体得した真実

 ネットの時代になったことで手軽に知りたい情報を入手できる様になったことは、本当にありがたい事だし、特に仕事では色々な意味で時短になるケースが多いです。私が就職した1990年代、長崎には、今の様に専門書も売っている様な大型の書店もなく、現在の長崎市立図書館の様に本屋では手に入らない蔵書を保管している様な大きな図書館も存在しなかったため、特に仕事では、何が真実か?を判断することが極めて難しい時代でした。先輩の指導が全てだったと言えます。言っていることが、前回と異なり、おかしいなと思っていても、実績のあるノウハウだとかと、理論はないけど、経験値として正しいということを、受け入れざるを得ないことは、まず、疑って自分で調べる様、指導されてきた大学院卒の私にとっては非常に苦痛でした。かと言って、他の先輩にも確認して確度を真実に近づけていく以外、手段もなく、時間もないわけですから、黙って受け入れて仕事を進めるしかなかったのです。一方で、この上っ面だけ舐めてわかった気になっている自分が許せなかったし、どうにも、消化不良感が残り、次に進めないわけです。しばらくの間、このジレンマのせいで、私はダメ社員の部類にカテゴライズされていたはず。しかし、その後、その究極とも言える海外現地の仕事に配属され、メールやスマホもない時代ですから、先輩の指導すらタイムリーには受けられない状況になり、理論の追求どころではなくなりました。試行錯誤で作って、動かしていく中で、よく状況はわからないけれど、納得行かなかった先輩の指導通りのことが現象として起こり、それを体得していくという事になります。そして、時が立ち、ある程度、スキルが身に付くと、もう、大学院のころの”疑って自分で調べる”という気力すらなくなり、どんどん、理系的なセンスが失われていきました。仕事はできるので問題もなく、吹っ切れたせいで、先輩や上司からの受けも良くなり、だんだん、ダメ社員からできる社員の部類へシフトしていることが所得や昇進で実感できました。ところが、それに甘んじることができない時代に入っていきます。先輩と同じやり方で後輩を指導したり、お客様へ説明したとしても、それが何故か?を逆に追求されるわけです。情報が豊富かつ手軽に入手できる様になった事と、もはや、先輩とか上司に対する畏敬の念がなくなり、フラットな人間関係た多様性が良しとされる時代に変化したことが影響していると個人的には思っています。”とにかく、結果は大昔から明らかなのだから、黙ってやれ”という指導とか、”この部分は当社のスタンダードですし、企業秘密にに近い内容も含まれていて、お教えすることができません。お客様に簡単に説明するというのが難しい状況です”いう説明が通らない。いちいち、根拠や理論を求めてくるわけです。まさに、私の時代が来たと感じました。それを感じ始めたのが、ここ5-6年のことですから、入社して20年以上経過して、漸く、大学院の頃の理屈っぽい自分を出しても、むしろ歓迎される時代になったわけです。今、私は、当時、先輩から教えてもらい体感的に覚えた真実を論文や専門書から理論付けする作業を行なっています。後輩には正しい知識で指導したいと考える様になり、いい時代になったと思っています。

好きな事に正直に

最近、思うのは、好きな物や好きな事に素直になりたいという事です。以前、武田邦彦先生がYOU TUBEのブログで似たような事をおっしゃっていました。”自分は一時期、その時に食べたいと思う物ではなく値段の高い物を選んで食べており、それを大いに反省した。それから、値段など見ず、その時に食べたいと思う物を食べることにしたが、贅沢をして散財しすぎるということもなく、これで良かったと思った。”とか、”出張先で同僚から飲み誘われた時に、いつもならば、断らず飲みに行くのだが、たまたま、その日は部屋で英文の論文を読んでいたいという気分になったので、遠慮して、ホテルの部屋で一人、英語の論文に読み耽っていたら、自分は酒を飲みに行くより、論文を読んでいる方が楽しいことを悟った”と、そのブログでおっしゃっていたと記憶しています。このブログは自分の中に印象深く残っていて、自分もかくありたいと思っていますが、これがなかなか実践できていないと思うのです。冷静に自分がしたい事を見極め、それを優先して実践し、ブランドなど無視して欲しいと思う物を手に入れているか?という事。例えば、洋服。特に妻が買ってくるものを着るだけ、彼女が似合うという服を着ていれば無難という感じだったのですが、それは私の感性には全く合わないところも多々あります。何せ年の差がありますから、自分が自分らしいと思う服のメーカやサイズが彼女の感性とは合わない事に最近、気づきしました。彼女は”あなたの所得ならば別に10,000円超えシャツを着てもおかしくない”とPaul Smithのシャツなどを勧めてくるのですが、育ちが貧乏な私は”シャツに10,000円?さっきまでユニクロの3,000円と2,000円、どっちのシャツにするか悩んでいたぐらいだ”と伝えると信じられないという表情。私はユニクロの3,000円ぐらいのサイズ:XSのシャツと3,500円の股下85cm+ウエスト76cmのパンツが最もシルエットとして、しっくりくるのです。身長が168cmですから、SのシャツではOutで着る場合に、長くだらしなくなり、さらに股下が70cm代のパンツだと短すぎて、短足に見えてしまうことを体感的に知っているのです。それを私は長い間、自分でも偽って、全てをTakeo Kikuchi(TK)で揃える様なことをやっていました。実は冬の服はTKの作りでもバランスは取れるのですが春から夏は作りが大きすぎて、全体的にずんぐりむっくりのシルエットに見えてしまい、若ければ良いのですが、50代ではあまりにもみっともない。食べ物に関しては、妻とデートとして外食する場合を除き、本当に美味いものは、相当に単価の安いものです。妻とデートする場合は、妻と過ごす快適な空間とサービスにお金を支払っているわけで、ちょっと意味が違います。食べたいもの選んで食べて良いという基準でいけば、私が好きなものは、エビフライ、ジョリパスのパスタ、リンガーハットのちゃんぽん(高級中華料理店ではない)、王将の餃子、魚肉ソーセージ、さんまの缶詰、わかめラーメン、宅配ピザ、ビスヌというインドカレー屋のチキンカダイカレー+インド米、そして極め付けは長崎人らしく、ニッキーのトルコライスなどです。これらを毎日ローテーションしていれば、おそらく幸せだと思います。よく何が食べたい?と妻に聞かれますが、私の好みでは彼女とのデートとしての食事は演出できないので、ほとんど、ビスヌかニッキーを選択しますし、作ってもらう場合も、私の好みは絶対に彼女は作れません。しかし、私は匂いのきつい、牛肉や豚肉は絶対に食べないので、お金はいくら使っても良いから高いものを、それが難しいならば、毎回、鶏肉が良いということは正直に伝えています。また、長崎人だから魚が好きなんじゃないか?というのは完全な偏見であり、シャケとさんま以外は食べれません。こういうことは正直に言っているので、まだ、幸せかもしれません。パソコンがMacしかダメなのは、Logic Proで作曲がしたいから、Montblancの万年筆を使っているのは書き味が好きだし、持っていることが自体、格好が良いからという、はっきりした理由はあるのですが、そこまで断言できるほど、他を試した上で言っているのか?と追求されればだんだん怪しくなります。ギターはOvationとGuildを使っていますが、Ovationは完全にブランド選んでいて、この2つのギターはあまり、人が持っていないメーカを選んでいる節があります。でも、試奏して自分にしっくりきたから買ったわけで、通販で即買いしたものではない事だけは伝えておきます。究極は自分のやりたい事です。GWは妻に付き合って、買い物に同行したり、溜まっていたビデオやHULUの映画などを鑑賞したりしていますが、これも妻と行く外食の様なもので、それをやりたいからやっているわけではありません。妻との時間を共有できる時はそれを優先すべきだと言い聞かせて実行しているのです。じゃあ、何でも好きなことをしていいよと言われたら、間違いなく、独学や音楽をやることになるでしょう。妻が1人になりたい時間や寝ている時間を有効に使っている感じです。このブログも実は妻はテレビを見ていて寝落ちしていましたので、その時間に書き始めたのです。好きな物を買ったり、食べたりするのは、実はお金がかかる人もいるでしょうが、私は逆でむしろ、正直なればお金はかからないのですが、好きなことを実行する場合は、家族を不満にさせないという条件を満たした上で実行する様に心がけていきたいと思っています。私は放っておけば、歯止めが効きません。周りも見えない、時間も忘れて、どこまでも、やると思います。

支出の把握

夏のボーナスも近づいてきたので、久しぶりに、2020年の実績をベースにして固定支出の計算をやってみました。細かく、ここには記載できませんが、6月と12月のボーナスが振り込まれた直後の預金X1(円)から振り込まれたボーナスの金額Y1(円)を引いたX1-Y1(円)で半年間に使ってきたお金を評価する様にしています。一方で光熱費等、固定支出Y0(円)を前年度実績で試算し、変動支出Z0(円)は予想し、前年度の所得X0(円)からそれらを差し引き、1年間で動かないはずの残額予想 X0-(Y0+Z0)(円)と実績の(X1-Y1)円を比較して浪費チェックしています。今年は6月にこの(X1- Y1)をチェックするわけですが、もし、ボーナス+給与が昨年度並みであるとしたら、Z0の変動支出が想定を上まっていない場合、(X1-Y1)はX0-(Y0+Z0)に近い値になるはずです。文字で書くとわかりずらいので具体的な例で説明すると、6月のボーナスが振り込まれた直後の預金がX1=500万円だったとします。振り込まれた今年の夏のボーナスがY1=150万円だったとすれば、冬のボーナス振り込まれた時点からその後、6ヶ月分の給与を頂いて、そこから半年間で使った固定支出と変動支出の実績を差し引いて残った金額がX1-Y1=350万円だったという事になります。一方、私が1年で受け取る手取りの年収X0=800万円で固定支出Y0=300万円、変動支出の予想Z0=120万円とすればX0-(Y0+Z0)=380万円は残るはずという試算になります。これで実際に残っている金額は350万円ですから、少なくともZ0の予想か手取りの年収X0のいずれかが、380万円-350万円=30万円少なかったと言えます。いや、何がなんでも380万円は万が一に備えて残すのだいう強い意志があり、仮にその原因が年収の減少にあったにしろ、浪費にあったにしろ、結局は変動支出のZ0を120万円から90万円に減らす努力をするだけです。また、半年ごとにボーナス振り込み直前の残金:(X1-Y1)を試算してボーナス月にトレンドで比較していけば、半年ごとの残金の推移を追うことができます。賢い専業主婦は毎月、毎月、家計簿をつけて変動支出Z0の推移を事細かに分析し、今月は何に使い過ぎたとか、あの買い物は無駄だったとかを評価して次の月にその反省を生かすのでしょうが、私はそこまでのシビアな管理はしたくないと思っています。ある年の年収から試算した年残高予想:X0-(Y0+Z0)にボーナス月の実際の残高(X1-Y1)が収まっていれば良いじゃないか?というゆるい管理です。使ってきた挙句、残金が0になったということではないわけなので、何も問題ありません。これとは別に学資保険や個人年金をかけており、今は固定支出ですが、結局、収入として戻るわけですから、さらに加算されます。少なくとも昨年12月のボーナスは昨年6月と比較すると下がっていたにも関わらず、実際の残高は年残高予想より多く残っていました。やはり、コロナの影響は悪いことばかりではなく、家にいる分、光熱費は多少上がっても、外で飲み歩いたり、遠出する機会が極端に減った事による節約されたお金の方が、それを凌いたということだと理解しています。娘が県外の大学に入学した場合の生活費を学費とは別に工面して月々15万円仕送る必要があるのですが、それをどこから捻出するか?というのも、この試算をやってみて明らかになりました。学資保険で学費は出せるので、今、高校や塾に支払っているいわゆる授業料やスクールバス代などは卒業と同時に0になる為、全部、そこに充てることができると、この試算で気づいたのは良かったのですが、やはり、60歳で完全リタイヤするというのは現実的ではない事にも同時に気づきました。まぁ、私がやっている試算は常に、同業者の嫁が一切、家庭にかかる固定費も娘の学費も出さないという想定の試算であり、当然、大学に行けば彼女も負担するので、結論として、完全リタイヤも夢ではないかもしれません。

伝えきれなかった思い

私は大学2年の頃、高校時代の同級生で何となく付き合っていた彼女の友人の女性を好きになっていました。その人は歯学部の学生で1年後輩で長崎市の出身ではなく佐世保市から来ていました。付き合っていた同級生の彼女とは何となく勢いで付き合ったという事もあって、全くのプラトニックであり、キスすらした事もなく、自然消滅状態でした。一方で、私は、その彼女の友人の事ばかり、毎日、気になっていました。決定的になったのは自分が、当時、属していた軽音楽のサークルに彼女が後輩で入ってきてしまった事です。正直、これはまずいと思いました。いつか、自分の思いは悟られるのではないか?と。まぁ彼女に悟られるのは良いとしても、付き合っていた同級生の事をあれやこれや詮索され、自然消滅にしてしまっている事も咎められやしないか?と気が気ではありませんでした。私は当時、19歳で成人にもなっていない貧乏学生であり、彼女はどう考えても、お嬢様。そのうちに、私より2つ上の医学部の先輩が彼女を口説き始めました。ソアラを乗り回していた、これまた、坊ちゃんの医者の卵にどう考えても勝てる気がしなかったし、当時の自分は相当な奥手でした。非常に酒飲みが盛んな時代であり、特にこのサークルは急性アル中を続出させる様な飲み方をしていましたので、彼女に思いを伝えられないもどかしさを、焼酎を煽り、泥酔する事で誤魔化していました。そのうち、自分たちがライブをする機会に恵まれ、学園祭のトリを勤める事になり、相当、気合いを入れて、挑みました。ところが、そのライブは会場も野外のライブハウス版の様なもので、客と自分達の距離は非常に近く、まともに演奏ができない状態。兎に角、酒は飲まされるわ、ひっかけられるわ、どんどんステージに押し寄せてきて、もっている実力を発揮できずに終わった、最悪のステージになりました。自分としては、こんなに出来の悪いステージはなく、落ち込んでいると、ライブの打ち上げに来てくれてた、この彼女だけが、とても良かったと褒めてくれたのです。上手いとか下手とかいう事ではなく、そのパンクな状態をかわしながら、一生懸命、立ち向かって歌っているロッカーの姿が良かったという事らしく、確かに彼女がやっている音楽もハードロックでしたから、何となくシンクロしてしまったのかもしれません。帰りの電車が無くなり、タクシーに乗れる金も持ち合わせていなかったので1時間ぐらいかかる距離を歩いて自宅まで帰ろうとしていたら、彼女は私を1人暮らしのマンションに泊めてくれる言ってくれたのです。でも、絶対に何もしない約束でと言われました。絶対に何もしないと決めていたので、そのまま眠れず、悶々として、朝を迎え、お礼を言って家を出たのですが、この時、彼女は偉かったですねって言ったのです。これは皮肉だったのか、本心だったのか?今、考えてもわかりません。この後、彼女は全く、私と話す事すらなくなりました。ただ、じーっと私を見ている視線を感じる事は何度かありました。彼女は2つ上の先輩と付き合い、その後、私のバンドのドラマーと付き合いだしました。その間、自分の心は隠してただ見守りました。その後、この軽音楽のサークルの事は黒歴史として封じ込め、彼女への思いを振り切るかの様に死に物狂いで大学院に合格し、卒業して、私は新しい彼女を作り、実家を出ました。彼女も数年遅れて、歯科に勤務医として勤めだしたのですが、どうも実家から1分の歯科に勤務していた様なのです。自意識過剰なのかもしれませんが、彼女は私の思いを知っていて、告白を待っていたんじゃないか?とも思います。私の人生の後悔は2つあり、海外出張中だったため、大好きだった祖父を見舞えず、可愛がってもらったお礼もいえず、死に目に会えなかった事と、この彼女に、本当の思いを伝えきれなかった事です。勿論、私は今の妻が大好きで結婚し、パートナーとしても最高だし、とても幸せです。ですが・・夢にこの彼女を見る事があり、やはり、どこか思いを断ち切れていないと思うと、妻に申し訳ないと思います。彼女は53歳。もう、お互い、初老と言ってもおかしくない年齢です。あちらも家庭がおありになり、どこで暮らしているのかもわかっていますが、訪ねていくわけにも行かないので、偶然にでも会えたら嬉しいと思っています。笑い飛ばしながら、正直に思いを伝えられたら最高ですけどね。

小さな幸せに気づく

 ”全てを手に入れたが、僕は全く幸せを感じなかった。”というのは、矢沢永吉さんがトーク番組で言った名言です。もう1つコンサート後の打ち上げで”こんな美味いビールが飲めるならば、俺、ギャラいらない。でも製作費に金かかるから、ギャラ頂戴。”というのもあります。私は矢沢さんのファンではないですが、この2つの言葉は私の中にずっと教訓として残っていて、幸福とは何か?に答えを出すヒントになっています。一言で言えば、矢沢さんは”欲というのは限りがない。”という事を知り”小さな事でも日々、感謝して生きるべき。”という事をおっしゃりたかったのだと思います。希望した大学に合格し、卒業して、希望する会社に入り、若い頃から欲しくて欲しくてたまらなかった物を働いたお金で手に入れ、大好きな女性にプロポーズしたらOKしてもらって、結婚をし、マイホーム、車、家具・・など、2人の好みを探りながら揃え、やがて、子供にも恵まれる。これだけで十分、幸せです。しかし、この幸せな空間にも、日々、不幸につながる火種は燻っています。ちょっと会社で上司と反りが合わず、イライラして、それを家庭まで引きずり、奥さんにぶつけてしまう。一度ならば我慢もできるが、度重なると、やがて、奥さんも受け止めきれなくなり、限界に達し、爆発。そこで、初めて、可愛かった彼女に鬼嫁の一面を見る。一度、面が割れれば、もはや、隠す意味なし。そういえば、あれもこれも気に食わなかったと、どんどん過去の事を引きずり出し、2人で納得して揃えたはずの生活必需品や家具にまで、”本当は好みじゃないが、妥協してあげただけで、本当はあれが欲しかったのだ”と、難癖をつけだす。甘かった新婚時代から10数年足らずで男女の時期を過ぎ、やがて、子供は反抗期を迎え、全く寄り付かず、勉強にも身が入らない。働くだけでも必死なのに、今度は先生に呼び出され、子供の素行や成績の問題点を指摘される。自分の学生時代と比較して、あまりにも違いが多い為、理解ができず、ついには自分の苦労話や武勇伝を語り、受け流される。幸福の裏には、ちょっとしたきっかけで、この様なマイナスの事象が起こるわけで、それを不幸と言うわけです。登場人物も時代も空間も全く同じなのに、出来事に対する感じ方とその後の言動によって、幸福と不幸という全く違う空間になってしまうパラレルワールドの様です。全ては人間の欲。こんなはずじゃない、もっと、より良い何かがあるという向上心もいい加減にしておかないと、ただの苦行。さらに大事な妻や子供を、その欲に巻き込むなどもってのほかです。あぁ今日も一日、終わった。色々あったが、ランニング行って、風呂入って、ビールでも飲んでくつろぐか・・これが幸せだと最近、つくづく思います。私の晩酌代はビール 1本で250円 /日。赤&白ワイン:1,200円 x 8本/月=9,600円/月で320円/日。合わせて570円/日です。ここにナッツやチーズなどのつまみを乗せても1,000円/日かからない。年金暮らしで、これを続けても、おそらく大丈夫だと思います。会社を辞めたら、昼は図書館か家で好きな勉強や読書をして過ごす。部屋にはギターもあるし、英語の教材も大学の専門書もMacもある。庭に出れば季節で草花が見れる。自宅から15分歩けば自然があり、電車一本 で120円で市街地にも観光地にも行ける。大好きな妻と生意気だが可愛い娘が側にいて、階下暮らす両親が元気ならば、何も望むものはないわけで、十分、幸せだと思う様になりました。

指示無しの会社

 この歳になると40代半ばぐらいまでは想像できなかった様な、指示のない待機状態が増えます。特に何か仕事を拒み続けたわけではないのですが、上司も指示する部下は手放しでは心配な若い社員だけに減らし、自身のやるべき事に集中したいという気持ちはわかります。ある意味、裁量性になっているわけで1年に1回、大きな課題を設定し、それを自分で具体的な計画にして申請し、日々、実行する事になります。若い頃は、こんなものは、お約束で実行できるはずもなく、日常業務に忙殺され未達で終わることばかりでしたが、ある時期から、これが、自分の仕事の割合を占める率が高くなりだしました。きっと我々の年齢層に与える仕事がないんだな・・うちの会社もやばいのか?と思っていましたが、相変わらず、上司と30代-40代前半は多忙を極めています。最近は労基の目が光っていますから、サービス残業もできないし、過少申告すれば罰せられる為、以前より実質の総労働時間は減っており、我々も加勢した方が良いはずなのですが、そういう仕事を受けたと言う話は周りの同世代からも聞いた事がありません。最初から生産性の高い、ある意味、泥臭い仕事の頭数には入っていない様なのです。面談が年に2回ほどあるので、その時に加勢できる事を言うし、空いている時には空いていると宣言しているのですが、頼みづらいのか?依頼する段取りが面倒で、若い社員へ雑に投げた方が早いと思っているのか?なかなか、指示として出てこない。一応、30年近くの実績があるので、頼れる人脈も若手よりはあるし、要領も良いはずで、複数の仕事を回せる分、仕事を裁くだけならば有効である事は分かっているはずですが、いつも、決まったメンバーだけが苦しんでいる。こちらから突っ込んで悩みを確認してみると、私たちから見れば、全然、大した事ではない事を、時間単価の高い正社員が何時間もかけて協議している事が多いわけです。事はそんな簡単ではないというのもバックグランドを知っていればあるのかもしれないし、知らぬが故に私だけがブレークスルーさせる事ができる様な灯台下暗しの状態もあると思います。しかし、そのケースでは、何れにしろ、彼らが3日間も悩んでいた事を私は30分で結果を出し、それで済んだというのが事実で、彼らが起こりもしないリスクを考え過ぎていたという事だったわけです。まぁ、私にしてみれば、なぜ、早く言ってくれないのか?なのですが・・しかし、この一件を振り返って、あとで気づいた事があります。私に、さっさと裁かれるのが嫌だから依頼しなかったのではないか?あるいは、彼らは悩んでいる事で仕事をしている実感があったのではないか?と思ったのです。つまり、彼らは悩んではいたが、苦しんでいたわけではなく、数学の難問の様な課題にみんなで挑んでいただけではないか?と。正直、余計な事をしてしまったと思いました。なんでも早く片付けて帰るのが良いとは限らないというのを悟った様な気分になりましたが、私にはそういう感覚は一生理解できそうにもないので、せめて、余計なお世話は焼かない様に心がける事にしました。

サプリへの投資

 私はサントリーのDHA+EPA+セサミンEX(以下DHA)を定期お届けコースで契約し、長年、愛飲してきているのですが、最近、オメガエイドを試飲して、何となく、自分の脳の活性化にはこっちの方が良いような感じがして、今日、定期お届けコースを予約しました。DHAの方は2ヶ月分で9,234円なので、4,617円/月、一方、オメガエイドは2ヶ月分で10,497円なので5,249円/月で合わせると9,866円/月になり、一部、成分が被る為、DHAは無駄だと思いました。しかし、若さを保つ上でセサミンは欠かせないと思い、3ヶ月で9,525円で3,175円/月のセサミンEXをDHAの代わりにしようと、これも今日、定期お届けコースを予約し、DHAを同時に解約しました。DHAを解約し、セサミンEXに変えオメガエイドを追加する事でサプリへの投資は8,424円/月で1,442円/月抑えられるわけですが、DHA単独の頃よりは3,807円/月のアップとなります。やずやのニンニクしじみを解約したので、2,000円/月は戻るのですが、まぁ、それでも1,807円。あと世田谷自然食品の青汁が90包(3ヶ月分)で9,600円なので3,200円/月を解約すれば完全にリカバリできるのですが、自分よりもむしろ高校生の娘が飲んでいて、ほとんど娘の為に契約している様なもの。ちょっと解約できそうにない様です。サプリに12,000円/月ってどうですかね。贅沢でしょうか?若さは体も脳もどちらも必要ですし、腸内環境を整える事も大腸癌等のリスクを下げる意味で不可欠だと思っているのですが。腸内環境といえば、たまに便が固くなるので、酸化マグネシウムを主体とした幼児からでも飲める軟便薬も処方しているので、なんだかんだで結局、15,000円/月は投資している事になりますかね。40代の妻を見ているとダイエット系のサプリに相当、突っ込んでいる様なので、50代としてはこのくらいの投資は贅沢ではないと思っています。やはり、食事だけで必要な栄養を摂取するというのは至難の技であり、タバコは吸いませんが、酒を毎日飲み、ジョギングも継続したいとなると、サプリのケアは必要になります。ただ、定年したらどうでしょうか?そんなにガンガンの脳や体を使う事もないはずで、むしろ、のんびりと過ごす事の方が長いという時期が遅かれ早かれくると思います。そうなったら、若さを保つ必要もなく、年相応に枯れていく方がいいのかもしれません。今が微妙で中途半端な年齢で健康がすごく気になり、敏感になるのだと思っています。まぁ不潔で汚く、老害を撒き散らす老人にはならない様、そちらを注意しなければならないと思う今日この頃です。

スロージョグ後の疲労感

心拍数を140-160回/分の範囲で抑えるスロージョギングに変えて2月末から約1ヶ月経過しましたが、ランニングが原因と自覚する疲労感はなくなりました。やはり、コニカミノルタのHPに記載あったことは真実だと確信しました。切り替えて2週間は疲労感に変化なく、じゃあ、飛ばした方がいいじゃんと思っていた時期もあったのですが、気がつけば、ほとんど息が上がらず、景色を楽しんだり、Apple Watchに突然かかってきた電話に走りならが応対したり、考え事して走っていたら、タイムスリップした様に距離が進んでいたりという状態になっており、走りに行くこと自体、苦行ではなくなりました。今もランニング後、風呂に入る前にブログを書いているわけですが、以前では考えられない事です。大体、5.3kmを35分程度でゆっくりと走っているのですが、折り返しの3km程度であと5kmは継続して走れるのではないか?と感じるくらいの時もあります。まぁここで、調子に乗って距離を伸ばすと、呼吸器は楽勝でも膝やふくらはぎに相当な倦怠感や痛みが残ります。なぜ走るのか?と言われると、昔は走った後の爽快感とか心地良い疲労感と答え、ウォーキングでは絶対にこの感覚は得られないし、物足らないと答えていたのですが、今は確実にダイエットと健康維持が目的になっています。やはり、お酒をやめるというのは、ちょっと難しいと思います。食べずに飲むというのは、悪い酔いすると言われますが、私の場合は最初から、そういう飲み方をすると、なかなか、赤くならず、ワインの場合はどんどん進み、しまいにはタバコが欲しくなります。若い頃、そういう飲み方を脳が覚えていて、確実にスイッチが入った状態だと思うのですが、これは翌日にすごい二日酔いになっている事があります。結局、そうならない為に何か食べながらビールとワインを飲む事になるのですが、毎日晩酌をし、それだけ終わらず、締め的に夕食を食べると絶対にカロリー過多になります。従って、朝はパン一枚(200kcal)、昼はカロリーメイトを1袋(200kcal)のみで抑え、このランニングで大体、250kcalを消費すると500kcalを消費するので、朝昼分をチャラにして晩酌+夕食で何も気にせず、好きなものを好きなだけ食べる生活ができるという感じです。朝昼全く食べず1日1食ダイエットにすればランニングは不要なのかもしれませんが、それでは、体力や筋力が落ちてしまいます。従って、このペースが自分にとっては最適なのです。このランニングも最近では1日置きにしており、やや、以前より消費カロリーは減っているのかもしれませんが、そこまで、影響はなかった様です。命のある限り、長く、このスロージョギングを続けていきたいと思います。

ヨガとウォーキングで体型維持

50代になって、だんだん、基礎代謝が落ちている事を自覚する様になりました。食べ過ぎても、飲み過ぎても、昼食を抜き、しばらく禁酒していてれば、ランニングなどしなくても自然に落ちる内臓脂肪や体脂肪が、なかなか、落ちない現実。体重も身長 168cmに対して61kgでほとんど大学時代から変わっていないし、ウエストも76-78cmを行ったり来たりなのですが、体脂肪計で計測すると内臓脂肪:レベル7、体脂肪率:22%と年々増えています。ランニングをした後は大抵これが内臓脂肪:レベル6、体脂肪率:17%-18%に落ちるのが常だったのに、これも維持したまま。まぁ太ってはいないのですが、お腹周りに何か太った感じがあり、この状態が許せないというか、納得できないという感じなのです。代謝を上げようと、ランニングに加え、軽い筋トレを行っており、朝から腕立伏せ 30回とワンダーコアで腹筋 50回をルーチンにしているのですが、なかなか、効き目が実感できません。あぁ、これが50代か・・という諦めもあります。数日前に左足のアキレス腱からふくらはぎに鈍痛があり、ランニングをやめて、ほぼ1時間程度のウォーキングに切り替えていたのですが、晩酌は再開しているので、少し心配です。消費するカロリーはApple Watchで管理しており、動くことで消費するカロリーは1日で400kcal-500kcalと、あまり、ランニングをやっていたころとは変わっていないので、時々、出張などで走れない時と同じ状態なのですが、ルーチンをこなせなず、普通通りに食べているのは、非常に気持ちが悪いです。今日、診察してもらう予定ですが、疲労骨折などで、ランニングを禁止されたら、いよいよ食べる量を減らして、晩酌をやめるしかないと思っています。朝:パン 1枚(バターや蜂蜜等をつけると300kcalぐらい)、昼:カロメ 2本/パック(200kcal)、夜:好きなものを好きなだけという生活で、そこまで、食べ過ぎでにはなっていないはずなのですが、ダイエットしたければ、これ以上に減らす必要があるのでしょうね。そうなるとカロリーは抑えられても、夕食で集中的に摂取していた栄養が不足する可能性があり、下手すると薄毛が進行したり、免疫力が低下する可能性もありそうです。太らず栄養を摂取する=運動になるのですが、非常に公立の良いスロージョギングができないというのは、やはり痛いです。子供の頃、太っていて嫌な思いをした事の方が多かった為、太る事に対するトラウマがあるし、それゆえ、空腹に耐える意志の強さは誰よりも強いと自負しているので、一旦、決めてしまえば、カロリーコントロールは、ある程度、持続できると思うですが、栄養不足で健康を害すれば、全く意味がありません。骨や筋力が衰える一方で、ほんと難しい年齢だと感じます。見てくれを捨て切れたとして、太っても結局、健康を害しますから、やはり維持するしかないと思っています。今、考えているのは代謝アップに効果的だという触れ込みのヨガです。これをウォーキングと併用して何とかお酒も楽しみながら、体型を維持できないか?と考えています。

いつまで働くか?

 最近、老害事件の数々を見ていると、諸先輩には50代ごときが、生意気だと怒られそうですが、正直、身につまされます。きっと私らが60歳を迎える頃には、再雇用で雇ってもらえる上限が現在の65歳から70歳まで延長される可能性が高いです。あと15年間、働きたいと思えば働く事ができるというわけです。1992年に今の会社に就職して、約30年ですが、大きく変わったなと、思った年が3回ありました。1回目は1998年。会社で個人PCが支給され、それまでワープロ屋さんとかCAD屋さんに手書き原稿で渡して作ってもらっていた書類や図面を自分で作る様になりました。まだ、メールはなかったですが、格段にFAXが見やすくなりました。2回目は2000年。メールや携帯電話が導入されました。まだ、入社して10年経っていませんでしたが、この頃になると、今までワープロ打ちして紙で提出していた一部の文書が電子決済方式に変わってきていました。エビデンスとして一応、デート印を押した紙を上司まで上げる必要があるのですが、社内の基幹業務システムがサーバ+イントラネット上で、どんどん充実してきました。これまで、字が汚くて、見えないので書き直せと後輩を怒鳴り散らしていたアラフィフのおっさんと当時30代で油の乗り切った我々の立場が逆転した瞬間でもありました。おっさんの中にはシステムの変化についていけず、何度も何度も、処理をやり直し、それに苛立ってキレる様な人もいました。紙で仕事をしていた頃まで、自分は仕事が裁けていたのに、媒体や処理方法が変わってしまった事で時間がかかり、たちまち、仕事が裁けなくなってしまった状態です。たかが、材料を買う、出張精算をする、報告書を書く、図面を探す・・本業ではなく、文書の提出や検索等、付帯業務に手を取られるわけですから、固くなった頭で1から覚えるのは、相当、辛かっただろうと思います。最後は2010年。労働時間やコンプライアンスが煩くなってきた年です。入社して18年目ですが、さすがに、この頃は、すっかり、私も今の会社の文化に染まっており、以前に記載した様に、サービス残業当たり前、パワハラ当たり前の中で叩き上げられ、脇が甘かったと言われればそれまでですが、海外でも、ずいぶん、危ない目にも合い、それが当たり前だと思って、毎日を勤務していました。ところがある日、突然、昨日まで、私にとっては普通の文化を奨励してきた上司から、”お前のやっている事は違法になるので、注意しろ”と言われるわけですから、”おいおい、ちょっと待てよ。”と言いたくなる。紙が電子決済に変わるぐらいならば、まだ、ついていけるが、昨日まで正義だった事が悪だと言われると、混乱します。もっと悲惨だったのは、私らを、若いころ、いい意味でも悪い意味でも可愛がってくれた定年間近の先輩に、このコンプライアンス制度を利用して仕返しをする同僚や後輩が出てきた事です。駆け込み寺の様な仕組みや投書箱ができて、今のSNSの様に”匿名”で訴える事ができる様になってきました。お前が正しいと思うならば、堂々と氏名を明かして投稿しろやと思うのですが、こういうクソみたいな連中はそんな勇気はない。20年も経たないうちに、善が悪になる時代です。仮に65歳まで働けば、あと11年、さらに70歳まで働けば、あと16年。きっと大きく変わっていくでしょう。ファッションやヘアースタイルの様に一巡して、”あなた方の世代の仕事のやり方に戻すべきです”なんて、うまい話が、平成や令和生まれの上司からあれば、運よく生き残れるかもしれませんが、気力や体力がもつでしょうかね?