スロージョギング その2

 最近、また、禁酒をしていて、17日目に入り、ランニングは、晩酌を習慣にしていた頃より伸びはあるのですが、やはり、歳のせいもあるのか、5.3kmを26-27分のペースで走ると、走った後、何もやる気が起こらない状態になり、どうしたものか?と考えていました。快調に走れるけど、その後、何もできないというのは、時間を無駄にしている事であり、ランニングで一日が終わってしまいます。クエン酸とかユンケル錠剤を摂取したり、甘いもの多量に飲食したりして誤魔化すのですが、一時的なもので、疲労が回復するものではなく、逆に糖化で血糖値が大きく変動しているのではないか?と思えるほど、眠気やだるさが残ってしまいます。色々調べていたら、50代の年齢の割には心拍数の上げ過ぎである事がわかりました。以下のコニカミノルタのHPに詳細があるので、参考にして頂きたいのですが、まず、自分の最大心拍数は220-年齢で目安も求める事ができ、私は54歳なので、166回/.分になります。実際、これは運動負荷を上げていき最高に頑張った心拍数という事なので、ランニング時の記録をiPhoneのフィットネスで見ると150回/分〜170回/分なので166回/分というのは、当たっていると思います。目標心拍数は、この166回/分の60%-70%で週1回の30分程度の運動が健康に良いという事なのですが、そうなると99.6回/分〜116.2回/分で30分程度のジョギングを週1回で良いことになります。しかし、履歴を見ると私は平均心拍数が165回/分〜180回/分で26分〜27分のランニングを6日間/週を実行してきたことになり、はるかにオーバトレーニングになっていることがわかります。この60%-70%という係数は目標運動強度という値らしいですが、持久力向上で70%-85%(116.2回/分-141.1回/分)、レース体力向上で85%以上(141.1回/分)なので、140回/分-150回/分でダイエットだけが目的ならば1回 20分程度で走れる距離を週3回のジョギングで良いという事になります。それで今日、相当抑えて、平均心拍数:146回/分で5.2kmを走ったところ、34分かかりました。いつもより約7分〜8分も遅いペースです。心拍数を意識して150回/分を超えない様にセーブしたのですが、結局、最大は158回/分まで上がっていました。140回/分台を維持して走るというのは、本当にとろとろ走らなければ、相当、セーブするのが難しいです。特に往路は登りが多く、登りはこける心配がないので、気がせいて、早く登り切ろうとする意識が働く事もあり、かなり心拍数をあげることになります。むしろ、登りがきたら、より速度を落とさなければならない事は分かっているのですが、これがなかなか難しい。しかし、このスロージョギング、確かに効果はありました。疲労感が全く違います。こうやって、夕食前にブログを書く事ができているのが何よりの証拠です。ガンガン飛ばしていた頃を考えると、少し恥ずかしいですが、長く走る為にも、しばらく、このスタイルで行きます。

(参考URL)コニカミノルタランニングプロジェクト

https://www.konicaminolta.com/jp-ja/runpro/running/sports_safety/004.html

本質不明のルール

 会社の常識が世間の非常識になっている事に気づかず、過ちを犯すという話はよく聞きます。私が入社したのは平成の初めであり、長崎にはバブルがあったのか無かったのかはよくわかりませんが、日本ではバブル崩壊した直後で、社会は、まだまだ、活気がありました。これを書くと武勇伝みたいになるのですが、サービス残業当たり前、22時定時でそのまま飲みに直行、朝は帰らずそのまま出勤、よく働き、よく遊びって感じでした。我々は20代ですから、元気なのは当たり前なのですが、当時の40代は、見かけは明らかに今の私らより老成していましたが、めちゃくちゃ元気でした。ところが50代に入った途端、ぱったり、遊びも仕事もトーンダウンし、出勤しているのに、”あの人は今?”みたいな状態になり、そのまま55歳付近で関連会社へ出向し、そこで定年退職を迎えるのが、一般的な流れでした。ひょっとしたら、当時は一旦、うちを早期退職して出向し、関連会社で2度目の退職をしていた可能性もありますが、定かではありません。こういうことを言うと怒られるかもしれませんが、人間的には魅力があっても、仕事だけに限って言えば、邪魔なので、早く消えてくれって人が多かったです。いわゆる老害を撒き散らす先輩の事です。その立場にとうとうなってしまいました。時代が変わり、社会のルールが変わり、否応無しに会社はそれに追従せざるを得ないことは、管理職の経験上、承知しているものの、その追従の仕方があまりにも過剰反応し、本質不明のルールで社員を縛ろうとしている場合は、やはり、意見したくなってしまいます。過剰反応しているのは、大抵、我々の働く現場のそばには居ない、高い地位や権威を得た幹部クラスの管理職なのですが、社会に対して果たすべき役目を確実に果たし、株式会社として投資してくれている株主さん達を失望させない経営を継続する為に、ちょっとしたルール違反で、企業としての信用を失墜する事はあってはならない事なので、念には念を入れて、一言で言えば”現場の手間の増えるルール”を、どんどん、追加していきます。問題は社長→本社幹部→支店の幹部→工場長と現場に近くなると、”狼に食べられない様、夜間外出は控える様に。”というのが社長指示だったのに、工場では”夜間外出をする場合は届けを出し、万が一、無断で外出したものは最低、6ヶ月の減給処分とする。”というルールになります。ある夜、工場の方から悲鳴が聞こえたが、無断で寮から出て減給処分になるのを恐れた、日勤の若い社員が、その事を看過した結果、夜勤の社員が機械に巻き込まれ悲惨な最後を迎えていたといった様な事が起こる可能性もあります。これは、社長の”狼に食べられない様に・・”という社員の安全を気遣った本質的な意図が省略され、伝わった結果、罰則だけがクローズアップされ、当たり前に救える命を救えなかったという話です。この教訓を知ってから、私は”社長は、なぜ、そんなルールを作ったのですか?”という事を必ず、自分の上司に聞く様にしています。ただ、上の指示に何の疑いもなく従っただけという、上司は、きっと、耳が痛いし、面倒だと思っているはずですが、この上司へのツッコミが、最近、全くないのです。理由は査定が下がるとか、上司の命令は絶対だからとか、面倒臭いやつだと思われたくないとか、色々あるでしょうが、みんなが、おかしいと思っている事まで見て見ぬふりをしている。これって何かと似ていませんか?そうです。子供の世界に起こりがちなイジメです。話は老害に戻るのですが、私らの世代になると、”あまり事を荒立てて老害と認定され、あと数年を住みにくくするのはナンセンス。若いもんに任せて、静かにしておくに限る。”という人も多いです。私も50歳なった頃、そう思っていました。あんな先輩の様に絶対にならないぞと決めていたのですが、私はおかしいと思う事は、冷静にきちんと確認しようと決めました。それは、これから主役になろうとしている世代の為であって、自分が住みやすくする為ではないので、きっと理解されると信じています。いつの間にそうなったのか?は定かではありませんし、自分が、その様にしてきた覚えもないのですが、ただ上の指示を、その意図を理解しないまま、流すだけの上司が多くなってきているのは事実です。それは配下のモチベーションを下げ、疲弊させ、結果、その組織を弱体化させます。それを少しでも、改善して定年を迎えたいと思っています。

あと一歩の気力

 ザ・シークレットを完読しました。”私は神がたまたま、2020年に50代の人間の男性として具現化しているだけで、神である以上、望んだ物は全て手に入るし、なりたいものにもなれるし、行きたい場所にも自由にいける存在である。”ということが、最後の最後まで色々な表現で繰り返し、書かれていた様に思います。禁煙セラピーを読んだ時の様に途中で洗脳された様に、共感し、そう思いこむ事ができた部分もありましたし、手に入ると信じるだけならば、それくらいは、自分にもできそうだと思いました。そこで、では、一体、何が望みなのか?と考えたところ、お金でも物でもなかったです。私が欲しいものは”何かをやろうとしていることを途中で、決して、萎えて放り出すことにならない様な情熱とか気力”。もっといえば”何かに集中して、空腹も疲労も忘れる様なフロー状態に陥る事”を望んでいると言うのがよくわかりました。いくら時間やお金があっても、それを余すことなく使う為には”情熱や気力”がないと意味がありません。”さぁ、なんでも叶えてやるから、望むもの言ってみろ”と悪魔に囁かれて、”働かなくても済むだけのお金”と答え、ぽんと3億円が手に入ったとしたら、もちろん、同時に膨大な自由時間も手に入ります。その自由時間を与えられて、何をやっても途中で投げ出してしまう様な気力しかなかったら、全く、楽しめないと思うのです。3億円だって、地道に使って行けば、40年くらいは繋ぐことができそうですが、それだって、生活費だけに地道に使う事ができる保証もありません。今は贅沢と感じることにでも、日常的に出費することに慣れてしまう可能性もあります。医者が毎日、お抱え運転手を指名して、2000円払ってタクシー通勤している様な現実は確かにあります。こういうことを考えているうちに、以前とは、考え方が変わりました。必要なお金を稼ぎ、若さを維持する為にも、社会と繋がりを持てる仕事は継続すべきという前提は変えず、仕事以外の時間をいかに楽しめるか?という事を考える方が現実的だと考え直したわけです。そこに不足しているのは、例えば”仕事が終わっても、きちんと2時間は数学の専門書を読むぞ”という目標を達成する為の”気力”でした。朝の筋トレやボイトレ、夕方のランニング、NHKラジオ英語学習、ギターで歌う等は先日ブログに書いた家事と同様、何かやらないと気持ちが悪い、あるいは、サボると何か悪いことが起きそうな罪悪感で継続できているのですが、ギターで歌う以外は”自分のやりたい事”とは言い難い物ばかり。”自分はこうなりたいから、これを毎日、勉強する。あるいは練習する。”というものが私にもいくつかありますが、上記のルーチンをこなせば、あとは”ワインを飲んで、寝るまでのんびりしたい”という事が全てに優先してしまいます。それだけ緊急度がないから、気力も湧いてこないというのもあります。”やりたいんだけど、別にそれができなくても、クビにはならないし、命も取られない。将来を左右し、リミットのある受験の様な目標でもない。”という目標に邁進できる気力が欲しいのです。おそらく、私がやっているルーチンの部分だけでも、毎日継続するのは厳しいという人も居るでしょう。私はあと一歩の気力が欲しいです。これが引き寄せの法則で手に入るならば、このザ・シークレットに書かれている事を実践してみる価値はあると思います。何事にも興味を持ち、前向きで、明日の事など考えず、その時にできる事を一生懸命やれていた、かつての私が持っていたものをただ取り返したいということだけなのですが・・少しワクワクしてきました。

限界!それは、あなた次第

 無理をすると、明日どうなるかわからないので、今日は安静にしておくという考え方はいつの間にか、だんだん私の心を支配していきました。確かに40歳手前あたりで、仕事で無理をして肺を患い手術を要する入院をしましたので、それ以来、タバコもやめ、無理をしないという事を肝に銘ずる様になったのです。しかし、いくら安静にして備えておいても、朝、目が覚めると快調な日もあれば不調な日もあり、不調でもどうにかなるさと走りに行くとその不調さが和らいでいる場合もあります。さっきまで何もやる気が起こらなかったのに、新しい手帳や万年筆などを買うと、何かやる気が湧いてきて、途端に行動的になったりもします。一見、疲労が原因と思えるこの状態は、どうも脳の前頭葉の老化が原因である場合が多い様です。確かに何事にも興味が無くなりワクワクしないから活力が湧いてこない、逆に数少ないがたまにワクワクすることがあれば元気になるというのは脳が感じることであり、理に叶っています。筋トレなども同じで”もう、無理、ここが限界だ”という苦しさも、脳の仕業である場合が多く、通常30回しかできない腕立伏せが気の持ち様であと10回、あと20回と、どんどん増やせる場合がありますし、体感したこともあります。こう考えると”自分は50歳も過ぎているのだから、もう無理はできない。こんなことができなくても、おかしくはない。”と思うからできないのであって、”人生は200年であり、まだ1/4しか生きていない。60歳で定年?冗談じゃない。最低でも100歳まで、今のままフルスロットルで働くさ”と豪快に笑っていれば、できることも増えてくるのではないか?とも思うのです。限界は結局、その人がそれまでと思えばそれまでであり、いくらでも気の持ち様で引き伸ばせるが、一方で何が幸福なのか?は別問題だと思います。これはよく矢沢永吉さんがおっしゃっていますが、”まだまだ、走れるはずの20代がゆったりと老成していたり、自分の様なおじいさんがバリバリのRockをやっているのは、全て幸福感によるもの。自分はこれが気持ちいいからやっていて、人の為にやっているわけではない。色々な価値観や幸福感を持つ人がいるから人生は面白い。”という、彼の至言に尽きると最近は思います。何が欲しいか?それは、迷う事なく”気力”です。見てくれだけの若さでも、富でも、地位でもない。それは後からついてくるものであり、まずは、”よし、やってやるぞ”という気力なのです。それで突っ走ったら、とんでもない事が待っていた。コテンパンにやられた。そんなことはいくらでも若い頃あったはずです。とにかく、嘘でもいいので、自分に暗示をかけてでも気力の火を燃やし続けたいと思います。

全力疾走か全力失速か?

 若い頃はあまり後先考えず、何事も全力でやっていた様に感じます。その若い頃というのは、きっと70代の両親達にとっては50代の私の年齢さえ若い頃というのかもしれませんし、私から見れば20代から30代を意味しています。なぜ、10代を含めないのか?と言われそうですが、10代というのは記憶も曖昧になってきているというのもあるのでしょうが、自分がどこに向いて走っているのかすらわからない、迷走状態であり、若いというよりは幼いというのが正しいし、1つ間違えば、今ならば確実に少年院送りになりそうな世界に足を踏み入れたこともあります。結果が出せたかどうかは別にして、何か真剣に取り組んで頑張った時期というのが私の場合は大学院入学〜会社で管理職になる手前迄の15年間で、自分の部下に現役の仕事を渡し、部下を管理することに終始した40代は”部下を押し退けて全力でやり過ぎる事も悪”という考え方に、だんだん、変わってきました。一言で言えば、年甲斐もなく、ガムシャラにやって見せつける事が何だか恥ずかしいという感じですかね。50代になって、その管理職も40代に譲ると、今度は部下だった40代に仕えるシニアプレイヤーに戻ります。人を使う事に慣れ切った自分を鼓舞して、自分で何かOutputを出すという仕事になるわけですが、若い頃の様に叱咤激励してくれる人もいません。つまり、私にやれそうな仕事を上司が流してくるのですが、それを好きな様に捌いてくださいと原材だけを与えられる様な感じですかね。上司は元部下ですから、私の好みを知っているので、間違っても、アジフライを作るのが得意な私に、ヒレ肉を持ってくる様なことは流石にありません。ですが、アジフライはアジフライであり、それ以上の物は作り様がありません。結局、頑張った15年で蓄積してきた料理しか、並べることはできないわけです。この料理が、長年、需要のあるロングセラーばかりならば良いですが、だんだん、飽きられるのが普通の流れだと思います。仕事に話を戻せば、この料理の例えは、仕事の成果だけではなく、成果を出すまでのプロセスを含めて例えているわけで、会議の中でその人の発する言葉や態度も含め全てということであり、その人自身が飽きられるという事にも繋がっています。過去の栄光に縋る武勇伝ばかりを語り始めると、そろそろお引き取り頂きたいと思われる様になるのですが、元部下の上司はそれをストレートには言えない。自分が管理職の頃に覚えがありますが、やはり、怖いし、恩もあるし、申し出憎いわけです。”まだまだやれる”と信じ切っている心身共に若い老兵は特に難しい。その人ができる範囲において”まだまだ、いける事”はわかっているのですが、その範囲が限定的で幅がなく、あれこれ仕事を振れないことや、考え方が頑固過ぎるところ、その為に周囲の若い世代との間に不協和音が流れチームワークに問題が生じており、今までチームの結束力で生まれていた成果が減ってきていることなど、この人の”まだまだ、俺はやれる”が組織的には負の方向に働いていることを自覚してもらう必要があります。これを自分の置き換えると”扱い辛い老兵になる前に去る”か”多少、自分にストレスをかけてでもEverything is OKで受け入れて慣れない仕事もこなす”かのいずれかしかないです。前者を選択すれば、完璧に家事をこなせる主夫道に身を置き、働く妻を全力で支える。後者を選択した場合、今までのカードは使えないわけなので、新しいスキルを身につける為にあの15年間の様に、全力で走るしかないです。老害だけは何としても避けたいと思う今日この頃。

にんにくしじみ

 私が長く続けているサプリはサントリーのDHA&EPA+セサミンEXです。もう5年くらいになりますか。最初はRunningを意識して、セサミンEXだけだったのですが、英会話Schoolで構文を暗記することが多くなり、記憶力に衰えを感じ始めたというのがきっかけでしたが、セサミンEXのころからカウントすれば多分、10年近くになります。サプリはだんだん慣れてきて、効果を実感しなくなるので、たまに休止して効果を確信しては再開することを何度か繰り返しているのですが、私の場合、このサプリは今のライフスタイルや若さを保つことを前提にした場合には、絶対にやめられないと思っています。それは一時停止してから再開するまでの期間が毎回、短くなっていることでわかります。飲んでいないと、ぼーっとして過ごす時間が増え、Runningしていると終盤、苦しくなってくるのです。1ヶ月、約3,000円で2ヶ月に1回届く定期便で安くはないのですが、働いている間はこれがないと厳しい。まだ、仕事で若い人についていけるのも、このサプリのおかげだと確信しています。そして、最近、アクティブでなく、何かエナジー不足を感じていたところ、やずやで”にんにくしじみ”なるサプリを見つけて、昨日から飲んでいます。まだ、定期便にしておらず、1回だけ試してみるつもりで1袋(60粒いり)を注文したら、2,160円が170円引きで1,990円になり、さらに1袋分、サービスでついてきました。これも定期便にすれば、1袋 1,944円で、この1袋が1日2粒の飲んだとして1ヶ月分.。ただし、私の場合、加齢や飲酒によって肝臓のダメージが大きいのか、2粒ではあまり実感できず、4粒飲むと、まだ2日目ですが、なんだか元気になった気がします。今日走っていたら、全然、伸びが違いました。これで確信が得られれば、1ヶ月で2袋飲む可能性があります。そうなるとDHA&EPA、それと娘も好きな世田谷産の青汁と合わせるとなんだかんだでサプリ代に1万円ちょっとを使うことになります。1万円で便秘にもならず、若さと記憶力と持久力を維持できるならば、安いかもしれません。”にんにくしじみ”はもう少し服用して、また、レビュー結果をブログに載せることにします。

Top DownとBottom Up

 何でも上の命令に従って、それも決まった手順と定型フォーマットを活用してリピートしていれば無難にサラリーマンとしての1日を終えられ、毎月、一定額が銀行に振り込まれるのに慣れきってしまうと、サービス残業やパワハラは減ってきたとは言え、それは社畜以外の何ものでもないと感じます。こういうルーチンで仕事をやった気になっている我々50代の世代が、これから会社をリードしていくべき責任世代に無難な選択をする様なムードを与えている節があります。”こっちに行くと僕は危ないと思うが、決めるのは君たちなので、決めた事には従うよ”と私は上司になった後輩に言います。こうしないと、Topは動きにくて仕方がありません。いくら先輩でも、自分がTopになったらやってみたいと思っていた事を頭ごなしに否定されると、それはいい気はしないし、自分ならば上手くやれるかもしれないと思うものです。まぁ、大抵は予想が当たり、失敗するので、こちらの代案の方になってしまうのですが、それでも、犠牲が小さい事はTopに委ねるのが部下として当然。一方で50代の部下はよほど意識的に毎日を自分上げていかないと、モチベーションが下がるのが必然であり、何でも上の命令でしか動けない社畜は、若い上司が困っているときにアイデアを提供してやる事ができません。”そんな事、僕に言われてもね。君が考える事じゃないの?”と言うことはあります。明らかに何でも自分の意思を押し通す、若い上司の場合はそれが良いと思ってそう言っています。私の周りだけを見て、結論付けるのは早計かもしれませんが、私は年々、日本人の思考能力と決断力は低下していると思っています。あまりにもコンプライアンスを意識しすぎるのか型にはまりすぎていて、面白みがない。あるいは決断力のないTopの為に答えの出ない議論を繰り返す場が多く、落ち着いて考える時間を奪われているとも感じます。これを言い過ぎると、また、若い上司は萎縮してしまい。あまり言えないので、こうやってブログに書くのですが、とにかく、無我夢中に考える事を仕事にして欲しいと願うばかり。以下に幻冬舎のGold Onlineに掲載されていた記事を貼っておきます。ここには60代に向かっている自分にも思い当たる節があり、身につまされる記事がたくさん載っています。こうはなりたくない。いや、もうなっているかもしれない。

(URL)定年延長で大量発生?…職場によくいる「残念なシニア」3類型

 https://gentosha-go.com/articles/-/30341

夫婦同室

以前、夫婦別室というタイトルのブログでセックスレスに近くなるけど、長い目で見ればこれで良かったのかもしれないと書きました。しかし、別室にしてから約2年が経過した現在、妻の方から”(私から)愛されているどうかが分からなくなってきた”と最近、言い出したので、”まず、別室にすれば、スキンシップも減り、必然的にそうなってしまうよね?しかし、ダブルベッドをわざわざシングルに変えて部屋を分けたいと申し出てきたのは、君の方じゃなかったっけ?”というと、”それは2年前は忙しくて、私が帰るのも遅く、あなたが寝ているのを邪魔したくなかったから”という事でした。私としては少し当時の記憶が彼女と違っているところはあるのですが、お互いの受け止め方に差があったかもしれないので、それ以上は言わず、”じゃあ、寝室は1つ、書斎も1つにして、君の部屋を寝室にする為に僕のベッドを移動し、僕の部屋を書斎にする為に僕のベッドのあったスペースに君の机や本棚を持ってきて寝室も書斎も共有しようか?”というとあっさり了承。私としても、わざわざ娘が熟睡したのを見計らって、妻の部屋に行き、そこで義務的に、しかも狭いシングルベッドで夜の営みに持ちこむなんて、恰好悪いと思っていたので、スキンシップを増やし、愛情が深まるならば、この方が良いと思っていました。ちょうど、今週は連休でまとまった配置替えの時間も取れる良いタイミングでもあったので、思い切って引っ越しをしました。仕事中、お互い、相談したい事があるならば、特にテレワーク中ならば書斎で仕事しながらでも聞けるし、何か1人で趣味的な事を書斎でしたいならば、お互いが時間を譲り合えば済むので、書斎の共有は全く問題がない事がわかりました。趣味が違っていて、別の事をそれぞれがやっていたとしても、それでも空間を共有している事で良い面はあります。あまり夫婦の事をくどくど書く気はないですが、寝室の共有は言うまでもなく、彼女の不安も少しばかりは解消できたと思っています。夫婦同室でもHappyになれるし、別室は別室で違うHappyさがある。夫婦でお互いが何を求めているかでLife Styleは変えて良いという事であり、正解はないというブログでした。

クリエイティブ

 日本人は休日を楽しめないと、よく聞きますが、皆さんは休日に何をするかを決めていますか?私は土日が休日ですが、必ずやるのは土曜日のリビングの掃除と日曜日の書斎の掃除です。あとは妻や娘次第で特に決めている事はありません。リビングの掃除は元々、妻がやっていましたが、彼女は時々、私に代わって欲しいと言っていました。私は掃除や整理整頓は嫌いではありませんが、それなりに休日の貴重な時間を掃除機をかけるだけでも30分ぐらい、拭き掃除までやれば1時間は取られる為、なるべく早めに済ませたく、土曜日の朝、妻が寝ていて、娘が学校に行った時間帯を見計らって掃除機を掛けます。その時間帯ならば階下の両親も起きているので、まぁ迷惑にはなりませんし、やるべきルーチンはだらだらせずにやって安心したいタイプなのでそうします。この掃除の前に洗濯物をたたむとか、愛猫に餌をやるとか、筋トレとか、日常のルーチンは土日もやります。その後、土日しかできない事やその日に思いついたやりたい事、例えば、BGMを流して万年筆で書きものをしたり、Blogの記事を書いたり、プログラムを考えたり、作曲したり等、その日によって違う事を主に書斎のデスクでやっています。しかし、妻や娘が居れば、一旦、その作業は止め、リビングに行って一緒に朝食を取ったり、どこかへ出かける場合は同行したりして、なるべく、妻や娘と一緒に過ごす時間に充てています。今から10年ぐらい前でもう少し、若かった頃は、休日のクリエイティブな時間を妻や娘に突き合わされ搾取されている様な気分になっていたのですが、”7つの習慣”を読んだ事で自分の過ちに気づきました。クリエイティブの源泉はそもそも、何なのか?という事に今更ながら気付かされたという感じです。悶々と机上で自分の脳だけを使って生み出せる事等、たかが知れていて、思い起こせば、自分以外の人間と心の底から楽しいと感じる時間を共有できたときに発想も広がるし、アイデアも沸くという事が今はよくわかるのです。そこには必ず、体験とか人が介在しています。どんなに良い道具や空間をそろえても発想はそんな事では広がりません。妻と娘だけが女子だけでお出かけすれば必然的に1人になり、自由時間は確保できるのですが、さぁ、じゃあ発想を広げるか・・と言ってマインドマップを描いてみたとこで時間は過ぎていくばかり。そのうち集中力も途切れ、ワインでも飲むかという事になりがちです。それでも、まだ、人とワイワイ騒いで飲んでいれば楽しい時間を共有する事で、新たな発見もあるわけで、楽曲を作るにも、Blogを書くにも、クリエータとしては収穫がある場合も多いですが、1人で晩酌ではただ妄想にふけり、快楽を満たすだけです。Runningや筋トレも良いですが、億劫がらずに外出し、知らない事や場所を体験する、あるいは、家族をはじめ、人と時空を共有し、他人に共感する事を心がけていければと思います。

夫婦別室

 物を直角並行に置くのが好きな私と雑然と並べる妻は夫婦になった頃、お互いの美意識の違いでよく揉めました。理由は彼女が私の持っていたマンションに転がり込んできて、それまで保っていた適度な空間を女性らしい大量の物で埋め尽くし、あっという間に満杯にしてしまった事、それだけならば、まだしも、雑然と置いて無駄に場所をとっている事、明らかに使わないものをいつまでも片付けない事にありました。マンションの頃は娘も、まだ、生まれていなかったし、若かった事もあって、寝室も一緒、生活スペースも一緒、全ての空間を共有していた為、この美的感覚が大きく違うというのは正直、困った問題でした。一方、妻から見れば、埃が溜まっている部屋や机でも平気な私の感覚が信じられないという事で彼女は彼女なりに私に不満があったと思います。この一戸建てを買ってから私たちは別々の部屋を持つ事ができました。まぁマンションの頃でも、部屋を別にしようと思えばできたのですが、まだ、若かった彼女の神経を逆なでする結果になり、それはできない年齢であったと言えます。しかし、もう結婚して15年以上経過した現在はお互い会社から帰る時間が違った時期もあり、寝室+書斎をセットにした個室で分けました。そして、埃が気になるという割には掃除機をかけたり拭き掃除をするのが億劫そうな彼女に代わって私がリビングの掃除をする事にしました。うちにはリビングに可愛い猫を2匹飼っているので、彼らの毛は散るし、猫砂は散乱するし、餌も食べこぼすので、絶対に小まめな掃除が不可欠なのです。掃除はやらされ感でやるとストレスが溜まりますが、私は決して嫌いではないので、この役割分担の方が上手くいきます。しかも書斎や寝室を分けた事はセックスレスに近い夫婦生活にはなったものの、個室を与えられた子供の様にあれやこれやと自室を自分の好みでアレンジする事や模様替えする事ができ楽しいし、長い夫婦生活を考えるとこれで良かったのだと思っています。要するに共有する空間が広くなるほど、お互いの好みで主張をし合い、結果として、必ず、一方が妥協しなければならない状況も増えるので、それは、もう中年夫婦にはストレスになるだけです。それよりは夫婦であってもプライベートな空間を持っている事で自分に合わない相手の空間を共有せず、どんなに散らかっていても見なくて済むならばそれに越した事はありません。ただし、快適だからと言って家庭内離婚をしているわけではないのだから、自室に引き籠ってばかりではなく、リビングや外出で妻や娘と過ごす時間も意識的にきちんと取る様に心がける様にしています。