伝えきれなかった思い

 私は大学2年の頃、その頃、高校時代の同級生で何となく付き合っていた彼女の友人の女性を好きになっていました。その人は歯学部の学生で1年後輩で長崎市の出身ではなく佐世保市から来ていました。付き合っていた同級生の彼女とは何となく勢いで付き合ったという事もあって、全くのプラトニックであり、キスすらした事もなく、自然消滅状態でした。一方で、私は、その彼女の友人の事ばかり、毎日、気になっていました。決定的になったのは自分が、当時、属していた軽音楽のサークルに彼女が後輩で入ってきてしまった事です。正直、これはまずいと思いました。いつか、自分の思いは悟られるのではないか?と。まぁ彼女に悟られるのは良いとしても、付き合っていた同級生の事をあれやこれや詮索され、自然消滅にしてしまっている事も咎められやしないか?と気が気ではありませんでした。私は当時、19歳で成人にもなっていない貧乏学生であり、彼女はどう考えても、お嬢様。そのうちに、私より2つ上の医学部の先輩が彼女を口説き始めました。ソアラを乗り回していた、これまた、坊ちゃんの医者の卵にどう考えても勝てる気がしなかったし、当時の自分は相当な奥手でした。非常に酒飲みが盛んな時代であり、特にこのサークルは急性アル中を続出させる様な飲み方をしていましたので、彼女に思いを伝えられないもどかしさを、焼酎を煽り、泥酔する事で誤魔化していました。そのうち、自分たちがライブをする機会に恵まれ、学園祭のトリを勤める事になり、相当、気合いを入れて、挑みました。ところが、そのライブは会場も野外のライブハウス版の様なもので、客と自分達の距離は非常に近く、まともに演奏ができない状態。兎に角、酒は飲まされるわ、ひっかけられるわ、どんどんステージに押し寄せてきて、もっている実力を発揮できずに終わった、最悪のステージになりました。自分としては、こんなに出来の悪いステージはなく、落ち込んでいると、ライブの打ち上げに来てくれてた、この彼女だけが、とても良かったと褒めてくれたのです。上手いとか下手とかいう事ではなく、そのパンクな状態をかわしながら、一生懸命、立ち向かって歌っているロッカーの姿が良かったという事らしく、確かに彼女がやっている音楽もハードロックでしたから、何となくシンクロしてしまったのかもしれません。帰りの電車が無くなり、タクシーに乗れる金も持ち合わせていなかったので1時間ぐらいかかる距離を歩いて自宅まで帰ろうとしていたら、彼女は私を1人暮らしのマンションに泊めてくれる言ってくれたのです。でも、絶対に何もしない約束でと言われました。絶対に何もしないと決めていたので、そのまま眠れず、悶々として、朝を迎え、お礼を言って家を出たのですが、この時、彼女は偉かったですねって言ったのです。これは皮肉だったのか、本心だったのか?今、考えてもわかりません。この後、彼女は全く、私と話す事すらなくなりました。ただ、じーっと私を見ている視線を感じる事は何度かありました。彼女は2つ上の先輩と付き合い、その後、私のバンドのドラマーと付き合いだしました。その間、自分の心は隠してただ見守りました。その後、この軽音楽のサークルの事は黒歴史として封じ込め、彼女への思いを振り切るかの様に死に物狂いで大学院に合格し、卒業して、私は新しい彼女を作り、実家を出ました。彼女も数年遅れて、歯科に勤務医として勤めだしたのですが、どうも実家から1分の歯科に勤務していた様なのです。自意識過剰なのかもしれませんが、彼女は私の思いを知っていて、告白を待っていたんじゃないか?とも思います。私の人生の後悔は2つあり、海外出張中だったため、大好きだった祖父を見舞えず、可愛がってもらったお礼もいえず、死に目に会えなかった事と、この彼女に、本当の思いを伝えきれなかった事です。勿論、私は今の妻が大好きで結婚し、パートナーとしても最高だし、とても幸せです。ですが・・夢にこの彼女を見る事があり、やはり、どこか思いを断ち切れていないと思うと、妻に申し訳ないと思います。彼女は53歳。もう、お互い、初老と言ってもおかしくない年齢です。あちらも家庭がおありになり、どこで暮らしているのかもわかっていますが、訪ねていくわけにも行かないので、偶然にでも会えたら嬉しいと思っています。笑い飛ばしながら、正直に思いを伝えられたら最高ですけどね。

小さな幸せに気づく

 ”全てを手に入れたが、僕は全く幸せを感じなかった。”というのは、矢沢永吉さんがトーク番組で言った名言です。もう1つコンサート後の打ち上げで”こんな美味いビールが飲めるならば、俺、ギャラいらない。でも製作費に金かかるから、ギャラ頂戴。”というのもあります。私は矢沢さんのファンではないですが、この2つの言葉は私の中にずっと教訓として残っていて、幸福とは何か?に答えを出すヒントになっています。一言で言えば、矢沢さんは”欲というのは限りがない。”という事を知り”小さな事でも日々、感謝して生きるべき。”という事をおっしゃりたかったのだと思います。希望した大学に合格し、卒業して、希望する会社に入り、若い頃から欲しくて欲しくてたまらなかった物を働いたお金で手に入れ、大好きな女性にプロポーズしたらOKしてもらって、結婚をし、マイホーム、車、家具・・など、2人の好みを探りながら揃え、やがて、子供にも恵まれる。これだけで十分、幸せです。しかし、この幸せな空間にも、日々、不幸につながる火種は燻っています。ちょっと会社で上司と反りが合わず、イライラして、それを家庭まで引きずり、奥さんにぶつけてしまう。一度ならば我慢もできるが、度重なると、やがて、奥さんも受け止めきれなくなり、限界に達し、爆発。そこで、初めて、可愛かった彼女に鬼嫁の一面を見る。一度、面が割れれば、もはや、隠す意味なし。そういえば、あれもこれも気に食わなかったと、どんどん過去の事を引きずり出し、2人で納得して揃えたはずの生活必需品や家具にまで、”本当は好みじゃないが、妥協してあげただけで、本当はあれが欲しかったのだ”と、難癖をつけだす。甘かった新婚時代から10数年足らずで男女の時期を過ぎ、やがて、子供は反抗期を迎え、全く寄り付かず、勉強にも身が入らない。働くだけでも必死なのに、今度は先生に呼び出され、子供の素行や成績の問題点を指摘される。自分の学生時代と比較して、あまりにも違いが多い為、理解ができず、ついには自分の苦労話や武勇伝を語り、受け流される。幸福の裏には、ちょっとしたきっかけで、この様なマイナスの事象が起こるわけで、それを不幸と言うわけです。登場人物も時代も空間も全く同じなのに、出来事に対する感じ方とその後の言動によって、幸福と不幸という全く違う空間になってしまうパラレルワールドの様です。全ては人間の欲。こんなはずじゃない、もっと、より良い何かがあるという向上心もいい加減にしておかないと、ただの苦行。さらに大事な妻や子供を、その欲に巻き込むなどもってのほかです。あぁ今日も一日、終わった。色々あったが、ランニング行って、風呂入って、ビールでも飲んでくつろぐか・・これが幸せだと最近、つくづく思います。私の晩酌代はビール 1本で250円 /日。赤&白ワイン:1,200円 x 8本/月=9,600円/月で320円/日。合わせて570円/日です。ここにナッツやチーズなどのつまみを乗せても1,000円/日かからない。年金暮らしで、これを続けても、おそらく大丈夫だと思います。会社を辞めたら、昼は図書館か家で好きな勉強や読書をして過ごす。部屋にはギターもあるし、英語の教材も大学の専門書もMacもある。庭に出れば季節で草花が見れる。自宅から15分歩けば自然があり、電車一本 で120円で市街地にも観光地にも行ける。大好きな妻と生意気だが可愛い娘が側にいて、階下暮らす両親が元気ならば、何も望むものはないわけで、十分、幸せだと思う様になりました。

指示無しの会社

 この歳になると40代半ばぐらいまでは想像できなかった様な、指示のない待機状態が増えます。特に何か仕事を拒み続けたわけではないのですが、上司も指示する部下は手放しでは心配な若い社員だけに減らし、自身のやるべき事に集中したいという気持ちはわかります。ある意味、裁量性になっているわけで1年に1回、大きな課題を設定し、それを自分で具体的な計画にして申請し、日々、実行する事になります。若い頃は、こんなものは、お約束で実行できるはずもなく、日常業務に忙殺され未達で終わることばかりでしたが、ある時期から、これが、自分の仕事の割合を占める率が高くなりだしました。きっと我々の年齢層に与える仕事がないんだな・・うちの会社もやばいのか?と思っていましたが、相変わらず、上司と30代-40代前半は多忙を極めています。最近は労基の目が光っていますから、サービス残業もできないし、過少申告すれば罰せられる為、以前より実質の総労働時間は減っており、我々も加勢した方が良いはずなのですが、そういう仕事を受けたと言う話は周りの同世代からも聞いた事がありません。最初から生産性の高い、ある意味、泥臭い仕事の頭数には入っていない様なのです。面談が年に2回ほどあるので、その時に加勢できる事を言うし、空いている時には空いていると宣言しているのですが、頼みづらいのか?依頼する段取りが面倒で、若い社員へ雑に投げた方が早いと思っているのか?なかなか、指示として出てこない。一応、30年近くの実績があるので、頼れる人脈も若手よりはあるし、要領も良いはずで、複数の仕事を回せる分、仕事を裁くだけならば有効である事は分かっているはずですが、いつも、決まったメンバーだけが苦しんでいる。こちらから突っ込んで悩みを確認してみると、私たちから見れば、全然、大した事ではない事を、時間単価の高い正社員が何時間もかけて協議している事が多いわけです。事はそんな簡単ではないというのもバックグランドを知っていればあるのかもしれないし、知らぬが故に私だけがブレークスルーさせる事ができる様な灯台下暗しの状態もあると思います。しかし、そのケースでは、何れにしろ、彼らが3日間も悩んでいた事を私は30分で結果を出し、それで済んだというのが事実で、彼らが起こりもしないリスクを考え過ぎていたという事だったわけです。まぁ、私にしてみれば、なぜ、早く言ってくれないのか?なのですが・・しかし、この一件を振り返って、あとで気づいた事があります。私に、さっさと裁かれるのが嫌だから依頼しなかったのではないか?あるいは、彼らは悩んでいる事で仕事をしている実感があったのではないか?と思ったのです。つまり、彼らは悩んではいたが、苦しんでいたわけではなく、数学の難問の様な課題にみんなで挑んでいただけではないか?と。正直、余計な事をしてしまったと思いました。なんでも早く片付けて帰るのが良いとは限らないというのを悟った様な気分になりましたが、私にはそういう感覚は一生理解できそうにもないので、せめて、余計なお世話は焼かない様に心がける事にしました。

サプリへの投資

 私はサントリーのDHA+EPA+セサミンEX(以下DHA)を定期お届けコースで契約し、長年、愛飲してきているのですが、最近、オメガエイドを試飲して、何となく、自分の脳の活性化にはこっちの方が良いような感じがして、今日、定期お届けコースを予約しました。DHAの方は2ヶ月分で9,234円なので、4,617円/月、一方、オメガエイドは2ヶ月分で10,497円なので5,249円/月で合わせると9,866円/月になり、一部、成分が被る為、DHAは無駄だと思いました。しかし、若さを保つ上でセサミンは欠かせないと思い、3ヶ月で9,525円で3,175円/月のセサミンEXをDHAの代わりにしようと、これも今日、定期お届けコースを予約し、DHAを同時に解約しました。DHAを解約し、セサミンEXに変えオメガエイドを追加する事でサプリへの投資は8,424円/月で1,442円/月抑えられるわけですが、DHA単独の頃よりは3,807円/月のアップとなります。やずやのニンニクしじみを解約したので、2,000円/月は戻るのですが、まぁ、それでも1,807円。あと世田谷自然食品の青汁が90包(3ヶ月分)で9,600円なので3,200円/月を解約すれば完全にリカバリできるのですが、自分よりもむしろ高校生の娘が飲んでいて、ほとんど娘の為に契約している様なもの。ちょっと解約できそうにない様です。サプリに12,000円/月ってどうですかね。贅沢でしょうか?若さは体も脳もどちらも必要ですし、腸内環境を整える事も大腸癌等のリスクを下げる意味で不可欠だと思っているのですが。腸内環境といえば、たまに便が固くなるので、酸化マグネシウムを主体とした幼児からでも飲める軟便薬も処方しているので、なんだかんだで結局、15,000円/月は投資している事になりますかね。40代の妻を見ているとダイエット系のサプリに相当、突っ込んでいる様なので、50代としてはこのくらいの投資は贅沢ではないと思っています。やはり、食事だけで必要な栄養を摂取するというのは至難の技であり、タバコは吸いませんが、酒を毎日飲み、ジョギングも継続したいとなると、サプリのケアは必要になります。ただ、定年したらどうでしょうか?そんなにガンガンの脳や体を使う事もないはずで、むしろ、のんびりと過ごす事の方が長いという時期が遅かれ早かれくると思います。そうなったら、若さを保つ必要もなく、年相応に枯れていく方がいいのかもしれません。今が微妙で中途半端な年齢で健康がすごく気になり、敏感になるのだと思っています。まぁ不潔で汚く、老害を撒き散らす老人にはならない様、そちらを注意しなければならないと思う今日この頃です。

スロージョグ後の疲労感

心拍数を140-160回/分の範囲で抑えるスロージョギングに変えて2月末から約1ヶ月経過しましたが、ランニングが原因と自覚する疲労感はなくなりました。やはり、コニカミノルタのHPに記載あったことは真実だと確信しました。切り替えて2週間は疲労感に変化なく、じゃあ、飛ばした方がいいじゃんと思っていた時期もあったのですが、気がつけば、ほとんど息が上がらず、景色を楽しんだり、Apple Watchに突然かかってきた電話に走りならが応対したり、考え事して走っていたら、タイムスリップした様に距離が進んでいたりという状態になっており、走りに行くこと自体、苦行ではなくなりました。今もランニング後、風呂に入る前にブログを書いているわけですが、以前では考えられない事です。大体、5.3kmを35分程度でゆっくりと走っているのですが、折り返しの3km程度であと5kmは継続して走れるのではないか?と感じるくらいの時もあります。まぁここで、調子に乗って距離を伸ばすと、呼吸器は楽勝でも膝やふくらはぎに相当な倦怠感や痛みが残ります。なぜ走るのか?と言われると、昔は走った後の爽快感とか心地良い疲労感と答え、ウォーキングでは絶対にこの感覚は得られないし、物足らないと答えていたのですが、今は確実にダイエットと健康維持が目的になっています。やはり、お酒をやめるというのは、ちょっと難しいと思います。食べずに飲むというのは、悪い酔いすると言われますが、私の場合は最初から、そういう飲み方をすると、なかなか、赤くならず、ワインの場合はどんどん進み、しまいにはタバコが欲しくなります。若い頃、そういう飲み方を脳が覚えていて、確実にスイッチが入った状態だと思うのですが、これは翌日にすごい二日酔いになっている事があります。結局、そうならない為に何か食べながらビールとワインを飲む事になるのですが、毎日晩酌をし、それだけ終わらず、締め的に夕食を食べると絶対にカロリー過多になります。従って、朝はパン一枚(200kcal)、昼はカロリーメイトを1袋(200kcal)のみで抑え、このランニングで大体、250kcalを消費すると500kcalを消費するので、朝昼分をチャラにして晩酌+夕食で何も気にせず、好きなものを好きなだけ食べる生活ができるという感じです。朝昼全く食べず1日1食ダイエットにすればランニングは不要なのかもしれませんが、それでは、体力や筋力が落ちてしまいます。従って、このペースが自分にとっては最適なのです。このランニングも最近では1日置きにしており、やや、以前より消費カロリーは減っているのかもしれませんが、そこまで、影響はなかった様です。命のある限り、長く、このスロージョギングを続けていきたいと思います。

ヨガとウォーキングで体型維持

50代になって、だんだん、基礎代謝が落ちている事を自覚する様になりました。食べ過ぎても、飲み過ぎても、昼食を抜き、しばらく禁酒していてれば、ランニングなどしなくても自然に落ちる内臓脂肪や体脂肪が、なかなか、落ちない現実。体重も身長 168cmに対して61kgでほとんど大学時代から変わっていないし、ウエストも76-78cmを行ったり来たりなのですが、体脂肪計で計測すると内臓脂肪:レベル7、体脂肪率:22%と年々増えています。ランニングをした後は大抵これが内臓脂肪:レベル6、体脂肪率:17%-18%に落ちるのが常だったのに、これも維持したまま。まぁ太ってはいないのですが、お腹周りに何か太った感じがあり、この状態が許せないというか、納得できないという感じなのです。代謝を上げようと、ランニングに加え、軽い筋トレを行っており、朝から腕立伏せ 30回とワンダーコアで腹筋 50回をルーチンにしているのですが、なかなか、効き目が実感できません。あぁ、これが50代か・・という諦めもあります。数日前に左足のアキレス腱からふくらはぎに鈍痛があり、ランニングをやめて、ほぼ1時間程度のウォーキングに切り替えていたのですが、晩酌は再開しているので、少し心配です。消費するカロリーはApple Watchで管理しており、動くことで消費するカロリーは1日で400kcal-500kcalと、あまり、ランニングをやっていたころとは変わっていないので、時々、出張などで走れない時と同じ状態なのですが、ルーチンをこなせなず、普通通りに食べているのは、非常に気持ちが悪いです。今日、診察してもらう予定ですが、疲労骨折などで、ランニングを禁止されたら、いよいよ食べる量を減らして、晩酌をやめるしかないと思っています。朝:パン 1枚(バターや蜂蜜等をつけると300kcalぐらい)、昼:カロメ 2本/パック(200kcal)、夜:好きなものを好きなだけという生活で、そこまで、食べ過ぎでにはなっていないはずなのですが、ダイエットしたければ、これ以上に減らす必要があるのでしょうね。そうなるとカロリーは抑えられても、夕食で集中的に摂取していた栄養が不足する可能性があり、下手すると薄毛が進行したり、免疫力が低下する可能性もありそうです。太らず栄養を摂取する=運動になるのですが、非常に公立の良いスロージョギングができないというのは、やはり痛いです。子供の頃、太っていて嫌な思いをした事の方が多かった為、太る事に対するトラウマがあるし、それゆえ、空腹に耐える意志の強さは誰よりも強いと自負しているので、一旦、決めてしまえば、カロリーコントロールは、ある程度、持続できると思うですが、栄養不足で健康を害すれば、全く意味がありません。骨や筋力が衰える一方で、ほんと難しい年齢だと感じます。見てくれを捨て切れたとして、太っても結局、健康を害しますから、やはり維持するしかないと思っています。今、考えているのは代謝アップに効果的だという触れ込みのヨガです。これをウォーキングと併用して何とかお酒も楽しみながら、体型を維持できないか?と考えています。

いつまで働くか?

 最近、老害事件の数々を見ていると、諸先輩には50代ごときが、生意気だと怒られそうですが、正直、身につまされます。きっと私らが60歳を迎える頃には、再雇用で雇ってもらえる上限が現在の65歳から70歳まで延長される可能性が高いです。あと15年間、働きたいと思えば働く事ができるというわけです。1992年に今の会社に就職して、約30年ですが、大きく変わったなと、思った年が3回ありました。1回目は1998年。会社で個人PCが支給され、それまでワープロ屋さんとかCAD屋さんに手書き原稿で渡して作ってもらっていた書類や図面を自分で作る様になりました。まだ、メールはなかったですが、格段にFAXが見やすくなりました。2回目は2000年。メールや携帯電話が導入されました。まだ、入社して10年経っていませんでしたが、この頃になると、今までワープロ打ちして紙で提出していた一部の文書が電子決済方式に変わってきていました。エビデンスとして一応、デート印を押した紙を上司まで上げる必要があるのですが、社内の基幹業務システムがサーバ+イントラネット上で、どんどん充実してきました。これまで、字が汚くて、見えないので書き直せと後輩を怒鳴り散らしていたアラフィフのおっさんと当時30代で油の乗り切った我々の立場が逆転した瞬間でもありました。おっさんの中にはシステムの変化についていけず、何度も何度も、処理をやり直し、それに苛立ってキレる様な人もいました。紙で仕事をしていた頃まで、自分は仕事が裁けていたのに、媒体や処理方法が変わってしまった事で時間がかかり、たちまち、仕事が裁けなくなってしまった状態です。たかが、材料を買う、出張精算をする、報告書を書く、図面を探す・・本業ではなく、文書の提出や検索等、付帯業務に手を取られるわけですから、固くなった頭で1から覚えるのは、相当、辛かっただろうと思います。最後は2010年。労働時間やコンプライアンスが煩くなってきた年です。入社して18年目ですが、さすがに、この頃は、すっかり、私も今の会社の文化に染まっており、以前に記載した様に、サービス残業当たり前、パワハラ当たり前の中で叩き上げられ、脇が甘かったと言われればそれまでですが、海外でも、ずいぶん、危ない目にも合い、それが当たり前だと思って、毎日を勤務していました。ところがある日、突然、昨日まで、私にとっては普通の文化を奨励してきた上司から、”お前のやっている事は違法になるので、注意しろ”と言われるわけですから、”おいおい、ちょっと待てよ。”と言いたくなる。紙が電子決済に変わるぐらいならば、まだ、ついていけるが、昨日まで正義だった事が悪だと言われると、混乱します。もっと悲惨だったのは、私らを、若いころ、いい意味でも悪い意味でも可愛がってくれた定年間近の先輩に、このコンプライアンス制度を利用して仕返しをする同僚や後輩が出てきた事です。駆け込み寺の様な仕組みや投書箱ができて、今のSNSの様に”匿名”で訴える事ができる様になってきました。お前が正しいと思うならば、堂々と氏名を明かして投稿しろやと思うのですが、こういうクソみたいな連中はそんな勇気はない。20年も経たないうちに、善が悪になる時代です。仮に65歳まで働けば、あと11年、さらに70歳まで働けば、あと16年。きっと大きく変わっていくでしょう。ファッションやヘアースタイルの様に一巡して、”あなた方の世代の仕事のやり方に戻すべきです”なんて、うまい話が、平成や令和生まれの上司からあれば、運よく生き残れるかもしれませんが、気力や体力がもつでしょうかね?

スロージョギング その2

 最近、また、禁酒をしていて、17日目に入り、ランニングは、晩酌を習慣にしていた頃より伸びはあるのですが、やはり、歳のせいもあるのか、5.3kmを26-27分のペースで走ると、走った後、何もやる気が起こらない状態になり、どうしたものか?と考えていました。快調に走れるけど、その後、何もできないというのは、時間を無駄にしている事であり、ランニングで一日が終わってしまいます。クエン酸とかユンケル錠剤を摂取したり、甘いもの多量に飲食したりして誤魔化すのですが、一時的なもので、疲労が回復するものではなく、逆に糖化で血糖値が大きく変動しているのではないか?と思えるほど、眠気やだるさが残ってしまいます。色々調べていたら、50代の年齢の割には心拍数の上げ過ぎである事がわかりました。以下のコニカミノルタのHPに詳細があるので、参考にして頂きたいのですが、まず、自分の最大心拍数は220-年齢で目安も求める事ができ、私は54歳なので、166回/.分になります。実際、これは運動負荷を上げていき最高に頑張った心拍数という事なので、ランニング時の記録をiPhoneのフィットネスで見ると150回/分〜170回/分なので166回/分というのは、当たっていると思います。目標心拍数は、この166回/分の60%-70%で週1回の30分程度の運動が健康に良いという事なのですが、そうなると99.6回/分〜116.2回/分で30分程度のジョギングを週1回で良いことになります。しかし、履歴を見ると私は平均心拍数が165回/分〜180回/分で26分〜27分のランニングを6日間/週を実行してきたことになり、はるかにオーバトレーニングになっていることがわかります。この60%-70%という係数は目標運動強度という値らしいですが、持久力向上で70%-85%(116.2回/分-141.1回/分)、レース体力向上で85%以上(141.1回/分)なので、140回/分-150回/分でダイエットだけが目的ならば1回 20分程度で走れる距離を週3回のジョギングで良いという事になります。それで今日、相当抑えて、平均心拍数:146回/分で5.2kmを走ったところ、34分かかりました。いつもより約7分〜8分も遅いペースです。心拍数を意識して150回/分を超えない様にセーブしたのですが、結局、最大は158回/分まで上がっていました。140回/分台を維持して走るというのは、本当にとろとろ走らなければ、相当、セーブするのが難しいです。特に往路は登りが多く、登りはこける心配がないので、気がせいて、早く登り切ろうとする意識が働く事もあり、かなり心拍数をあげることになります。むしろ、登りがきたら、より速度を落とさなければならない事は分かっているのですが、これがなかなか難しい。しかし、このスロージョギング、確かに効果はありました。疲労感が全く違います。こうやって、夕食前にブログを書く事ができているのが何よりの証拠です。ガンガン飛ばしていた頃を考えると、少し恥ずかしいですが、長く走る為にも、しばらく、このスタイルで行きます。

(参考URL)コニカミノルタランニングプロジェクト

https://www.konicaminolta.com/jp-ja/runpro/running/sports_safety/004.html

本質不明のルール

 会社の常識が世間の非常識になっている事に気づかず、過ちを犯すという話はよく聞きます。私が入社したのは平成の初めであり、長崎にはバブルがあったのか無かったのかはよくわかりませんが、日本ではバブル崩壊した直後で、社会は、まだまだ、活気がありました。これを書くと武勇伝みたいになるのですが、サービス残業当たり前、22時定時でそのまま飲みに直行、朝は帰らずそのまま出勤、よく働き、よく遊びって感じでした。我々は20代ですから、元気なのは当たり前なのですが、当時の40代は、見かけは明らかに今の私らより老成していましたが、めちゃくちゃ元気でした。ところが50代に入った途端、ぱったり、遊びも仕事もトーンダウンし、出勤しているのに、”あの人は今?”みたいな状態になり、そのまま55歳付近で関連会社へ出向し、そこで定年退職を迎えるのが、一般的な流れでした。ひょっとしたら、当時は一旦、うちを早期退職して出向し、関連会社で2度目の退職をしていた可能性もありますが、定かではありません。こういうことを言うと怒られるかもしれませんが、人間的には魅力があっても、仕事だけに限って言えば、邪魔なので、早く消えてくれって人が多かったです。いわゆる老害を撒き散らす先輩の事です。その立場にとうとうなってしまいました。時代が変わり、社会のルールが変わり、否応無しに会社はそれに追従せざるを得ないことは、管理職の経験上、承知しているものの、その追従の仕方があまりにも過剰反応し、本質不明のルールで社員を縛ろうとしている場合は、やはり、意見したくなってしまいます。過剰反応しているのは、大抵、我々の働く現場のそばには居ない、高い地位や権威を得た幹部クラスの管理職なのですが、社会に対して果たすべき役目を確実に果たし、株式会社として投資してくれている株主さん達を失望させない経営を継続する為に、ちょっとしたルール違反で、企業としての信用を失墜する事はあってはならない事なので、念には念を入れて、一言で言えば”現場の手間の増えるルール”を、どんどん、追加していきます。問題は社長→本社幹部→支店の幹部→工場長と現場に近くなると、”狼に食べられない様、夜間外出は控える様に。”というのが社長指示だったのに、工場では”夜間外出をする場合は届けを出し、万が一、無断で外出したものは最低、6ヶ月の減給処分とする。”というルールになります。ある夜、工場の方から悲鳴が聞こえたが、無断で寮から出て減給処分になるのを恐れた、日勤の若い社員が、その事を看過した結果、夜勤の社員が機械に巻き込まれ悲惨な最後を迎えていたといった様な事が起こる可能性もあります。これは、社長の”狼に食べられない様に・・”という社員の安全を気遣った本質的な意図が省略され、伝わった結果、罰則だけがクローズアップされ、当たり前に救える命を救えなかったという話です。この教訓を知ってから、私は”社長は、なぜ、そんなルールを作ったのですか?”という事を必ず、自分の上司に聞く様にしています。ただ、上の指示に何の疑いもなく従っただけという、上司は、きっと、耳が痛いし、面倒だと思っているはずですが、この上司へのツッコミが、最近、全くないのです。理由は査定が下がるとか、上司の命令は絶対だからとか、面倒臭いやつだと思われたくないとか、色々あるでしょうが、みんなが、おかしいと思っている事まで見て見ぬふりをしている。これって何かと似ていませんか?そうです。子供の世界に起こりがちなイジメです。話は老害に戻るのですが、私らの世代になると、”あまり事を荒立てて老害と認定され、あと数年を住みにくくするのはナンセンス。若いもんに任せて、静かにしておくに限る。”という人も多いです。私も50歳なった頃、そう思っていました。あんな先輩の様に絶対にならないぞと決めていたのですが、私はおかしいと思う事は、冷静にきちんと確認しようと決めました。それは、これから主役になろうとしている世代の為であって、自分が住みやすくする為ではないので、きっと理解されると信じています。いつの間にそうなったのか?は定かではありませんし、自分が、その様にしてきた覚えもないのですが、ただ上の指示を、その意図を理解しないまま、流すだけの上司が多くなってきているのは事実です。それは配下のモチベーションを下げ、疲弊させ、結果、その組織を弱体化させます。それを少しでも、改善して定年を迎えたいと思っています。

あと一歩の気力

 ザ・シークレットを完読しました。”私は神がたまたま、2020年に50代の人間の男性として具現化しているだけで、神である以上、望んだ物は全て手に入るし、なりたいものにもなれるし、行きたい場所にも自由にいける存在である。”ということが、最後の最後まで色々な表現で繰り返し、書かれていた様に思います。禁煙セラピーを読んだ時の様に途中で洗脳された様に、共感し、そう思いこむ事ができた部分もありましたし、手に入ると信じるだけならば、それくらいは、自分にもできそうだと思いました。そこで、では、一体、何が望みなのか?と考えたところ、お金でも物でもなかったです。私が欲しいものは”何かをやろうとしていることを途中で、決して、萎えて放り出すことにならない様な情熱とか気力”。もっといえば”何かに集中して、空腹も疲労も忘れる様なフロー状態に陥る事”を望んでいると言うのがよくわかりました。いくら時間やお金があっても、それを余すことなく使う為には”情熱や気力”がないと意味がありません。”さぁ、なんでも叶えてやるから、望むもの言ってみろ”と悪魔に囁かれて、”働かなくても済むだけのお金”と答え、ぽんと3億円が手に入ったとしたら、もちろん、同時に膨大な自由時間も手に入ります。その自由時間を与えられて、何をやっても途中で投げ出してしまう様な気力しかなかったら、全く、楽しめないと思うのです。3億円だって、地道に使って行けば、40年くらいは繋ぐことができそうですが、それだって、生活費だけに地道に使う事ができる保証もありません。今は贅沢と感じることにでも、日常的に出費することに慣れてしまう可能性もあります。医者が毎日、お抱え運転手を指名して、2000円払ってタクシー通勤している様な現実は確かにあります。こういうことを考えているうちに、以前とは、考え方が変わりました。必要なお金を稼ぎ、若さを維持する為にも、社会と繋がりを持てる仕事は継続すべきという前提は変えず、仕事以外の時間をいかに楽しめるか?という事を考える方が現実的だと考え直したわけです。そこに不足しているのは、例えば”仕事が終わっても、きちんと2時間は数学の専門書を読むぞ”という目標を達成する為の”気力”でした。朝の筋トレやボイトレ、夕方のランニング、NHKラジオ英語学習、ギターで歌う等は先日ブログに書いた家事と同様、何かやらないと気持ちが悪い、あるいは、サボると何か悪いことが起きそうな罪悪感で継続できているのですが、ギターで歌う以外は”自分のやりたい事”とは言い難い物ばかり。”自分はこうなりたいから、これを毎日、勉強する。あるいは練習する。”というものが私にもいくつかありますが、上記のルーチンをこなせば、あとは”ワインを飲んで、寝るまでのんびりしたい”という事が全てに優先してしまいます。それだけ緊急度がないから、気力も湧いてこないというのもあります。”やりたいんだけど、別にそれができなくても、クビにはならないし、命も取られない。将来を左右し、リミットのある受験の様な目標でもない。”という目標に邁進できる気力が欲しいのです。おそらく、私がやっているルーチンの部分だけでも、毎日継続するのは厳しいという人も居るでしょう。私はあと一歩の気力が欲しいです。これが引き寄せの法則で手に入るならば、このザ・シークレットに書かれている事を実践してみる価値はあると思います。何事にも興味を持ち、前向きで、明日の事など考えず、その時にできる事を一生懸命やれていた、かつての私が持っていたものをただ取り返したいということだけなのですが・・少しワクワクしてきました。