作曲

 私は大学時代ですらWindowsがまだ存在しなかった世代で当時は今のマウス操作でアイコンをクリックするスタイルのパソコンはMacのみでした。Winodws系のPCは当時、MS-DOSというOSにコマンドを入力して、アプリケーションソフトを起動したり、BASICと呼ばれる言語でプログラムを書いたりという事ぐらいしかできず、 音楽を制作したり、絵を描いたりといういわゆる、アートに使うには難がありました。話はさらに相当、遡るのですが、私は中一からギターを弾き始め、既にバンドの真似事の様な事はやっており、作曲もしていました。高校~大学にかけては、ほとんどのプライベートな時間はバンドと楽曲作りに費やしていて、当時はMac等、買えるはずもなく、個人向けのレコーディングスタジオは長崎にはなかったので、楽曲を個人で作る設備がありません。従って、カセットテープ(これも昭和であり、今でいうCDやDVDメディア)に録音して、そのデモテープをバンドの練習にもっていき、その場でメンバーと一緒にアレンジして一発取りで再度、録音し、完成させる方法でした。おそらく、個人がPC上で作曲できるソフト(Desktop Music:DTM)の元祖は1989年にNEC製PC-9801向けにRoland社から発売された”みゅーじくん”だと思います。Mac向けのDTMはやはり少し早かった様で、Mark of the Union社から1985年のリリースされたPerformerという初のMIDIシーケンサソフトがある様です。1980年代と言えば日本でMacを買おうものならば、一式で100万円を超える値段でしたから、10万円程度で買えたこのみゅーじくんは決して安価ではないけれども、音楽制作者にとっては画期的な製品だったと思います。その後、私が思うに主流になったのは、Windows系ではCubase、MacではLogic Pro、あるいは、Logic Proの一部の機能が無料で使えるGarage Bandかなと思います。私は最近までMacbook Airを使っていたのでLogic Pro Xだったのですが、プログラム作成にMacは向かないのでWindows 10を搭載したDellのPCに変え、DTMはCubase LEを使っています。使っていますと書いていますが、実は、昨年、Dell PCに変えてから、はまって作曲をしていないので、ギターを弾き、ドラムをチョット手入力して試し撮りした程度です。長年、Logic pro Xを使っていた為、Cubaseに馴染めず、情けない事に気力が萎えてしまい作曲まで行きつかない感じです。30代の頃、何故、50代が新しい会社設備やソフトが導入されるたびに1人、2人と会社を辞めていくのか?と冷ややかな目で見ていましたが、この歳になって漸く、わかった気がします。好きでやっている趣味ですら新しいものを覚えるのは大変なのに、仕事ならば言わずもがなだったはず。若造がゴールが見えてきた人に対する過酷な押し付けと失礼な指導を当時の先輩方にしてしまったと思います。(ここで詫びても仕方がないのですが・・・)今週末にA5手帳に、やりたい事に対するビジョンを書いていて、長い事、作曲をやっていない事に気づきました。そこで、やっていない理由は怠惰以外、何も理由はなく、一念発起したので、このブログでコミットして、楽曲作りを再開しようと思っています。

依頼と命令

 やや、堅い内容が続きますが、今週は私がこういう内容を書きたいと思える様な事が会社で比較的多くあったので、退屈かもしれませんが、書かせて頂きます。私の職場だけかもしれませんが、最近の上司は頑固さがなく、物分かりが良くなった分、それが”依頼”なのか”命令”なのかよく分からない仕事の振り方をしてきます。最初は”お願いがあるのですが・・”という調子で切り出してきます。その後、やり取りをしていくなかで、この上司は部下である私に丸投げしたいのか?、ある程度、自分の方針に沿って私に案を出して欲しいと言っているのか?、単に自分の命令通りに私に動いて欲しいのか?を判断する事になります。もちろん、お願いがあるのですが・・と前置きがあったのに、何故、命令するのか?なんて野暮な事は言いません。どんな言い方であろうが、サラリーマンの世界では、コンプライアンスを遵守し、社則に従っていれば、どの様に自分の部下を使おうが、それは上司の裁量です。問題は明らかに途中まで丸投げだった癖にある程度、目途がつくと自分の意見を言い出して、こちらの方針をひっくり返してしまう上司がいる事です。おそらくは、この上司は最初、自身の組織に求められているOutputや期待されている成果をイメージできないまま、部下に投げたはずです。つまり先を読む事や具現化が苦手な上司の典型です。ところが受けた部下の方が上司よりも問題を先例に従って類似の事象にあてはめ、ケース分けして対策を打ち出す事が得意な場合、上司はその問題の本質をその段階で理解し、あれやこれやその対策に口を出したくなるという事だと思います。そして、いつの間にか、そのアプローチを、最初から自分1人でやった事の様にクライアントへ提案していると、部下はここで確実にモチベーションが下がります。もし”依頼”ならば”私はこの問題にどうアプローチしたら良いのか分からないので、経験豊富な君のアイデアを今日から一週間後に、いくつか出して欲しいのだが、今、仕事の負荷はどうかな?受けられる状態かな?”という切り出し方をすべきだと私は思います。そして、提案されたら、あくまで、この部下に託したのだから、この部下のアイデアの中からチョイスすべきであって、それを全否定して、自分のアイデアにすり替えるというのは、非常に失礼な話です。それも、悪気なく、そうしている事が多く、それは、もっと、たちが悪いです。クライアントへ提案する場合も必ず、この部下を横に置いて、”彼が考えた案なので詳細のコンセプトについて彼から説明させますが、宜しいでしょうか?”と切り出し、クライアントのリアクションやコメントを記録する役に徹するというのが良いと思います。全てが終わったら、”君のアイデアを先方は大変、気に入っていたよ。ありがとう。助かったよ。”と労う。我々にとっては当たり前の部下とのコミュニケーションが、だんだん、できなくなってきている様で、コンプライアンスに守られている割には、むしろ、上司と部下の関係がぎくしゃくしている様にも見える場合があります。逆に言えば”私はこうやりたいと思っている。全責任を私が取るので、黙ってついてきて欲しい”と宣言して、仕事を割り振るのは”命令”であり、昔はワンマンな上司が多かったので、ほとんど、このパターンでした。この命令の場合、Outputや成果に大きな差を生むのが、日ごろからの信頼関係であり、ほとんどがアフター5で築いていくものでした。信頼関係ができていますから、多少、理不尽な事や前言を撤回する様なチェンジマインドの指示を出されても、耐えられるわけです。一方で、ただ上司だから部下に命令できると勘違いしている人も居たわけで、この場合はちょっと矛盾した事を言うだけで、信頼関係がないですから、重箱の隅をつつく様な揚げ足取りが始まり収集がつかなくなります。何とか、この上司を引きずり降ろして、違うボスを担ぎたいと部下は思っているわけですから、質の高いOutputや成果が期待できるはずはありません。”命令”で、自分の方針通りに部下に動いて欲しいならば、仕事ができるのは当たり前で、それでは不十分であり、どこか人間臭いところを部下に披露し、可愛げがないと上手くいかないというのが何人かの上司に仕えてきて思う事です。おそらく、今の上司は”命令”は成立せず、いかに上手く”依頼”し、気持ちよく仕事をしてもらうか?なのでしょうが・・・それだけだとすれば残念です。

フランクリン手帳

 私は2年ほど前、フランクリン手帳を使っていました。この手帳をご存じの方や実際に使用されている方も多いと思いますが、あの有名なスティーブン・R・コヴィー著 ”7つの習慣”を実践しやすい様な専用リフィルをバインドしたシステム手帳です。7つの習慣については、ここで、細かく説明しませんが、一日の中でも時系列で変化する自分の役割(例えば課長、父親、息子・・)と、それらに関わる人たち(例えば、部下、子供、両親・・)との良好な関係性を維持する為の指南書であり、その良好な関係性を維持しながら、決して1人では達成できない目標や夢をも達成する方法について述べた著書です。この著書には立場による視点の違いや人間関係の構築という点で学ぶ事が多いのですが、手帳で目標や夢を達成するという事を述べているわけでもなく、おそらくはFrankilin Planner Japanが戦略的にこの著書に記載されているワードや思想を巧みに引用したと思える節があります。スターターキッドには自分の価値観のルーツとなっているものを紐解くエクササイズがいくつか仕掛けられており、価値観が明確になったらミッションステートメントを宣言し、そのミッションステートメントを起点に長期目標を立て、それらを達成する為に日々やるべき事をTo Do ListとDaily Scheduleに具体的に明記しフォローしていくというものです。これとは別に一週間コンパスという縦長のリフィルがあり、ここに”どの役割(例えば、息子という立場)において、この1週間、何を目標(両親に優しくする事を目標)として、具体的に何をするか(少なくとも1日30分の会話の時間を設ける)。”を宣言し、別途、実行します。そして翌週には何が問題で実行できなかったのか?を客観的に見て、反省を活かし再計画するというものです。確かに”7つの習慣”のワードや手法が取り入れられ、目先の事ばかりに追われ、長期的にコツコツと実践すべき高い目標を忘れるな!という事をベースにしているのでしょうが、普通にサラリーマンとして、日々、働いていれば、特に責任世代は計画倒れで終わってしまうのではないか?と感じます。この手帳の考案者は普通の多くのサラリーマンが1日の中で仕事や家庭の事以外に、どれだけの時間がさけるのか?という点に関してリサーチ不足だと思います。おそらく、だらっとする時間、ランニング等、体力作りに使う時間そして最もパフォーマンス回復に必要な7時間の睡眠を確保しようとしたら、たぶん2時間あれば良い方です。さらに一週間コンパスには”良い父親になる為に家族との時間を大切にする”なんて宣言しているわけです。仕事の拘束時間が最低8時間あるとすれば、この時間は生活を維持する為に絶対に削れないし、この時間に夢を叶える活動はできません。おそらく、スティーブン博士は”人は夢を叶える方向に向かって日々の仕事をしているし、そうあるべきだ”という思想を持ってこの著書を書いていると理解しています。実に白人らしい発想です。しかし、多くの日本人の場合、夢とかやりたい事は別にあって、それとは別に家庭生活だけは安定させなければならないから、義務的に会社で働いているわけで、自分の価値観に基づくミッションステートメントとサラリーマンとしてのミッションがシンクロする事の方が珍しいと思っています。自分を律する意味で使えるのは1週間コンパスだけ。この手帳に何か書けば夢が叶うとは私は思えず、使う事を辞めました。夢や目標を叶えるには実現に向けてのプロセスが”眠らなくても続けられるし、朝起きた瞬間からワクワクするほど楽しい”か”それを実行しなければ死を覚悟するしかないか”のいずれかであり、手帳はそれが何なのか?を探す為に自分の心を書き出し、整理するツールだと悟りました。つまり、Time Managementなんていらないわけです。

幸福とは

 私は幸福についてとても興味があります。何かだらだらと時間を過ごしているとき、自分の置かれている境遇を見つめなおし、自分がいかに恵まれているか?を贅沢な自分に言い聞かせ、自戒するのです。今、私はYOU TUBE MUSICの夜カフェのBGMの流れる自室で時々、夕焼けを眺め、デカフェのコーヒーを飲みながら、このブログを書いています。先ほど、Runningから帰ってきて、風呂に入って、しばらく、横になってから、この自室に来ました。信じられないかもしれませんが、私はこの部屋がとても好きであり、仮に1ヶ月、この部屋の中だけで過ごせと命じられても、おそらく大丈夫だと思います。学生時代や所得の少なかった若い頃を思い出すと、1人になって何かをゆっくり考える事ができる個室なんてなかったわけで、この部屋には好みの照明とアロマの香りと創造(私の場合は作曲なのでギターやDAWの環境)や独学に必要なものは全て揃っています。本当にいい身分になったものです。そして、週に5日間、1日8時間働けば、衣食住が保証されています。しかも、今はほとんど在宅勤務が許されており、通勤時間は必要がない為、6:30-15:30が私の勤務時間です。従って、夕方の時間に余裕があり、こうやって仕事が終わってからRunningで汗を流し、風呂から上がって、すっきりした状態でブログを綴る時間も確保できる。この部屋は今、まるでスタバの様な雰囲気になっています。わざわざ、お金を使ってカフェにその執筆の空間を求める必要もない。僕はおそらく1日 1000円もあれば生きていけると思えるほど、何でも持っています。たまに手持ちの服は飽きたので違ったファッションでイメチェンし、それを着てカフェでお茶しながら執筆したい等という気持ちにはなるものの、1人ならば、その気持ちも年1回あるかないかであり、もう何年も同じ服を着ていますから、ほとんど服も食事も1人ならばお金がかからないのです。ただ、妻とは時々、デートして、話をしたいと思うので、そこにお金を使うのは惜しいとは思いません。それは飢えているからとか喉が渇いたから飲食にお金を出しているわけではなく、妻と共有する時間に必要なシチュエーション作りにお金を出しているわけです。それは家の中ではなく、非日常的な空間であった方が良い場合もあります。家はすでにローンは終わり土地も家屋も自分のものになっていますから、住は光熱費と固定資産税だけです。幸福とは”人としての暮らしと健康が保証され、知的好奇心を満たす活動に費やせる時間とその活動に必要なインフラが整った部屋を持ち、さらに妻子や親に施せる余裕のある境遇の自分に感謝できる事”だと私は最近、思います。一方で自身の現在の境遇が自分にとってどうなのか?という評価をせず、自身にとっての必要性も考えずに他者との比較で不足しているものにばかり執着したときに人は不幸になるのだと思います。もし、こうやって冷静に見渡してみて、自分の知的好奇心を満たしたり、絵画でも音楽でも良いので創造する為に必要な物を十分持っていると確信したら、邪念を払い、その活動に邁進すべきだと思っています。実は最近まで私はその活動に一歩も踏み出せず、やりたい事にも迷い、躊躇していたのです。今は、自分がいかに恵まれているかを冷静に見つめなおす事で改めて幸福感を実感し、前に進めそうな気がしています。

手書き

 字は上手くないのですが、手書きが好きです。常に万年筆とシステム手帳を持ち歩いています。万年筆は最近、Montblanc Mister Stuck 146を手に入れ愛用しており、システム手帳はFilofaxのMaldenでバイブルサイズを持ち歩いています。ちなみにインクはロイヤルブルーで青です。昔はミッドナイトブルー(紺色)が好きだったのですが、何故かライトブルー系が好きになりました。このシステム手帳を何に使っているか?というと頭の中にあるモヤモヤしたものを書き出して整理する事と日記として記録する事に使っています。MonthlyとWeeklyのPlannerのリフィルも入れているので、会議の予定等を記録する事にも使っているのですが、予定を調整しなければならないほど忙しい身の上ではないので、あまり活躍していません。特にWeeklyの方は在宅勤務の実績を書き込んでいる感じです。Filofaxの純正リフィルは万年筆には向かず、ほとんどが滲んだり、裏抜けする確率が高い為、使っていません。やはり、リフィルは国産が良く、DavinciのリフィルでMonthlyはDR274、WeeklyはDR273そして後は自由記述用の5mm方眼でDR4306です。万年筆のペン先をニブというのですが、EF(Extra Fine)というのが最も細く、これらは少なくともMontblancでもPilotでもEF又はF(Fine)のニブで試した限り、滲みも裏抜けも感じられません。以前は”ほぼ日手帳”のWeeklyを使っていた事があるのですが、この手帳に使っているトモエリバーという紙も優秀で薄いのに全く裏抜けせず、ひっかかりも少なかったです。とにかく万年筆を使いたいので、紙質は重要で、もし、トモエリバーのリフィルがあればDavinciから乗り換える可能性はありますが、今のところ、システム手帳のリフィルとしては満足しています。逆に最悪だったのはMoleskineノートでほぼ100%の確率で裏抜けする為、万年筆には適しません。手書きで思いつくままに手帳に書いていると、発想が沸き、頭の中が整理される効果があると聞き、実践しているのですが、バイブルサイズでは紙面が小さすぎるせいもあり、発想が沸くという域には達していないです。しかし、頭の中が整理されたり、すっきりする効果があるのは間違いない様です。また、丁寧に文字を書くという事で心が穏やかになる様な感じもあります。これは書道における小筆の毛筆に近いかもしれません。私たちは、あくせくと何かをやる事を良しとし、PCやタブレットに文字を入力する事が多く、もはや、小学生や中学生の頃の様に心静かに姿勢を正して書写をする様な機会がありません。万年筆は油性ボールペンとは違い、筆圧をかけずに書くのに適した筆記用具で、心が乱れていたり、さっさと書いて事を済ませ様とすると、本当に汚い筆跡になります。1つ1つの文字を丁寧に書くのは修行に近く、時間が十分あるときにしかできない事です。高い万年筆やシステム手帳じゃなきゃダメなのか?とおっしゃる方もおられると思いますが、やはり、安い筆記用具ではダメなのです。それを使っている時間をよりリッチな気分にするには、どうしても、この組み合わせでなければモチベーションが上がりません。贅沢だと怒られそうですが一生モノとして長く使う事を想定しているので決して高い買い物だとは思っていません。

FILOFAX Malden
Montblanc Mister Stuck 146

ブログ開設

 記念すべき第1回目の投稿なので、まずはこのブログ開設の動機や主旨について綴ります。 私は生まれてからずっと長崎市内に暮らしており、サラリーマンを続けてきていますが、住宅ローンや学資保険積立が終わった時点で、好きな事を具体的に実行したいと思い始めました。 心の声に耳を傾け、義務的にやっている事と本当に好きな事を仕分けし、その好きな事の1つに執筆活動がありました。おいおいブログの中でも紹介していきますが、仕事がなくなっても、退屈する事がないほど、私は色々な事をやっています。 そこで、まず、定年で会社を辞めても続けているイメージができる事を考えてみたのです。更に、その中でも、少々、疲れていても、継続できる事に絞りました。 その結果、自分は理系でありながら、図解を添えて、文章で何か人に伝える事が好きだと気付きました。このブログを開設する前にもLivedoor Blog等で投稿していた時期があったのですが、記事を読んで頂きたい方々をカテゴリー分けしてその方々にマッチした記事を発信する意識もなく、不特定の方々に、ただ、漠然と自分の憂さを晴らすかの様な日記を配信していた為、目的を見失い、全部、消してしまいました。 その反省もあり、今回は以下の6つの読者向けにカテゴリーを分ける事にしました。 このブログを立ちあげるときに描いたMind Mapも掲載しておきます。 800字も超えた様ですので、今回はここまでとします。

1.一般(不特定多数読者向)

主に幸福論、時事ネタ、体験に基づく仕事術の情報発信が目的

2.外国人

日本や長崎で不便に暮らしている外国人に役立ちそうな情報を英語で提供する目的

3.独学者

英語や数学やプログラム等、自分が独学でやっている事に関する情報共有が目的

4.痙攣性発声障害者

私と同じ障害を抱える人に体験談や現在、続けているリハビリ等の情報を提供する事が目的

5.同世代

40-50代の方々との情報交換や励まし合いが目的

6.若い世代

20-30代の若い世代のトレンドや常識を少しでも理解する目的