右脳と左脳

 私が高校で理系を選んだ動機は”男は理数系の科目ができる方が印象が良いし、就職の幅も広がる”とか”国語ができる男というのはくるくるメガネをかけた文学青年みたいで恰好が悪い”とか、そういう、幼稚で単純なものだったと思います。それはそうですよね、この前まで中学生だった16歳ですから。しかし、大学、大学院ぐらいまでは、何となく若さで誤魔化せても、いよいよ就職となると、そもそも不向きで恰好つけだった事が徐々に露見しだします。まず、技術系の会社を選んで入社すると、”私は昔からプラモ等を含め、物作りが好きでした”とか”今でも休日には電気工作が趣味です”とか”バイクは乗るのも好きだけど、ばらしてチューンナップし、また組み立てるのが至福の時です”なんて自己紹介する人がたくさんいるわけです。確かに私と同じ様に楽器や作曲が趣味ですという人もいましたが、こっちは生粋のバンド小僧であり、そもそも大学も留年するほど没頭し、趣味のレベルを超えて活動していたわけで、何かちょっと違います。その作詞や作曲が好きっていう右脳派は、おおむね、左脳で物事を突き詰めていく技術系とは真反対にいる人間であって、”どうもこの辺りに機械のトラブルの原因がある気がする”で仕事をされると困るわけです。入社して3年もすれば先輩や上司から”お前がそこまで言うならば根拠を示してみろ”と言われる事がよくあり、時代もあって、1から技術系のお仕事を叩き込まれ、すっかり、染まってしまい現在があります。飯を食う為には仕方がないですもんね。今の若い人の様に簡単に一度決めた会社を辞めて転職するというのが難しい時代で終身雇用が当たり前の時代。且つ、長崎で公務員以外で安定な大企業というのも限られているわけです。従って、右脳を止めて不得意な左脳を使う様な働き方を強いられた為、人より疲れやすい状態だったと思います。僕にも娘がいますが、彼女も含めて若い人に言いたいのは、傷が浅いうちに自分がストレスの溜まりにくい事は何かを見極め、自分に素直になって学校や仕事を選んで欲しいという事です。好きな事になると、なかなか、仕事にするのは難しい面があります。趣味や遊びならば楽しかった事さえ、お金をもらって働く仕事にした途端、こんなはずじゃなかった、思っていた内容と違って厳しい世界だったという事が往々にしてあるからです。だから、少々、自分を奮い立たせて頑張っている様な事でも比較的、これならば我慢できるなというものが良いと思います。勉強をしようとして、まず、机に向かって最初に取り掛かる教科がまさにそれであり、嫌な事に向かうにあたって、比較的、努力の要らない教科を選ぶはずなんです。僕の場合、数学は得意な教科だったので別にして、絶対に物理が最初に来ることはなく、大抵、英語か国語だったと思います。なのに電気工学を選択するってやっぱりおかしいわけです。しかも僕の大学の二次試験は電気工学を希望しているのに、数学、化学、英語という選択ができたのです。たいていの人は英語が嫌いなので、数学、化学、物理で受験します。どう考えても理学部か薬学部の選択です。確かに化学は面白いと思いました。でも物理や地学が面白いと思った事は一度もありません。当時はエレクトロニクスブームで電気、電子工学の偏差値が工学部の中で最も高かったという事もあり、ここでも変なプライドが働いてこの学科を選択しています。だけど、やはり、向かなかった。入学したら、教養学部の間はすごく優秀だったけれど、専門教科が始まる2年生になると全く、面白みを感じず、ストレスに満ちた学生生活となり、右脳が使えるバンド活動を優先した結果、留年です。大学を留年したのに、留年生の合格点は一般の4年生よりも高いというペナルティが課せられると聞き、これで合格したらレジェンドになれるなと思い、未消化の単位を追試でクリアしながらほとんど3カ月間、眠る事なく、死ぬ気で過去問を暗記しまくって試験に臨んだら、合格したのです。大学院は右脳の私に学問をする楽しさを教えてくれました。確かに専門書や論文を読み、実験や解析で結果を出すところまでは、明らかに左脳なのですが、ここから論文を書き、いかにドラマティックな演出でプレゼンができるか?という部分は明らかに右脳の企画力が必要なのです。このステージが非常に楽しいので、ここをモチベーションにして専門書や論文を読むという左脳の活動にも耐える事ができました。まぁあまり書くと自慢話と思われるのは嫌なので、止めますが、自分は直感やフィーリングで判断して上手くいく人は理系ではなく、文系を志して欲しいと思いますし、何でも理詰めでなければ気にくわないという人はやはり理系だと思います。その自分に持って生まれた特性に素直に向き合って欲しいというお話でした。