Python:グラフィックはひとまず成功

小波秀雄著”Pythonではじめるプログラミング”を参照しながら漸く、私が専門にしている自動制御理論で最も単純な一次遅れ系のグラフを描かせる事に成功しました。XCODEでPython3でTryしたのですが、昨日までの実績では、日本語フォントを読み込みテキストに日本語を使う事、オペレータがインプットする変数(パラメータ)をグラフ上にテキストで置くこと、そして、グラフの間隔を自由にとることはできていません。非常に苦戦したのが、時間:-1(sec)<t<0(sec)に初期値の直線を入れる部分です。以下は直流電圧をE=100(V)をR=20(Ω)、L =10(H)のRL回路に印加した瞬間に流れる電流i(t)の過渡応答をOn Responceに、逆に切った瞬間のそれをOff Responceに描かせたものですが、過渡応答の数式はion(t)=(E/R)*{1.0-exp(-R*t/L)}、ioff(t)=(E/R)*exp(-R*t/L)であり、t=0とt=-1では値が異なってしまいます。それは物理的には当たり前で、t=0からの過渡応答の数式であり、それ以前は定常状態なので、この式にt=0以前の過去の時間を入力しても、定常状態の電流値にはならないからです。つまり、t=0以前の時間の電流値はt=0と同じ値であるべきです。従って、プログラム上、-1<t<0の場合は強制的にion(t)=ion(0)=0、ioff(t)=ioff(0)=E/Rとしてやる、必要があるのですが、Visual BasicやC言語では何の事はないこの場合分けが配列に計算値をバッファするarange関数を使って結果をプロットさせるとなかなか難しく、一方で、ループ演算処理のWhile関数や For〜Next関数でプロットさせ様とすると、場合分けはできているのに、グラフへのプロットが上手くいかないという壁にぶつかってしまいました。他に良い方法があるのかもしれませんが、素人が苦肉の策で思いいたのが、-1<t<0と0≦t<Tmax(演算時間)のグラフを別々にarange関数で描かせるという方法です。まだ途中なので詳しくは説明しませんが、Tcをサンプリング周期として以下の様になります。i1が-1<t<0のion(t)、i2がioff(t)なのですが、ここでも壁がありました。sという新たな時間を設定した以上、i1やi2が例え一定値であっても、sを変数とした関数になっていなければならないらしいのです。つまり、数式はi1=0、i2=E/Rの定数の式で良いのですが、それではerrorになる為、-1<s<0をTc刻みで入力した値の結果がいずれもi1=0、i2=E/Rとなる様なsを使った式を定義してやる必要があり、i1=0.0*sとi2=(E/R)+(s-s)しかなかったということです。While関数や For〜Next関数でプロットさせる方法もあるのでしょうが、結局、グラフとしての見栄えの問題だけにつき、これで妥協することしました。このGWは英語とPython一色の連休でしたが、非常に有意義に過ごせたと思います。iPadでPythonができるのはわかっているのですが、matplotlibが使えるならば、iPad Proを買うかもしれません。

体得した真実

 ネットの時代になったことで手軽に知りたい情報を入手できる様になったことは、本当にありがたい事だし、特に仕事では色々な意味で時短になるケースが多いです。私が就職した1990年代、長崎には、今の様に専門書も売っている様な大型の書店もなく、現在の長崎市立図書館の様に本屋では手に入らない蔵書を保管している様な大きな図書館も存在しなかったため、特に仕事では、何が真実か?を判断することが極めて難しい時代でした。先輩の指導が全てだったと言えます。言っていることが、前回と異なり、おかしいなと思っていても、実績のあるノウハウだとかと、理論はないけど、経験値として正しいということを、受け入れざるを得ないことは、まず、疑って自分で調べる様、指導されてきた大学院卒の私にとっては非常に苦痛でした。かと言って、他の先輩にも確認して確度を真実に近づけていく以外、手段もなく、時間もないわけですから、黙って受け入れて仕事を進めるしかなかったのです。一方で、この上っ面だけ舐めてわかった気になっている自分が許せなかったし、どうにも、消化不良感が残り、次に進めないわけです。しばらくの間、このジレンマのせいで、私はダメ社員の部類にカテゴライズされていたはず。しかし、その後、その究極とも言える海外現地の仕事に配属され、メールやスマホもない時代ですから、先輩の指導すらタイムリーには受けられない状況になり、理論の追求どころではなくなりました。試行錯誤で作って、動かしていく中で、よく状況はわからないけれど、納得行かなかった先輩の指導通りのことが現象として起こり、それを体得していくという事になります。そして、時が立ち、ある程度、スキルが身に付くと、もう、大学院のころの”疑って自分で調べる”という気力すらなくなり、どんどん、理系的なセンスが失われていきました。仕事はできるので問題もなく、吹っ切れたせいで、先輩や上司からの受けも良くなり、だんだん、ダメ社員からできる社員の部類へシフトしていることが所得や昇進で実感できました。ところが、それに甘んじることができない時代に入っていきます。先輩と同じやり方で後輩を指導したり、お客様へ説明したとしても、それが何故か?を逆に追求されるわけです。情報が豊富かつ手軽に入手できる様になった事と、もはや、先輩とか上司に対する畏敬の念がなくなり、フラットな人間関係た多様性が良しとされる時代に変化したことが影響していると個人的には思っています。”とにかく、結果は大昔から明らかなのだから、黙ってやれ”という指導とか、”この部分は当社のスタンダードですし、企業秘密にに近い内容も含まれていて、お教えすることができません。お客様に簡単に説明するというのが難しい状況です”いう説明が通らない。いちいち、根拠や理論を求めてくるわけです。まさに、私の時代が来たと感じました。それを感じ始めたのが、ここ5-6年のことですから、入社して20年以上経過して、漸く、大学院の頃の理屈っぽい自分を出しても、むしろ歓迎される時代になったわけです。今、私は、当時、先輩から教えてもらい体感的に覚えた真実を論文や専門書から理論付けする作業を行なっています。後輩には正しい知識で指導したいと考える様になり、いい時代になったと思っています。

好きな事に正直に

最近、思うのは、好きな物や好きな事に素直になりたいという事です。以前、武田邦彦先生がYOU TUBEのブログで似たような事をおっしゃっていました。”自分は一時期、その時に食べたいと思う物ではなく値段の高い物を選んで食べており、それを大いに反省した。それから、値段など見ず、その時に食べたいと思う物を食べることにしたが、贅沢をして散財しすぎるということもなく、これで良かったと思った。”とか、”出張先で同僚から飲み誘われた時に、いつもならば、断らず飲みに行くのだが、たまたま、その日は部屋で英文の論文を読んでいたいという気分になったので、遠慮して、ホテルの部屋で一人、英語の論文に読み耽っていたら、自分は酒を飲みに行くより、論文を読んでいる方が楽しいことを悟った”と、そのブログでおっしゃっていたと記憶しています。このブログは自分の中に印象深く残っていて、自分もかくありたいと思っていますが、これがなかなか実践できていないと思うのです。冷静に自分がしたい事を見極め、それを優先して実践し、ブランドなど無視して欲しいと思う物を手に入れているか?という事。例えば、洋服。特に妻が買ってくるものを着るだけ、彼女が似合うという服を着ていれば無難という感じだったのですが、それは私の感性には全く合わないところも多々あります。何せ年の差がありますから、自分が自分らしいと思う服のメーカやサイズが彼女の感性とは合わない事に最近、気づきしました。彼女は”あなたの所得ならば別に10,000円超えシャツを着てもおかしくない”とPaul Smithのシャツなどを勧めてくるのですが、育ちが貧乏な私は”シャツに10,000円?さっきまでユニクロの3,000円と2,000円、どっちのシャツにするか悩んでいたぐらいだ”と伝えると信じられないという表情。私はユニクロの3,000円ぐらいのサイズ:XSのシャツと3,500円の股下85cm+ウエスト76cmのパンツが最もシルエットとして、しっくりくるのです。身長が168cmですから、SのシャツではOutで着る場合に、長くだらしなくなり、さらに股下が70cm代のパンツだと短すぎて、短足に見えてしまうことを体感的に知っているのです。それを私は長い間、自分でも偽って、全てをTakeo Kikuchi(TK)で揃える様なことをやっていました。実は冬の服はTKの作りでもバランスは取れるのですが春から夏は作りが大きすぎて、全体的にずんぐりむっくりのシルエットに見えてしまい、若ければ良いのですが、50代ではあまりにもみっともない。食べ物に関しては、妻とデートとして外食する場合を除き、本当に美味いものは、相当に単価の安いものです。妻とデートする場合は、妻と過ごす快適な空間とサービスにお金を支払っているわけで、ちょっと意味が違います。食べたいもの選んで食べて良いという基準でいけば、私が好きなものは、エビフライ、ジョリパスのパスタ、リンガーハットのちゃんぽん(高級中華料理店ではない)、王将の餃子、魚肉ソーセージ、さんまの缶詰、わかめラーメン、宅配ピザ、ビスヌというインドカレー屋のチキンカダイカレー+インド米、そして極め付けは長崎人らしく、ニッキーのトルコライスなどです。これらを毎日ローテーションしていれば、おそらく幸せだと思います。よく何が食べたい?と妻に聞かれますが、私の好みでは彼女とのデートとしての食事は演出できないので、ほとんど、ビスヌかニッキーを選択しますし、作ってもらう場合も、私の好みは絶対に彼女は作れません。しかし、私は匂いのきつい、牛肉や豚肉は絶対に食べないので、お金はいくら使っても良いから高いものを、それが難しいならば、毎回、鶏肉が良いということは正直に伝えています。また、長崎人だから魚が好きなんじゃないか?というのは完全な偏見であり、シャケとさんま以外は食べれません。こういうことは正直に言っているので、まだ、幸せかもしれません。パソコンがMacしかダメなのは、Logic Proで作曲がしたいから、Montblancの万年筆を使っているのは書き味が好きだし、持っていることが自体、格好が良いからという、はっきりした理由はあるのですが、そこまで断言できるほど、他を試した上で言っているのか?と追求されればだんだん怪しくなります。ギターはOvationとGuildを使っていますが、Ovationは完全にブランド選んでいて、この2つのギターはあまり、人が持っていないメーカを選んでいる節があります。でも、試奏して自分にしっくりきたから買ったわけで、通販で即買いしたものではない事だけは伝えておきます。究極は自分のやりたい事です。GWは妻に付き合って、買い物に同行したり、溜まっていたビデオやHULUの映画などを鑑賞したりしていますが、これも妻と行く外食の様なもので、それをやりたいからやっているわけではありません。妻との時間を共有できる時はそれを優先すべきだと言い聞かせて実行しているのです。じゃあ、何でも好きなことをしていいよと言われたら、間違いなく、独学や音楽をやることになるでしょう。妻が1人になりたい時間や寝ている時間を有効に使っている感じです。このブログも実は妻はテレビを見ていて寝落ちしていましたので、その時間に書き始めたのです。好きな物を買ったり、食べたりするのは、実はお金がかかる人もいるでしょうが、私は逆でむしろ、正直なればお金はかからないのですが、好きなことを実行する場合は、家族を不満にさせないという条件を満たした上で実行する様に心がけていきたいと思っています。私は放っておけば、歯止めが効きません。周りも見えない、時間も忘れて、どこまでも、やると思います。

外出自粛

 連休になると、日頃、やれない事をやろうとあれこれ考えるのですが、現在の様なコロナ禍では、東京や大阪ほどではないですが、県外への旅行も自粛要請され、飲食は20:00までの時短営業という事で家や近場でできることを選択することになります。ブログにも書きましたが、この連休でやろうと考えていたのは、1.支出の試算、2.古着の整理(転売)、3.iPhone 12 Proへの機種変、4.ラジオ英会話の集中的な構文暗記、5.自動制御理論の勉強、6.Pythonのプログラミングで、1,2は終わり、3はまだ少々迷っていますが、一応、現在、使用しているXSが2年目で二重払いにならない6月まで待つ事に決め、5は昨日から開始しました。今日はこのブログのあと、4から始めようと思っており、それなりに充実したGWを過ごせていると思います。こうやってみると自分は本当にインドアなんだなと思います。GWだからと旅行の計画を立てるとか、夏休みになったのでキャンプに行くとか・・1人の場合、そういう事には絶対になりません。もし、体力が衰えず、体型にも影響しないのであれば、おそらく、筋トレやRunningもやらないと思います。机に向かって何かやるというのが好きであり、アクティブではないし、疲れやすいです。でも一方で、必要な時に家族や自身も守れるだけの筋力や体力がないとか、油ぎった中年体型になるとか、そういうのはもっとも自分で自分が許せないので、義務的に最小限のエクササイズをしている感じ。スポーツやったり、観戦するのが、楽しいとか、旅行でワクワクするとか、そういう経験が全くないのです。やれば楽しいのかもしれないと思うこともありますが、やろうという気にならない。同じことがギャンブルやゲームにも言えます。大学生の頃ぐらいまで、パチンコとかトランプとかはやっていたことがあります。中高生の頃は将棋などもやっていました。だけど、いつの頃からか、賭け事はお金の無駄だと思い、一切やらなくなり、相手が必要なゲームは、それ自体が面倒だと思う様になって、誘われても断る様になりました。スマホやPCで気軽にゲームができる時代ではなかったし、ゲーセンでお金を払ってゲームをするほど、中毒でもなかったので、今もやりたいとは思わないわけです。社会人になるとゴルフ、麻雀、競馬などを同世代は先輩との付き合いでやりだすわけですが、学生じゃあるまいし、そもそも、時間外に会社の人間と会って、ゲームやギャンブルで遊ぶという感覚が自分には理解ができず、飲み会以外の付き合いは、やらなかったというのもあります。自己分析してみると結局、1人でいるのが好きなのです。今年のGWは義父の一周忌準備や財産分与の手続きなどで妻も1人で鹿児島に帰省中で、娘も高校生になって、ほとんど友人と遊んでいますので、非常に好都合。誰にも邪魔されずに、1人の連休を過ごすことができます。寂しいとは感じないのですが、私とは真反対で、いつも家族と一緒に居たいという同僚も居て、それは理解できても、全く理解できないのは、他人と一緒に遊んでいなければ気が済まないという人です。家族でも友人でも、気を遣うことで、自分は全くリラックスできないし、自分以外の好みに合わせて行動することになり、楽しくもないと思うのです。従って、家族サービスまでは、男の使命として理解できても、他人である同僚サービスとか先輩サービスはあり得ないだろうと思うのです。酔いで誤魔化せる飲み会ぐらいならば、付き合っても良いと感じですが、シラフで何かに興じるというのはあり得ないです。家族と旅行に行かざるを得なくなり、行ってみると、その地で、新たな発見があり、とても楽しい場合もあるのです。私がここに書きたかったのは、家族旅行が楽しくないではなく、自ら、そんな行動を取ろうしないということです。妻が勘違いして、全く、楽しくない人を選んでしまったと嘆いていたことがありますが、誰も旅行に行かないとは言っていない。行けば面白い事もあるし、つまらない事もあるだろうが、自分には、そもそも、どこかに行きたいなどという希望は全くないと彼女に言ったことがあります。放っておけば、ずーっと家からでることはないし、体験にお金を使わない。全く、それが苦痛ではないという、この性分は、コロナ禍に適しているのかもしれません。人によっては、外出制限で人と会っていない事で気が狂いそうとかいう声もある様ですが、私には全く、苦痛ではありません。海外の空港で乗り継ぎ7時間待ちですと言われたら、その地に一旦、入国して、観光し、時間を潰すという選択は取らず、そんな面倒なことをするならば、ずーっと空港のラウンジでお茶と軽食を取りつつ、書き物をしながら7時間を過ごすというのが私の性分。海外出張で同行していた同僚は本当にびっくりしていましたが、もし、出発に間に合わない様な事に、巻き込まれたらどうするの?と逆に質問し返しました。そんなことまで考えていないと同僚は言いましたが、私はそういうリスクも取りたくないのです。知らない場所に行くということは、やはり冒険であり、そんな冒険は今後もしないと思います。長崎で路面電車が通っている範囲。それが私の行動範囲です。必要なかったので、私には自動車の運転免許すらありません。