フランクリンプランナー

このプログについて

ノートや手帳を仕事や勉強に活用する方法については書籍も多く出版されており、最近は YOU TUBEでもその類のコンテンツが増えた様に思います。手帳の使い方で、まず、思いつくのはスケジュール管理ですね。私も一時期はシステム手帳に月間と週間のリフィルを装着し、予定が確定するたびに手書きで記入していました。どちらか言えば、受動的な備忘録として活用していたということです。しかし、社用は支給されたスマホのスケジューラで会社PCのOutlookとも同期した形で管理する様になってきたため、手書きの忘備録としての手帳は必要がなくなりました。

 その後、フランクリンプランナーに出会い、自分がやるべき(あるいは実現したい)長期目標をまず自分の価値観を知って設定し、それを最終的にはデイリープランナーに詳細のタスクとして記入し、日々、進捗を管理していく能動的な手帳活用術があることを知りました。仕事以外で自分に何かを課して実行するという場合は、今の仕事を継続していくために必要なスキルや勉強がほとんどですが、フランクリンプランナーはそういうことばかりではなく、”仕事と関係していなくても、自分が本当にやりたかったことにも向き合った方が良い”ということに気づかせてくれました。目先の仕事に忙殺されがちな、自分を、冷静に見つめ直し、本来、やりたかった目標を達成するために必要なタスクを効率的に実行するためのスケジュール管理に手帳を使うというものになります。

 ”そんな余裕なんかないよ。そんな暇があれば1時間でも寝ていたい・・”、確かにそんな時期も人生にはあると思いますし、私もありました。しかし、50代になって”あの頃は、随分、お金も時間も無駄にしたな”と思うことも確かに多いのです。集中力や体力も有り余っている時期にもっと自分を高めることにお金や時間を投資できることを知っていたならば、もっと色々なスキルが短期で身についていただろうし、もう少し魅力的な人間になっていた可能性もあったかもなんて、今更ながら思うわけです。最たるものは飲み会やタバコ。タバコは15年以上、酔いに任せて勢いで吸うことを除き、常習的な喫煙はなくなりましたが、酒は、晩酌をやめてようやく4ヶ月目です。フランクリン手帳の様なツールもしくは考え方を知っていたら、もう少し早く知的生活へ移行することができていたかもしれません。

 では、今現在、私がフランクリンプランナーを使って長期目標に向けた時間管理をやっているか?と言われると、それはできていません。フランクリンプランナーの最大の問題は自分の価値感に従った夢や目標があり、それらを達成する手段が明確に見ている場合にのみに限り有効だという点です。逆に言えば、目標があって、どんなに時間が掛かってもそれを達成する手段が見えていれば、このプランナーを活用することができるはずです。私がこのプランナーを使わなくなった理由は寝食忘れて没頭できそうな目標や夢がないことに気づいたということ。そして、本当に自分の価値観に従って、考えた場合、起業し自分の裁量で事業をしてみたいとか、働かなくても食っていけるだけの金を貯めたいとか、とにかく、現実から逃れたいという目標ばかりで出てきて、具体的なタスクに落とせないことが多いということに気づいたことです。”それを達成したらどうなるのか?”と自問し突き詰めていくと、結局は”余裕を持って、楽して暮らしたい”というところに行き着いてしまいました。

 挫折して、約5年ほど経ちました。今はもう一度、フランクリンプランナー的な手帳で、日々を管理して行きたいと考える様になりました。働いている間は現実から逃れたいということに結びつく目標しか出てこないので、もし、定年後、自由になったら何をしたいのか?にアプローチを変えてみたのです。残ったのは”大学院の勉強のやり直し”と”プログラム”でした。このプログラムは大学院で研究をしていた頃に覚えたものでまとめると”大学院までに積み残したことや、卒業や就職を優先するあまり、深く学べなかったことをやり直したい”という大きな目標がたちました。ただし、働いている今、フランクリンプランナーのがんじがらめの予定をこなせるかどうかは微妙なところです。

 

独学再開

このブログについて

 9月半ばからWordPressでホームページを作成したり、MacをIntelからM1に更新する検討や、M1 Macbook Airを 購入後もカスタマイズしたり、Photoshopなどのアプリを試用したりしているうちに、11 月ももう半ば。気づけば、2ヶ月が過ぎていました。

 この間、NHKのラジオ英会話以外の独学は全てやめていましたが週末に計画を立てて来週から再開したいと思います。”就職や修論を優先する余り、大学院の研究でやり残した事”や”卒論や大学院への合格を優先する余り、雑に専門書を読んで本当は理解できていない事”などを売らずにとってある専門書を今一度、読み返し、やり直してみたいと考えています。うちは高校卒業時点で余り裕福とは言えず、弟もいたことで、県外の大学に行くことはできませんでしたが、それでも奨学金で工面する条件で両親は大学院まで出してくれました。本当は修士課程から博士課程へ進み、パワーエレクトロニクスや自動制御理論を専門とする研究者になることも考えていたのですが、このまま、あと3年授業料を出して欲しいともいえず、企業奨学金は修士課程までということもあって、奨学金を出してくれた企業に就職して今があります。大学院の2年間は楽しくもあったし、本気で研究に没頭した期間でもあり、お金はないけど、このまま続けていたかったという思いが卒業して30年も心の中に残っているわけです。会社では、技術系であっても、大学で研究をするような仕事の仕方はできず、納得いかない事はきちんと理解するまで先に進めないという様な研究者魂はなかなか受け入れられません。だんだん、自分がいい加減でせっかちで利害を主体に物事を進める様になってしまいました。言い方は悪いですが、”だんだんバカになっているな”と感じながら働いてきた感じです。

 50代に入ってあれだけ多忙を極めた仕事も、だんだん落ち着き、時間に余裕ができると残り少ない会社での立ち位置や定年後の余生を過ごし方を考える様になり、この独学を思いついたわけです。勉強をやり直す独学は過去3年程、何度かチャレンジしては挫折することを繰り返してきています。1つは晩酌を習慣にしていることで仕事が終わるとどうしてもそっちに逃げたくなり、挫折しました。晩酌をやめて約3ヶ月が経ちましたが、外食してもアルコールを欲しなくなり、再開するには良いタイミングだと思います。もう1つは晩酌をしなくても仕事が終わった後、机に向かう気力が湧かず、眼精疲労もあって工学系の専門書を読み続けられないという事です。物事を深く考えようとする根気がないという感じです。高校生の娘を見ていると学校から帰って、ちょっと甘いものを食べたら、すぐに机に向かって宿題やったり、塾に行って勉強したりできている、20代までは普通にできていたライフスタイルが非常に難しいのです。じゃあ、少し仮眠をとったあとやろうとしてベッドに入ると疲労感を感じているのに眠ることはできません。この疲労感はまだ原因も対策もわかっていないので、来週から再開しても同じ結果になるのかもしれません。

 計画は例えば”電気磁気学の専門書を1日に5ページずつ読む”と計画を立てても、それは絶対に計画倒れになります。もう少しロングスパンで”電気磁気学の専門書の第一章を2週間で読んでノートにまとめる”という様な計画にしなければ、毎日、5ページを理解しないまま読んだことにしてしまう可能性があります。専門書は毎日決まったページ読めるものはなく、小骨の様な引っかかりがある部分とスムースにほぐれる部分が出てくるのが常ですので、これまでの挫折はこの1日何ページ読むという計画にあったと反省しています。退職後もお金をかけず毎日、続けられる趣味としてこの独学を今回は是非、継続したいと思っています。