英文のレビュー

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 海外の仕事をしている人は英語を読み、英語を書くという機会は多いと思います。私も2000年ぐらいを境に海外顧客との仕事が多くなり、英語を使う機会が増えました。当時は文章や文字でのやりとりが今ほど手軽ではなく、我が社では、ようやく、メールが普及し始めた頃で、ほとんどが紙の図面かレターでした。時間はかかって良いので、フォーマルな文章を求められるのが当たり前で、今よりも気を遣って英文を何度も推敲していた様に思います。しかし、昨今、チャットやLineで文字会話が一般的になると、少々、砕けていても良いので短文で素早く要点を伝えることを求められる様になってきたと思っています。一方で海外顧客とやりとりの場合は、Lineでやりとりすることはできないし、それが許されたとしても、砕けた英語でやりとりするほどの英語力はないわけので、せいぜい、ビジネスの場ではメールが略式文書の限界だと思っています。

 メールはフォーマルレターではないとは言っても、今やビジネス文書として扱われる場合も多く、ビジネスの場ではエビデンスにもなりうるため、やはり、きちんとしたフォーマットで、且つ、筋道立てて書く点においては紙のレターと中身はなんら変わりはなく、自部門の上司や関連部署の決済を簡略化したものに過ぎません。代わりに対外発信する前に上司や関係部署レビューを受けた後で発信するか、軽い内容の場合は、何をやり取りをしているのかがわかる様にCC(写)に上司や関係者を入れて発信することが多いと思います。私の会社でも関係者のレビューを受けてメールやプレゼン資料を発信したりすることがありますが、この英文レビューは非常にストレスが溜まります。

 1つは作者としてのストレスです。それはレビューをする人の単語や言い回しに好みがあり、自分のメールや資料が自分にとって、馴染みのない文章に書き換えられしまうことです。私は技術系の仕事をしていますが、例えば自分の上司にレビューを依頼した場合にお互い同じ技術の仕事で飯を食っていますから、その文章を和訳した場合に言いたい主旨も使っている専門用語もほぼ同じなのです。ところが、どういう順番で序論から結論まで持っていくかという様な文章の組み立て方や専門用語以外の単語は好みの問題であり、下手をすると自分のオリジナルの文章が影も形もない様なレビューをして全面、書き直しで自分の文章を押し付けてくる上司や関係者がいるわけです。私はそのようなレビュー者には次に様な確認をします。

”あなたの英語が間違っているとは言わないが、この文書の発信者は私であり、この文書に対して先方から何か質問や苦情がきた場合、あなたが対応してくれるならば、このまま、あなたの添削した内容で発信します。そうではなく、私が矢面で対応するならば、英文法的な不備だけを指摘してもらえると助かります。私はあなたの英語には馴染みがなく、私はこんな英語は書かないからです。”

 そう言われた相手は悪気はなく添削しており、ましてや、対外的に矢面に立つ気もないため、大抵は引き下がるはずです。しかし、同時に英文法的な不備があったとしても、それも指摘してくれなくなるため、その文責は自分で負う覚悟が必要です。

 もう1つはレビューを担当する場合です。その文書の主旨も発信に至った経緯も何1つ説明せずに、いきなり英文のレビューを依頼してくる人がいるというのが非常にストレスになります。そもそも英文は、先に記載した通り、個人の好みがあり、他人の英文をスムースに受け入れることは難しいのです。私ならば絶対にこんな文章は書かないと思いながら、知らない単語を調べさせられ、こんなことを書いているのかなと想像をしながらレビューするのはかなりエネルギーを使います。自分はただのレビュー担当であり、文責は負わないことを伝えた上で斜め読みし、明らかな文法的ミスだけを指摘して早々に依頼者へ返すことを心がけています。きちんとレビューしてほしいならば、

1.まず何の目的でこの文書を発信するのか?

2.どういう内容なのか?

を和文でレビューしてもらった後、英文の文書をレビューしてもらうというやり方が良いと思っています。最近はチャットやLineの影響で、そもそも、この和文のレビュー段階において論理性にかけ、何を言いたいのかわからない場合が多く、英作文に行きつかない若い人が増えている様に思います。一方で私を含むシニアは言わずもがなで若い人にも自分の言っていることは理解されているという甘えや勝手な思い込みが目立ちます。私も気をつけたいと思います。

フランクリンプランナー

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ノートや手帳を仕事や勉強に活用する方法については書籍も多く出版されており、最近は YOU TUBEでもその類のコンテンツが増えた様に思います。手帳の使い方で、まず、思いつくのはスケジュール管理ですね。私も一時期はシステム手帳に月間と週間のリフィルを装着し、予定が確定するたびに手書きで記入していました。どちらか言えば、受動的な備忘録として活用していたということです。しかし、社用は支給されたスマホのスケジューラで会社PCのOutlookとも同期した形で管理する様になってきたため、手書きの忘備録としての手帳は必要がなくなりました。

 その後、フランクリンプランナーに出会い、自分がやるべき(あるいは実現したい)長期目標をまず自分の価値観を知って設定し、それを最終的にはデイリープランナーに詳細のタスクとして記入し、日々、進捗を管理していく能動的な手帳活用術があることを知りました。仕事以外で自分に何かを課して実行するという場合は、今の仕事を継続していくために必要なスキルや勉強がほとんどですが、フランクリンプランナーはそういうことばかりではなく、”仕事と関係していなくても、自分が本当にやりたかったことにも向き合った方が良い”ということに気づかせてくれました。目先の仕事に忙殺されがちな、自分を、冷静に見つめ直し、本来、やりたかった目標を達成するために必要なタスクを効率的に実行するためのスケジュール管理に手帳を使うというものになります。

 ”そんな余裕なんかないよ。そんな暇があれば1時間でも寝ていたい・・”、確かにそんな時期も人生にはあると思いますし、私もありました。しかし、50代になって”あの頃は、随分、お金も時間も無駄にしたな”と思うことも確かに多いのです。集中力や体力も有り余っている時期にもっと自分を高めることにお金や時間を投資できることを知っていたならば、もっと色々なスキルが短期で身についていただろうし、もう少し魅力的な人間になっていた可能性もあったかもなんて、今更ながら思うわけです。最たるものは飲み会やタバコ。タバコは15年以上、酔いに任せて勢いで吸うことを除き、常習的な喫煙はなくなりましたが、酒は、晩酌をやめてようやく4ヶ月目です。フランクリン手帳の様なツールもしくは考え方を知っていたら、もう少し早く知的生活へ移行することができていたかもしれません。

 では、今現在、私がフランクリンプランナーを使って長期目標に向けた時間管理をやっているか?と言われると、それはできていません。フランクリンプランナーの最大の問題は自分の価値感に従った夢や目標があり、それらを達成する手段が明確に見ている場合にのみに限り有効だという点です。逆に言えば、目標があって、どんなに時間が掛かってもそれを達成する手段が見えていれば、このプランナーを活用することができるはずです。私がこのプランナーを使わなくなった理由は寝食忘れて没頭できそうな目標や夢がないことに気づいたということ。そして、本当に自分の価値観に従って、考えた場合、起業し自分の裁量で事業をしてみたいとか、働かなくても食っていけるだけの金を貯めたいとか、とにかく、現実から逃れたいという目標ばかりで出てきて、具体的なタスクに落とせないことが多いということに気づいたことです。”それを達成したらどうなるのか?”と自問し突き詰めていくと、結局は”余裕を持って、楽して暮らしたい”というところに行き着いてしまいました。

 挫折して、約5年ほど経ちました。今はもう一度、フランクリンプランナー的な手帳で、日々を管理して行きたいと考える様になりました。働いている間は現実から逃れたいということに結びつく目標しか出てこないので、もし、定年後、自由になったら何をしたいのか?にアプローチを変えてみたのです。残ったのは”大学院の勉強のやり直し”と”プログラム”でした。このプログラムは大学院で研究をしていた頃に覚えたものでまとめると”大学院までに積み残したことや、卒業や就職を優先するあまり、深く学べなかったことをやり直したい”という大きな目標がたちました。ただし、働いている今、フランクリンプランナーのがんじがらめの予定をこなせるかどうかは微妙なところです。

 

貢献できる働き方

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 上司に仕事を命じられたとき、部下はそれを断る権利は、まず、ありません。上司はこの仕事を、あなたならばできると評価し、仮に途中であなたが何らかの理由で業務遂行困難になっても、引き継げるレベルにまでは仕上げて撤退してくれると信じて依頼しているはずです。つまり、あなたに仕事を任せる上でその失敗のリスクは極めて低いと判断しているわけです。しかし、その好評価とあなたの受け止め方は全く別物でこんなクソ忙しい時に、何故、自分にばかり仕事をふるのだ?しかも、緊急の要件ばかりを持ってくるが、もしかしたら、リストラが道義的に難しいので、失敗させて、自ら退職を申し出るのを待っているのか?と疑心暗鬼になることもあるかもしれません。

 では、自分にとっては身に余る、責任の大きな立場や役職に推薦された場合はどうでしょうか?これは個々の仕事の指示や命令とは違って会社における1つのキャリアップを提案されているわけで、特に今の時代は上司は無理強いできないし、部下であるあなたも断る権利はあります。もちろん、その権利とは裏腹に個人的な感情までは縛ることはできませんから、断り方次第で、その上司の風当たりがあなたに対して強くなったり、不機嫌になったりする事はパワハラにならないレベルであるのかもしれません。私も覚えがあります。ある部署の課長への推薦を断ったのですが、私はその時、管理職などになって、技術から遠ざかり、黒も白と言わなければならない様な世界では、自分は絶対に幸せになれないという確信がありました。子供も小さく手がかかり、夫婦共働きで家庭が忙しかったというのもあります。課長の自分を管理し、査定するその直属の次長や部長という人たちは自分にとっては信頼できない人だったというのもあります。

 しかし、その部署の課長を断って2年後だったと記憶していますが、今度は自分が信頼している別の次長から”君が管理職を拒んでいるのはわかった上で、お願いしたいのだが、この部署(断った部署は別の部署)の課長を有期で受けてくれないだろうか?実は、あてにしていた候補がご家族の介護にウエイトをおかなければならなくなったのだ。助けてくれないか?”と相談があったのです。私は何も聞かず、ただ、その次長の力になりたいと思い2つ返事でOKしました。私はこの次長と一緒にここまで事業を成長させてきたという自負もあったし、何よりもこの次長に若い頃、大変迷惑をかけ、世話にもなったという思いが強く、恩を返すのは今しかないと思ったのです。同じ課長への推薦なのですが、全く2年前とは違い清々しい気持ちで受けました。

 仕事のモチベーションは自分が誰かの役に立ち感謝されているということに気づいた時にMaxになるのは間違いありません。私の経験では給与やボーナスが上がったとか昇進したなどは、一瞬でその幸福感も消えてしまい、際限のない欲望だけが残ります。何故なら、それはただの結果に過ぎないからであり、極端にいえば、邪な気持ちで正しい道ではない道を選んでも、出世したり、所得を増やしたりすることはできてしまう場合があるからです。一方で出世や所得度外視で人や組織のために自分は貢献していると感じながら、日々、仕事を遂行したり、与えられた責任を果たそうと努力している事は何事にも変えられない最高の幸福感や充実感に満たされ、ストレスも減り心地良いものになります。貢献できていると実感できる働き方をしたいと思う人は自分は一体、この会社で何ができるのか?ではなく、何を求められているのか?を考えながら働くのです。また、前述している通り、どんなに威圧的に命令され様が、所得を倍増され様が、そんな事では部下は思い通りに動いてくれないことを管理者の皆さんは意識していた方が良いと思います。

隙間時間の活用

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 これもありきたりと思われるでしょうが、なかなか実践できないことの1つだと思います。仕事と仕事の間に生じる空白の時間を見逃さず、あるいは公共交通機関で出勤している人は待ち時間や移動している時間を無駄にせず、隙間時間にできることを押し込んでしまおうというもの。

 仕事中はある仕事が一区切り着いたところや、逆に壁にぶつかって先に進めそうにない状況を感じたとき、デスクや持ち場から一旦、離れて気分を変えたい場合があります。従って、ここでいう隙間時間とは、そういう、気分転換の時間は差し引かなければなりません。

  私がこのブログで言いたいのは、簡単に隙間時間を有効活用せよと言うが、その時間ですら、平等ではないという事です。仮に通勤でバスや電車に乗っている時間や職場の休憩時間がきっかり決まっていても、ある人にとっては、通勤時間しか自分を癒す時間がない為、その貴重な時間に読書や英語のリスニングをやる気にはなれないという場合もあるわけです。物理的な時間を”ほら、あなたにはこんなに空き時間がある”と見せられたとしても、その人にとっては、だから、どうなのか?という事にしかなりません。自由時間や隙間時間とは、その人が自主的に活用したいと思える時間でなければ何時間あっても、全く意味をなさないと私は思っています。逆に言えば、いくら短時間であっても、モチベーションさえあれば、それを有効活用できるということです。私が実践しているのは以下の様な事で、時間の貯金の様なものです。これを実践しようというモチベーションは”定時に上がりたい”という事以外、ありません。つまり定時上がってやりたい事が仕事以外にあるという前提です。

1.まず、メールの受信Boxに昨夜のうちに溜まったメールをざっと目を通し、返信すべきことや回答 すべきことの難易度をランクづけする。

2.難易度が低く、自分の判断で即答できることは、1時間程度で全部回答してしまう。簡単だ からと後でまとめて回答するということはしない。

3.次に自分の判断だけで回答できず、期限付き案件に対して可否を判断する。現実的ではない 期限はまず、関係部署や上司と調整の上、期限を回答すると一次回答しておく。 大事なの事は、期限の回答はその日にできる様、速やかに調整に入る事と依頼元に調整しているやりとりのメールを見せない事。

4.3の回答を待つ間に十分に時間的余裕のある案件を少し前倒しで進める。(貯金を作っておく) 

5.3の回答を得て、期限設定できたら、その期限に+2日~+3日の期限で依頼元へ回答する。できると思った期限をそのまま設定するから余裕がない。依頼元にメールのやり取りを見せない理由はこの為である。

6.元々、今日やる予定だった仕事や期限交渉に失敗した案件に取り組む。

7.余裕があれば4を継続し、さらに貯金を増やしておく。

仕事に追われる人

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 ありきたりのテーマから入って行きますが、多くの人がこの事で悩んでおられるのではないかと予想し、敢えて踏み込んでみたいと思います。当たり前ですが、時間は誰にも平等に与えてれており、それを何に使おうが、個人の自由です。しかし、24時間から睡眠、食事、入浴など、生きる為に欠かせない時間を除けば、せいぜい、 残りは12時間ですね。8時間勤務の人は定時で上がっても4時間しか自由時間はありません。この4時間を何に当てるかは、兎も角も、1時間たりとも無駄にしたくないならば、まず、仕事は確実に8時間で済ませて切り上げなければ、残業をしていては話になりません。

 通常、在宅勤務でない限り、ここから、通勤時間が差し引かれる為、さらに往復1時間程度は奪われる為、残業をして、何とか自由時間を増やそうとすれば、睡眠や食事の時間を必要以上に削る事になります。こうやって考えてみると、この自由時間は、人それぞれの置かれている環境で大きく変化し、全く平等ではありません。通勤時間を含む就業時間が短いほど自由時間を長く確保でき、疲労も少ないはず。この疲労感というのも大事で、いくら自由時間があっても、仕事や通勤時間でエネルギーを使い果たしてしまえば、その自由時間は有効に活用できませんからね。もし、在宅勤務で出勤時と同じ成果を出せるならば、通期時間が割愛される分、自由時間をより長く確保するという点においては間違いなく有利です。

 では、在宅勤務をやっている途中で、ネットの調子が悪くなり必要な情報を得られず、その日に出すべき成果を8時間勤務では出せなかったとしたらどうでしょうか?その場合は、残業をしない限り、今日中には終わらないし、残業をしなかったとしたら、翌日へシフトされます。だったら、出勤した方がマシだったということもきっとあるでしょう。もし、シフトした場合は翌日は翌日で 現時点では予想できないハプニングが起こる可能性もあり、シフトした残務を翌日に裁き切れる保証はありません。こうやって雪だるま式に残務は増えていく。いつも仕事に追われているという人の最大の特徴は”明日は今日の様なハプニングは起こらないと楽観視していることが多い”のではないか?と私は思います。

時間管理の起点は

1.意外に自由時間は少なく、取り巻く環境で個人差があり平等ではない事

2.主体的な時間管理ができない最大の原因は仕事を常に先延ばしする習慣がある事

に、まず、気付く事が時間管理の第一歩になります。