定年後の練習

今、会社は連休に合わせて夏休み中なのですが、妻は帰省中、娘は夏休みの補習と部活で私は1人で家にいます。毎朝、5:00に起きて、歯磨き+洗顔後、洗濯物を畳んだり、猫の餌やトイレを替えたり、家事のルーチンをこなして、腹筋と腕立て伏せまでやると5:30になります。そこから、5.3kmのRunning。帰ってきたら、娘を起こして、娘がシャワーを浴びている間に簡単な朝食の準備をして、彼女が食べている間に風呂に入ります。登校する娘の方が風呂の優先権がありますので、この時間はRunningで汗をかいたまま、淡々とルーチンをこなすことにしています。今日は土曜日なので朝から掃除機をかける仕事も追加されます。こうやって娘が家を出る7:00過ぎまで起床から約 2時間、あっという間に過ぎていきます。在宅勤務の時は、夏休みの今と同じ様なルーチンでいけるのですが、出勤の時は公共交通機関を利用する私は6:00に家を出る必要があり、腹筋と腕立て伏せ後は軽く朝食をとって、NHKラジオ英会話をやって出勤です。今年の夏休み期間は妻も娘もいませんので7:00以降は好きなことに使えます。月〜木まではNHKラジオ英会話をやった後、このブログを1日置きにアップして、大体、自動制御系の設計を考案したり、プログラムを作って解析したりしています。昼食後も大体、これがメインなのですが、16:00にはショートコースのRunningにいきます。朝のコースで往路の折り返し地点までの上り坂500mを登らず、折り返すので往復で1kmほど朝より距離が短いのですが、1日のカロリー消費は400kcalの目標に対して750-800kcalとなります。家にいると、どうしても昼食を摂りますので、それを消費する為に、夕方のRunningを最近、追加したのです。買い物などに出れば、その分、歩くので、まだ、良いのですが、夜の晩酌をカロリーを意識せずに楽しむには、昼食を完全に抜くか、夕方走るしかないと思っています。出社していると昼食を食べたいと思わないので、おそらく、夕方Runningをすることはないと思います。もう1つ夕方に追加になったのがギターの練習です。朝昼で机上は完全に学習モードになっているので、机上の専門書やノートなど片付けて、これを音楽モードにする必要があり、最近面倒だなと感じます。ギターを練習するにも、楽曲作りをするにもMacは必要なので、机は共通なのですが、ちょっと狭いと感じています。こうやって17:00〜18:00には晩酌がスタートするのですが、最近、わかったのが、焼酎がRunningに影響がありそうだということと、ビール350ml 1缶+赤白ワインをグラス 2杯がちょうど良いということ。昨日は白ワインを通常より1杯追加して3杯飲んで寝たら、夜中にトイレで起きた時に、アルコールが残って気持ちが悪かったのです。やはり、年と共にだんだん飲めなくなってきている様です。ほろ酔いが目的ですので、酔いを感じたところで止めておくというのが丁度いいのかもしれません。焼酎は飲んでいる時はどんどん行けそうな気がして、飲み足りない感じになり、調子に乗って飲み過ぎてしまうのがいけないのか、Runningの時、何とも言えない気だるさがありました。一旦は焼酎にしようとしましたが、結局、ワインに戻しました。こうして、私の1日はあっと言う間に過ぎますが、やはり、お金はそんなに必要がないことがわかります。雰囲気を変えてスタバで英語や大学の専門書などの勉強をしたとしても、せいぜい、1日1,000円程度の小遣いで十分だと思います。家族が居ないと外出せず、食事も家の中にあるもので済ませようとしますので、その影響も大きいと思います。どうしても、譲れないのは知的好奇心が湧いた時に知りたいという衝動であり、本やノートを買うお金だけは何とか捻出したいと思いますので、1ヶ月に専門書 2冊分の5,000円はスタバ代とは別に小遣いとして持っておきたいですね。こうやって定年後の練習をしてみてわかるのですが、今の健康状態を維持できていれば、会社をやめても絶対に退屈することはないという自信があります。従って、妻も良いと言ってくれるので、今のところは60歳になったらスパッと退職しようと企んでいます。

多少の無理が必要

 最近、また、モチーベーションが下がってきている感じがします。これが中年男性にありがちな、更年期障害というやつでしょうかね。イライラはしていないと思いますが、特に食事を採ったあとは、昼夕問わず、すぐにベッドに横になりたいという感じです。疲れて寝落ちする感じではなく、目は冴えているのですが、だるく何もしたくないと思うのです。この原因が肉体疲労ではなく、脳疲労であると感じるのはギターを弾いたり、歌ったり、あるいは、ちょっと無理して手書き日記を書くなど、比較的、好きなことを選んで、だるいと感じながらでも、やりだすとやれているということや、体型維持の為、義務的にやっているランニングや、やらざるをえない仕事ならば無理が効くということ。このブログもどちらかといえば、気分が上がっている時ではなく下がっている時に何か吐き出す様な感じで書くことが多く、やろうと思えば、やれることの1つかもしれません。年齢で無理が効かなくなると感じることが事実である場合とそう思い込んでいる場合の2通りあることを、私は、最近、知りました。中学や高校の頃、夏の炎天下の中で部活をしたり、大学のころ、前日徹夜で遊んで、そのまま、当日の講義やテストを受けるなどの無理をしても、1日くらいの無理は気合いで乗り切ることができていたが、それを50代になった今もできるか?という問いに対して、つい最近までそんな無謀なことができるわけがないと思っていましたが、実は、そうとばかりは限らないということを自覚したという意味です。実際、若い頃の様な無理をやればやれるはずなのに、自分で制限していることも多く、年齢とともに増える内臓脂肪がその証拠です。代謝が落ちているとよく言いますが、そればかりではなく、そもそも運動量が不足しているということ。体脂肪は走っているからか、かろうじて20%は切っており18%代を維持できている。一方で内臓脂肪はこのところ、晩酌をやめてもレベル6だったものが8まで上がってきています。勉強も同じ。相当クタクタでも明日に向けて今日、無理してでも、机に向かってやらざるを得ないことを今は仕事をやっていることを理由に先延ばしできます。勉強が本業ではないからですが、そう言えるほど、今、仕事をしているか?と問われるとそこまでの負荷はありません。ほとんど定時だし、残業なんてしていないのだから、20代後半から40代前半くらいまでとは、負荷もプレッシャも違います。つまり、勉強に回せる余力はあるのに、学生の頃の様に追い込まれていないから先に延ばす選択も、最悪は完全にやめてしまうという選択もできるということであり、結局、自分で限界点を下げている事に、最近、気づきました。この何事も無理をしないことが返って、意欲の低下と原因不明の疲労感につながっているのかもしれません。疲労というのは加齢によるものもあるかもしれませんが、それよりも自分の意識の問題の方が支配的である事が多いと思える様になりました。ですが・・そう考えてしまうのを避けられないのです。そこが年なのかもしれません。そう刷り込まれて、変えられないのです。私の今の課題は脳をいかに騙すか?なのです。研究者に憧れがあるのでせめて自分で専攻していた学科ぐらいは完全にやり直したいし、その先では英語も使いこなしたいと思っています。ギターだって我流なので基礎からやり直したい。体型や若さだっていつまでも維持したい。理想の姿は非常に明確です。だからやれば良いだけ。何が邪魔をしているのか?がよくわかりません。ちょっとやり始めると非常に疲れます。面白くて、やりたいこと、あるいは、やるしかないことならば絶対に疲れないはずなのです。少なくとも後者の”やるしかないこと”ではないので、やはり、面白くて、”やりたいこと”になっているはずで、そう公言してきたのに、それはマヤカシだったのでしょうか?そうだったらいいな程度でそんなに強い願望ではなかったのかもしれません。脳を騙し奮い立たせる何かを考えることにします。

50代こそ自分でOutput

 歳を取ると会社でも家庭でも大抵のことは許されて、我慢や無理をするということをしなくて済む様になります。40歳未満の人は信じられないだろうし、40代でも半信半疑な人もいらっしゃるかも知れませんが、さすがに50歳をすぎると、だんだんそうなのか・・と思う様になる人も多いはずです。まぁ自営業の方はちょっとわかりませんので、サラリーマンや公務員の方々に限定しておきます。いわゆる未だ根強く残る年功序列且つ学歴主義の組織の中で早い人は18歳-24歳、中には、中卒や博士課程の方もいらっしゃるかも知れませんが一応、高卒から大学院卒の年齢で普通に就職し、働いてきた人達ということです。私は1年留年していますので、25歳で就職しましたが、ここから、再婚した38歳までは、何がなんだか自分でも立ち位置がよくわからない、目まぐるしい日々で、会社と家を往復する生活でした。会社と家と書きましたが、この中の10年ぐらいは長崎ではない他県や海外の長期出張先が含まれています。そして管理職やあるプロジェクトのマネージャなどを任されると、明らかに仕事の中身が変わり、使われる側から使う側に変わったのを実感しました。ついこの前まで、その立場に向かってよく発していた”現場を知らない人間ども”に自分も成り下がった瞬間でした。13年間の苦労が報われたなんて思いませんでした。だんだん、組織に縛られ身動きが取れない、自由な発言ができない様な感覚もあり、いわゆるミュージシャンが路上からインディーズ、インディーズからメジャーになり、売れ筋の曲ばかりを個性度外視で書かされる、あの感覚に近いかも知れません。死に物狂いで徹夜してでもやりあげる気概、これは俺にしかできない、俺の手柄だという様な野心・・この野心こそが誤解を生みました。”これは俺にしかできないこと”を見せつけて格好をつけたかっただけ。その先を望まないし、ましてやお金の為なんかではなかったのに、勘違いされていました。きっと出世したいから、あんなに頑張っているんだろうと。40代は、その裏を演じ続けた10年でした。人が横でどんだけ苦労していようが見て見ぬ振り。自分の仕事が終われば、まるでダメな公務員の様にきっかり17:00に上がる。自分の部下が頑張っているのに、おきざりにして帰る。”裁けないのはお前の力不足。できないならば、やらなくていいから、俺にその仕事を渡し、お前が管理者やれば”と心ない言葉を発して傷つけたこともあります。しかし、この10年間の会社をある意味、そでにしたことで、同業者の妻も仕事を継続できたし、幼かった娘が愛に飢えずにすんだのも事実です。40代を、もし、私が会社人間を続けおり、その影響で妻が仕事を続けられなくなる様な働き方をしていたら、おそらく、今の様な、余裕ある生活や老後の展望は無かったと思います。男がある程度の家事をやるのは当たり前と言い切ることに当時は驚かれましたが、今ではそれは共働きでなくても、当たり前になっているはずです。そもそも、結婚し、子供ができたら、女の方が優秀でも、子供や男の世話をするために仕事を辞めなければならないというのは、間違っていると昔から思っていました。逆に男が家事が得意ならば家事をやれば良いという考えです。しかし、私の世代は、男が外で働き、女が家を守って育児+家事を担当するのが当たり前という考え方の親に育てられた世代で、そういう世代の残党の様なものです。そして50代。40代で人を使うことばかりに慣れきっている同世代の人は、ここで好き勝手にやろうとします。40代で指示側の立場も与えられ、その立場で20-30代と変わらない様な働き方をしてきた人なのですが、私の様に中休みがないため、その反動は大きく50代で老害となって現れます。ここまで、頑張ったんだからもういいだろうという感じです。私はあえて逆を行なっています。他の50代が疲れた、もう辞めたい、少し軽い仕事にしてくれ・・そのくせ、俺をリスペクトしろと権利ばかりを主張するのに対して、できるだけ自分の手作り、かつ、人に指示せずに、自力でOutputを出すことを心がける様にしています。理由はその方がCoolだからです。すでに娘も手を離れ、どちらかと言えばお母さんである妻への相談事が増える為、父親としての役目は主に資金調達と進路相談。どちらかと言えば親の介護を考える歳になりました。在宅勤務がしやすいムードになったのはコロナで苦しんでいる方には申し訳ないですが、ありがたいことです。50代に求められるのは元部下であった管理職が楽になる様な動きと、できるだけ人に頼らず、自分でOutputを出すこと。加齢の最大の敵は老婆心から小言が増える事なのですが、私も同じです。しかし、これを抑えられる様に修行をしたいと思っています。

禁酒スタート

こんな時間にこのブログを書くことは滅多にないのですが、今夜は眠くありません。実は今日から性懲りもなく禁酒をスタートしました。禁酒の理由は先日人間ドックを受診した時に体重や胴回りが若干、増えていた事とあまりにも夜の時間を有効活用できず、やりたいと思っている事をなかなかできない事です。このままでは、仕事上がりで、Runningに行き、風呂から上がって、ビールとワインを17:00から飲み出すと、もう19:30-20:00にはアルコールが回って、寝落ちし、夜中、12:00-2:00のいずれかの時間にアルコールの利尿作用で起き、熟睡できず朝を迎えるという生活を繰り返す事になりそうだったのです。随分前から17:00-19:00まで夕食前の2時間と、夕食後の21:00-22:00ぐらいまでの1時間をアルコールを入れることで使えないのは、非常に勿体ないと、ずーっと思っていたのですが、なかなか、断ち切れず、今日、決断したという感じです。以前も1ヶ月ぐらいの娘のテスト願掛け禁酒は実行した事はあるのですが、今回は主旨が違います。期限もないし、娘の為でもありません。自分の時間を確保し、ドライな体に戻す為であり、本日から残りの人生はノンアルコールで生きていくという事にチャレンジしようとしています。タバコは日常的に吸わないという事ができていますので、飲みに行った時ぐらいは、思い切り吸って良いというルールにしていたのですが、このコロナ禍でもう、居酒屋に行くことも、キャバクラに行くこともないわけで、タバコもこれで完全に断ち切ることになりそうです。さらに晩酌もやめるということで、これでストレスがなければ、健康への悪影響や太るリスクも無くなります。考えてみれば、アルコールに合わせて生活していたと思います。絶対に17:00には飲みたいから、それまでに、できることだけをやろうとか、飲んだら、何もできないから決めたことが17:00までに終わらなくても、緊急性のない目標は明日以降に延ばそうとか、週末にまとめて朝からやろうとか・・・要は仕事をちゃんとやって17:00から飲んで何が悪いのか?と自分を納得させて毎日、晩酌していたというわけです。ですが・・やはり、この姿は自分が理想とする姿ではないと思い直しました。自分はそもそも、研究者の様な独学の余生を送りたいと思っていたはずです。それも、いつからか、実行していませんでした。体型の変化はさらに望まないことで、去年のドックの結果より、お腹周りが3cm増えた、体重が2kg増えた・・もういいじゃないか?54歳だぞ、別に太り過ぎではないと悪魔が囁きましたが、以前はもっと敏感に反応して絞っていたじゃないかという天使の声を辛うじて聞きとることができました。確かに、もはや、諦めてしまったデブオヤジと比較すれば、大した増加でありませんが、やはり、彼らと同じ見てくれにはなりたくないという気持ちの方が私は強い様です。勿論、それを否定するものではありません。見た目などどうでも良いという生き方もありですが、私はそれを許容できないと思ったのです。今日は初日なので、あまり無理をせず、やれることをやろうと、このブログを書いたのですが、やはり、ちゃんとした計画を手帳に書いて、日々を管理した方が良いのかも知れないと、だんだん、Change Mindしてきました。自分は英語学習、筋トレ及びRunningをルーチンでこなしている事で、手帳に管理されなくても、ルーチンをこなせていると以前のブログに書いているのですが、実際、やろうと決めていたことは、これだけではなかったことを、改めて思い出したので、初心に帰ろうと思っています。

体得した真実

 ネットの時代になったことで手軽に知りたい情報を入手できる様になったことは、本当にありがたい事だし、特に仕事では色々な意味で時短になるケースが多いです。私が就職した1990年代、長崎には、今の様に専門書も売っている様な大型の書店もなく、現在の長崎市立図書館の様に本屋では手に入らない蔵書を保管している様な大きな図書館も存在しなかったため、特に仕事では、何が真実か?を判断することが極めて難しい時代でした。先輩の指導が全てだったと言えます。言っていることが、前回と異なり、おかしいなと思っていても、実績のあるノウハウだとかと、理論はないけど、経験値として正しいということを、受け入れざるを得ないことは、まず、疑って自分で調べる様、指導されてきた大学院卒の私にとっては非常に苦痛でした。かと言って、他の先輩にも確認して確度を真実に近づけていく以外、手段もなく、時間もないわけですから、黙って受け入れて仕事を進めるしかなかったのです。一方で、この上っ面だけ舐めてわかった気になっている自分が許せなかったし、どうにも、消化不良感が残り、次に進めないわけです。しばらくの間、このジレンマのせいで、私はダメ社員の部類にカテゴライズされていたはず。しかし、その後、その究極とも言える海外現地の仕事に配属され、メールやスマホもない時代ですから、先輩の指導すらタイムリーには受けられない状況になり、理論の追求どころではなくなりました。試行錯誤で作って、動かしていく中で、よく状況はわからないけれど、納得行かなかった先輩の指導通りのことが現象として起こり、それを体得していくという事になります。そして、時が立ち、ある程度、スキルが身に付くと、もう、大学院のころの”疑って自分で調べる”という気力すらなくなり、どんどん、理系的なセンスが失われていきました。仕事はできるので問題もなく、吹っ切れたせいで、先輩や上司からの受けも良くなり、だんだん、ダメ社員からできる社員の部類へシフトしていることが所得や昇進で実感できました。ところが、それに甘んじることができない時代に入っていきます。先輩と同じやり方で後輩を指導したり、お客様へ説明したとしても、それが何故か?を逆に追求されるわけです。情報が豊富かつ手軽に入手できる様になった事と、もはや、先輩とか上司に対する畏敬の念がなくなり、フラットな人間関係た多様性が良しとされる時代に変化したことが影響していると個人的には思っています。”とにかく、結果は大昔から明らかなのだから、黙ってやれ”という指導とか、”この部分は当社のスタンダードですし、企業秘密にに近い内容も含まれていて、お教えすることができません。お客様に簡単に説明するというのが難しい状況です”いう説明が通らない。いちいち、根拠や理論を求めてくるわけです。まさに、私の時代が来たと感じました。それを感じ始めたのが、ここ5-6年のことですから、入社して20年以上経過して、漸く、大学院の頃の理屈っぽい自分を出しても、むしろ歓迎される時代になったわけです。今、私は、当時、先輩から教えてもらい体感的に覚えた真実を論文や専門書から理論付けする作業を行なっています。後輩には正しい知識で指導したいと考える様になり、いい時代になったと思っています。

好きな事に正直に

最近、思うのは、好きな物や好きな事に素直になりたいという事です。以前、武田邦彦先生がYOU TUBEのブログで似たような事をおっしゃっていました。”自分は一時期、その時に食べたいと思う物ではなく値段の高い物を選んで食べており、それを大いに反省した。それから、値段など見ず、その時に食べたいと思う物を食べることにしたが、贅沢をして散財しすぎるということもなく、これで良かったと思った。”とか、”出張先で同僚から飲み誘われた時に、いつもならば、断らず飲みに行くのだが、たまたま、その日は部屋で英文の論文を読んでいたいという気分になったので、遠慮して、ホテルの部屋で一人、英語の論文に読み耽っていたら、自分は酒を飲みに行くより、論文を読んでいる方が楽しいことを悟った”と、そのブログでおっしゃっていたと記憶しています。このブログは自分の中に印象深く残っていて、自分もかくありたいと思っていますが、これがなかなか実践できていないと思うのです。冷静に自分がしたい事を見極め、それを優先して実践し、ブランドなど無視して欲しいと思う物を手に入れているか?という事。例えば、洋服。特に妻が買ってくるものを着るだけ、彼女が似合うという服を着ていれば無難という感じだったのですが、それは私の感性には全く合わないところも多々あります。何せ年の差がありますから、自分が自分らしいと思う服のメーカやサイズが彼女の感性とは合わない事に最近、気づきしました。彼女は”あなたの所得ならば別に10,000円超えシャツを着てもおかしくない”とPaul Smithのシャツなどを勧めてくるのですが、育ちが貧乏な私は”シャツに10,000円?さっきまでユニクロの3,000円と2,000円、どっちのシャツにするか悩んでいたぐらいだ”と伝えると信じられないという表情。私はユニクロの3,000円ぐらいのサイズ:XSのシャツと3,500円の股下85cm+ウエスト76cmのパンツが最もシルエットとして、しっくりくるのです。身長が168cmですから、SのシャツではOutで着る場合に、長くだらしなくなり、さらに股下が70cm代のパンツだと短すぎて、短足に見えてしまうことを体感的に知っているのです。それを私は長い間、自分でも偽って、全てをTakeo Kikuchi(TK)で揃える様なことをやっていました。実は冬の服はTKの作りでもバランスは取れるのですが春から夏は作りが大きすぎて、全体的にずんぐりむっくりのシルエットに見えてしまい、若ければ良いのですが、50代ではあまりにもみっともない。食べ物に関しては、妻とデートとして外食する場合を除き、本当に美味いものは、相当に単価の安いものです。妻とデートする場合は、妻と過ごす快適な空間とサービスにお金を支払っているわけで、ちょっと意味が違います。食べたいもの選んで食べて良いという基準でいけば、私が好きなものは、エビフライ、ジョリパスのパスタ、リンガーハットのちゃんぽん(高級中華料理店ではない)、王将の餃子、魚肉ソーセージ、さんまの缶詰、わかめラーメン、宅配ピザ、ビスヌというインドカレー屋のチキンカダイカレー+インド米、そして極め付けは長崎人らしく、ニッキーのトルコライスなどです。これらを毎日ローテーションしていれば、おそらく幸せだと思います。よく何が食べたい?と妻に聞かれますが、私の好みでは彼女とのデートとしての食事は演出できないので、ほとんど、ビスヌかニッキーを選択しますし、作ってもらう場合も、私の好みは絶対に彼女は作れません。しかし、私は匂いのきつい、牛肉や豚肉は絶対に食べないので、お金はいくら使っても良いから高いものを、それが難しいならば、毎回、鶏肉が良いということは正直に伝えています。また、長崎人だから魚が好きなんじゃないか?というのは完全な偏見であり、シャケとさんま以外は食べれません。こういうことは正直に言っているので、まだ、幸せかもしれません。パソコンがMacしかダメなのは、Logic Proで作曲がしたいから、Montblancの万年筆を使っているのは書き味が好きだし、持っていることが自体、格好が良いからという、はっきりした理由はあるのですが、そこまで断言できるほど、他を試した上で言っているのか?と追求されればだんだん怪しくなります。ギターはOvationとGuildを使っていますが、Ovationは完全にブランド選んでいて、この2つのギターはあまり、人が持っていないメーカを選んでいる節があります。でも、試奏して自分にしっくりきたから買ったわけで、通販で即買いしたものではない事だけは伝えておきます。究極は自分のやりたい事です。GWは妻に付き合って、買い物に同行したり、溜まっていたビデオやHULUの映画などを鑑賞したりしていますが、これも妻と行く外食の様なもので、それをやりたいからやっているわけではありません。妻との時間を共有できる時はそれを優先すべきだと言い聞かせて実行しているのです。じゃあ、何でも好きなことをしていいよと言われたら、間違いなく、独学や音楽をやることになるでしょう。妻が1人になりたい時間や寝ている時間を有効に使っている感じです。このブログも実は妻はテレビを見ていて寝落ちしていましたので、その時間に書き始めたのです。好きな物を買ったり、食べたりするのは、実はお金がかかる人もいるでしょうが、私は逆でむしろ、正直なればお金はかからないのですが、好きなことを実行する場合は、家族を不満にさせないという条件を満たした上で実行する様に心がけていきたいと思っています。私は放っておけば、歯止めが効きません。周りも見えない、時間も忘れて、どこまでも、やると思います。

支出の把握

夏のボーナスも近づいてきたので、久しぶりに、2020年の実績をベースにして固定支出の計算をやってみました。細かく、ここには記載できませんが、6月と12月のボーナスが振り込まれた直後の預金X1(円)から振り込まれたボーナスの金額Y1(円)を引いたX1-Y1(円)で半年間に使ってきたお金を評価する様にしています。一方で光熱費等、固定支出Y0(円)を前年度実績で試算し、変動支出Z0(円)は予想し、前年度の所得X0(円)からそれらを差し引き、1年間で動かないはずの残額予想 X0-(Y0+Z0)(円)と実績の(X1-Y1)円を比較して浪費チェックしています。今年は6月にこの(X1- Y1)をチェックするわけですが、もし、ボーナス+給与が昨年度並みであるとしたら、Z0の変動支出が想定を上まっていない場合、(X1-Y1)はX0-(Y0+Z0)に近い値になるはずです。文字で書くとわかりずらいので具体的な例で説明すると、6月のボーナスが振り込まれた直後の預金がX1=500万円だったとします。振り込まれた今年の夏のボーナスがY1=150万円だったとすれば、冬のボーナス振り込まれた時点からその後、6ヶ月分の給与を頂いて、そこから半年間で使った固定支出と変動支出の実績を差し引いて残った金額がX1-Y1=350万円だったという事になります。一方、私が1年で受け取る手取りの年収X0=800万円で固定支出Y0=300万円、変動支出の予想Z0=120万円とすればX0-(Y0+Z0)=380万円は残るはずという試算になります。これで実際に残っている金額は350万円ですから、少なくともZ0の予想か手取りの年収X0のいずれかが、380万円-350万円=30万円少なかったと言えます。いや、何がなんでも380万円は万が一に備えて残すのだいう強い意志があり、仮にその原因が年収の減少にあったにしろ、浪費にあったにしろ、結局は変動支出のZ0を120万円から90万円に減らす努力をするだけです。また、半年ごとにボーナス振り込み直前の残金:(X1-Y1)を試算してボーナス月にトレンドで比較していけば、半年ごとの残金の推移を追うことができます。賢い専業主婦は毎月、毎月、家計簿をつけて変動支出Z0の推移を事細かに分析し、今月は何に使い過ぎたとか、あの買い物は無駄だったとかを評価して次の月にその反省を生かすのでしょうが、私はそこまでのシビアな管理はしたくないと思っています。ある年の年収から試算した年残高予想:X0-(Y0+Z0)にボーナス月の実際の残高(X1-Y1)が収まっていれば良いじゃないか?というゆるい管理です。使ってきた挙句、残金が0になったということではないわけなので、何も問題ありません。これとは別に学資保険や個人年金をかけており、今は固定支出ですが、結局、収入として戻るわけですから、さらに加算されます。少なくとも昨年12月のボーナスは昨年6月と比較すると下がっていたにも関わらず、実際の残高は年残高予想より多く残っていました。やはり、コロナの影響は悪いことばかりではなく、家にいる分、光熱費は多少上がっても、外で飲み歩いたり、遠出する機会が極端に減った事による節約されたお金の方が、それを凌いたということだと理解しています。娘が県外の大学に入学した場合の生活費を学費とは別に工面して月々15万円仕送る必要があるのですが、それをどこから捻出するか?というのも、この試算をやってみて明らかになりました。学資保険で学費は出せるので、今、高校や塾に支払っているいわゆる授業料やスクールバス代などは卒業と同時に0になる為、全部、そこに充てることができると、この試算で気づいたのは良かったのですが、やはり、60歳で完全リタイヤするというのは現実的ではない事にも同時に気づきました。まぁ、私がやっている試算は常に、同業者の嫁が一切、家庭にかかる固定費も娘の学費も出さないという想定の試算であり、当然、大学に行けば彼女も負担するので、結論として、完全リタイヤも夢ではないかもしれません。

伝えきれなかった思い

私は大学2年の頃、高校時代の同級生で何となく付き合っていた彼女の友人の女性を好きになっていました。その人は歯学部の学生で1年後輩で長崎市の出身ではなく佐世保市から来ていました。付き合っていた同級生の彼女とは何となく勢いで付き合ったという事もあって、全くのプラトニックであり、キスすらした事もなく、自然消滅状態でした。一方で、私は、その彼女の友人の事ばかり、毎日、気になっていました。決定的になったのは自分が、当時、属していた軽音楽のサークルに彼女が後輩で入ってきてしまった事です。正直、これはまずいと思いました。いつか、自分の思いは悟られるのではないか?と。まぁ彼女に悟られるのは良いとしても、付き合っていた同級生の事をあれやこれや詮索され、自然消滅にしてしまっている事も咎められやしないか?と気が気ではありませんでした。私は当時、19歳で成人にもなっていない貧乏学生であり、彼女はどう考えても、お嬢様。そのうちに、私より2つ上の医学部の先輩が彼女を口説き始めました。ソアラを乗り回していた、これまた、坊ちゃんの医者の卵にどう考えても勝てる気がしなかったし、当時の自分は相当な奥手でした。非常に酒飲みが盛んな時代であり、特にこのサークルは急性アル中を続出させる様な飲み方をしていましたので、彼女に思いを伝えられないもどかしさを、焼酎を煽り、泥酔する事で誤魔化していました。そのうち、自分たちがライブをする機会に恵まれ、学園祭のトリを勤める事になり、相当、気合いを入れて、挑みました。ところが、そのライブは会場も野外のライブハウス版の様なもので、客と自分達の距離は非常に近く、まともに演奏ができない状態。兎に角、酒は飲まされるわ、ひっかけられるわ、どんどんステージに押し寄せてきて、もっている実力を発揮できずに終わった、最悪のステージになりました。自分としては、こんなに出来の悪いステージはなく、落ち込んでいると、ライブの打ち上げに来てくれてた、この彼女だけが、とても良かったと褒めてくれたのです。上手いとか下手とかいう事ではなく、そのパンクな状態をかわしながら、一生懸命、立ち向かって歌っているロッカーの姿が良かったという事らしく、確かに彼女がやっている音楽もハードロックでしたから、何となくシンクロしてしまったのかもしれません。帰りの電車が無くなり、タクシーに乗れる金も持ち合わせていなかったので1時間ぐらいかかる距離を歩いて自宅まで帰ろうとしていたら、彼女は私を1人暮らしのマンションに泊めてくれる言ってくれたのです。でも、絶対に何もしない約束でと言われました。絶対に何もしないと決めていたので、そのまま眠れず、悶々として、朝を迎え、お礼を言って家を出たのですが、この時、彼女は偉かったですねって言ったのです。これは皮肉だったのか、本心だったのか?今、考えてもわかりません。この後、彼女は全く、私と話す事すらなくなりました。ただ、じーっと私を見ている視線を感じる事は何度かありました。彼女は2つ上の先輩と付き合い、その後、私のバンドのドラマーと付き合いだしました。その間、自分の心は隠してただ見守りました。その後、この軽音楽のサークルの事は黒歴史として封じ込め、彼女への思いを振り切るかの様に死に物狂いで大学院に合格し、卒業して、私は新しい彼女を作り、実家を出ました。彼女も数年遅れて、歯科に勤務医として勤めだしたのですが、どうも実家から1分の歯科に勤務していた様なのです。自意識過剰なのかもしれませんが、彼女は私の思いを知っていて、告白を待っていたんじゃないか?とも思います。私の人生の後悔は2つあり、海外出張中だったため、大好きだった祖父を見舞えず、可愛がってもらったお礼もいえず、死に目に会えなかった事と、この彼女に、本当の思いを伝えきれなかった事です。勿論、私は今の妻が大好きで結婚し、パートナーとしても最高だし、とても幸せです。ですが・・夢にこの彼女を見る事があり、やはり、どこか思いを断ち切れていないと思うと、妻に申し訳ないと思います。彼女は53歳。もう、お互い、初老と言ってもおかしくない年齢です。あちらも家庭がおありになり、どこで暮らしているのかもわかっていますが、訪ねていくわけにも行かないので、偶然にでも会えたら嬉しいと思っています。笑い飛ばしながら、正直に思いを伝えられたら最高ですけどね。

小さな幸せに気づく

 ”全てを手に入れたが、僕は全く幸せを感じなかった。”というのは、矢沢永吉さんがトーク番組で言った名言です。もう1つコンサート後の打ち上げで”こんな美味いビールが飲めるならば、俺、ギャラいらない。でも製作費に金かかるから、ギャラ頂戴。”というのもあります。私は矢沢さんのファンではないですが、この2つの言葉は私の中にずっと教訓として残っていて、幸福とは何か?に答えを出すヒントになっています。一言で言えば、矢沢さんは”欲というのは限りがない。”という事を知り”小さな事でも日々、感謝して生きるべき。”という事をおっしゃりたかったのだと思います。希望した大学に合格し、卒業して、希望する会社に入り、若い頃から欲しくて欲しくてたまらなかった物を働いたお金で手に入れ、大好きな女性にプロポーズしたらOKしてもらって、結婚をし、マイホーム、車、家具・・など、2人の好みを探りながら揃え、やがて、子供にも恵まれる。これだけで十分、幸せです。しかし、この幸せな空間にも、日々、不幸につながる火種は燻っています。ちょっと会社で上司と反りが合わず、イライラして、それを家庭まで引きずり、奥さんにぶつけてしまう。一度ならば我慢もできるが、度重なると、やがて、奥さんも受け止めきれなくなり、限界に達し、爆発。そこで、初めて、可愛かった彼女に鬼嫁の一面を見る。一度、面が割れれば、もはや、隠す意味なし。そういえば、あれもこれも気に食わなかったと、どんどん過去の事を引きずり出し、2人で納得して揃えたはずの生活必需品や家具にまで、”本当は好みじゃないが、妥協してあげただけで、本当はあれが欲しかったのだ”と、難癖をつけだす。甘かった新婚時代から10数年足らずで男女の時期を過ぎ、やがて、子供は反抗期を迎え、全く寄り付かず、勉強にも身が入らない。働くだけでも必死なのに、今度は先生に呼び出され、子供の素行や成績の問題点を指摘される。自分の学生時代と比較して、あまりにも違いが多い為、理解ができず、ついには自分の苦労話や武勇伝を語り、受け流される。幸福の裏には、ちょっとしたきっかけで、この様なマイナスの事象が起こるわけで、それを不幸と言うわけです。登場人物も時代も空間も全く同じなのに、出来事に対する感じ方とその後の言動によって、幸福と不幸という全く違う空間になってしまうパラレルワールドの様です。全ては人間の欲。こんなはずじゃない、もっと、より良い何かがあるという向上心もいい加減にしておかないと、ただの苦行。さらに大事な妻や子供を、その欲に巻き込むなどもってのほかです。あぁ今日も一日、終わった。色々あったが、ランニング行って、風呂入って、ビールでも飲んでくつろぐか・・これが幸せだと最近、つくづく思います。私の晩酌代はビール 1本で250円 /日。赤&白ワイン:1,200円 x 8本/月=9,600円/月で320円/日。合わせて570円/日です。ここにナッツやチーズなどのつまみを乗せても1,000円/日かからない。年金暮らしで、これを続けても、おそらく大丈夫だと思います。会社を辞めたら、昼は図書館か家で好きな勉強や読書をして過ごす。部屋にはギターもあるし、英語の教材も大学の専門書もMacもある。庭に出れば季節で草花が見れる。自宅から15分歩けば自然があり、電車一本 で120円で市街地にも観光地にも行ける。大好きな妻と生意気だが可愛い娘が側にいて、階下暮らす両親が元気ならば、何も望むものはないわけで、十分、幸せだと思う様になりました。

指示無しの会社

 この歳になると40代半ばぐらいまでは想像できなかった様な、指示のない待機状態が増えます。特に何か仕事を拒み続けたわけではないのですが、上司も指示する部下は手放しでは心配な若い社員だけに減らし、自身のやるべき事に集中したいという気持ちはわかります。ある意味、裁量性になっているわけで1年に1回、大きな課題を設定し、それを自分で具体的な計画にして申請し、日々、実行する事になります。若い頃は、こんなものは、お約束で実行できるはずもなく、日常業務に忙殺され未達で終わることばかりでしたが、ある時期から、これが、自分の仕事の割合を占める率が高くなりだしました。きっと我々の年齢層に与える仕事がないんだな・・うちの会社もやばいのか?と思っていましたが、相変わらず、上司と30代-40代前半は多忙を極めています。最近は労基の目が光っていますから、サービス残業もできないし、過少申告すれば罰せられる為、以前より実質の総労働時間は減っており、我々も加勢した方が良いはずなのですが、そういう仕事を受けたと言う話は周りの同世代からも聞いた事がありません。最初から生産性の高い、ある意味、泥臭い仕事の頭数には入っていない様なのです。面談が年に2回ほどあるので、その時に加勢できる事を言うし、空いている時には空いていると宣言しているのですが、頼みづらいのか?依頼する段取りが面倒で、若い社員へ雑に投げた方が早いと思っているのか?なかなか、指示として出てこない。一応、30年近くの実績があるので、頼れる人脈も若手よりはあるし、要領も良いはずで、複数の仕事を回せる分、仕事を裁くだけならば有効である事は分かっているはずですが、いつも、決まったメンバーだけが苦しんでいる。こちらから突っ込んで悩みを確認してみると、私たちから見れば、全然、大した事ではない事を、時間単価の高い正社員が何時間もかけて協議している事が多いわけです。事はそんな簡単ではないというのもバックグランドを知っていればあるのかもしれないし、知らぬが故に私だけがブレークスルーさせる事ができる様な灯台下暗しの状態もあると思います。しかし、そのケースでは、何れにしろ、彼らが3日間も悩んでいた事を私は30分で結果を出し、それで済んだというのが事実で、彼らが起こりもしないリスクを考え過ぎていたという事だったわけです。まぁ、私にしてみれば、なぜ、早く言ってくれないのか?なのですが・・しかし、この一件を振り返って、あとで気づいた事があります。私に、さっさと裁かれるのが嫌だから依頼しなかったのではないか?あるいは、彼らは悩んでいる事で仕事をしている実感があったのではないか?と思ったのです。つまり、彼らは悩んではいたが、苦しんでいたわけではなく、数学の難問の様な課題にみんなで挑んでいただけではないか?と。正直、余計な事をしてしまったと思いました。なんでも早く片付けて帰るのが良いとは限らないというのを悟った様な気分になりましたが、私にはそういう感覚は一生理解できそうにもないので、せめて、余計なお世話は焼かない様に心がける事にしました。