夫婦別室

 物を直角並行に置くのが好きな私と雑然と並べる妻は夫婦になった頃、お互いの美意識の違いでよく揉めました。理由は彼女が私の持っていたマンションに転がり込んできて、それまで保っていた適度な空間を女性らしい大量の物で埋め尽くし、あっという間に満杯にしてしまった事、それだけならば、まだしも、雑然と置いて無駄に場所をとっている事、明らかに使わないものをいつまでも片付けない事にありました。マンションの頃は娘も、まだ、生まれていなかったし、若かった事もあって、寝室も一緒、生活スペースも一緒、全ての空間を共有していた為、この美的感覚が大きく違うというのは正直、困った問題でした。一方、妻から見れば、埃が溜まっている部屋や机でも平気な私の感覚が信じられないという事で彼女は彼女なりに私に不満があったと思います。この一戸建てを買ってから私たちは別々の部屋を持つ事ができました。まぁマンションの頃でも、部屋を別にしようと思えばできたのですが、まだ、若かった彼女の神経を逆なでする結果になり、それはできない年齢であったと言えます。しかし、もう結婚して15年以上経過した現在はお互い会社から帰る時間が違った時期もあり、寝室+書斎をセットにした個室で分けました。そして、埃が気になるという割には掃除機をかけたり拭き掃除をするのが億劫そうな彼女に代わって私がリビングの掃除をする事にしました。うちにはリビングに可愛い猫を2匹飼っているので、彼らの毛は散るし、猫砂は散乱するし、餌も食べこぼすので、絶対に小まめな掃除が不可欠なのです。掃除はやらされ感でやるとストレスが溜まりますが、私は決して嫌いではないので、この役割分担の方が上手くいきます。しかも書斎や寝室を分けた事はセックスレスに近い夫婦生活にはなったものの、個室を与えられた子供の様にあれやこれやと自室を自分の好みでアレンジする事や模様替えする事ができ楽しいし、長い夫婦生活を考えるとこれで良かったのだと思っています。要するに共有する空間が広くなるほど、お互いの好みで主張をし合い、結果として、必ず、一方が妥協しなければならない状況も増えるので、それは、もう中年夫婦にはストレスになるだけです。それよりは夫婦であってもプライベートな空間を持っている事で自分に合わない相手の空間を共有せず、どんなに散らかっていても見なくて済むならばそれに越した事はありません。ただし、快適だからと言って家庭内離婚をしているわけではないのだから、自室に引き籠ってばかりではなく、リビングや外出で妻や娘と過ごす時間も意識的にきちんと取る様に心がける様にしています。

作曲

 私は大学時代ですらWindowsがまだ存在しなかった世代で当時は今のマウス操作でアイコンをクリックするスタイルのパソコンはMacのみでした。Winodws系のPCは当時、MS-DOSというOSにコマンドを入力して、アプリケーションソフトを起動したり、BASICと呼ばれる言語でプログラムを書いたりという事ぐらいしかできず、 音楽を制作したり、絵を描いたりといういわゆる、アートに使うには難がありました。話はさらに相当、遡るのですが、私は中一からギターを弾き始め、既にバンドの真似事の様な事はやっており、作曲もしていました。高校~大学にかけては、ほとんどのプライベートな時間はバンドと楽曲作りに費やしていて、当時はMac等、買えるはずもなく、個人向けのレコーディングスタジオは長崎にはなかったので、楽曲を個人で作る設備がありません。従って、カセットテープ(これも昭和であり、今でいうCDやDVDメディア)に録音して、そのデモテープをバンドの練習にもっていき、その場でメンバーと一緒にアレンジして一発取りで再度、録音し、完成させる方法でした。おそらく、個人がPC上で作曲できるソフト(Desktop Music:DTM)の元祖は1989年にNEC製PC-9801向けにRoland社から発売された”みゅーじくん”だと思います。Mac向けのDTMはやはり少し早かった様で、Mark of the Union社から1985年のリリースされたPerformerという初のMIDIシーケンサソフトがある様です。1980年代と言えば日本でMacを買おうものならば、一式で100万円を超える値段でしたから、10万円程度で買えたこのみゅーじくんは決して安価ではないけれども、音楽制作者にとっては画期的な製品だったと思います。その後、私が思うに主流になったのは、Windows系ではCubase、MacではLogic Pro、あるいは、Logic Proの一部の機能が無料で使えるGarage Bandかなと思います。私は最近までMacbook Airを使っていたのでLogic Pro Xだったのですが、プログラム作成にMacは向かないのでWindows 10を搭載したDellのPCに変え、DTMはCubase LEを使っています。使っていますと書いていますが、実は、昨年、Dell PCに変えてから、はまって作曲をしていないので、ギターを弾き、ドラムをチョット手入力して試し撮りした程度です。長年、Logic pro Xを使っていた為、Cubaseに馴染めず、情けない事に気力が萎えてしまい作曲まで行きつかない感じです。30代の頃、何故、50代が新しい会社設備やソフトが導入されるたびに1人、2人と会社を辞めていくのか?と冷ややかな目で見ていましたが、この歳になって漸く、わかった気がします。好きでやっている趣味ですら新しいものを覚えるのは大変なのに、仕事ならば言わずもがなだったはず。若造がゴールが見えてきた人に対する過酷な押し付けと失礼な指導を当時の先輩方にしてしまったと思います。(ここで詫びても仕方がないのですが・・・)今週末にA5手帳に、やりたい事に対するビジョンを書いていて、長い事、作曲をやっていない事に気づきました。そこで、やっていない理由は怠惰以外、何も理由はなく、一念発起したので、このブログでコミットして、楽曲作りを再開しようと思っています。

書き出す事から始めよう

 私はこのブログを再開する前にバーバラシェア著 桜田直美訳の”書き出す事から始めよう”の以下のエクササイズをやってみました。

1.理想の環境に育っていたら現在の人生はどうなっていたか?

2.好きな事を20個書き出す

3.理想の環境を書き出す

4.理想の一日を思い描き書き出す

5.理想の一日に不可欠なもの、あった方が良いもの、必要のないもの区別してあげる。

結果、1では自分は歴史ミステリーを研究する学者か作家、または、Xファイルを研究する研究者かプロファイラーになっていたという意外な答えが出てきました。確かに、未だ誰も解き明かせていない謎解きや推理の様なものを調べてノートに纏める様な事が好きだったという記憶がよみがえりました。2では1とは全然、違っていて、音楽とかプログラムを作る、ギターを弾いて歌う、文房具店巡りをする、自室のコーディネートを考える・・とすぐに20個埋まったのですが、共通しているのは”研究し、創造し、独学し執筆する。”その活動の空間を居心地の良いものにする”という点。やはり、何につけても”書く”というところに行き着きます。3の理想の環境では、この自宅がすでにその環境にぴったりの場所に位置しており、この部屋に理想とする環境を作ろうとしている事に気づきました。4の理想の一日に足りないものは、時間と気力でした。こうやってサラリーマンで会社に縛られている限り、自分の創造、研究、そして独学を行う時間と気力が残っていないというのが大きな問題でこれを解決しなければ理想の一日にならない。一方で5の理想の一日に不可欠なものはすでにこの部屋に揃っていて、皮肉なことの若い頃からサラリーマンで一生懸命働いた事によって得た資金でそろえたものばかり。このPCもインターネット環境も、高級な万年筆も手帳も、全部、サラリーで買ったものばかりです。では、もう十分なので今の様な重責の仕事を定年まで続ける意義はあるのか?と問われると、本当に心が揺れます。先輩方は家に居てもする事がないし、奥さんに疎まれるのは嫌だから、60歳過ぎても働いている方がいいと言います。でも、私の場合は毎日が休日でもやる事はたくさんあるので、生きていく為に必要なお金さえあれば、会社には縛られたくありません。もう少し、このエクササイズを続けてみて、心をさらけ出してみようと思います

依頼と命令

 やや、堅い内容が続きますが、今週は私がこういう内容を書きたいと思える様な事が会社で比較的多くあったので、退屈かもしれませんが、書かせて頂きます。私の職場だけかもしれませんが、最近の上司は頑固さがなく、物分かりが良くなった分、それが”依頼”なのか”命令”なのかよく分からない仕事の振り方をしてきます。最初は”お願いがあるのですが・・”という調子で切り出してきます。その後、やり取りをしていくなかで、この上司は部下である私に丸投げしたいのか?、ある程度、自分の方針に沿って私に案を出して欲しいと言っているのか?、単に自分の命令通りに私に動いて欲しいのか?を判断する事になります。もちろん、お願いがあるのですが・・と前置きがあったのに、何故、命令するのか?なんて野暮な事は言いません。どんな言い方であろうが、サラリーマンの世界では、コンプライアンスを遵守し、社則に従っていれば、どの様に自分の部下を使おうが、それは上司の裁量です。問題は明らかに途中まで丸投げだった癖にある程度、目途がつくと自分の意見を言い出して、こちらの方針をひっくり返してしまう上司がいる事です。おそらくは、この上司は最初、自身の組織に求められているOutputや期待されている成果をイメージできないまま、部下に投げたはずです。つまり先を読む事や具現化が苦手な上司の典型です。ところが受けた部下の方が上司よりも問題を先例に従って類似の事象にあてはめ、ケース分けして対策を打ち出す事が得意な場合、上司はその問題の本質をその段階で理解し、あれやこれやその対策に口を出したくなるという事だと思います。そして、いつの間にか、そのアプローチを、最初から自分1人でやった事の様にクライアントへ提案していると、部下はここで確実にモチベーションが下がります。もし”依頼”ならば”私はこの問題にどうアプローチしたら良いのか分からないので、経験豊富な君のアイデアを今日から一週間後に、いくつか出して欲しいのだが、今、仕事の負荷はどうかな?受けられる状態かな?”という切り出し方をすべきだと私は思います。そして、提案されたら、あくまで、この部下に託したのだから、この部下のアイデアの中からチョイスすべきであって、それを全否定して、自分のアイデアにすり替えるというのは、非常に失礼な話です。それも、悪気なく、そうしている事が多く、それは、もっと、たちが悪いです。クライアントへ提案する場合も必ず、この部下を横に置いて、”彼が考えた案なので詳細のコンセプトについて彼から説明させますが、宜しいでしょうか?”と切り出し、クライアントのリアクションやコメントを記録する役に徹するというのが良いと思います。全てが終わったら、”君のアイデアを先方は大変、気に入っていたよ。ありがとう。助かったよ。”と労う。我々にとっては当たり前の部下とのコミュニケーションが、だんだん、できなくなってきている様で、コンプライアンスに守られている割には、むしろ、上司と部下の関係がぎくしゃくしている様にも見える場合があります。逆に言えば”私はこうやりたいと思っている。全責任を私が取るので、黙ってついてきて欲しい”と宣言して、仕事を割り振るのは”命令”であり、昔はワンマンな上司が多かったので、ほとんど、このパターンでした。この命令の場合、Outputや成果に大きな差を生むのが、日ごろからの信頼関係であり、ほとんどがアフター5で築いていくものでした。信頼関係ができていますから、多少、理不尽な事や前言を撤回する様なチェンジマインドの指示を出されても、耐えられるわけです。一方で、ただ上司だから部下に命令できると勘違いしている人も居たわけで、この場合はちょっと矛盾した事を言うだけで、信頼関係がないですから、重箱の隅をつつく様な揚げ足取りが始まり収集がつかなくなります。何とか、この上司を引きずり降ろして、違うボスを担ぎたいと部下は思っているわけですから、質の高いOutputや成果が期待できるはずはありません。”命令”で、自分の方針通りに部下に動いて欲しいならば、仕事ができるのは当たり前で、それでは不十分であり、どこか人間臭いところを部下に披露し、可愛げがないと上手くいかないというのが何人かの上司に仕えてきて思う事です。おそらく、今の上司は”命令”は成立せず、いかに上手く”依頼”し、気持ちよく仕事をしてもらうか?なのでしょうが・・・それだけだとすれば残念です。

スロージョギング

職場がどちらかと言えば体育会系で走って体を鍛える事を推奨し行事として年に1回、部署対抗駅伝などがあるところなので、若い頃からよく、走らされました。当時はタバコは1日2箱、酒を飲まない日はない(休肝日が許されない?)様な悪習慣にも関わらず、毎日、心拍数を全く気にせず5kmを20分-22分ぐらいで走る感じだったと記憶しています。私だけでなくどの会社の若手もそうだったと予想しますが、定時に帰れる事は滅多になく、早くても21:00。週休2日なんて名目だけであり、隔週で1日休みが取れればいい方で、体はボロボロなのに、まぁ元気に走っていました。長崎は老若男女問わず、坂が多い街の割にはジョギングが盛んで、通勤をリュックサックを背負って往復走って通っている人も多く、朝は4:00ごろから夜は22:00ぐらいまで、色々な世代の人たちが普通に街中を走っています。私も30代半ばぐらいにだんだん無理が効かない事を自覚し始め、酒やタバコは仕事に必要とそちらを減らす事はせず、一時期、走る事を控えていた時期もあったのですが、結婚も子供も遅かったもので、子供が年老いた父親では恥ずかしいだろうと思い、再開して、もう15年ほどになります。この間、タバコは完全に止め、酒も晩酌は最近、2ヶ月ほど止める事ができています。つい1年ぐらい前までは、今の年齢にしては相当高い最大心拍数の190まで上げて5.3kmを25分ぐらいで走っていたのですが、息も切れ切れ、なかなか、平常時の心拍数に戻らず、走った後は爽快感を通り越して疲労感が長く残る様になりました。疲労感を残さず走る事を続けたいと思う様になり、色々、調べていて巡り合ったのが、かんき出版 著者:パトリック・マキューン、翻訳:桜田直美の”人生が変わる最高の呼吸法”という本でした。この本は”口呼吸”の持久力に対する悪影響とその後にくる疲労感について言及しており、早く言えば長い距離を疲労感を残さずに走りたければ鼻呼吸で走れるペースを維持するべきと記載されています。私の走るコースはずっとコンクリートかアスファルトの地面でスタートから5分ぐらいは下り、そこから折り返し地点まで10分間はずーっと上り、帰りはその逆というコースで往路:15分、復路:10分ぐらいで5.3kmを走っていました。往路で昇りつめたところの心拍数がほとんど185-190付近になっているのをApple Watchで確認しています。この間を鼻呼吸だけで完走するには、心拍数160が限界である事がわかった為、心拍数をそれ以上、上げない事だけを念頭に走ったら、タイムは25分→30分に落ちましたが、まったく、疲労感がなくなりました。若い頃、非常にゆっくりしたペースで走っている年配のランナーを見て、”この走りで何が楽しいのだろうか?爽快感を得る事ができるのだろうか?”等と思っていましたが、今はそれが理解できます。長く走る事を続ける為に最適なのは鼻呼吸可能な心拍数で走るスロージョギングだったわけです。食事もおいしく、走った後でもこうやってブログを書く事ができるので、今後も継続していきたいと思います。

立ち位置

私は、日曜日に放送されている半澤直樹とほぼ同期で、そろそろ、バブルも終わりつつある平成の初期に就職した世代です。入社して間もなく30年を迎えますが、上司もほとんどが後輩になってしまいました。お世話になった先輩方も1人、2人・・と60歳で定年を迎えられ、そこから、ほとんどの方が再雇用で5年間勤められた後、65歳で完全にリタイヤされている様です。自分達の時代はパソコンもスマホもなく不便で、こんなに苦しかったとか、こんな豪傑が居た等という話はここに書くつもりもないのですが、目下、悩んでいるのが、自分の立ち位置です。現役である以上、やはり、降りかかってくる火の粉は払わなければならないし、危うそうな仕事ぶりには意見せずには居られません。何気なく発した一言によって上から下まで私の意見に染まって、本来、主体的であるべき世代が決断したり、リードしたりできない状態になっている様で、”あぁ今日も、また、要らぬ世話を焼いてしまった”と自分に嫌気がさす事が増えてきています。現場時代の瞬発力や即決力が、まだ、残っている為、見るに見かねてどうしても口を出してしまいます。古い型紙通りなので、リードミスはないのですが、私の現場時代よりはインフラやソフトが進歩しているので、それを活用したより効率的な方法を教える事ができないのが難点です。その方法を理解している中堅社員は就職氷河期の入社で人数が若手に対して少なく、下への指導に手が回らず、上への報告や接客に追われ面倒を見切れないという状態です。私と同世代の中には、すでに、男性ホルモンの低下が顕著に出ており、すぐに切れる人が多くなってきています。何故、これができないのか?と怒りながら指導していますが、その人のやり方をその若手は中堅社員から教わっていないので、困惑するばかり。離れた世代が仕事で近づき過ぎるというのも問題です。私が30代の頃の50代と言えば、もう、半分、眠りながら働いている様な老成した人が多かったので、仙人には近づかない事が暗黙の了解だったのですが、脳の劣化具合はその頃の50代とは変わらないのに、外見が若い為、若手も錯覚し、色々とパワハラまがいのトラブルも起こります。最近はできるだけ丁寧な言葉でメルマガとして発信し、使える情報があれば使ってくれというスタンスで接しています。”俺がメールしているのに何故、すぐに返事をしないのか?”と朝から怒っている同僚を哀れに思いながら、涼しい顔でメルマガなので捨て様が活かそうがそれは読み手の勝手、こちらも、あくまで自分の意見として記載しているので、強制はしないと前置きして発信します。こう書きながら、間違いはないので1つでも2つでも拾って参考にしてくれと願っています。拾ってもらえたら、とても幸せだし、拾ってくれなくても、それは仕方がないと割り切れる・・まるで、このブログの様です。精神衛生上は、このくらいの位置がちょうど良いと思っています。