痙攣性発声障害:Runningと歌を再開

 Runningはあれだけ声帯に影響あると断言し、”中止を決断”とまで書いておきながら、結局、再開かよという感じだと思いますが、結論として再開しました。疲労は確かに影響ある様なので、走って疲れることは無関係だとは言いませんが、少なくともRunningが声帯を痛める直接の原因ではなかった様です。終盤になると顎が上がって傷口がつっぱり、それが影響するのか?とか、ゼーゼーとなるまでピッチをあげる事で声帯にも影響するのか?とか、色々、疑ってみましたが、どうも無関係の様です。数日休んでも、結局、声を出しづらい時は出しづらかったし、出せる時は出せました。あと、歌もファルセットで無理に出す様なキーの高すぎる曲を選ばなければ、むしろ、歌いすぎない程度に毎日、時間を決めて歌っている方が声帯の位置としては安定する様です。このところ、ブルーハーツ、井上陽水、来生たかお、福山雅治、桑田佳祐、藤井フミヤを3日連続で回しながら、1日に30分程度、歌ってきましたが、翌日、話し易いと感じます。以前は朝から音読をやっていたのですが、最近はやめていたので、趣味がリハビリになるならば、こんなにいいことはありません。今日も自分がメインスピーカの2時間程度の会議を2つこなしましたが、何とか持ちました。日本語の会議はこの程度ならば、何とか支障なくこなせそうです。問題は英語ですね。Siriを英語にして、やりとりをするとよくわかるのですが、なかなか、厳しいものがあります。Siriはマイクの受信レベルとか色々制約があって、普通の外国人に面と向かって話す会話より確実に難しいのですが、出張して会議することができなくなった現在は、Net Meetingしかないわけで、Siriが理解できる英語を話すことを目指さなければ、成立しないと思っています。1つ救いは、iPhoneのマイク付きヘッドホンEar Podの音声は比較的クリアに聞こえている様だという事。まだ、日本語のNet Meetinigでしか試していませんが、PCのマイクや会議机などにおいてみんなで使う無指向性のマイクよりは随分、マシな様です。DMMなどの比較的安い、Net英会話で少し慣れようかとも考えたのですが、ちょっと贅沢だと思い止めました。外国人と気軽にチャットできる無料のコンテンツか、会社に居る外国人とプライベートでも会話できる関係性を気づけば良いのですが、残念ながら外国人も若返っており、友達として付き合うのはちょっと若すぎる。かと言って、私的な目的で、早々、公式な会議を開いて外国人に参加してもらうというのもできないので、やはり少し手出ししても慣れておいた方が良いのかもしれません。聞くこと、読むこと、書くことはできるのですが、話す機会が最近めっきり減ってきているのが気がかりです。今日は雨なので走っていませんが、歌いましたので、明日、どうなっているかが楽しみです。また、違う結論がでるかもしれません。

痙攣性発声障害:ランニング中止を決断

 以前にも疑いを持って投稿したことがあるのですが、息が上がる様なランニングは呼吸器系なのか、疲労の方なのかは定かではないですが、声を出しにくくする様です。今の季節、強い日差しや高い気温の中で走ることが多くなると交感神経が体温を一定に保とうとするため、心拍数を上がります。昨年、秋から思い立ってスロージョグに切り替え、疲労が溜まらない様、心拍数を抑えた走り方を続けていたのですが、どんなに抑えて走っても心拍数が上がる様になってきました。タイムも一時期と比べて5.3kmの距離で2分ほど短くなっている様なので、日差しがきついと熱中症が心配なので何とか早く終わらそうとか、雨が降りそうな兆しを感じると本降りになる前に帰りつこうという様な意識も働いて、早足になっている可能性もあります。以前よりは心拍数を意識しながら走っているのは間違いないのですが、最近、心拍数のピークが180-190拍/分まで上昇します。目標は150拍/分なので160拍/分ぐらいでピークを抑えておかないと達成できません。疲労感が残り、走ったあとは何もしたくないという日が増えてきた様に思います。毎年、GW、夏休み、正月と妻の実家の鹿児島に帰省していた時に感じていた事なのですが、帰省中、1週間程度、走る事もなく、歌う事もなく、普通に3食食べて生活していると声が出しやすくなるのです。帰省しているので親戚まわりや墓参りや鹿児島市内へショッピングなどに出かけたりで結構、身体ともにストレスのかかることは多いのですが、酒、歌そしてランニングをやめていると調子が良いという感じなのです。今は禁酒してほぼ1ヶ月目、歌は1週間程度歌っていませんが、ランニングは続けています。その状態で声が出しにくい状態に変わりがないということは、酒や歌をやめるだけでは改善しないということです。しかし、昨日、出社で帰りが少し遅くなったのでランニングを1日サボったのですが、それだけで、今朝、英会話の練習をしている時に、発声しやすいと感じました。起きたての時が一番、声が出やすいので、昼ごろにあまり変わっていなければ、疲労ではなくランニングによって呼吸器系から受ける影響は大きいかもしれません。晩酌していないので多少、サボっても急激に太ったりすることはないと思うので思い切って1週間休んで試してみようかと思っています。でも、デスクワークばかりで、何もしないというのは、健康には良くないので、日が沈んでから歩くことにします。歩いている時はあまり感じた事はないのですが、走っているとだんだん手術の傷がつっぱってくる事があり、微妙にそういう喉の筋肉なども発声に影響しているのかもしれません。確かに力んでしゃべった跡のつっぱり感と同じ感覚なので、走っている間に同じ様な力みが加わった結果なのかもしれません。この障害は治ることはなく、慣れて付き合って行くしかない。であれば、発声を楽にする様な方法を自分で見つけるしかないです。人前で話すことがなくなれば、もう、どうでも良いのですが、まだまだ、仕事は続ける必要ありです。

痙攣性発声障害:ウイスパーボイスでいい

完全に歌をやめて、約10日は経過したと思います。おかげさまで高い声に張り付く事はなく、かすれていても、低い声で連続して話せる感じに近づいてきています。音読も英会話も、焦らず一音一音が確実に出せるスピードを心がけています。最近、自分の声を記録し、それを聞き返して気づいた事があるのですが、それは、かすれたウィスパーボイスの方が力んでフェードアウトしてしまう声より相手に届いている可能性が高いという事です。これは聞こえないだろうなと思って出したウィスパーボイスがMacのボイスメモで録音した声を聞く限り、きちんと聞こえるレベルで録音されているのです。逆に息も絶え絶えになりながら、絞り出した声は確実にフェードアウトし、そういう出し方の声は録音できていない。つまり、一発目は力んで大きく聞こえるが、後にフェードアウトしてしまう声と最初から省力で囁く様に話す声を比較すれば後者の方が届いている可能性がある事が明らかになったということです。こんな囁き声では聞こえない、こんなにゆっくりしたぶつ切りの話し方では相手を苛立たせるという不安から一生懸命、力んで、何とか途切れない様、全身に力を入れれば入れるほど、声帯は開きがってになり、結果、フェードアウトして、聞きとり辛くしている様ならば、いっそ、ウィスパーボイスで、ゆっくり切りながら話せば良いと割り切る事にしました。家族との会話で試していますが、怒った様に誤解されず、冷静に考えて話す分、失言も減り、今のところ、有効と判断しています。ただし、これは少人数の会話に関して有効というだけで、これが20-30人の会議での発言やプレゼンにまで適用できるか?と言われれば、それは難しいと思います。また、交渉事では、ある程度、相手より優位に立つ必要がありますので、それがウィスパーボイスでは迫力負けしてしまうのは間違いありません。ですが・・この迫力負けという発想自体が実は昭和的ではないかとも思うのです。きちんとした論理を組み立てて、理路整然とこちらの意向を先方へ伝えるのに、本当に大声が必要でしょうか?私は相手に理解を得るのに、大声を張り上げなければならないということを最近、疑問視しています。何かそう言うパフォーマンス付きでなければ、説得力にかけるというのが、そもそも、おかしく、すでに負けているという事ではないか?とこう事ではないですかね?静かに紳士的に話しても、良いものは良い、正しい事は正しいと判断されるべきではないか?と考えるわけです。ホワイトボードや配布資料に工夫するなど、話す事を省力化する手段は色々あります。一生懸命の声を出し、相手を見据えて、汗を流しながら説得するのは如何にも熱血ビジネスマンで、サラリーマンのあるべき姿の様に思われがちですが、相手にも意見を言わせ、Win&Winとなる合意点や落とし所を見出す事を良しとする昨今、返って邪魔なパフォーマンスの様にも思えるのです。これまで会議では、ウィスパーボイスではなくフェードアウトボイスで行っていましたが、これから、ずーっとウィスパーボイスで継続してみようと考えています。

痙攣性発声障害:歌とRunningと会議

歌や息の上がる様なRunning、いずれもやめている時は、発声しやすいというのは間違いない様です。最初は酒も疑っていたのですが、これはどうも違っており、腹筋が落ちていることも原因では無さそうです。最初、声帯溝症と診断された時、とにかく、発声をして声帯を鍛えるしかないと言われたし、痙攣性発声障害のリハビリでも、ある程度、発声練習はやった方が良いと言われたので、歌は良いだろうと思っていたのですが、手術をしてからは特にB’zの様な高いキーの歌、あるいは低音でもサザンの桑田佳祐や吉田拓郎の様に絞り出す様な発声で渋い声で歌うと、歌ってしばらくは、高めのしゃがれ声で話し易いのですが、1日経つと普通に話すトーンで話せなくなり、高めの音も出せなくなって、結局、話せなくなります。これは前日、飲みに行った翌日も似たような感じなり、ある程度、声帯を酷使した後の感じと同じです。これで最初、アルコールが良くないんだと思い込み、晩酌も控えていた時期もあるのですが、晩酌ではなく、酔って気持ち良くなり、いつも以上に大声で騒いだり、歌ったりするのが直接の原因だと確信しました。1週間ほど歌う事を控えると回復するのですが、ここで息が上がる様なRunningで飛ばしすぎると、疲労感も合間って、同じく話しにくくなります。今日は、いつものスロージョギングより、少しハイペースで走ってきて、間髪入れず、このブログを書いているのですが、喉の術痕のあたりが、突っ張って発声しずらいです。また、明日は会議がありますが、家庭の中で話す程度の声の張り方で声が届かない場合は、結局、声を張る為に声帯に力を入れざるを得ず、回復が遅れます。いっそのこと、話さずにおくかと思うのですが、そうもいかず、いよいよ発声障害用のマイクをつける事を考えた方が良いかもしれません。実は在宅でNet Meetingに参加している時は、マイクが拡声してくれるので、楽です。電波がよければ、Net Meetingの方がマシですが、電波が悪いと円滑に進まないという別の弊害もあります。また、自分がスピーカになっている場合、どうしてもホワイトボードを使って説明した方がスムースな場合があり、この点もNet Meetingでは難しい面があります。今日も声を労るべく、歌は控えますが、英語は声を出して勉強した方が良いので、どうするか悩んでいます。朝、会社が始まる前と昼休みにやったので、夕方はもうやめようと思っており、これから風呂に入るときっとビールに行くのだと思います。人間とは弱いものです。

痙攣性発声障害:伝わらないもどかしさ

 最近の悩みは、冷静に一語一語を確実に発声する事を心がけ、文を短くして息継ぎしながら話すと息は切れないが、小声すぎて届かない、興奮して力強く一気に話すと息も上がり、相手に威圧的且つ怒っている様に捉えられてしまうという悩みです。特に妻との会話でそれを指摘されます。お互い同業者で私の方が8年先輩ですから、仕事の話でこちらの言っている事を彼女が理解できない場合は、途端、話したくなくなり、ラインかメールで説明するので後で読んでおいてと言います。私には大した仕事ではない事にでも、当然、彼女は悩んだり、行き詰まったりするわけで、仕事に関してはこうするしか手段がありません。本当は夫婦なので、スムースに会話できれば、簡単なのですが、私のこの障害は逆に彼女を威圧してしまう。会社の会議室も30人以上の会議室になると厳しいです。静かにゆっくり区切りながら話す事もできますが、やはり、説得力がなくなります。できるだけホワイトボードを使い、描きながら話す事になります。一方、日常会話においては娘の教育で同じ状態になります。こっちは先輩後輩もなく同じ日にそれぞれ父母になって現在に至っており、どちらかと言えばお腹を痛めて産んだ母の意見が優先されるのが常です。しかも、娘は現在、中3で思春期真っ只中であり、54歳の私が理解できるはずもなく、母親が女性になる教育している様なもの。女性になるまで、当たり障りのない付き合いでいきたいのですが、やはり、看過できない些細な事が起こります。例えば、部屋の片付けをせず、食べ物を放置しているとか、エアコンやコタツを付けっ放しで外出するとか、無駄遣いし、小遣い以上の出資を求めて来るとか・・言わば、こちらに降りかかってくる火の粉の様なもの。影響がなければ、口出ししないので、何でもお母さんと相談してやってくれで済むはずなのですが、ゴミ出し、光熱費の支払い、小遣い・・全部、こちらに降りかかってくるものばかりなのです。何度でも娘に対して静かに諭す事ができれば、全く、問題はないですが、何度言っても理解できなければ、黙って手を上げる事もできないわけで、叱るしかなく、それは声を張り上げて怒る事にしかなりません。これが、申し訳ないが、昭和スタイルです。今後、もっと時代が進めば通用しなくなるのですが、会社はそれでいいです。その頃には確実に会社からは消えているからです。今のところ持病もなく、癌にならなければ、その後もきっと生きている確率が高いのですが、そうなったら、やはり、迷惑な老害のまま、家族や近所の人達で付き合う事になるのか?と考えてしまいます。やはり、感情的にならない練習を積むしかないのかもしれません。不思議な事ですが、小さな声でも区切って1つ1つを丁寧に発声していると、だんだん、息切れせずに会話が続く様になる事があります。100%ではなく、そうなるラッキーな時があるという事です。それがどういう、タイミングなのか?が分かれば、常にその状態にしてから会議や会話に臨むということができるので、最も良いのですが、今のところ、どの程度の時間、経過すれば話せる様になるのかが掴めていません。

痙攣性発声障害:息継ぎの重要性

 これは、発声時、声帯が開いて息が抜けやすい外転型だけに当てはまり、個人差はあるのかしれませんが、普通の人が一息で言える文章が一息では難しく何度も息継ぎしないと音がフェードアウトしてしまいそうになるという事を感じていらっしゃる人はいないでしょうか?私は毎日、リハビリに和文と英文の音読を取り入れており、その音読の時には調子が良く発声できていたのに、それから1時間も経っていない時刻での日常会話ですら、非常に発声困難で状態が悪いという現象を不思議に思って色々、考えていたのですが、これは息継ぎに問題があると思っているのです。音読は自分のペースで息継ぎし、息継ぎを行う文節も自由です。別に相手がいるわけでもなく、待たせることもありません。一方、会話では、何度も息継ぎして、1つ1つの音を明瞭に発声できたとしても、あまりに短い文節で切って会話すると相手に違和感を与えるのではないか?と不安になります。また、英会話学習でも、教材の中で会話形式になると、こちらのパートが読み終わっていないのに、一定時間経過すると相手のパートが被ってくる場合があります。従って、十分な息継ぎができないまま、発声する事になる為、所々、フェードアウトするケースが増えます。しかし、息継ぎをせず且つ、音もフェードアウトしない様に発声しようとすれば、腹式呼吸か努力発声になる為、腹式呼吸は、歌唱と同じで、そんなに長い時間、継続できないし、努力発声の場合は喉へ負担をかけ、結局、”ゆっくり力まずに話す方が、声帯が開きにくく、スタートは小さな声でも、だんだん話しているうちに明瞭になってくるという最良パターン”からどんどん遠ざかっていきます。外転型はとにかく力んだ発声は厳禁なので、相手に違和感を与えても気にせず、十分な息継ぎをしながら、ゆっくりと話して良いということに私は最近、気づきました。それを繰り返しているとだんだんと息継ぎが減ってきて、普通に話せる様になります。これは力まないことで声帯が定位置で固定され、動きが小さくなる為、息が抜ける頻度が減り、発声しやすくなってくると私は解釈します。もし、私と同じ外転型の方で同じ苦労をされている方がいらっしゃるならば、息継ぎをお勧めします。私たちは健常者でありません。だから、話し方が、少し、おかしくても、通じればそれで良しという意識を持ちましょう。諦めずに頑張りましょうね。

痙攣性発声障害4:術後2年

 正確には、今年2020年12月で2年なのですが、術後約2年経った現状について、綴ってみたいと思います。この障害を生まれた時から抱えている方というのは少ないと思っていますが、この障害を抱える人の中には、以前、正常だった頃にどの様な発声をしていたか?という事を、もはや、忘れてしまったという人も居るのではないでしょうか?私の場合は男性にしては声が高く、ハスキーではあったけど大きな声、且つ、興奮するとやや早口で話していたと思います。しかし、この障害を自覚してからは、締めたいときに声帯が締まらず、声が抜ける為、それを一生懸命締めようとして、力むという癖がしみついています。その力みは胸や腹に伝わり、胸はしびれたような状態に腹筋には相当なストレスがかかっているのがわかります。当時は加齢で腹筋が落ちた事が原因だと思い、(今も継続していますが)腹筋を鍛えていました。しかし、これはボーカリストのそれと似ていて、ハスキーボイスの人が自分のオリジナルキーより高いハイトーン域で歌っているときと同じ様な感覚であり、日常会話で継続する等、困難な事は明らかでした。更に、この手術は”低音で落ち着いて、会話したときに響く位置で、声帯を開かない様に止めている”わけで、以前の発声法は通用しない事が、だんだん、わかってきました。つまり、以前の発声法はハスキーながらも高音で話す発声ができていたが、それが、この障害によってできなくなった事で力んで発声する癖がついていたものを、手術によって低音で話せる様にしたという事になります。しかし、長年の慣れていた発声域を変えるわけですから、相当、意識しないと難しいと、術後2年の今でも感じます。まず、寝起きは体は弛緩しており、非常にリラックスしているので、最も、この手術が期待する音域で発声しやすいです。ところが、だんだん、脳が目覚めてくくると色々な刺激に対して体には知らず知らずに力が入り、以前の発声法で興奮気味に話そうとして、そのたびに声はフェードアウトしてしまいます。私の場合は朝のルーチンで日本語の本を2-3ページ音読し、英会話学習も30分ほどやりますので、そこで、とにかく、”低音でゆっくり発声”を心掛けるのですが、人との会話や特に会社における会議では、そういうわけには行きません。”冷静に静かに話す”というのは”会議室の広さ”、”参加人数”、”周囲の騒音”等、いわゆる会議環境によって、できる場合とできない場合が出てきます。どうしても興奮気味で且つ早口で一生懸命、話さなければこちらの意志が伝わりにくい場合もあります。特に、このコロナ禍でWeb会議になるとマイクの拡声に助けられるケースもありますが、ネットにノイズが乗り出すと相当厳しいし、私の場合は外国人と英語で行う会議もありますから、なおのことです。私が日々、練習している事は”低音で話す事”だけです。声帯リハビリで行うプッシングという訓練がありますが、これは私には害でしかありません。大声を出せないわけではないですから、低音で明瞭に話す訓練とは逆行しています。従って、リハビリは音読という形で必要なんだけど、この様に要らないものをあるわけで、そういう意味では見切って良かったと今は感じています。今日はここまでとします。

痙攣性発声障害3:甲状軟骨形成術

 前回はリハビリを約1年続けた後で一応、見切りをつけ、京都の”ひろしば耳鼻咽喉科”で手術を受ける決断をしたところまで書きました。やり取りしたメールを追うと2018年9月24日に以下のリンクにある一色記念ボイスセンターの問診をWebで受け、録音した音声データを送ったのが最初でした。一応、これまでブログに綴った様な経緯をある程度、要約し、メールに添え報告しました。

<ひろしば耳鼻咽喉科ホームページ>

https://www.hiroshiba.com/

2018年10月に一度、手術前の診断を受け、この病院でもスコープで確認した結果は”外転型痙攣性発声障害”という事で手術によって完治は難しいが、改善は見込めるという事を告げられ、2018年12月14日に手術日を決定しました。術式は以下の甲状軟骨形成術 1型で決定し、要するに声帯を動かす軟骨を削ってクリアランスを狭め、声帯の開き過ぎを抑えて声を出しやすくするという手術です。逆に内転型の患者さんは発声時、声帯が締まりやすい傾向にあるので声帯が広がる方向にチタンブリッジを装着する2型となり、その他、症状によって3型と4型がある様です。手術は局部麻酔で喉を3cm~5cmほど切り、発声しながら骨を削るという手術になります。時間的には手術室に入ってから3時間程度だったと記憶していますが、時間については少し曖昧です。手術中、激痛を伴う様な事は私の場合はなかったし、麻酔の注射が痛かったという覚えもありません。ただ、グラインダーやノミで骨を削る音や振動がリアルに聞こえるので、そういうのが極端に苦手な人は怖いと感じるかもしれません。気持ちが悪いというのは多少あっても、痛みがないというのは間違いないです。更に声帯の開き具合を調整して削るので削る前にどの位置まで狭められるのかを鉗子等の手術道具で動かしながらチェックします。その際に気道がふさがる様な息苦しさを感じる場合がありますが、実際は片側ずつ締めていっているので完全にふさがる事はなく、呼吸には影響ありません。これも、そういう感覚の問題であって、もし、もう1回やったら、そういう恐怖感は減っていると思います。手術後、1日入院するのですが、翌日には固形物を飲み込める様になっていました。手術から1週間は全て筆談となり、話す事は禁じられます。きっと苦痛だろうなと思っていたのですが、会社を休んでいるので、そこまで苦痛ではなかったです。2週間後に抜糸となるのですが、京都まで抜糸の為に行くわけにはいかないので、近くの外科に紹介状を書いてもらい、そこで抜糸しました。手術後、1ヶ月、3カ月、6カ月そして1年とスコープによる診察がありましたが、発声時にある上限までしか開いていない事は確認され、一応、この手術で一定の改善は見られたという事になりました。確かに声はリハビリ当時より低音が響きやすく、出しやすくなりました。今日はここまでとします。次回は手術後 約2年経過した現在の状況を綴ってみたいと思います。

甲状軟骨形成術 1型:

声帯の動き

声帯麻痺、声帯萎縮など、声を出すときに隙間ができる病気に対して行います。声帯を中に移動させて、声帯の間の隙間を少なくし、声を出しやすくします。

甲状軟骨形成術 2型:

甲状軟骨形成術

痙攣(けいれん)性発声障害に対しての実例も豊富で高い効果が期待できる施術です。
けいれん性発声障害の大多数は、声を出す時に声帯を強く締め過ぎる内転型と呼ばれるもので、これは手術によって改善できます。手術では一色が開発したチタンブリッジを甲状軟骨に装着します。こうすることで、声帯を広げ、緊張を緩めたまま固定することができます。

甲状軟骨形成術用チタンブリッジ

甲状軟骨形成術 3型:

甲状軟骨の一部を切除して、声帯を短くし緊張をゆるめて声を低くします。変声障害の男性の方や性同一性障害GID(FTM)の方の声を低い声が出るように改善できます。

声がわり障害・変声障害について

甲状軟骨形成術 4型:

甲状軟骨と、その下にある輪状軟骨とを近づけることで、声帯を前後に引っ張り、緊張を高め、声を高くします。声帯の萎縮や加齢で声帯がゆるみ、声が低くなったりガラガラする場合に行います。\

痙攣性発声障害2:リハビリから手術へ

 今回は第2回目でボドックスが効かなかった私が、その後、どうしたかという事を綴ってみたいと思います。クマダクリニックからは、リハビリという選択もあるし、もう少しボドックス治療で様子を見る事は可能だが、それをするにも、定期的に声帯の動きを観察しながらになるので、熊大の音声外来を紹介すると言われました。主治医は長崎から西麻布に毎月、通うのは、交通費もバカにならないので、ボドックスはできなくても、せめて九州で音声外来やリハビリのある病院が良いという判断をされたわけです。そのうえでボドックスを再度、ご希望ならば来て下さいという感じだったと記憶しています。そこで2017年10月ごろ、紹介状を持って熊大の受付まで行ったのですが、意中のエキスパートは朝日野総合病院という私立の病院に勤務先を替えておられた為、さらに熊大から朝日野総合病院へ行く事になりました。ここで鼻から喉へ挿入したスコープを観ながら下された結果は、2度もボドックスをして左声帯が発声時、開いているので、おそらくは効きにくい体質であり、これ以上、量を増やすのは気道をふさぐ可能性もあり危険と判断するという事。つまり、クマダクリニックで再度、ボドックスを受ける意義は薄く、むしろ危険であり、コツコツとリハビリを続ける事を推奨されたわけです。1年間続けたリハビリの内容は以下の通り。自宅でこれらを毎日行い、2回/月、朝日野総合病院でスコープを鼻から喉に挿入した状態で発声しながら声帯の動きを診断し、以下と同様のリハビリをやって、発声時の声を記録して帰るというもの。しかし、よくよく、このリハビリ担当に聞くと内転型患者のリハビリによる改善実績はあるものの、外転型患者は初めてという事らしく、これで治るかどうかやってみなければわからないという事でした。どこがゴールなのでしょうか?と続けて質問すると、1年とか2年とか一概にリハビリ期間で決まるものではなく、主治医と患者である私で止め際を見極める必要があるという事でした。リハビリは確かに一定の成果があり、始めた頃からすれば、ずいぶん、発声しやすくなったという実感はありました。しかし、私はそのリハビリに改善の限界がきている事を何となく自覚していました。そこで、ここから、私は2018年9月に京都にある一色記念ボイスセンターのひろしば耳鼻咽喉科で手術が行える事を知り、音声外来を申し込みました。今回はリハビリから手術へ踏み切ったところで終わりにし、次回、手術の状況から現在に至るまでを綴ってみたいと思います。

1.壁を押して、”エイ”と発声するプッシング(30回/日)

2.鼻の上の方を両人差し指で抑え、指に音が響く様に”イー”と発声。(5回/日)

3.ドレミファソ→ソファミレドの音階を”オー”で発声(1回/日)

4.低高→高低と”ノー”という音で上げ下げの発声(5回/日)

5.カ行、サ行、タ行の続く単語及び短文の音読

痙攣性発声障害 1:特定のプロセス

ブログを再開するにあたり、まず、最初に綴っておきたかったのは、この発声障害の事です。2017年の冬から春、会社のミーティング中に声が抜け、複式呼吸を使わなければ発声困難と感じる事が増えてきました。最初は悪性のポリープや咽頭がんを疑い、いくつかの耳鼻咽喉科で受診しました。ですが、その様な腫瘍は見つからず、原因不明のまま、長崎大学に紹介状を書いてもらい音声外来のエキスパートの診断を受けました。出された結果は”声帯溝症”という事で、声帯がやせ細って溝ができ、そこから空気が漏れているのが原因という所見。しかし、長崎大学の先生が”声帯溝症には、この様な症状があるはず”という、いくつか問診に納得できず、とは言え、長崎には、このエキスパート以外の音声外来専門医は居なかった為、ある耳鼻科から久留米大病院の音声外来へ紹介状を書いてもらい、セカンドオピニオンを求めるつもりで受診しました。受診した結果、外転型痙攣性発声障害に関する問診に自覚症状として思い当たる節があり、特定できたのが自覚から約半年経過した、2017年8月でした。この障害はジストニアの一種で、発声時、左右の声帯を締め様とする脳からの指令に対して、声帯が逆に動作し、力んで努力発声なればなるほど、声帯が開いていく障害です。逆に声帯を締め過ぎて声が詰まる内転型というのもあり、圧倒的にこちらの方が多いという説明で外転型は10万人に1人の珍しい症例であるという説明でした。痙攣性発声障害は治療法が確立されておらず、久留米大で紹介されたのが、ボツリヌストキシンという菌を注射器で声帯を動かす筋肉に打ち(以下、ボドックスと書きます)、一時的に声帯を開かない様に止めるという治療で、ここから、次は西麻布にあるクマダクリニックに紹介状を書いてもらい、8月と9月にそれぞれ、左右の声帯に月を分けて接種し様子を見ました。このボドックスは効果が2-3カ月と言われ、1年に4-5回は接種し続けなければなりません。記憶が正しければ私の接種量の場合、1回で16,000円だったので、注射代だけで1年で70,000円~80,000円を覚悟しなければなりませんでした。長崎からだと日帰りは可能なので、宿泊費は不要なのですが、ここに1往復:50,000円程度の航空券が5往復加算される為、1年で約400,000円を使う事になります。ところが、幸か不幸か、このボドックスは私に全く効果がなく、右声帯の動きを止めきれたのですが、左声帯には全く効き目がありませんでした。今回は特定からボドックスまでを綴りました。続きは次回に。