことに自然に目がいきます。現在、私がやっているPythonはその一環ですが、メモるという行為は伴いません。効率化のヒントをいきなり紙に書き出してプログラムにしたいネタをフローチャートや図解で書き出すということになります。その後、プログラムにしたら試行錯誤で動かしながら期待通りのOutputとなる様、改良を繰り返す作業です。何かを問題提起し、アイデアを練りながら解決策を企画するという事が自分の場合、意外に少ないことに気付かされます。私生活の問題を含め、手帳やノートをどう思考ツールとして使うか、そこから考えてみたいと思います。

幸福の自覚

一命を取り留める夢や拘束の身から解放される夢を見たことはないでしょうか?最もいずれか、または、その両方を現実に体験された方もおられるでしょうし、軽微な事ならば、それが病気かも知れないし、事故かも知れないし、仕事かも知れませんが、多少は皆さんあると思います。特に夢の場合は、矛盾した特殊なストーリの中で命を取られそうになっている為、こんな事で死んでたまるかという気持ちも一層、強い様で、恥ずかしながら、卑怯な逃げ方や命乞いすらしてでも生き様とする自分を発見することがあります。その助かった時や解放された時の幸福感は何事にも変え難い、何も要らないと思える様な幸福感で心地よい休息と安眠に堕ちていきます。その次が受験し合格した後だと思います。中学や高校を卒業し、高校や大学が決まっている春休みは天国です。私の場合、家の事情もあって、地元に残るしかなく、大学は自身の学力レベルより低い大学だった為、そこまでの喜びはないだろうと思っていたのですが、ここを落ちる様では話にならないという失礼なうがったプレッシャだと思いますが、その様なプレッシャが予想以上にかかっていた様で、とても解放され、嬉しかったのを覚えています。ところが、この幸福感は一命を取り留めた場合も受験に成功した場合も一時の事。あれだけ生きられる事に感謝をし、合格した事に喜んでいた心は、生きられる事や希望の学校に、日々、通える事を日常的な事と勘違いしてしまいます。生かされているとも、通わせてもらっているとも思わなくなるという事です。日常的な事と書きましたが、雨風が凌げる家があり、三度の食事ができて、風呂に毎日入る事ができ、清潔で、好みの服をきる事ができる事だって、日常的ではない人だっていますので、この日常/非日常の定義も人それぞれで違います。大学に通うなんて夢のまた夢という人もいるはずです。私はある時から幸福とは何かを深く考える様になりました。考える様になったとは哲学者の様に深く思考するということではなく、ある時代を思い出し、そこから今の自分を見て幸福な点を考えてみるということです。小学生の自分から見れば、20年前の30代働き盛りで仕事に明け暮れ、最初の妻とは喧嘩ばかりしていた自分の不幸な境遇も、おそらく、幸せに見えるのではないか?と思うのです。冷房もない真夏の熱帯夜にせっかく風呂に入ったのに、汗をかきながら眠りについた時代です。しょっちゅう虫に刺され、かきむしって化膿しており、その化膿した足でドブ川にジャブジャブ入って遊んでいました。トイレはうちは貧乏で汲み取り式でしたが、世間は、やっと水洗になった時代で、ウォシュレットなど当然ありません。冷えた水などなく、水道から水をコップに注いで飲んでいました。たまに買ってもらえる合成着色料たっぷりの炭酸飲料は500mlを3人で分けて飲む。冬は隙間風の入る様な家でストーブとこたつ。朝、着替える時には、こぞってストーブの前を奪い合うような状態。ストーブの上にはスウィートポテトのケーキやフレンチフライではなく、買ってきた芋がそのままストーブで焼かれており、加湿器はストーブの上のヤカンでした。スナック菓子はありましたが、ポテトチップスは私が6年生のころに出てきたぐらいで、その前は、ほぼ、小麦粉やとうもろこしを主原料にしたもの。アイスは濃厚な味がするのはバニラかチョコアイスぐらいで、ほぼ、かき氷状のもの。遊びは主に外でスポーツであり、ソフトボール、サッカー、バットベース、陣取り、馬乗り、Sけん、ケイドロ、コマ、メンコ、ビー玉・・このあたりが定番。家の中のゲームはトランプ、将棋、ボードゲームです。これが1970年代の長崎です。そこからわずか30年後の30代の私はすでに2800万円で購入したマンションに住み、携帯電話やパソコンを持って生活していました。もちろん、ウォシュレットのトイレも冷暖房も完備され、4LDKの夜景の見える最上階の部屋に妻と2人だけで暮らしていたのです。私は海外の長期出張が多く、その分、同世代よりリッチでした。しかし、妻には寂しい思いをさせ、自分も普通の夫婦生活がどういうものか?を知る由もなく、子供も作らず、ただ、馬車馬の様に働いては、酒を煽り、泥の様に眠る毎日でした。何でも買える、何でも揃っている・・でも、手に入ってしまえば、それを、全部、日常と錯覚し、幸福感など全くありませんでした。育ててくれた親にも会わず、感謝もせず、まぁ、人としては、ひどいものでした。こんなに自分は不幸なのだから、仕事のない時ぐらい、放っておいてくれよという感じです。小学生の自分は、裕福ないとこや友人の家庭と比較して、こんな暮らしはいやだ、金持ちになりたいと思っていたので、30代の自分は、その目的を果たしたのですから幸福の絶頂のはずなのです。しかし、感謝の気持ちがなければ、絶対に幸せになれないことにやっと40歳を過ぎた頃に気づくのです。おそらく、同世代はとっくにその事や、家庭の大切さ、そこに働く為の原動力がある事を知っていたと思いますが、私は気づけなかった。遅ればせながら、毎日、自分は最も幸せな人間であると感じながら生きることにしました。

英語学習:ディクテーションと構文暗記

私は前のブログに書いた通り、自分の英語力を過大評価しすぎていたのでNHKラジオ英語講座の教材をラジオビジネス英語からラジオ英会話にレベルを下げ、かつ、アルク社から出版されている”究極の英語リスニング Vol.2とVol.3”のディクテーションを実践しています。このディクテーションは聞こえてくる英語をそのまま書くということなのですが、なんとなく大意は掴めたという聞き方ではなく静聴して多くの単語を正確に聞き取り、聞き取れなかった単語を推定するという訓練としては最適だと思っています。ただ、少し心配なのは、今の方法で良いのか?ということです。私は1文毎に音声止めては書き、次の1文の音声を聞くというやり方ではなく、1つの文章の途中であっても、記憶可能な単語数で音声を止めて、まず、書き取ってから、全体の意味を考えるという方法をとっているのです。1文を全部流してから書こうとすると、聞き取っていたはずなのに長文だと忘れてしまい、結局、数回、忘れた部分を集中して聞き、書き取る為、、二度手間だと思ってしまうわけです。そうであれば、最初からぶつ切りで聞いて1回で書き取った方が良いという判断になります。でも、実際の会話におけるリスニングでは、ぶつ切りで話してもらうということなどできない為、やはり1文単位で音声を流して聞き取り、そこで記憶している単語を書き、全体の意味を予想して書き取りを完成させるというのが正しいのかもしれないと思う様になりました。一旦聞こえた文章や単語を話者が話し終わるまで保存しておく能力をリテンションというらしいのですが、私はこの能力が極めて低いことを自覚しています。シャドーイングをしていた時期があるのですが、これは聞こえた英語をそのまま声に出し、影の様に追いかける訓練で、英会話Schoolでも奨励している訓練の1つです。ですが、これはリスニングの訓練としてはかなり上級者向けの訓練になっており推奨しないという意見もあります。確かに読んでも意味のわからない文章をただ音声だけ真似して発声することでリスニング能力や会話能力が高くなるとは思えないので、結局、やめました。それで、今度はディクテーションにTryしているのですが、リテンション能力を高める努力も同時にやらなければ、英会話のリスニングの訓練としては有効ではないのかもしれません。一方、何とか聞き取れたとして、次は自分の言いたい事を表現するには構文を引っ張り出して、組み合わせ、脳の中で作文してから話すというスピーキングの能力が必要になります。NHKのラジオ英会話ではその構文がすらすら出てくるまで繰り返し暗記することを推奨するので、私は朝は5月号を暦通りに行い、一応、Dialogや重要なセンテンスを暗記をし、最近、夕方はもう忘れてしまった4月号に戻って暗記しています。和文を見て英文を言える様に訓練しているのですが、実はこれもこの学習方法で良いのか気にはなります。時間のある英作文では構文暗記は役に立つのでしょうが、瞬発力を求められる英会話の場面で、暗記している構文を瞬時に引っ張り出し、シチュエーションの合わせて組み合わせ、話せるのか?と思うわけです。昔は、その場で単語を並べて何とか伝え様とすることで精一杯で、冷静にゆっくりしたスピードで話すことができなかったのは事実です。今は比較的、待たせることにも罪悪感がなく、昔よりは焦らずに話すことができる分、英作文ほどの余裕はないにしろ、文法的にはマシな英語を話せていると思います。しかし、考えながら話している間は、本来の英会話ではないという意見もよく見かけます。作文せず、自然にでてくるのが良いということなのでしょうが、日本人が作文を意識せずにすらすら話せるでしょうか?結局、慣れなんでしょうかね。自分のこのコツコツとした学習方法がとても不安になる今日この頃です。

iPad au契約

 iPad Airをau契約にした方がいいのか、Apple StoreからCellullarモデルを購入してauとは通信契約だけした方が良いのか?を昨日、色々、確認してみました。まず、auのHPに掲示されている価格はあくまで本体価格でお目当てのiPad Air(第4世代) 256GBはauでは48回払いで2,250円/月、一括にすると108,000円となっています。ちなみに最新のiPad Pro(第5世代)は256GBで3,345円/月で一括の場合、160,560円です。ここまでくると、通常のMacと大差がありませんね。一方、Apple Online Storeでこの2機種を確認するとAir:104,280円、Pro:159,800円でAirは3,720円、Proは760円ほど、Appleの方が安いという結果です。iPhoneの場合、auでは2年で機種変すると残りの24回がタダになるという囲い込みの”変え得プログラム”があるので、実質負担、半額なのですが、残念ながらiPadにはそれはなく、48回分、まるまる支払うことになりますから、若干、Apple Storeの方が安いということになります。auでも在庫はなく予約して入荷待ちになるのですから、もし、auが通信契約だけが可能でiPad用のSIMを提供してくれるならば、Apple Storeで本体購入してauに持ち込んだ方が良いと思い、au shopに可否を確認したところ可能とのこと。これでApple Online Storeで購入する事に決めました。次に通信契約がいくらかかるのか?ということなのですが、iPad単独の場合はタブレット単独プランというのが2種類あり、4G/5Gライトプランが1,100円/月で最も安く、これは1GB/月が上限。もう1つはタブレットプラン20で20GB/月まで使えて6,050円/月かかります。一方、”使い放題Max 4G(5G)”というスマホとデータ容量をシェアできるプランにすれば、税込7,238円/月で、こレニ”家族割プラス(3人以上)”、”auスマートバリュー”及び”au Payカード支払い割”をつけると税込4,928円で30GBまでスマホとデータをシェアできます。昨日、auのサイトでチャットで会話した時にはiPadの4G/5Gライトプランを支払う必要がある様なことが言っていましたが、どうもそれはなさそう。使用量が3GB以下ならば税込3,278円/月なるというプランなので、WiFiで使っている事が多い月にはさらにお得になります。現在、iPhoneはauフラットプラン7プラスというもので7GBを上限で4,200円ですが、ほとんど変わりません。728円の差でほとんど変わりません。通信契約は”使い放題Max 4G(5G)”はこれで決定です。Apple Online Storeでは今日予約しても5/20に発送できるということなので、au予約よりは早いです。だんだん欲しくなってきましたね。iPadを購入したら、iPhoneは12miniで良いと思っています。Apple Pencil:15,950円とKeyboad:18,800円を買うと結構なお値段です。

金投資か銀行預金か?

武田邦彦先生のYOU TUBEブログをよく、聞くのですが、銀行預金を増やせば増やすほど、税金が増えるという理屈をわかりやすく説明されていました。武田先生は経済学者ではないので、細かいところは色々、異論はあるかもしれないが概ね、こういうことだと前置きして説明されていました。まず、銀行は元々、預金を私企業に貸して、私企業は利子をつけてその金を期限までに返し、銀行はその利子を行員の給与や設備にまわし、残った金を預金者や利子をつけて還元するというビシネスであると。ここからは自分もまだ企業の一員なのでよくわかるのですが、私企業はハイリスク、ハイリターンの仕事を選択する機会が減っており、銀行からまとまった金を借りない様になり、困った銀行は国に貸しつける様になった、これが国債ということらしいのです。しかし、国がその金を何に使っているかは別にして、いずれ、その借金は銀行に利子をつけて返すことになりますが、銀行はその借金を利子を含め、国民の税金で賄っているという事らしいのです。国は何かで儲けるということはないので、例えば、橋梁や高速道路を作るだけで、それを直接どこかに売って利益を得るということはできないので、その道路を使う人から通行料を取るしかないわけです。国民の為に使った銀行からの借金を税金で徴収して返すしかない。まぁ何となくこのメカニズムもわかりますね。つまり、銀行に預ける金が増えれば増えるほど、国債が増えるというわけですから、銀行預金は銀行が国債を買って凌がなくても良い程度の上限であることが望ましいということになります。銀行は国民にとっても必要な機関ですから、潰れてもらっては困るので、そこそこ預けるのが良いのでしょうが、それは逆に銀行でコントロールしてもらわねば、我々では加減がわかりませんよね。行員だって納税者なのだから、あなたの預金の上限はここまでなので、別の銀行に口座を開設してくださいとかアドバイスして欲しいものですが、もし、これが、概ね事実ならば、まぁ、多少、増減はあってもGold投資が理想なのかもしれません。私が心配しているのは、貴金属の価値なんて時代で変わるのではないか?ということなのです。しかし、Goldというのはそれはもう大昔から一定不変の価値がある金属であり、今後、月や火星にでも大量に採取できる鉱脈が発見でもされない限り、安価にはならないはずですね。でも、紙幣や硬貨ではないという事に漠然とした不安が残ります。50万円のGoldがせいぜい65g程度しかないわけです。10,000円札の価値が紙切れ同然になってしまう事もないとは言い切れませんが、なぜか円やドルが安心というのは、洗脳のせいでしょうかね?あと100万円ぐらいGoldにしておいてもいいかなと思う今日この頃。というのもドルが不安でGoldの需要が上がりそれによってこのところ値上がりしているのです。これってどういうことなのでしょうか?本日の三菱マテリアルのGold Reportには”米長期金利の低下を眺めて金利を生まない金塊を買う動きが活発化。ドル安の進行もドル建てで取引される金の買いを後押しした”と書いてありました。これは私の解釈なので間違っているかもしれませんが、Gold高ドル安になれば1000ドル=Gold 20(g)だったものが、1000ドル=Gold 10(g)になれば、考え方は2つ出てくると思うのです。Goldの価値が高いうちに買っておこう、まだ、値上がりするかもしれないという考え方と、この前まで20gを買うのに1000ドル支払えば良かったのに、今は半分の10gしか手に入らないので買うのを待とうという考え方です。結果として保有するGoldが100gであったならば、5000ドル相当だったものが、10000ドルになるわけなので、ドル安Gold高ならば、今日の様にGoldの価格が上がるのは結果としては納得できます。問題はドル安によって投資家たちがGoldを買おうという動機つけになるのかどうかです。私ならばトレンドを見て、上がっていたら、買った途端、下がるのではないか?と少々不安になるのですが、案外、資金が豊かな投資家というものは、まだ上がり続けるだろうから、今のうちに買っておこうとなるものなのかもしれません。

iPhone12の選択

6月が現在のiPhone XSに機種変して、ちょうど、2年になるので、私のキャリアのauではXSの機種代残額を0にして新機種へ機種変するには最適な月になります。ネット情報ではiPhone 13はどうも9月ぐらいにリリースされるということで、そこまでは待てそうにないので、iPhone 12シリーズに機種変しようと思いますが、12,12mini,12Pro及び12Pro Maxのどれが良いかについて、ネットには様々な意見があります。まず、価格ですが、12とminiは64GBが最安値になり、ProとMaxは128GBからですから、12とminiも128GBにして価格を比較するとmini:87,780円、12:99,880円、Pro:117,480円、Max:129,580円となります。上手く作り込んだ価格だなと思うのが12はminiより12,100円高く、MaxはProよりやはり12,100円高いということ。12とProの価格差は17,600円なのでここは更に5,500円アップになっています。miniからProまでの価格差は41,800円で私の感覚としてはauで2年ごとの機種変を継続していく限り、このiPhone 12シリーズも48回分割した金額を月々機種代として支払い、残った24回分は無料なので、結局半額、つまり、24回分で比較する事になり、この2年間で支払う金額の差はminiからProまで20,000円程度しかないということです。比較は128GBでやっていますが、256GBになれば多少、差額も変わるかもしれません。しかし、この程度の差ならば、どれを選んでも大差はなく、価格で悩むことはまずないと思っています。同時にこの価格に大差が無いという事実からminiが売れない理由がよくわかります。チップは全てA14でパフォーマンスはほとんど変わらないのに、もはや、5.4″のDisplayでは満足できず、せめて6.1″以上は欲しいと感じ、バッテリを持たせてより長く使いたいというNeedsの方が、軽さや片手操作性の良さを求めるNeedsよりも高かかったという事だと予想します。おそらく、片手操作に問題のない手の大きな欧米人ならばMaxを選んでも何の不思議もないし、フリック入力できない日本人も結構いて、ゲームなどで両手操作をする機会も多い様なので、そうなってくると、miniは返って使い辛いということになります。私もフリック入力は苦手でローマ字入力なので両手操作です。今後、フリックを練習しないならばminiは選ばないと思います。仮にminiを外すと12かproか?ということになりますが、重量がProは25g重いだけで、サイズは同じであり、違いはカメラの性能のみ。Proには望遠があり、12にはそれがなく超広角/広角しかないということ。また、ナイトポートレートも12にはありません。この差が17,600円の差なのですが、そうであれば、Proを選ぶ事になりそうです。ProとMaxの差はDisplayであり、Pro:6.1″に対してMax:6.7″であり、その差はそのまま重量差となってMaxは64gほどProより重いです。ポケットサイズにはならないことは確かであり、真夏でさえバッグに入れて持ち歩くことになり、ちょっとクールではないのでMaxはないと思います。iPadの購入も検討しているのですが、iPadを買うならば、iPhoneはminiを選ぶ事を考えていました。しかし、iPadを持っていたとしても、特に夏場はバックを持たない外出が増え、手元に持ってきていないということがありますので、miniでLineやMailを打つというのも辛いと思い始めました。今のところ、Proに傾きかけています。

年寄りに優しくない社会

世の中にはズルく、あざといので、助けたくない年寄りもいますし、中国の事件の様に手を差し伸べて、助けてやろうとしたら、逆に、この男に突き飛ばされたと訴え、賠償金を請求する危ない年寄りもいます。ですが・・電話回線がパンクすることは、最初から想定できていたにもかかわらず、命に関わるコロナワクチンをWebで細かい文字を注意深く読まなければ、予約できなかったり、早くて便利だからといって、Lineで予約を受付るなどというのは、いかがなものか?と思います。”もう、私はいつ死んでも良い”と日頃、言っている言葉が真実ならば、なぜ、こうなるのか?死んで良いならば、コロナも怖くないだろうなんて、まともに信じちゃいけません。いくつになっても、死にたくはないし、死が恐怖だからこそ、大阪のある市の様に、日頃、弱っているはずの老人が徹夜で発券開始の1日前から人より1番でも早く、予約券をもらおうと並んでいるわけです。やっとダイアル黒電話からプッシュフォン電話を使える様になり、さらに孫とFAXでやりとりできる様になったのに、今度は安否が心配だからと携帯電話を持たされる。漸く、電話とカメラぐらいは使える様になったかと思えば、”もうガラケイは製造中止で全てスマホになりますので、お年寄りはこのラクラクスマホがお勧めです”とか言われて、また、それに馴染まなければ、普通の暮らしが難しいわけです。これが高齢化社会における1つの問題です。文明の利器は、どんどん進歩し、過去のそれらは淘汰され、人はそれに追従することを求められるのが常ですが、だんだん、頭や気力が追いつけない年齢になってしまったのに、生きているということです。子供達は体の元気な老人ですから、決して、同居して面倒を見ようとはしません。まだ、大丈夫だろうと思っているはず。頭の劣化の方はすでに気遣って欲しい年齢に達している事に気づかずにです。”IT社会に馴染めない人は危ないので、家でじっとしていてください。外に出て普通の生活を送りたい人は自分で覚える努力しないと・・”と言わんばかりですが、日本は、いつから、老人が”生きずらいので、いつ死んでも良い”と思うような社会になったのでしょうか?IT社会に馴染めない老人は死ぬまで家で過ごせということですかね?一方で台湾の老人達はちゃんとスマホを使いこなしており、電子マネーで決済できているのに、日本の老人だけが甘えているという意見もあります。しかし、共存できる社会を作ってこそ、日本らしいと私は思います。なぜ、使い慣れた機器や手書きの紙決済を完全撤廃するのでしょうかね?縮小はいいんですよ。ダブル、トリプルスタンダードを維持するにはお金も人材も必要ですからね。部品だってだんだんなくなってきて、いつか修理もできなくなるでしょう。でも、できる限りでいいのです。少しだけ残してあげればいいじゃないですか?各社にガラケイ1種類、あるいはスマホだけどハードのボタンはあった昔のスマホでもいいじゃないですか?手書き書類を郵送で受け付けてくれる窓口1つだけとかでもいいのです。0にしなくていいじゃないですか?電車に乗っていても、10代-20代がお年寄りに席を譲ることなく偉そうに座っています。50代の私は、70代以上に見えるご老人には席を譲りますが、それに気づかずに彼らはスマホに夢中です。視界にすら入っていません。娘も彼らと同様、電車でスマホをいじっていますが、私が小さい頃から躾けているので、高齢者に席を譲るのは当たり前だと思っています。とにかく、年寄りを大切にする、先輩に敬意を表する、黙ってまずは、過去の教訓や歴史について教えを乞う。取捨選択はそこからやれば良いのですから。私は年寄りの忠告も聞かず、独自の判断だけで物事を判断し、過去の失敗を振り返らない若者が、また、自衛という言い訳で、不要な殺し合いを始めるのではないのか?と非常に心配です。中国や北朝鮮は悪い国、アメリカは良い国・・そんなに単純に区別できるものではないです。主義の違う国の価値観も認めてこそ、日本らしいと言える気がします。

iPad

 妻が5月末発売予定の新型iPad Proをauショップで予約するというので、それに感化されて、私も欲しくなってしまいました。自宅ではIntel CPUのMacbook Pro13″を 使っているのですが、Note PCにした理由は、外に持ち出して、出張先やCafeなどで、作業をする前提でした。しかし、持ち歩く重さではないことが、しばらく使ってみてわかったし、結局、外で集中して何か作業をするということが、自分の場合は難しいと感じ、ほとんど自宅で使っています。コロナ禍で出張もめっきり減ってしまいましたので、持ち出す事がないわけです。妻には、なぜ、Note PCではなく、iPadを選ぶのか?と聞いてみたところ、Net SurfingとExcelしか使わないのに、PCは要らないし、立ち上げに時間がかかり手軽ではないというのがその理由でした。サブスク契約でOffice 365のライセンスは必要ですが、確かにiPadでOfficeの編集は可能です。純正のKeyboadを持ち歩くと以下のURLに詳しい説明がありますが、組み合わせ次第では13″ Macbook Proの1.4kgぐらいになる組み合わせもあります。私の場合はiPad Airにサードパーティの安価なBlue Toothキーボードの組み合わせが、良いと思っているのですが、Wi-Fi+Cellularモデルが4Gまでしかサポートしておらず、その点が気になります。幸い、長崎の片田舎に5Gが普及するまでには、相当、かかりそうですが、世の中が5G一色になった時には、せっかくのCellularモデルが5Gでは使えないということになります。一方で6月にiPhone 12に機種変するので、どうしても5Gで使いたくなったら、iPhoneを使いたい放題で契約する予定なので、テザリンでiPhone 12をPocket WiFiにして使う手もあります。おそらく、私がiPadを使うとすれば、YOU TUBE、Net Surfing、Python(プログラミング)、ブログ、電子書籍、iMind Mapぐらいだと思いますが、本当に持ち歩くのか?を今一度、慎重に考えてみたいと思います。現在はauも受注生産になっており、在庫はないらしく、契約から1−2週間は待たなければなりません。Apple On Line Storeという手もあるのですが、購入したCellular ModelにauがSim Cardを提供してくれるのか?が気になります。Apple Pencilは以外に使いやすかったですが、やはり、手書きノートには及ばない感じ。講義とかPresentationであれば、有効だと思いました。

(URL) https://heinona.com/ipad-keyboard-case/