痙攣性発声障害3:甲状軟骨形成術

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 前回はリハビリを約1年続けた後で一応、見切りをつけ、京都の”ひろしば耳鼻咽喉科”で手術を受ける決断をしたところまで書きました。やり取りしたメールを追うと2018年9月24日に以下のリンクにある一色記念ボイスセンターの問診をWebで受け、録音した音声データを送ったのが最初でした。一応、これまでブログに綴った様な経緯をある程度、要約し、メールに添え報告しました

(URL) https://www.hiroshiba.com

 2018年10月に一度、手術前の診断を受け、この病院でもスコープで確認した結果は”外転型痙攣性発声障害”という事で手術によって完治は難しいが、改善は見込めるという事を告げられ、2018年12月14日に手術日を決定しました。術式は以下の甲状軟骨形成術 1型で決定し、要するに声帯を動かす軟骨を削ってクリアランスを狭め、声帯の開き過ぎを抑えて声を出しやすくするという手術です。逆に内転型の患者さんは発声時、声帯が締まりやすい傾向にあるので声帯が広がる方向にチタンブリッジを装着する2型となり、その他、症状によって3型と4型がある様です。

 手術は局部麻酔で喉を3cm~5cmほど切り、発声しながら骨を削るという手術になります。時間的には手術室に入ってから3時間程度だったと記憶していますが、時間については少し曖昧です。手術中、激痛を伴う様な事は私の場合はなかったし、麻酔の注射が痛かったという覚えもありません。ただ、グラインダーやノミで骨を削る音や振動がリアルに聞こえるので、そういうのが極端に苦手な人は怖いと感じるかもしれません。気持ちが悪いというのは多少あっても、痛みがないというのは間違いないです。更に声帯の開き具合を調整して削るので削る前にどの位置まで狭められるのかを鉗子等の手術道具で動かしながらチェックします。その際に気道がふさがる様な息苦しさを感じる場合がありますが、実際は片側ずつ締めていっているので完全にふさがる事はなく、呼吸には影響ありません。これも、そういう感覚の問題であって、もし、もう1回やったら、そういう恐怖感は減っていると思います。

 手術後、1日入院するのですが、翌日には固形物を飲み込める様になっていました。手術から1週間は全て筆談となり、話す事は禁じられます。きっと苦痛だろうなと思っていたのですが、会社を休んでいるので、そこまで苦痛ではなかったです。2週間後に抜糸となるのですが、京都まで抜糸の為に行くわけにはいかないので、近くの外科に紹介状を書いてもらい、そこで抜糸しました。手術後、1ヶ月、3カ月、6カ月そして1年とスコープによる診察がありましたが、発声時に期待した上限までしか開いていない事は確認され、この手術で一定の改善は見られたという事になりました。確かに声はリハビリ当時より低音が響きやすく、出しやすくなりました。今日はここまでとします。次回は手術後 約3年経過した現在の状況を綴ってみたいと思います

痙攣性発声障害2:リハビリから手術へ

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 今回は第2回目でボドックスが効かなかった私が、その後、どうしたかという事を綴ってみたいと思います。クマダクリニックからは、リハビリという選択もあるし、もう少しボドックス治療を続けて様子をみる事も可能だが、それをするにも、定期的に声帯の動きを観察しながらになるので、熊大の音声外来を紹介すると言われました。熊田先生は長崎から経過観察だけの為に西麻布に毎月、来るのは交通費もバカにならないので、九州で音声外来やリハビリのある病院で観察する方が私にとって良いという判断をされたわけです。そのうえでボドックスを再度、希望するのであれば、来て下さいという感じだったと記憶しています。

 そこで2017年10月ごろ、その紹介状を持って熊大の受付まで行ったのですが、意中のエキスパートは朝日野総合病院という私立の病院に勤務先を替えておられた為、さらに熊大から朝日野総合病院へ行く事になりました。ここで鼻から喉へ挿入したスコープを観ながら下された結果は、2度もボドックスをしているにも関わらず、左声帯が発声時、開いているので、おそらくは効きにくい体質であり、これ以上、ボドックスを継続するのは、気道を塞ぐ可能性もあり危険と判断されました。つまり、そこでリハビリを推奨され、そのメニューは以下の通りでした。自宅でこれらを毎日行い、2回/月、朝日野総合病院でスコープを鼻から喉に挿入した状態で発声しながら声帯の動きを診断し、以下のリハビリをやって、言語聴覚士と一緒にやって発声時の声を記録して帰るというもの。

1.壁を押して、”エイ”と発声するプッシング(30回/日)

2.鼻の上の方を両人差し指で抑え、指に音が響く様に”イー”と発声。(5回/日)

3.ドレミファソ→ソファミレドの音階を”オー”で発声(1回/日)

4.低高→高低と”ノー”という音で上げ下げの発声(5回/日)

5.カ行、サ行、タ行の続く単語及び短文の音読

 しかし、よくよく、音声聴覚士に聞くと内転型患者のリハビリによる改善実績はあるものの、外転型患者は初めてという事らしく、これで治るかどうかやってみなければわからないという事でした。どこがゴールなのでしょうか?と続けて質問すると、1年とか2年とか一概にリハビリ期間で決まるものではなく、主治医と患者である私で止め際を見極める必要があるという事でした。リハビリは確かに一定の成果があり、始めた頃からすれば、ずいぶん、発声しやすくなったという実感はありました。しかし、私はそのリハビリに改善の限界がきている事を何となく自覚していました。そこで、ここから、私は2018年9月に京都にある一色記念ボイスセンターのひろしば耳鼻咽喉科で手術が行える事を知り、音声外来を申し込みました。今回はリハビリから手術へ踏み切ったところで終わりにし、次回、手術の状況から現在に至るまでを綴ってみたいと思います。

痙攣性発声障害1: 発症からボドックス

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 ブログを再開するにあたり、まず、最初に綴っておきたかったのは、この発声障害の事です。2016年に会社のミーティング中に声が抜け、複式呼吸を使わなければ発声困難と感じる事が増えてきました。最初は悪性のポリープや咽頭がんを疑い、いくつかの耳鼻咽喉科で受診しました。ですが、その様な腫瘍は見つからず、原因不明のまま、長崎大学に紹介状を書いてもらい音声外来のエキスパートの診断を受けました。出された結果は”声帯溝症”という事で、声帯がやせ細って溝ができ、そこから空気が漏れているのが原因という所見。

 しかし、長崎大学の先生が”声帯溝症ならば、この様な症状があるはず”という、いくつか問診に納得できず、とは言え、長崎には、このエキスパート以外の音声外来専門医は居なかった為、ある耳鼻科から久留米大病院の音声外来へ紹介状を書いてもらい、セカンドオピニオンを求めるつもりで受診しました。受診した結果、外転型痙攣性発声障害に関する問診に自覚症状として思い当たる節があり、特定できたのが自覚から約半年経過した、2017年8月でした。

この障害はジストニアの一種で、発声時、正常ならば左右の声帯を締め様とする脳からの指令が出ているはずなのに、何故か声帯が逆に開き、声が抜けてしまいます。抜けるので音にしようと、力んで努力発声すればするほど、声帯が開いていく障害です。逆に声帯を締め過ぎて声が詰まる内転型というのもあり、圧倒的にこちらの事例が多いという説明で外転型は10万人に1人の珍しい症例であるという説明でした。
痙攣性発声障害は治療法が確立されておらず、久留米大で紹介されたのが、ボツリヌストキシンという菌を注射器で声帯を動かす筋肉に打ち(以下、ボドックスと書きます)、一時的に声帯を開かない様に止めるという治療で、久留米大学から次は西麻布にあるクマダクリニックに紹介状を書いてもらい、8月と9月にそれぞれ、左右の声帯に月を分けて接種し様子を見ました。

このボドックスは効果が2-3カ月と言われ、1年に4-5回は接種し続けなければなりません。記憶が正しければ私の接種量の場合、1回で16,000円だったので、注射代だけで1年に70,000円~80,000円を覚悟しなければなりませんでした。長崎からだと日帰りは可能なので、宿泊費は不要なのですが、ここに1往復:50,000円程度の航空券が5往復加算される為、1年で約400,000円を使う事になります。

ところが、幸か不幸か、このボドックスは私に全く効果がなく、右声帯の動きを止めきれたのですが、左声帯には全く効き目がありませんでした。

今回は特定からボドックスまでを綴りました。続きは次回に。