図で考える習慣

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 以前も図解に関する本をいくつか読んだのですが、久しぶりに新しい本を読みたくなって、初版が2020年7月30日で東洋経済新報社というあまり聞きなれない出版社から出版されている平井孝志著 ”武器としての図で考える習慣”を買って読み始めました。著者は東大 大学院 理学系研究科を卒業しており、その後、マサチューセッツ工科大学へ留学、早稲田大学で博士号を取得している様です。Dellやスターバックスコーヒーのコンサル経験があり、現在は筑波大学大学院の教授をされています。筑波大学のH Pによれば1965年2月生まれとあるので、私より2歳年上になります。この本はメトロ書店で立ち読みして、一発でビビッときて、Amazonの中古を待てないと思ったので1,760円(税込)出して即買いしました。

 まず、色々なテクニック以前に図を書きながら考えるメリットについて序章で説明しているのですが、大きく以下の点に共感しました。

  1.文章で書くとわかりにくいことが俯瞰で見て一発で理解してもらえる。

  2.図は絵ではなく、決して、絵心がないことを悲観しなくても良い。

  3.情報量が限られているため、ポイントを押さえる力を求められる。

 作者はプレゼンソフトでお馴染みのPower Pointについては懐疑的であり、プレゼンをするのに効果的なソフトではあるものの、スライドを作る過程はむしろその見栄えの方に神経を使いがちになるため、問題を解決するツールには向いていないとい意見の様で、ホワイトボードか紙(ノートでも良い)に手書きで思考していくことを推奨しています。この点は全く同感であり、思考するツールとしてiMindmapは有効だと思いますが、Power Pointって結論の見えているものを人にわかりすく、あるいは美しいビジュアルで表現するプレゼン専用のツールだと私も思っていました。そう思いながらも、手書きで何か原稿が残っているか?と振り返れば、相当数のプレゼン資料を作ってきたにも関わらず、そんな思考の形跡は残っておらず、深い思考をして作ったものではない資料ばかりです。要は考えの纏まっているものを資料しただけで、持論をただスライドにしたというだけの話。少なくとも仕事では深く思考することが減っており、おそらく、それは、年齢や立場も上がって、自分の意見を真っ向から否定する人が年々減ってきて理論武装して議論に臨む機会が減っていることに関係していると思います。

 テクニックとして使える図解の基本形として2次元の概念図を紹介しており、全部で4つあります。こういう絵すら手書きで書いて貼り付けず、手っ取り早く写真を貼り付けているところが、すでに失格なのですが、ちょっと時間もないのでご容赦ください。たった、これだけの絵を使い分けるだけで問題解決の糸口が見えてくるなんてすごいと思いませんか?詳しくは本を買って読んで頂きたいですし、内容を詳しく書くわけにはいきませんが、私がこれから図解で思考したことはどんどん、このブログでアップしていくつもりです。

文で覚える単熟語

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 初心に帰って、ボキャブラリーをコツコツと増やし、リーディングを徹底的にやると決めたので、これまで続かなかった教材を引っ張り出して見ていたら、旺文社出版の”英検2級 テーマ別 文で覚える単熟語”が目に止まりました。TOEICは一応、630点なので2級ぐらいはいけるだろうと高を括って買ったのですが、当時は続きませんでした。一方、シンプルな単語帳もいくつか持っているのですが、例文と一緒に覚える方式ではあるものの、ストーリ性がないため、その例文がほとんど長期記憶として定着せず、結果、覚えられないという悩みがありました。

 この”文で覚える単熟語”は英検の過去問から抜粋された、1つのビニエットが150〜250語ぐらいのテーマ別のコラムになっており、そのテーマは全部で9つに分かれており、環境・資源、科学・技術、社会・ニュースなど多岐にわたっています。まぁ新聞で言えば社説のような感じですかね。最後、テーマ8、テーマ9はリスニングになっていてCDがついています。見開きの左半面にビニエット、右半面が単語帳で赤いセルシートを置くと和文の意味が消え、単語の定着を確認するテストに使えます。

この教材の主目的は英検2級レベルの単語や熟語を覚えることなのですが、この教材はリーディング学習の側面も持っています。英文でたった5〜6文ぐらいの極めて短いコラムですが、自覚したことは、”文法上、間違って覚えている知識があって直訳から間違っていること”また、”正しく直訳できてたとしても違和感のない日本語に訳せない”ということ。次にあげる例文がまさにそれを実感したものです。

 In search of a way to use everyday roads as a way of making energy, the specialist at a U.S. company have designed a thee-layer road with solar panels in the middle.

 カンマの後のthe specialist以降の文はS+V+Oの文章で”米国企業の専門家が中間層にソーラパネルを挿入した3層構造の道路を設計した”ということですぐに和訳できたのですが、In search of〜以下の文章の意味を取ることができず、後半の和訳できた文章につなげることができなかったのです。In search of 〜が”〜を探して”という熟語でこれを覚えることが目的なのですが、その後の探す対象であるa way to use everyday roads が訳せなかったのです。その後のas a way of making energyで”エネルギーを作る方法として”として何かを探していたことはわかるのですが、その何かに相当する部分が和訳しづらいのです。a way to use everyday roads はa way to use roads everydayならばわかるが・・などと思いながら辞書を開くと、長年、間違っていたことがわかりました。everydayは形容詞で”日常的な”という意味で必ず名詞の前に置くのが正しく”毎日〜する”という副詞として使う場合にはevery dayとevery とdayは分けなければならない書いてありました。つまり、この文章では”日常的な道路”と形容詞で訳すべきで”日常的な道路を使う方法”と不定詞の形容詞的用法で解釈すべきだったわけです。しかし、ここまできても、直訳すると”エネルギーを作る方法として日常的な道路を使う方法を探して・・”となり、なんかしっくりきません。ここからは、この直訳に対してどのような日本語がしっくりくるかというのを想像しなければなりません。正解は

 ”エネルギーを作るのに日常的な道路を使う方法を探して、米国企業の専門家が中間層にソーラパネルを挿入した3層構造の道路を設計した”

 でした。つまり、as a wayを”方法として”と訳すと全体がしっくりこないのです。でも、everydayをもし副詞で訳していたら、”毎日、道路を使う方法”を探すことになり、正しく訳せないため、想像力以前にやはり、”文法に忠実に直訳すること”が先決だと改めて感じました。

英語の読み方

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 昨日から2020年12月 中公新書出版で比較的、新しい、北村一真著 ”英語の読み方”を読み始めました。以前も似た様な本を持っていたのですが、出版された時代が古く、根性論や苦行の様な事ばかり書かれていたため、半分くらい読んでBook Offに売りました。従って、この本を買うにあたり、902円(税込)を出資する価値があるのかどうか?と相当な時間、立ち読みして結局、買いました。悩んでいる時は、今、すぐ読みたいと言うわけではなく、新品である必要もないので、できるだけAmazonで中古を探して買うのですが、今回は送料を入れると200円程度しか安くならなかったため、新品をTsutayaで買いました。サブタイトルに”ニュース、SNSから小説まで”と書かれていて、出版が1年ほど前で、新しかったのが購入を後押ししてくれました。

 ”第1章 英文を読む前に”に文法と語彙力を試すところがあるのですが、文法は例文3題中、2題は何とか意味がとれたものの、1題はさっぱり。まぁ、この3題に対して手も足も出なかった人は”大学受験レベルの英語学習”をやり直した方が良いと書かれてあったのですが2/3題はクリアできたので、文法は良しとしました。次に単語、熟語の語彙力のテストですが、著者がオンライン上の英語ニュースで頻度の高いものを拾ったものでしたが、全滅でした。つまり、単語4問+熟語3問が全て知らないものだったということです。大学受験レベルより少しレベルが高いものらしいですが、私も技術系とは言え、一応、海外顧客を相手にしているので、全滅というのは、ちょっとショックでした。アドバイスは英検の”でる順パス単(準一級/一級)”の単語帳を覚えることでした。つまり、私は少なくとも英語ニュースを聞き取るスタートラインにすら立っていないことが、この本を読む進めているとだんだん、わかってきました。

 英語圏のニュースキャスタは1分間に平均150語を話すそうなのですが、少なくとも、その速度で同じ英文を読んで理解できなければ、聞き取れるはずはないというのが、この著者の持論で、読む力を先に伸ばさなければ一生、聞き取ることはできないということを改めて自覚しました。受験英語こそ、私がまず行うべきことでコツコツと単語や熟語を増やし、長文読解の問題(またはReaderの教本)の英文を正しく訳すことに軸足を置いた英語学習に切り替える必要がありそうです。確かに仕事でも自覚はしていました。私はSpec(仕様書)やレターなどの英文を読むのが非常に遅いし、時間をかけても英訳しても意味を履き違えている場合がこれまで多々ありました。仕事で直面する英文に関しては、知らない単語を1つ1つ調べ、文法に則した解釈をやっている時間はないし、自分の専門技術がバックグランドにあることがほとんどでおおよその意味は予想できるため、斜め読みをしていることが多いです。しかし、ニュースや日常会話は読めない文章は、まず、聞き取れないし、バックグランドで予想できることは限られているはず。

 この本を読むことと並行して、今度こそ、腰を据えて単語、熟語の暗記と長文読解を集中的に行うことを決意しました。

 

使命の本質

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 私は若い頃、海外現地で働いていて、どちらかといえば、今の設計職の様に生み出す仕事ではなく、設計から引き取ったものの仕上げを行ってお客さんへ引き渡す仕事に従事してきました。若い頃といっても、まぁ20代から30代までがピークだったので、人にはそう言うのですが、実際、マネージャ時代の仕事を含めれば、20代から40代半ばまで、一貫して海外プロジェクトの主に現地業務に従事していたことになります。長くなるので武勇伝は置いておいて、今日、このブログに書きたかったのは、使命感の話です。

 自分の立場がお客さんや最前線に近くなればなるほど、しっかりと、自分の責任範囲だけを明確に決めて、その範囲にある仕事だけに集中したいというのは、どんな職種も共通している心理だと私は思います。若い頃の私は、まさにそういう思想で凝り固まっており、現場で発生する不具合は、ほとんどが設計ミスか工場での検証不足がきっかけになっていることが多く、それを現場まで流出させた為に起こっている問題に対する責任が我々にあるはずはないと信じていました。だから、答えはわかっていても、何も決断しないという姿勢を徹底的に維持していました。

 しかし、あるとき、日頃、懇意にしてもらい、現場の苦労も共にしてくれていたお客さんから、私が不具合として設計担当に流してしている、いくつかの案件に対して一向に設計方針が出されず、現場が進んでいないことに対して”答えがわかっているのであれば、どうして、教えてあげないのですか?あなたはそれで良いのですか?”と言われました。私は”あぁ、あいつらが(設計者が)サボっているのが、問題なのだから、わかっていても答えは教えないことにしてるんで・・”と答えると、そのお客さんは少し、悲しい顔をさて”一緒に戦っている私が困っていてもですか?”とさらに質問してきました。私はこの時、このお客さんから自分の心の奥底にあるドロドロしたものを見透かされた様な気になり、同時、本当に申し訳ない気持ちで一杯になりました。私がここにいて現場の仕事をしている理由は何か?それは”机上や工場で想定できない様な製品の使い方をお客さんがされることを試運転の中で発見した場合、それを正しく設計へフィードバックし、こうあるべきではないか?という提案をする事”だったのです。

一方、当時の私は設計の合格基準も工場試験の合格基準もクリアして出荷されている良品が現地試運転で想定しなかった動作をした場合、それを”不具合”と言い切り、その原因は”設計や工場の担当がチェックしていないのが悪い”とお客さんに公言していたことになります。なぜ、そんな態度だったのか?それこそが私の本音でありお客さんはそれに気づいて私を諭してくれただと気づきました。その本音は”できるだけ自分の責任範囲を狭め、楽したい”ということ。もし、私が今の自分の様に”この製品をお客さんが使いやすい一番のコンディションを現場で見極め、最終仕上げの為にここにいるのだ。”という自分の使命に誇りを持っていたら、自分に都合の良い責任範囲の解釈で仕事と向き合うことは無かったと思います。私は入社して10年たってようやく、そのことに気づき、考え方をセクショナリズム度外視の全体最適に改めました。その反省によって、今では、あらゆる支援をタイムリーに得ることができる様になり、人間関係も仕事自体もスムースなり、ストレスフリーになりました。あいつは俺の仕事を何も助けてくれない・・違うのです。あなたが何をしてあげたのか?なのです。

ノートか手帳か?

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 年末から年始にかけて毎年、バカ売れするのが手帳だと思います。私も毎年毎年、続きもしないのに12月になると思い出したかの様に新しい手帳を求めて文具店に行っていました。義父母が生きていた頃は年末年始は毎年の様に妻の故郷である鹿児島に帰省していた為、正月の初売りを目当てに鹿児島市内まで出てショッピングする機会も多く、そこには当時、長崎市にはなかった東急ハンズや今もまだないLoftがあり、さらに、山形屋やマルヤガーデンなどの大きなデパートもあるため、手帳の購買意欲をより掻き立てられる環境にありました。私は万年筆を使うため、インクが裏写りせず、滲まない紙質の手帳を選ぶ必要があり、その点でトモエリバー製の紙を使っているほぼ日手帳やジブン手帳が最適なチョイスなのですが、毎日、書かなければならない義務感とあまりにもメッシュの小さすぎる方眼に耐えられず、断念しました。この方眼のサイズは非常に重要で、ほぼ日手帳の方眼は小さいため、1マスに文字を書くのは難しいので4マス使うことになるのですが、それでは大きすぎると感じていました。今、考えてみれば、学生時代は、原稿用紙などが最たるもので、4マス程度のサイズの文字を堂々と書いていた様に思うので、そんなに大きくないはずなのですが、いつのころからか、自分の書く文字が小さくなり、その方が美しいという感覚になってしまっています。ほぼ日手帳には一応、Webにお問合せフォームのようなものがあるので、せめてツバメノートの方眼のサイズにしてほしいと投稿したのですが、その後、全く、返事はありません。

 私がさんざん、手帳を買いまくって気づいたことは、手帳は何か長期目標があって、その進捗を、日々、あるいは週単位のTaskやTo Doでフォローする必要がある人か、とにかく仕事で分刻みの多忙さを極めている人にしか必要がないということです。私の場合、長期目標を今後管理していく必要があるのかもしれませんが、少なくともデイリーで管理する必要はなく、ウィークリーかマンスリーでも十分かもしれません。また、仕事をプランナーで管理しなければならないほど多忙ではないため、仕事に手帳は不要というのは間違いありません。設計職の場合は、営業職や管理職の様にお客様やパートナー会社などの外部の人に会う予定や会議の予定が1日に複数回立て込んでいて、日々、スケジュール調整が必要ということがないからです。

 ただ手帳にはもう1つ、何かを忘れない様に書き留めて記録しておくとか、書きながら何かを思考するという使い道があります。記録はもはや、常時携帯しているスマホの方が便利かもしれません。ちょっとしたメモならば音声入力で記録しておけば十分です。一方、思考の方はスマホというわけにいかず、ノートしかないと思います。万年筆を愛用する者にとって使いやすいのはツバメノート。1冊が30枚のB5サイズで罫線タイプは210円。一方、コクヨノートキャンパスノートは1冊が30枚のノート5冊セットがAmazonでは500円で売っているケースもあり1冊あたりの単価は100円ですから、ツバメノートの半分です。最近、気づいたのですが、コクヨのノートもなかなか優秀で裏写りするものは随分、減ってきている様です。ただしノートには弱点が2つあって、1つは紙表紙が曲がりやすく、劣化しやすいため、携帯時にノートカバーをかけて持ち歩く必要があるということ。もう1つは思考するにはB5サイズ以上のノートが最適ですが、常にカバンやリュックが必要になるということです。まぁ紙面上、広さや書きやすさを重視すれば仕方ないですね。でも、考える過程のノートを何年も保管するでしょうか?最後は何か電子データになってしまうのであれば、劣化を恐れず、安価なコクヨのB5ノートでいいかな?と最近は思います。

 

酒の効果

 

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 年末年始の付き合いも終わり、昨日から禁酒を再開しています。11月まで約3月間、禁酒していたのですが、年末から年始にかけて飲み会が増えることを予想し、慣らし運転が必要と言い訳しながら、12月上旬から徐々に晩酌を再開し、1月3日まで約1ヶ月間飲み続けてきました。そもそも、晩酌は知的生活に相反する行為であり、酒は弱い方なので、飲まなくて良い酒は出来るだけ飲まないというスタンスで臨んでいました。しかし、一方で酒を飲まない(飲めない)のは人生、損している気がしていて、かつ、夜の時間に独学や趣味をやらないのであれば、飲んだ方が精神衛生上も良いのではないか?と思う、もう1人の自分が居ることもまた事実です。現実、特に出勤して仕事をする場合、帰宅後、独学などやる気にならず、夕食の時間までダラダラ過ごし、夕食後はすぐに横になって眠くなるということが頻繁だったため、晩酌を再開した12月上旬は禁酒など意味が無いとすら思っていたぐらいです。

 私は酒はその種類は何であろうが、お互いが心を開くために飲むべきものであることを今回、弟やその子供たち(甥や姪)と飲んでいて理解しました。つまり、会話のない1人の晩酌は結局、酔う意味がないと思ったのです。普段、私は照れ臭いというのもあり、首都圏に住んでいる彼らと自分からLineなどでコミュニケーションを取ることはなく、いつも突然、飛んでくるLineに反応するのが精一杯でした。弟は身内なのに照れ臭いというのが、特に女性の方は理解できないかもしれませんが、改めて男兄弟で心を開いて話すなど、もはや、50歳を超えるとなかなかハードルが高いものです。しかし、この照れを拭い去り、程良くハイな気分にしてくれるのが酒であり、弟は日本酒、私はワインで今回、正月に飲んで話してみましたが、非常にスムースに話すことができた気がしました。ここに一番、酒の強い甥っ子が焼酎で参戦するわけですが、彼も就職内定した大学4年生でもう大人の会話ができるため、なかなか楽しいひと時を過ごすことができました。一方、姪っ子(甥っ子の妹)は家族からちょっと浮いた存在で、なかなか、家族と馴染めず、その悩みを私たち夫婦だけにぶつけてきます。お父さんやお母さんが普通なのかどうかという話を父母兄抜きでしたかった様です。これも酒を飲んでいないとなかなか難しい相談。

 しかし、こんなに便利な酒ですが、飲んで話す相手がいないのであれば、夕方の貴重な時間は晩酌に使うのではなく、やはり、自分を向上させる時間に有効活用すべきだと思い直し、再度、有期で禁酒することにしたのです。うちは妻も階下に暮らしている父母も全く酒を飲めない体質。正確に言えば父は飲めるのですが、若い頃から家で飲む習慣がなく、最近は体を壊し手術をしたのを機にセーブしているため、飲めないのです。また、我が娘はまだ高校生なので飲ませるわけにいかないし、正月が終わって、弟の家族が帰ってしまい、飲んで話す相手がいません。これをチャンスと捉え、独学やギターの基礎練に充てて、昨年、実行できなかったことを加速させたいと思います。

 

昨年の反省

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 年明け一発目になります。毎年、今年の目標を設定し、絶対にやろうと決意するのですが、昨年の目標で継続できていると言えるのは、英語学習とRunningのみ。但し、英語学習も大西先生のラジオ英会話のみでReading、Writingおよび英単語は全くです。仕事で MailやLetter 程度のReadingやWritingは、日々、やっているのですが、ちゃんとReading教材や英語ブログでそれらの強化を図ることを計画していたので、その意味では実行できていません。

 次の目標は大学院の専門教科の復習とギターを基礎からやり直すというもの。いずれも、ノスタルジックな動機は否めないものの、テーマは共通するものがあり、我流でやってきたことへの反省なのです。専門教科の方は大学時代はとにかく単位を落とさないことを優先するあまり、過去問の暗記に徹し、大学院ではある程度、深く研究できたものの時間ぎれで就職を優先せざるを得なかったということ。つまり、適当で半端に理解していることが多いのです。一方、ギターは中学生から始めて、好きな曲を耳でコピーし我流で弾き、自分でオリジナルソングを作る様になると、それも理論は一切、無視して、我流で作詞作曲をやって、今があります。一応、音にはなっているものの、自分の感性や我流の弾き癖の枠から広がることはないため、リフもソロも単純なものしか生まれてきません。これらを改善したかったのです。ですが・・結局、基礎練的なモノに耐えられず、実行できなかったというのが敗因だと思います。

 かなりいい線まで達成できたのがオリジナルのブログHPを作りで、最初はHTML+CSSで書いてある程度まで作ったのですが、カテゴリや日付別に分類させるというところが、うまくいかず、それならばWordpressで作れば良いと割り切って作り直しました。そういう意味では100点ではないけれど、70点のものは出来上がっています。残念ながら、現在の投稿数ではなかなか、アクセス数は伸びていません。

 最後がプログラミング。Pythonで簡単なグラフを描かせるところまでは習得できましたが、大学院の専門教科の1つである自動制御の解析をPythonでプログラミングして実行させるのがそもそもの目標でした。しかしながら、自動制御の手計算による計算ミスがあり、そこから解析が進まず、結果、プログラミングに至りませんでした。年末に奮起して再計算をしようとしたのですが、叶わず、年が明けてしまいました。

 昨年の反省はここまでにして、年始に新たな目標を立てる必要はなく、これらを1月から再始動させるしかないと思っていますが、これから飲み食いが多いのでその嵐が過ぎ去った後にスタートし、そこまでは飲み食いを楽しむことにします。

放任主義

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 高校生の娘が1人いますが、私はあまり彼女を干渉しません。夜、彼女が遅く帰ってもすでに寝ていますし、この時刻より遅く帰ってきてはいけないと妻から一応の門限を提示されているにも関わらず、それを破るわけですから、何があってもそれは自己責任です。私は娘が自分の責任でやったことで失敗しようが、死のうが、それは運命だと思っています。しかし、彼女を産んだ母親である妻の愛情は全く別の話であり、それは父親の自分のそれとは比較にならないほど深いです。妻も働いているのですが、働いていながらも気がきではない。私は妻より早く上がって家にいることが多いですが、仕事が終われば自分の時間を楽しんでおり、門限を守らず遊んでいる娘など知らんというわけです。じゃあ、高校生である18歳までは心配すべきだが、20歳以降は心配しなくても安全だという保証はどこにあるのか?という話なのです。16歳で中学卒業して働いている子もいれば、母親になっている子もいる。その子たちが県外や外国で暮らしていたとしましょうか。どうやって夫婦でこの子の安全を守ってやれるのか?18歳未満は両親が安全を守る義務があるんじゃなかったのか?じゃあ、学生の間だけ守ってあげるというのは理屈としておかしいでしょ?というのが私の理屈であり、彼女を放任する理由です。私は彼女には自分の身は自分で守れる様になれと言い続けています。運が良ければ、他人が助けてくれるが、普通、他人が自分の為に血を流して守ってくれることはありえないと教えています。言い換えれば、自分で自分を守れないような、危険なことはするなということを教えています。これだけ言っておけば、娘の帰宅時刻は問題ではなく、彼女が自分で身を守れるのか?という本質的な問題であることに気づくはずですが、まるで門限を守らないことが問題であるかの様に騒いで事を荒立てる方が私はおかしいと思っています。娘が死ねばそれは悲しいが、交通事故で死ぬこともあるし、殺されることもあるわけで、それは全て彼女の過信がもたらす失敗であって普通は守り様がないことばかりです。

もう1つは娘が勉強をしない問題。

”自分はこの大学に行きたいが自分の今の学力はこのレベルなので、より勉強をしなければならない。特にこの教科が弱いのでより時間をかける必要があるし、場合によっては塾に通って補強する必要がある。”

高校生が勉強をする理由について、私はこれ以外の理由を思いつきません。では、勉強をしない理由は何でしょうか?まぁ、聞けば、きっと、色々、並べてきますよね?それもやらない理由ではなく、できない言い訳をしてきます。この言い訳の元は簡単で、色々言っているが、

”勉強で苦労はしたくないが、試験には合格したい。合格したら、親に束縛されることない県外の大学でキャンパスライフをエンジョイしたい”

という都合の良い、願望に尽きると思います。もちろん、私の学生時代は違っていたと言うつもりはなく、私も彼女と同じでした。しかし、経験上、そんな都合の良いことは起こらないので、娘には地道に勉強をする様に言っていますし、結果は定期考査や模試に現れるので、そのテストの点数や番数が下がれば、どんなに時間をかけようが正しい方法で適切な時間をかけて勉強やったとは評価されないと伝えてきています。したがって、テストの結果が下がり、目標とする大学に落ちることは自己責任であって、親はどうする事もできません。もっと、しつこく起こしてくれれば遅刻せずに済んだのにと親に逆ギレする子供がいますが、あの屁理屈と、もっと、親がしつこく言っていれば志望校に落ちることなかったのではないか?という屁理屈は、全く、同じことで、親がしつこくフォローしようがすまいが、合否は結局は本人次第なのです。

これら当たり前のことに対して、私は正しい道を伝えた後、娘がその道を進もうが、外れようがそれは娘次第であり、我々の問題ではないと周りには公言しています。これに対して私の両親も妻も私を放任主義が行き過ぎた父親だと見ている様で納得いかない様子。これが来年も大きな課題になりそうです。私は自分が親の言いつけを守らず、失敗したということはあっても、そこに親を巻き込んだ覚えは全くないため、私にはその不満の意味が理解できないのです。

サプリメント

 

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 私は現在、3つのサプリメントを愛飲しています。1つは”牡蠣&ウコン たのもし”というもので詳細は以下にファンケルオンラインのURLを貼っておきますが、晩酌をする人には欠かせないサプリです。1ヶ月 2500 円ぐらいですかね。晩酌と言っても1日にビール350mlが1缶、ワインが赤白 グラス2杯程度なのですが、私はアルコールに弱いのでこれでも翌朝、軽い2日酔いになったり、胃もたれする場合があります。このサプリを飲み出してから、1ヶ月経っていませんが、私には非常にあっている様で翌朝の不快感はなくなりました

(ファンケル) https://www.fancl.co.jp/healthy/item/5357a

 次は小林製薬のエディケアEXというやつで、1ヶ月あたり13,000円ほどするちょっとお高いサプリ。読んでもらうとわかると思いますが、男性の切実な悩みに応えてくれる夢のサプリです。自覚し始めたのが47歳ぐらいからですかね。しばらく行為をしなければ、全然、Lessで行けることや、たまに行為に至っても、最初は調子が良いのですが、だんだん、この行為そのものをやっていることがだんだん、バカらしくなって途中萎えてしまうのです。妻に飽きたということではなく、他の女性であっても、そういう行為をしたいと感じず、まず、面倒臭いのです。そして、やったらやったで結果の見えている行為を無意味に感じ、白けてしまう。しかし、ある時、我らが金八先生、武田鉄矢さんがワイドなショーで言っておられたのです。Sexは自分だけが気持ち良ければいいという考えが、そもそも、間違っていて、相手を喜ばせる目的の行為であって、そして一緒に昇天することに意味があるのだと。自分が快楽を得るだけならば、自慰行為で十分じゃないかという言葉に目が覚めました。じゃあ、少し高いけど、ランニングにも強壮剤になりうるので、このサプリにすがってみようと。効果はですね・・少し恥ずかしいですが、広告通りです。女性に飢えてSexばかりを求める感じではなく、行為をしだすと、私の場合は最大値を維持したままで、持続力が増した感じはします。また、ランニングにも効いている様でかなり飛ばしてもバテにくくなっています。

(小林製薬)https://www2.kobayashi.co.jp/seihin/lt/dt/edicare/5/?gclid=EAIaIQobChMI6fPA3OuF9QIVBgRgCh1PfQCBEAAYASAAEgLNgPD_BwE

 最後はサントリーのDHA&EPA+セサミンEXで1ヶ月 4,650円のサプリで、これは脳の活性化とアンチエージングの為に愛飲しています。このサプリはおそらく、死ぬまで飲み続けるだろうと予想しています。私はとにかく、仕事もプライベートな独学でも頭を使うことが多いですが、最近、記憶力が低下し、色々なミスも多くなってきました。特にメールの誤字や思い込み、そして、専門書でも普通の本でも、読書する根気が年々、なくなってきています。サプリを飲んでようやく、実年齢よりは脳を活性化できていると思っており、これを止めるとちょっと、維持できる自信がありません。仕事でアイデアがよく出ますね・・と今でも褒められるのは、おそらく、このサプリのおかげだと思っています。

(サントリーウエルネス)https://www.suntory-kenko.com/supplement/main/43322/?fromid=pc_bp_1

 こんな感じでサプリに毎月、20,000円つぎ込んでいる感じですが、生命保険を見直し、保険料を抑えたので、今後は少し楽になると思います。脳も体も若くありたいので、何とか続けられるだけの稼ぎは、もうしばらく維持したいと考えています。

痙攣性発声障害:無声音と話す速度

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 外転型だけに限ったことかもしれないし、私の声のキーに依存している可能性もあるのかもしれませんが、努力発声の時は声のキーが比較的、高くなっていることが多いです。しかし、甲状軟骨形成術1型という手術は元々は本人が一番、発声しやすい、または、最も響きやすい音を手術中、探りながら、そこで声帯がうまく振動する様にクリアランス調整をしているので、その理想的な音域と比較した場合、明らかに努力発声の時に出てしまう音は高いと感じます。術後1年間は、とにかく通常より低い声で話すことを心がけてくださいと主治医から言われていました。私の場合は、比較的、低音の方がよく響くという判断で今の位置に声帯のクリアランスがくるよう、骨を削って合わせている感じです。しかし、本人にとっては、そういう自覚なく、歌う時も、話す時も、そのよく響くと診断されている低音よりは、明らかに高い音を使っていた訳で、すでに術後3年経過しましたが、なかなか、低音で話し続けることが難しいです。お酒を飲んだ翌日は酔いに任せて、大声で話しているのか、声が枯れており、割と低い声になるため、出しやすい時もあるのですが、それを維持するというのが非常に難しいです。

 低い声というのはそもそも無声音に近づくため、コソコソ話の声が入り混じっている状態になることが多く、文末がよく聞き取れない場合に聞き返されることがあります。勿論、相手が聞こえる様に声を張れば、より高音に近づくため、外転型の私は声帯は開き勝手になり、声が抜けてしまい、息継ぎが増え、苦しい努力発声に近づきます。内転型の人はその逆で声帯は閉まる方向になる、声が詰まるそうですが、その経験は、勿論、ありません。外転型の方はやってみると分かると思いますが、無声音、つまり、コソコソ話をすると、全く、普通通りに息継ぎをせず話し通すことができると思います。しかし、いくらスムーズに息継ぎなく話せるからと言ってコソコソ話を続けることは変な癖がつき、声帯にも負担がかかるため、禁止されています。ここに少しでも音を乗せ有声音にしようとすると途端、息継ぎを頻繁にしなければ、明瞭な音にならないため、普通に話す速度では息切れするはずです。経験的には無声音の声帯位置付近でいかに声帯を低音で響かせることができるかが、外転型の私の場合はポイントです。

 無声音が混じり文章や言葉の端々が聞き取りにくいことや、ゆっくりした話し方を許容してもらえるケースがたまにあるのですが、この状態を継続していくと、非常にスムースに息継ぎなく低音で話すことができる様になる場合があります。それを感じたのが、宴会などの挨拶を任され、マイクの前で20分程度、挨拶をした時でした。マイクは弱々しい声でもある程度の声を拾い、かつ、挨拶ですから、比較的、ゆっくりと落ち着いて話すことを求められます。聴講している相手に時々、質問して、間をもたすことができるプレゼンなども同じ場合があります。つまり、低音で時々無声音になっても、気にせず、なるべく息切れしない様にゆっくり話す習慣をつけることが外転型の場合には必要な様です。