伝えきれなかった思い

 私は大学2年の頃、その頃、高校時代の同級生で何となく付き合っていた彼女の友人の女性を好きになっていました。その人は歯学部の学生で1年後輩で長崎市の出身ではなく佐世保市から来ていました。付き合っていた同級生の彼女とは何となく勢いで付き合ったという事もあって、全くのプラトニックであり、キスすらした事もなく、自然消滅状態でした。一方で、私は、その彼女の友人の事ばかり、毎日、気になっていました。決定的になったのは自分が、当時、属していた軽音楽のサークルに彼女が後輩で入ってきてしまった事です。正直、これはまずいと思いました。いつか、自分の思いは悟られるのではないか?と。まぁ彼女に悟られるのは良いとしても、付き合っていた同級生の事をあれやこれや詮索され、自然消滅にしてしまっている事も咎められやしないか?と気が気ではありませんでした。私は当時、19歳で成人にもなっていない貧乏学生であり、彼女はどう考えても、お嬢様。そのうちに、私より2つ上の医学部の先輩が彼女を口説き始めました。ソアラを乗り回していた、これまた、坊ちゃんの医者の卵にどう考えても勝てる気がしなかったし、当時の自分は相当な奥手でした。非常に酒飲みが盛んな時代であり、特にこのサークルは急性アル中を続出させる様な飲み方をしていましたので、彼女に思いを伝えられないもどかしさを、焼酎を煽り、泥酔する事で誤魔化していました。そのうち、自分たちがライブをする機会に恵まれ、学園祭のトリを勤める事になり、相当、気合いを入れて、挑みました。ところが、そのライブは会場も野外のライブハウス版の様なもので、客と自分達の距離は非常に近く、まともに演奏ができない状態。兎に角、酒は飲まされるわ、ひっかけられるわ、どんどんステージに押し寄せてきて、もっている実力を発揮できずに終わった、最悪のステージになりました。自分としては、こんなに出来の悪いステージはなく、落ち込んでいると、ライブの打ち上げに来てくれてた、この彼女だけが、とても良かったと褒めてくれたのです。上手いとか下手とかいう事ではなく、そのパンクな状態をかわしながら、一生懸命、立ち向かって歌っているロッカーの姿が良かったという事らしく、確かに彼女がやっている音楽もハードロックでしたから、何となくシンクロしてしまったのかもしれません。帰りの電車が無くなり、タクシーに乗れる金も持ち合わせていなかったので1時間ぐらいかかる距離を歩いて自宅まで帰ろうとしていたら、彼女は私を1人暮らしのマンションに泊めてくれる言ってくれたのです。でも、絶対に何もしない約束でと言われました。絶対に何もしないと決めていたので、そのまま眠れず、悶々として、朝を迎え、お礼を言って家を出たのですが、この時、彼女は偉かったですねって言ったのです。これは皮肉だったのか、本心だったのか?今、考えてもわかりません。この後、彼女は全く、私と話す事すらなくなりました。ただ、じーっと私を見ている視線を感じる事は何度かありました。彼女は2つ上の先輩と付き合い、その後、私のバンドのドラマーと付き合いだしました。その間、自分の心は隠してただ見守りました。その後、この軽音楽のサークルの事は黒歴史として封じ込め、彼女への思いを振り切るかの様に死に物狂いで大学院に合格し、卒業して、私は新しい彼女を作り、実家を出ました。彼女も数年遅れて、歯科に勤務医として勤めだしたのですが、どうも実家から1分の歯科に勤務していた様なのです。自意識過剰なのかもしれませんが、彼女は私の思いを知っていて、告白を待っていたんじゃないか?とも思います。私の人生の後悔は2つあり、海外出張中だったため、大好きだった祖父を見舞えず、可愛がってもらったお礼もいえず、死に目に会えなかった事と、この彼女に、本当の思いを伝えきれなかった事です。勿論、私は今の妻が大好きで結婚し、パートナーとしても最高だし、とても幸せです。ですが・・夢にこの彼女を見る事があり、やはり、どこか思いを断ち切れていないと思うと、妻に申し訳ないと思います。彼女は53歳。もう、お互い、初老と言ってもおかしくない年齢です。あちらも家庭がおありになり、どこで暮らしているのかもわかっていますが、訪ねていくわけにも行かないので、偶然にでも会えたら嬉しいと思っています。笑い飛ばしながら、正直に思いを伝えられたら最高ですけどね。

英語学習:レベルを把握する。

柴田真一先生のラジオビジネス英語と伊藤サム先生の現代英語の4月号を買って始めてみたものの、ラジオビジネス英語は何とか最後まで通せましたが、現代英語までは手を出すことができませんでした。現代英語の題材にしているNewsの記事を読むだけならば、無料で読めるし、リスニング教材としては、ちょっとレベルが高いと感じたのが、躊躇した理由の1つでもあります。一方、ラジオビジネス英語はさらに現代英語よりレベルが高いものの、何とか代表的な構文を覚えて自分の仕事で使える様になろうという気持ちで臨んだのですが、正直、あまり使わない様な現代風のWordや熟語が多く、自分の仕事で使うにはハードルが高いと感じました。リスニング教材として月火のビジネスシーンはまぁまぁ聞き取れる事もあるのですが、かなり難易度が高く、さらに木のインタビューコーナでは、スクリプトを読んでも、意味が分からない状態。1つ心残りがあって、水曜日はメールの書き方を学ぶ教材になっていて、ここだけは役に立つので続けたいと考え、テキストだけでも買い続けようかとも思ったのですが、550円はちょっと高いと思って断念しました。そんなこんなで、自分はまだB1レベルぐらいが丁度良いと判断し、今年は、大西泰斗先生のラジオ英会話をじっくり続けることにしました。メトロ書店に行ったら、すでに5月号になっていて、4月号のテキストの在庫がなく、それはNHK出版から通販で買う事にし、4月号と5月号のCDと5月号のテキストだけを購入しました。特に4月をマスターしなければ5月に進めない程のカリキュラムではない様だったので、早速、5月から始めてみましたが、英会話に必要な文法のマスターを目的とした講座で、DIALOGで使われている単語も高校生程度で聞き取りやすく、これならば、続きそうです。ですが・・じゃあ、和文を英文で言えるか?と言われると、全く歯が立たないし、やはり、DIALOGでも、たまに聞き取れない部分があります。あぁ、やはり、自分はまだ、ビジネス英語(B1-C1)とか現代英語(B1-B2)のレベルにはないという事を自覚しました。AEONに2年ほど通ったというプライドやTOEICでも一応、600点以上はマークできていたので、何故、NHKラジオ英語講座のレベル判定で、毎回、B1になるのか?と不思議でしたが、やはり、これが自分の力なのだと自覚しました。確かに、ビジネス英語も現代英語も”B1の人からお勧めですよ”とはなっていますが、B2-C1の内容も含まれているので、難易度が高いというのは当たり前で、このB1というレベルだって幅があるはずで、B1でも極めてA 2に近いレベルの可能性だってあります。自分の英語のレベルはB1であるという自覚を持って、このラジオ英会話を続ける事でB2に近いB1になったら、次は現代英語やビジネス英語へチャレンジしようと思います。もう1つはアルク社から出ている”究極の英語リスニング”という教材があり、Vol.2−Vol.3を持っているのですが、あまりにもスローで舐めてかかっていた為、簡単すぎて断念したという状態で放置していました。しかし、試しにディクテーションしてみたところ、Vol. 2でさえ、絶対に一発では書き取れない事が判明しました。要は聞いているつもりになっていただけ。確かに、”この質問に答える事を前提にテキストを見ずに聞いてください。”となっている質問には答えられるのです。しかし、ここで使い方を誤っている事に気づきました。英語で質問に答えられる様に聞き取るという使い方が正しいわけです。頭で何となく分かった・・イメージは掴めた・・あぁこれではダメだなと思い、きちんとディクテーションする事にしました。これで集中力がアップできて、漏れなく聞き取れたら、Vol.3へ進むつもりです。

小さな幸せに気づく

 ”全てを手に入れたが、僕は全く幸せを感じなかった。”というのは、矢沢永吉さんがトーク番組で言った名言です。もう1つコンサート後の打ち上げで”こんな美味いビールが飲めるならば、俺、ギャラいらない。でも製作費に金かかるから、ギャラ頂戴。”というのもあります。私は矢沢さんのファンではないですが、この2つの言葉は私の中にずっと教訓として残っていて、幸福とは何か?に答えを出すヒントになっています。一言で言えば、矢沢さんは”欲というのは限りがない。”という事を知り”小さな事でも日々、感謝して生きるべき。”という事をおっしゃりたかったのだと思います。希望した大学に合格し、卒業して、希望する会社に入り、若い頃から欲しくて欲しくてたまらなかった物を働いたお金で手に入れ、大好きな女性にプロポーズしたらOKしてもらって、結婚をし、マイホーム、車、家具・・など、2人の好みを探りながら揃え、やがて、子供にも恵まれる。これだけで十分、幸せです。しかし、この幸せな空間にも、日々、不幸につながる火種は燻っています。ちょっと会社で上司と反りが合わず、イライラして、それを家庭まで引きずり、奥さんにぶつけてしまう。一度ならば我慢もできるが、度重なると、やがて、奥さんも受け止めきれなくなり、限界に達し、爆発。そこで、初めて、可愛かった彼女に鬼嫁の一面を見る。一度、面が割れれば、もはや、隠す意味なし。そういえば、あれもこれも気に食わなかったと、どんどん過去の事を引きずり出し、2人で納得して揃えたはずの生活必需品や家具にまで、”本当は好みじゃないが、妥協してあげただけで、本当はあれが欲しかったのだ”と、難癖をつけだす。甘かった新婚時代から10数年足らずで男女の時期を過ぎ、やがて、子供は反抗期を迎え、全く寄り付かず、勉強にも身が入らない。働くだけでも必死なのに、今度は先生に呼び出され、子供の素行や成績の問題点を指摘される。自分の学生時代と比較して、あまりにも違いが多い為、理解ができず、ついには自分の苦労話や武勇伝を語り、受け流される。幸福の裏には、ちょっとしたきっかけで、この様なマイナスの事象が起こるわけで、それを不幸と言うわけです。登場人物も時代も空間も全く同じなのに、出来事に対する感じ方とその後の言動によって、幸福と不幸という全く違う空間になってしまうパラレルワールドの様です。全ては人間の欲。こんなはずじゃない、もっと、より良い何かがあるという向上心もいい加減にしておかないと、ただの苦行。さらに大事な妻や子供を、その欲に巻き込むなどもってのほかです。あぁ今日も一日、終わった。色々あったが、ランニング行って、風呂入って、ビールでも飲んでくつろぐか・・これが幸せだと最近、つくづく思います。私の晩酌代はビール 1本で250円 /日。赤&白ワイン:1,200円 x 8本/月=9,600円/月で320円/日。合わせて570円/日です。ここにナッツやチーズなどのつまみを乗せても1,000円/日かからない。年金暮らしで、これを続けても、おそらく大丈夫だと思います。会社を辞めたら、昼は図書館か家で好きな勉強や読書をして過ごす。部屋にはギターもあるし、英語の教材も大学の専門書もMacもある。庭に出れば季節で草花が見れる。自宅から15分歩けば自然があり、電車一本 で120円で市街地にも観光地にも行ける。大好きな妻と生意気だが可愛い娘が側にいて、階下暮らす両親が元気ならば、何も望むものはないわけで、十分、幸せだと思う様になりました。

青の主張

こちらの説明を聞かず、質問に答えず、全く、論点からそれた事を先に話出す人がいます。私もまだ修行が足らず、急いでいる時は、その様な応対を特に立場や年齢が自分より下の人に対してやってしまい反省することがあるのですが、20代-30代は年長者の我々でさえ、その様な応対をしている事が多く、それに気づいていない様なのです。私は流石に相手が勘違いしていると途中で気づいても、上司やお客さんの話は最後まで聞いて、その人たちの質問にまず答える訓練はできているので、それはないつもりなのですが、どうも、相手の年齢と立場に関わらず、自分の主張だけを通さないと気が済まない人が多くなってきている様に感じます。勿論、”おっしゃっている事を確認させて頂きたいのですが、こういう意味ですか?”と前置きをして自分の理解した内容を自分の言葉や文章で伝えるならば、相手の言っている事を理解しようと努めて、コミュニケーションを取ろうとしているのだから問題ないです。しかし、こちら言っている事を確認もせず、理解もしないまま、いきなり、自論を展開してくるわけです。年下ならば、まだしも、自分よりはるかに経験の多い年長者にです。これは2つ影響があると思っています。1つは自分の主張を通さないで黙っているのは負けという欧米式教育の影響。もう1つは我々、年長者がパワハラを恐れて反撃してこないという畏怖の念の欠如。欧米式教育は理不尽な論破とか言い合いではありません。ちゃんとディベートの基礎を教え込んだ上で論理的に主張を通す術を彼らは子供の頃から学んでいるのです。日本の大学でそれをゼミか何かで、上っ面だけかじって、真似しても、全く、日本社会にそぐうわけがありません。会社の社風というのは、芸能界のトレンドとは違うのですから、そう簡単にキャリアのない世代だけで変えうるものではないのです。それが国際的に正しいとしたら、もっと、緩やかなスピードで変わるはず。なぜ、それが言えるかいうと、私が入社したころ、国際的には常識となりつつあった現在の会社の文化がうちで定着したのは、20年ぐらいの時間を要しているからです。フレックスタイム、ペーパーレス、テレワーク、ノマド、メール、チャット・・これらは20年前、私が一緒に仕事をした欧米人達は、もう始めていました。その頃の私の職場には、まだ、パソコンもなく、規律を重んじ、罵声が飛び、酒臭く、封建的で、効率の悪い仕事をしており、手書き文字や絵を書ける事が1つの設計者のスキルとして重んじられていた頃です。これでは、スピードも質も日本は欧米に絶対に勝てないと当時は羨ましく思ったものです。しかし、それが当たり前になるのに20年かかった。これが事実です。つまり、今、若者が仕入れた情報で実行したい仕事の効率化やトレンドは今後、定着するのにそれくらいかかる可能性があるという事です。これもはっきりは言えませんが、前例はそういうことです。また、我々のほとんどは、セクハラは相当、気をつけますが、パワハラの処罰は別に怖くないです。愛情を持ってやった事ならば、一応、筋は通せるし、憎しみでやるときですら、絶対に勝てる相手には喧嘩は売らないというだけの話。本気で相手を思って指導するならば、そのくらいの覚悟がないとできないと思っています。しかし、今、そんな気すら起こらないのは、私が時代に追いついていないか、本気になれる若者がいないかのどちらかだと思っています。これも断言できません。でも、どちらかだというのは間違いないです。

指示無しの会社

 この歳になると40代半ばぐらいまでは想像できなかった様な、指示のない待機状態が増えます。特に何か仕事を拒み続けたわけではないのですが、上司も指示する部下は手放しでは心配な若い社員だけに減らし、自身のやるべき事に集中したいという気持ちはわかります。ある意味、裁量性になっているわけで1年に1回、大きな課題を設定し、それを自分で具体的な計画にして申請し、日々、実行する事になります。若い頃は、こんなものは、お約束で実行できるはずもなく、日常業務に忙殺され未達で終わることばかりでしたが、ある時期から、これが、自分の仕事の割合を占める率が高くなりだしました。きっと我々の年齢層に与える仕事がないんだな・・うちの会社もやばいのか?と思っていましたが、相変わらず、上司と30代-40代前半は多忙を極めています。最近は労基の目が光っていますから、サービス残業もできないし、過少申告すれば罰せられる為、以前より実質の総労働時間は減っており、我々も加勢した方が良いはずなのですが、そういう仕事を受けたと言う話は周りの同世代からも聞いた事がありません。最初から生産性の高い、ある意味、泥臭い仕事の頭数には入っていない様なのです。面談が年に2回ほどあるので、その時に加勢できる事を言うし、空いている時には空いていると宣言しているのですが、頼みづらいのか?依頼する段取りが面倒で、若い社員へ雑に投げた方が早いと思っているのか?なかなか、指示として出てこない。一応、30年近くの実績があるので、頼れる人脈も若手よりはあるし、要領も良いはずで、複数の仕事を回せる分、仕事を裁くだけならば有効である事は分かっているはずですが、いつも、決まったメンバーだけが苦しんでいる。こちらから突っ込んで悩みを確認してみると、私たちから見れば、全然、大した事ではない事を、時間単価の高い正社員が何時間もかけて協議している事が多いわけです。事はそんな簡単ではないというのもバックグランドを知っていればあるのかもしれないし、知らぬが故に私だけがブレークスルーさせる事ができる様な灯台下暗しの状態もあると思います。しかし、そのケースでは、何れにしろ、彼らが3日間も悩んでいた事を私は30分で結果を出し、それで済んだというのが事実で、彼らが起こりもしないリスクを考え過ぎていたという事だったわけです。まぁ、私にしてみれば、なぜ、早く言ってくれないのか?なのですが・・しかし、この一件を振り返って、あとで気づいた事があります。私に、さっさと裁かれるのが嫌だから依頼しなかったのではないか?あるいは、彼らは悩んでいる事で仕事をしている実感があったのではないか?と思ったのです。つまり、彼らは悩んではいたが、苦しんでいたわけではなく、数学の難問の様な課題にみんなで挑んでいただけではないか?と。正直、余計な事をしてしまったと思いました。なんでも早く片付けて帰るのが良いとは限らないというのを悟った様な気分になりましたが、私にはそういう感覚は一生理解できそうにもないので、せめて、余計なお世話は焼かない様に心がける事にしました。

サプリへの投資

 私はサントリーのDHA+EPA+セサミンEX(以下DHA)を定期お届けコースで契約し、長年、愛飲してきているのですが、最近、オメガエイドを試飲して、何となく、自分の脳の活性化にはこっちの方が良いような感じがして、今日、定期お届けコースを予約しました。DHAの方は2ヶ月分で9,234円なので、4,617円/月、一方、オメガエイドは2ヶ月分で10,497円なので5,249円/月で合わせると9,866円/月になり、一部、成分が被る為、DHAは無駄だと思いました。しかし、若さを保つ上でセサミンは欠かせないと思い、3ヶ月で9,525円で3,175円/月のセサミンEXをDHAの代わりにしようと、これも今日、定期お届けコースを予約し、DHAを同時に解約しました。DHAを解約し、セサミンEXに変えオメガエイドを追加する事でサプリへの投資は8,424円/月で1,442円/月抑えられるわけですが、DHA単独の頃よりは3,807円/月のアップとなります。やずやのニンニクしじみを解約したので、2,000円/月は戻るのですが、まぁ、それでも1,807円。あと世田谷自然食品の青汁が90包(3ヶ月分)で9,600円なので3,200円/月を解約すれば完全にリカバリできるのですが、自分よりもむしろ高校生の娘が飲んでいて、ほとんど娘の為に契約している様なもの。ちょっと解約できそうにない様です。サプリに12,000円/月ってどうですかね。贅沢でしょうか?若さは体も脳もどちらも必要ですし、腸内環境を整える事も大腸癌等のリスクを下げる意味で不可欠だと思っているのですが。腸内環境といえば、たまに便が固くなるので、酸化マグネシウムを主体とした幼児からでも飲める軟便薬も処方しているので、なんだかんだで結局、15,000円/月は投資している事になりますかね。40代の妻を見ているとダイエット系のサプリに相当、突っ込んでいる様なので、50代としてはこのくらいの投資は贅沢ではないと思っています。やはり、食事だけで必要な栄養を摂取するというのは至難の技であり、タバコは吸いませんが、酒を毎日飲み、ジョギングも継続したいとなると、サプリのケアは必要になります。ただ、定年したらどうでしょうか?そんなにガンガンの脳や体を使う事もないはずで、むしろ、のんびりと過ごす事の方が長いという時期が遅かれ早かれくると思います。そうなったら、若さを保つ必要もなく、年相応に枯れていく方がいいのかもしれません。今が微妙で中途半端な年齢で健康がすごく気になり、敏感になるのだと思っています。まぁ不潔で汚く、老害を撒き散らす老人にはならない様、そちらを注意しなければならないと思う今日この頃です。

スロージョグ後の疲労感

心拍数を140-160回/分の範囲で抑えるスロージョギングに変えて2月末から約1ヶ月経過しましたが、ランニングが原因と自覚する疲労感はなくなりました。やはり、コニカミノルタのHPに記載あったことは真実だと確信しました。切り替えて2週間は疲労感に変化なく、じゃあ、飛ばした方がいいじゃんと思っていた時期もあったのですが、気がつけば、ほとんど息が上がらず、景色を楽しんだり、Apple Watchに突然かかってきた電話に走りならが応対したり、考え事して走っていたら、タイムスリップした様に距離が進んでいたりという状態になっており、走りに行くこと自体、苦行ではなくなりました。今もランニング後、風呂に入る前にブログを書いているわけですが、以前では考えられない事です。大体、5.3kmを35分程度でゆっくりと走っているのですが、折り返しの3km程度であと5kmは継続して走れるのではないか?と感じるくらいの時もあります。まぁここで、調子に乗って距離を伸ばすと、呼吸器は楽勝でも膝やふくらはぎに相当な倦怠感や痛みが残ります。なぜ走るのか?と言われると、昔は走った後の爽快感とか心地良い疲労感と答え、ウォーキングでは絶対にこの感覚は得られないし、物足らないと答えていたのですが、今は確実にダイエットと健康維持が目的になっています。やはり、お酒をやめるというのは、ちょっと難しいと思います。食べずに飲むというのは、悪い酔いすると言われますが、私の場合は最初から、そういう飲み方をすると、なかなか、赤くならず、ワインの場合はどんどん進み、しまいにはタバコが欲しくなります。若い頃、そういう飲み方を脳が覚えていて、確実にスイッチが入った状態だと思うのですが、これは翌日にすごい二日酔いになっている事があります。結局、そうならない為に何か食べながらビールとワインを飲む事になるのですが、毎日晩酌をし、それだけ終わらず、締め的に夕食を食べると絶対にカロリー過多になります。従って、朝はパン一枚(200kcal)、昼はカロリーメイトを1袋(200kcal)のみで抑え、このランニングで大体、250kcalを消費すると500kcalを消費するので、朝昼分をチャラにして晩酌+夕食で何も気にせず、好きなものを好きなだけ食べる生活ができるという感じです。朝昼全く食べず1日1食ダイエットにすればランニングは不要なのかもしれませんが、それでは、体力や筋力が落ちてしまいます。従って、このペースが自分にとっては最適なのです。このランニングも最近では1日置きにしており、やや、以前より消費カロリーは減っているのかもしれませんが、そこまで、影響はなかった様です。命のある限り、長く、このスロージョギングを続けていきたいと思います。

痙攣性発声障害:ウイスパーボイスでいい

完全に歌をやめて、約10日は経過したと思います。おかげさまで高い声に張り付く事はなく、かすれていても、低い声で連続して話せる感じに近づいてきています。音読も英会話も、焦らず一音一音が確実に出せるスピードを心がけています。最近、自分の声を記録し、それを聞き返して気づいた事があるのですが、それは、かすれたウィスパーボイスの方が力んでフェードアウトしてしまう声より相手に届いている可能性が高いという事です。これは聞こえないだろうなと思って出したウィスパーボイスがMacのボイスメモで録音した声を聞く限り、きちんと聞こえるレベルで録音されているのです。逆に息も絶え絶えになりながら、絞り出した声は確実にフェードアウトし、そういう出し方の声は録音できていない。つまり、一発目は力んで大きく聞こえるが、後にフェードアウトしてしまう声と最初から省力で囁く様に話す声を比較すれば後者の方が届いている可能性がある事が明らかになったということです。こんな囁き声では聞こえない、こんなにゆっくりしたぶつ切りの話し方では相手を苛立たせるという不安から一生懸命、力んで、何とか途切れない様、全身に力を入れれば入れるほど、声帯は開きがってになり、結果、フェードアウトして、聞きとり辛くしている様ならば、いっそ、ウィスパーボイスで、ゆっくり切りながら話せば良いと割り切る事にしました。家族との会話で試していますが、怒った様に誤解されず、冷静に考えて話す分、失言も減り、今のところ、有効と判断しています。ただし、これは少人数の会話に関して有効というだけで、これが20-30人の会議での発言やプレゼンにまで適用できるか?と言われれば、それは難しいと思います。また、交渉事では、ある程度、相手より優位に立つ必要がありますので、それがウィスパーボイスでは迫力負けしてしまうのは間違いありません。ですが・・この迫力負けという発想自体が実は昭和的ではないかとも思うのです。きちんとした論理を組み立てて、理路整然とこちらの意向を先方へ伝えるのに、本当に大声が必要でしょうか?私は相手に理解を得るのに、大声を張り上げなければならないということを最近、疑問視しています。何かそう言うパフォーマンス付きでなければ、説得力にかけるというのが、そもそも、おかしく、すでに負けているという事ではないか?とこう事ではないですかね?静かに紳士的に話しても、良いものは良い、正しい事は正しいと判断されるべきではないか?と考えるわけです。ホワイトボードや配布資料に工夫するなど、話す事を省力化する手段は色々あります。一生懸命の声を出し、相手を見据えて、汗を流しながら説得するのは如何にも熱血ビジネスマンで、サラリーマンのあるべき姿の様に思われがちですが、相手にも意見を言わせ、Win&Winとなる合意点や落とし所を見出す事を良しとする昨今、返って邪魔なパフォーマンスの様にも思えるのです。これまで会議では、ウィスパーボイスではなくフェードアウトボイスで行っていましたが、これから、ずーっとウィスパーボイスで継続してみようと考えています。

オリンピック/パラリンピック

 私は野球やサッカーを始め、あまりスポーツ観戦が好きではないのですが、さすがに、ここまで難航すると、1人の日本人として、東京オリンピック/パラリンピックには触れざるを得なくなります。東京に開催が決定してから、コロナが蔓延する以前から、会場の費用、ロゴの盗作、招致をめぐる汚職疑惑によるJOC 竹田会長の退任、最近では、森さんのセクハラ発言による辞任まで、まぁ、まるで、”東京で開催することを神が拒んでいる”かの様な障害が続きました。何故、よりによって日本での開催年にコロナが蔓延したのか?と、中国のコロナウィルスによる策略的な人為パンデミックまで疑いましたよ。もし、事実ならば、実際に中国もコロナの被害国ですから、オリンピックの開催を阻む為の肉を切らせて骨を切る戦略としては、あまりにも被害甚大と言わざるを得ないのですが、何と言ってもあの人口ですから、その程度の事はやるのではないか?と思ったのです。多分、現実的ではないですが、本当についていないと言わざるを得ない。このオリンピックの主旨は何か?私が知る限り、コロナウィルスを制圧できている前提で海外の選手やお客様をご招待し、震災から復興した日本を世界にアピールする事ではなかったでしょうか?コロナウィルスの脅威が日本または東京に内在している状態でいくら4年に一度しか出場のチャンスがないとは言え、まず、海外の選手達がそんなリスクを犯してまで、来てくれるか?という話です。私が外国人で娘が選手だと仮定して、もし、4年後、自分は出場できるかどうかわからないから日本に行かせて欲しいと言ったら、4年後、出場できる様に努力することに専念し、今回は日本に行かないで欲しいと、説得すると思います。もちろん、自国もそれなりにコロナウィルスが蔓延しているという前提であってもです。外国ではどんな変異種が潜んでいるか、また、それが自分たちにどの様な影響があるのか?全く、未知なのですから、非常に不安を感じます。無理に行って、出場するまでに感染すれば、出場できないばかりか、今度は帰国もできなくなる可能性があります。外国である以上、その国の国民の感染者が優先されるわけで、外国人が、きちんとした設備のある病院へ入院でき、そこで適切な治療や看護を受けられる保証もありません。どう考えても、今の日本に行くことが娘にとって良いことだとは思えないでしょう。そういう感じで、まず、選手が集まらないでしょう。観客はTVを見れば良いのですから、よほどの思い入れがない限り、日本に来て会場で観戦したいと言う人は少なく、チケットの払い戻しになるでしょう。これによって期待する収益は得られないので、リスクを恐れず、ある程度の選手が参加し、無観客で開催できたとしても、おそらく、期待する経済効果は得られず、赤字で実行することになります。さぁ、この約63万枚と言われるチケット減収による赤字はどこから補填されるのか?橋本さんの後を受けた丸川オリパラ担当大臣は明確に東京都が考える事と主張していましたね?彼女の主張は正論で、国は開催都市契約の当事者ではないというのがその裏付けです。小池都知事も言われるまでもなく、その覚悟はあるはずですが、事さらそれを取り立てて釘を刺すのは、私も大人気ないと思いました。ウィルスが蔓延していること、国策によって抑制できていないことに端を発しているのに、この赤字が国に責任がないと言う主張は、私には全く理解できません。東京都が何か国の意向を無視して、単独でコロナの蔓延を拡大したのですか?たまたま、オリンピックの主催都市が東京都だったというだけの話で、東京都は日本国の管理下ではないですか。一丸となって震災からの復興をアピールするのは、東京都ではなく国。それがオリンピック・パラリンピックの目標であった事を、もう忘れているとしか思えません。聖火リレーは一体どこを走っていますか?福島をスタートして日本を走っているのです。契約者がどうであれ、これが国のイベントであることは明らか。なぜ、国は手を差し延べようとしないのか?だから、日本は一枚岩になっておらず、危ういと外国から思われるのですよ。

距離感の問題

このブログで全ての女性を敵に回す可能性はありますが、あえて綴ってみます。最近、つくづく感じるのは、娘、妻、母・・身近な女性の面倒さです。妻は兎も角も、血縁のある娘も母も、ウザいと感じる事が増えてきました。父や弟など身内を含め、男性というのは大抵の場合、間合いを大事にするもので、必要以上に他人の領域に踏み込まない、希薄な関係が多いので、女性というよりは人間同士の距離感なのかもしれません。特に若い頃は、男性でも確かにウザい奴はいました。こいつ、いつまで俺の部屋に居るつもりなんだろう、早く帰ってくれないかな・・という奴です。逆に何も言わず、そばに長時間いても、何となく通じ合い、苦痛ではない人もいます。自分の人生の中に過去2-3人しか居ませんが、こういう人との関係性に距離感は問題になりません。自分は他人にとってそうなり得ないと思っているので、できるだけ距離を保つ様に心がけています。ウザいと思われるのは、辛いからです。話を女性に戻すと恋愛中は適度な距離感があります。ところが結婚すると家族という括りを女性は好み、もう身内なんだからと開けっ広げで付き合おうとしてきます。これは、亡くなった妻の母からそれを言われました。私は、よそよそしく、家族にふさわしくないと言う訳です。いやいや、私はあなた方の家族になったつもりはなく、私の家族を示せというならば、せいぜい、あなたの娘である妻と娘だと考えていますという感じなのですが、何か家族というものを広げようとします。これは義母に限ったことではなく、うちの実母も同じです。しかも、”せいぜい”なのであって、あまり、家族という縛りに共感できないタチなのです。愛がないと言われそうですが、では、一体、その家族とやらは、私にどんな愛を与えてくるのか?と言う話です。まぁ血縁とか夫婦とか言うものほど、曖昧で危ういものはないというのが実感です。私は離婚して今の妻と再婚しているのですが、今まで波風が立つことはあっても、娘がある程度の年齢になるまでは、総じて、今の妻と再婚して良かったと思うことばかりでした。しかし、次第に娘の教育方針で全くそりが合わない事がわかり、さらに、悪いことにこの発声障害のおかげで怒っていると誤解される事が増え、ギクシャクし出しました。これを回避するには、娘にあまり触らず、物言わぬ事しかない為、そうやって距離を保とうとすれば、今度は無関心過ぎる言われます。さらに母親が、この燻りに油を注ぎます。要は娘が思春期で愛想悪く、寄り付かない、昔は素直で可愛かったのに・・と言うのです。なぜ、こんなタイミングで一体感を求めようとするのか?父親の私ですら妻子と一体感が得られず苦慮しているのに、あなた方の事まで知ったことではないと言う感じです。父は娘のこの状況を察し、距離をとってくれています。しかし、私の母は、この状況でも、なお、ズカズカと立ち入ってきます。ここで、妻がさらに不機嫌になるという悪循環。まぁ、たまったものではありません。家の外まで自分の逃げ場を広げる男性の気持ちが最近はよくわかります。私の場合はコロナが緩和されると、おそらく、どこか隠れ家を探すことになると思います。二世帯住宅がこんな危機を迎えるとは想像もしませんでしたが、早く、独立して娘が出て行ってくれないか?と願うばかり。火種は思春期娘と距離感を見誤る母である事は間違いありません。