痙攣性発声障害:歌とRunningと会議

歌や息の上がる様なRunning、いずれもやめている時は、発声しやすいというのは間違いない様です。最初は酒も疑っていたのですが、これはどうも違っており、腹筋が落ちていることも原因では無さそうです。最初、声帯溝症と診断された時、とにかく、発声をして声帯を鍛えるしかないと言われたし、痙攣性発声障害のリハビリでも、ある程度、発声練習はやった方が良いと言われたので、歌は良いだろうと思っていたのですが、手術をしてからは特にB’zの様な高いキーの歌、あるいは低音でもサザンの桑田佳祐や吉田拓郎の様に絞り出す様な発声で渋い声で歌うと、歌ってしばらくは、高めのしゃがれ声で話し易いのですが、1日経つと普通に話すトーンで話せなくなり、高めの音も出せなくなって、結局、話せなくなります。これは前日、飲みに行った翌日も似たような感じなり、ある程度、声帯を酷使した後の感じと同じです。これで最初、アルコールが良くないんだと思い込み、晩酌も控えていた時期もあるのですが、晩酌ではなく、酔って気持ち良くなり、いつも以上に大声で騒いだり、歌ったりするのが直接の原因だと確信しました。1週間ほど歌う事を控えると回復するのですが、ここで息が上がる様なRunningで飛ばしすぎると、疲労感も合間って、同じく話しにくくなります。今日は、いつものスロージョギングより、少しハイペースで走ってきて、間髪入れず、このブログを書いているのですが、喉の術痕のあたりが、突っ張って発声しずらいです。また、明日は会議がありますが、家庭の中で話す程度の声の張り方で声が届かない場合は、結局、声を張る為に声帯に力を入れざるを得ず、回復が遅れます。いっそのこと、話さずにおくかと思うのですが、そうもいかず、いよいよ発声障害用のマイクをつける事を考えた方が良いかもしれません。実は在宅でNet Meetingに参加している時は、マイクが拡声してくれるので、楽です。電波がよければ、Net Meetingの方がマシですが、電波が悪いと円滑に進まないという別の弊害もあります。また、自分がスピーカになっている場合、どうしてもホワイトボードを使って説明した方がスムースな場合があり、この点もNet Meetingでは難しい面があります。今日も声を労るべく、歌は控えますが、英語は声を出して勉強した方が良いので、どうするか悩んでいます。朝、会社が始まる前と昼休みにやったので、夕方はもうやめようと思っており、これから風呂に入るときっとビールに行くのだと思います。人間とは弱いものです。

英語学習:4月からのNHKラジオ英語講座

 4月からも現在、使い続けている2018年度遠山顕先生の”英会話楽習(レベルB2)”を完璧に聞き取り、会話として使える様になるまで、繰り返す予定でしたが、以前にも記載した通り、日常会話主体のこの講座は、やはり、主にビジネスシーンで英語を使う事が多い私には、おこがましいかもしれませんが、少々、物足らない事があります。楽習というぐらいですから、楽しく英語を学べる様に工夫しているのは、ありがたい時ではあるのですが、ちょっとオーバというか非現実的というか。特に同じVignetteをSituationを変えたシーンで聴き取るコーナがあるのですが、ミュージカル調になったり、未来の話になったり、Jokeや歌が出てきたり、それに応じて、話者がUMAや動物や子供になったりして、私にとって非現実的で、状況に合わせて声色を使う会話で聴き取り難いという難点があります。まぁこういう事を英語に求めている人にとっては最適なのかもしれませんし、楽しくもあるのですが、私が求めていいる英語講座ではないという部分がありました。言い訳して、途中で投げ出し、春の容器にも騙されて、新たな講座に乗り換え様としていないか?と何度か自問自答した後、意を決して、実践ビジネス英語と入門ビジネス英語がミックスされた講座として4月から生まれ変わった、柴田真一先生の”ビジネス英語(レベルB1-C1)”を始めることにしました。もう1つ、Newsを題材に使っている、伊藤サム先生の”高校生からはじめる 現代英語(レベルB 1-B2)”も追加で買ってみました。”ビジネス英語”の方は期待通りで、月火はいつものVignette形式の英会話、水は英文メール、木金:著名人のインタビューという構成で盛りだくさん。非常に良い講座であると感じました。一方、”現代英語”はNewsを題材にしているだけあって、少々、わからない単語が出てきても、なんとなく、意味が掴めるというRaederやListeningの教材として使うには最適だと思います。なるほど、”高校生からはじめる”という言葉が頭についているというのが理解できます。Part1はとても良いのですが、Part2が非常にきつい。反訳トレーニングのPartになっているのですが、本文の日本語を英文にQuick Translationできる様にする事を目的としたトレーニングになっています。英文を覚えるというのは、できそうですが、Partの中の方式で日本語を聞いて、すぐに英文を言えるというのが、日本人が英文を暗記して言うこととは、ちょっと違う様で反射神経を要するし、母国語の様に英語が出てくる人にしかできない事ではないのか?と思ってしまいます。少し、現代英語の方はこのPart2を継続できる自信がなくなりましたが、AEONに通っていた頃、シャドーイングに最初、怖気付いていた様に、今回も1つの壁なのではないか?とも思うのです。もう少し頑張ってみて判断しようと思いますが、この痙攣性発声障害が1つ、AEONのころと違ってモチベーションを下げる要因になってしまっています。

在宅勤務

 8月お盆明けから今まで約7ヶ月間、週1回の出社ペースで在宅勤務を継続してきました。私の会社は自宅から電車とバスで片道 約45分間かかる場所で、比較的、近いのですが、往復90分間(1.5時間)というのは、今になって思えば、なかなかのロスタイムだったと感じます。6:30-15:30が定時なので、終業時刻は17:00から1.5時間前倒しで、夕方にランニングの時間も十分取れます。16:00から走り出すと、大体、30分後には家に着くのですが、そこから風呂に入って一息つくと17:00過ぎになり、その後、1時間、TOEICに向けて英文法の問題集を30問解きます。在宅勤務だと、会社よりリラックスしているのは確かで、動かない割りに、しっかり、朝食や昼食を採ってしまいます。従って、今は、カロリー過多にならない様、朝を遅らせて10:00ぐらいにパンかカロリーメイトを軽く食べ、昼食の時間はスープ程度にしておきます。こうすることで、朝食の時間はサプリ、青汁、コーヒーだけになり、英語とブログの時間に回すことができます。昨日は昼食の時間がスープだけで余るので、そこをTOEICの英文法の問題集を解く時間に当てました。夕方、整形外科に行く予定だった為、そこからウォーキングに行けば、きっとサボって晩酌する事がわかっていたからです。ウォーキングから戻ったのは17:00前だったので、ここから、あと1時間、何かをやれば、もっと効率的なのですが、17:00を過ぎると悪い習慣ですぐに晩酌モードに入ってしまいます。整形外科の結果は骨もアキレス腱も異常はなく、筋肉に炎症が起こっていただけなので、痛みが引いたらランニングを再開して良いと言われました。話がだいぶん、それましたので、在宅勤務に戻すと・・こうやって通勤時間が節約でき、余計な付き合いの食事などがなくなると本来、やりたかった事に時間が取れるのでお勧めですという事を言いたかったのです。通勤時間を読書や英語のヒアリングに使えば良いじゃないか?という人もいるかもしれませんが、私の場合は、結果としてほとんど集中できていませんでした。風景の変化や人の動きが視界に入ると雑念が入ります。ヒアリングはこういう状況でこそ、より集中力が鍛えられ有効ではないかという意見もあるかもしれませんが、それは英語慣れしている人だけがそう言うのであって、実際は相当、集中して聞かなければ、ほとんど場合、意味は掴めないと私は思います。読書は言わずもがな、雑念が入ると集中できないのは必然です。在宅勤務は周囲の目がないので、サボろうと思えばいくらでもサボれます。個人の裁量に任せても、きちんとOutputが出せる人しか許可されないので、自分も含め、モラル面の意識は高い方だと思いますが、Outputを出そうにも、出せない日もあるわけです。それは、どこかの部署と連携して仕事をしている場合や、自分の部署でも誰かのOutputが自分のInputになっている場合に、相手が期待通りの仕事をしてくれない場合、ガッツリ空き時間になってしまいます。思い切って有給休暇を使えば良いのですが、やはり、私も日本人であり、万が一に備えて、少しは残しておきたいと思いますので、そこは待機になってしまいます。もちろん、正当な理由があるから良いのですが、もう50歳も超えれれば、20代-30代と比べれば、時給も高いわけで、待機とか勉強とか言うわけにもいかず、やはり、生産性のあることをしなければなりません。1つ在宅勤務のデメリットがあるとすれば、自部署の誰が過負荷になっているのか?あるいはどんな知見不足で困っているのか?が、在宅勤務では見えにくいということ。出勤していれば、大体把握できるので、自分の空き時間で困っている人を助けてやることができます。メールが流れてくれば、在宅勤務でも可能な場合がありますが、きちんと上司が取り上げて、正式にサポートの依頼がくるまでは、メールだけで動くと炎上したり、間違った対応をしたりしますので、やはり、ここは指示まちとなります。特に若い社員の場合は、上司があえて、手助けしないことが、本人にとっての勉強という場合があり、下手に手を出せないのですが、その状況が出勤していれば、見えやすい。同じ世代が困っていれば、それは勉強であるはずはない訳で遠慮なく助けるのですが、わざわざ本人から同世代の私に自分からメールで助けて欲しいと言ってくる人は、プライドもあるはずで、なかなかいません。このまま在宅勤務を継続していても、誰も文句は言わないし、私自身が困ることはないのですが、4月からどうするか?悩んでいます。

ヨガとウォーキングで体型維持

50代になって、だんだん、基礎代謝が落ちている事を自覚する様になりました。食べ過ぎても、飲み過ぎても、昼食を抜き、しばらく禁酒していてれば、ランニングなどしなくても自然に落ちる内臓脂肪や体脂肪が、なかなか、落ちない現実。体重も身長 168cmに対して61kgでほとんど大学時代から変わっていないし、ウエストも76-78cmを行ったり来たりなのですが、体脂肪計で計測すると内臓脂肪:レベル7、体脂肪率:22%と年々増えています。ランニングをした後は大抵これが内臓脂肪:レベル6、体脂肪率:17%-18%に落ちるのが常だったのに、これも維持したまま。まぁ太ってはいないのですが、お腹周りに何か太った感じがあり、この状態が許せないというか、納得できないという感じなのです。代謝を上げようと、ランニングに加え、軽い筋トレを行っており、朝から腕立伏せ 30回とワンダーコアで腹筋 50回をルーチンにしているのですが、なかなか、効き目が実感できません。あぁ、これが50代か・・という諦めもあります。数日前に左足のアキレス腱からふくらはぎに鈍痛があり、ランニングをやめて、ほぼ1時間程度のウォーキングに切り替えていたのですが、晩酌は再開しているので、少し心配です。消費するカロリーはApple Watchで管理しており、動くことで消費するカロリーは1日で400kcal-500kcalと、あまり、ランニングをやっていたころとは変わっていないので、時々、出張などで走れない時と同じ状態なのですが、ルーチンをこなせなず、普通通りに食べているのは、非常に気持ちが悪いです。今日、診察してもらう予定ですが、疲労骨折などで、ランニングを禁止されたら、いよいよ食べる量を減らして、晩酌をやめるしかないと思っています。朝:パン 1枚(バターや蜂蜜等をつけると300kcalぐらい)、昼:カロメ 2本/パック(200kcal)、夜:好きなものを好きなだけという生活で、そこまで、食べ過ぎでにはなっていないはずなのですが、ダイエットしたければ、これ以上に減らす必要があるのでしょうね。そうなるとカロリーは抑えられても、夕食で集中的に摂取していた栄養が不足する可能性があり、下手すると薄毛が進行したり、免疫力が低下する可能性もありそうです。太らず栄養を摂取する=運動になるのですが、非常に公立の良いスロージョギングができないというのは、やはり痛いです。子供の頃、太っていて嫌な思いをした事の方が多かった為、太る事に対するトラウマがあるし、それゆえ、空腹に耐える意志の強さは誰よりも強いと自負しているので、一旦、決めてしまえば、カロリーコントロールは、ある程度、持続できると思うですが、栄養不足で健康を害すれば、全く意味がありません。骨や筋力が衰える一方で、ほんと難しい年齢だと感じます。見てくれを捨て切れたとして、太っても結局、健康を害しますから、やはり維持するしかないと思っています。今、考えているのは代謝アップに効果的だという触れ込みのヨガです。これをウォーキングと併用して何とかお酒も楽しみながら、体型を維持できないか?と考えています。

痙攣性発声障害:伝わらないもどかしさ

 最近の悩みは、冷静に一語一語を確実に発声する事を心がけ、文を短くして息継ぎしながら話すと息は切れないが、小声すぎて届かない、興奮して力強く一気に話すと息も上がり、相手に威圧的且つ怒っている様に捉えられてしまうという悩みです。特に妻との会話でそれを指摘されます。お互い同業者で私の方が8年先輩ですから、仕事の話でこちらの言っている事を彼女が理解できない場合は、途端、話したくなくなり、ラインかメールで説明するので後で読んでおいてと言います。私には大した仕事ではない事にでも、当然、彼女は悩んだり、行き詰まったりするわけで、仕事に関してはこうするしか手段がありません。本当は夫婦なので、スムースに会話できれば、簡単なのですが、私のこの障害は逆に彼女を威圧してしまう。会社の会議室も30人以上の会議室になると厳しいです。静かにゆっくり区切りながら話す事もできますが、やはり、説得力がなくなります。できるだけホワイトボードを使い、描きながら話す事になります。一方、日常会話においては娘の教育で同じ状態になります。こっちは先輩後輩もなく同じ日にそれぞれ父母になって現在に至っており、どちらかと言えばお腹を痛めて産んだ母の意見が優先されるのが常です。しかも、娘は現在、中3で思春期真っ只中であり、54歳の私が理解できるはずもなく、母親が女性になる教育している様なもの。女性になるまで、当たり障りのない付き合いでいきたいのですが、やはり、看過できない些細な事が起こります。例えば、部屋の片付けをせず、食べ物を放置しているとか、エアコンやコタツを付けっ放しで外出するとか、無駄遣いし、小遣い以上の出資を求めて来るとか・・言わば、こちらに降りかかってくる火の粉の様なもの。影響がなければ、口出ししないので、何でもお母さんと相談してやってくれで済むはずなのですが、ゴミ出し、光熱費の支払い、小遣い・・全部、こちらに降りかかってくるものばかりなのです。何度でも娘に対して静かに諭す事ができれば、全く、問題はないですが、何度言っても理解できなければ、黙って手を上げる事もできないわけで、叱るしかなく、それは声を張り上げて怒る事にしかなりません。これが、申し訳ないが、昭和スタイルです。今後、もっと時代が進めば通用しなくなるのですが、会社はそれでいいです。その頃には確実に会社からは消えているからです。今のところ持病もなく、癌にならなければ、その後もきっと生きている確率が高いのですが、そうなったら、やはり、迷惑な老害のまま、家族や近所の人達で付き合う事になるのか?と考えてしまいます。やはり、感情的にならない練習を積むしかないのかもしれません。不思議な事ですが、小さな声でも区切って1つ1つを丁寧に発声していると、だんだん、息切れせずに会話が続く様になる事があります。100%ではなく、そうなるラッキーな時があるという事です。それがどういう、タイミングなのか?が分かれば、常にその状態にしてから会議や会話に臨むということができるので、最も良いのですが、今のところ、どの程度の時間、経過すれば話せる様になるのかが掴めていません。

Weeklyでコツコツと

 この週末、色々、考え直して、天皇家や時空の研究もいいですが、

1.大学院で専攻していた教科や研究テーマをもう一度、きちんと勉強しなおす。

2.英語学習を継続し、月並みだが、TOEICか英検で成果を確認する。

3.ギターを基礎からと練習し、できれば楽曲作りをやる。

をしっかり、目標を立ててやる事に決めました。何度も挫折してきた事ですが、色々、言っても、自分ができる事は、好むと好まざるとに関わらず、結局、この3つしかなく、新たな事を何か目標にするのは働いている間は、難があるし、時間もお金もかかる事がはっきりしました。これらは、TOEICや英検の最新の問題集以外は全て、この部屋にあるもので事足りますし、元々、基礎は出来上がっているものばかり。1の大学院の教科は流石に仕事で使わない知識は忘れている事も多いですし、記憶も曖昧なのですが、自分の出身の大学の専用のHPに論文や講師が講義に使っていると思えるお手製の副教材が掲載されおり、PDFで簡単にダウンロードできる事がわかった為、もう勇退されておられる自分の担当教授や助教授のそれらをダウンロードさせて頂き、読み返しています。専門書を読んで理解が曖昧な部分を補完するのに非常に有効ですし、手作りであるがゆえに先生の文章の癖なども見えて、学生時代に戻った様な懐かしさもあります。2の英語はNHKラジオ英語講座をルーチンでやっているのですが、最近、外国人と話す機会も少ない為、成果が確認できません。また、学習を継続する上で明確な目標がないと、学習にかける時間や内容を妥協してしまう事もあるので、毎日、サボれない様に明確に目標を立てやすいTOEICか英検を目標にする事にしました。もちろん、これだって、何月の試験を目指すと受験日を決めていても、今回は勉強不足なのでと言い訳して受験日をずらせば意味がないのですが、それをやらない前提で計画してみたいと思います。3のギターは、ある程度、弾ける分、なかなか、基礎から練習するというのが定着しません。我流で弾き、楽譜を見ずに聞いた音を出している方が楽だし楽しいので、気づけば、そちらに行ってしまいます。また、途中、弾き語りで歌っている場合もありますが、痙攣性発声障害者にとって歌い過ぎは良くないわけで、先週もやらかしてしまい、日常の会話に支障が出ました。1つはそれを制限したくて、声を使わなくて済むギターリストや作曲者へ転身しようと考えているのです。ただし、作曲はやはり歌詞付きの楽曲がよく、歌入れの時はどうしても歌う事になると思います。頻度を減らすということになりますかね。自分が好きな音楽がないから、作らざるを得ないという当時の甲斐バンドの様なポリシーで臨みたいと思っています。どこまで自分を追い込むか?なんて考えてやりだすと、ストイックになり過ぎて長続きしません。従って、計画を立ててコツコツと少しずつ実行する。矛盾するのですが、乗らない時はやらない、乗った時には計画など無視して進めるだけ進め長期的には帳尻を合わせる。Weeklyの遅ればMonthlyの中で吸収し、月として見れば遅れはない様なやり方。大体、自分はこれでやってきており、成功体験もあります。細々とDailyでフォローされるというのは苦手で、そこまでコツコツとはやらないです。ほぼ日ではない。最小単位はWeekly。その週にはどこまでやるを決め、日々や土日の使い方に自由度を持たせておきたいのです。さぁもうすぐ新年度のスタートです。良いスタートが切れる様に計画したいと思います。

サントリーサプリメント

 これまで、サントリーサプリメントではDHA&EPA+ セサミンEXを愛飲していて、セサミンEX時代を含めるともう10年以上になります。このセサミンEXはどちらかと言えば、若さとか目覚めの良さとか体力維持などアンチエージング系と言えます。しかし、セサミンEXを飲んでいる途中でこのDHA&EPA+セサミンEXが登場したので、途中でこちらに切り替えています。若さや体力も確かに必要で、サプリで補うことは大事だと思うのですが、何かを行動を起こすにもやる気とか気力の持続だとか脳の方にも気を使う必要があると思ったからです。セサミンEXでは試した事はないですが、効果を再認識したくて、時々、DHA&EPA+セサミンEXをやめてみることがあります。そうすると、私の場合は、確実にRunningや英語の暗記などに影響が出てくることがわかります。しかし、やる気とか根気の様なものが、DHA&EPA+セサミンEXでは少し厳しくなっていることを実感していたところ、オメガエイドが目に止まりました。長期愛用者である私は毎年、誕生日月に1つだけサプリ1ヶ月分を無料で試せる権利があり、今月はその誕生日月なので3日ほど前から試しています。効き目がわからなくなるので、DHA&EPA+セサミンEXは控えているのですが、朝からオメガエイドだけを飲むと気力が湧いてくる感じがします。よく見たことはなかったのですが、気になって、成分を以下の通り、比較してみました。セサミンEXは単価も最も安く、アンチエイジングに効果的なセサミンは10mg、一方でDHA&EPAの方にもセサミンは10mgなので、この効能の差はDHA&EPAの差であり、DHA&EPAの方がセサミンEXより高くなるのは明らかです。従って私の場合、脳に効くサプリを求めていたわけなので、セサミンEXだけでは、そのケアはできない為、乗り換えて正解でした。一方、オメガエイドはDHA&EPAと比較すると、さらに単価も高く、含まれている成分でDHA(ドコサヘキサエン酸)とEPA(エイコサペンタエン酸)はそれぞれ300mgと100mgで同量です。違いはDHA&EPAの方にはDPA(ドコサペンタエン酸):15mg、セサミン:10mgが含まれているのに対して、オメガエイドの方にはARA(アラギドン酸):120mgが含まれている事。このARAというのは肉や卵に含まれる成分でDHAやEPAと同じオメガ脂肪酸の一種。つまり、オメガエイドはオメガ脂肪酸を集めたサプリであることがわかります。DPAはn-3系脂肪酸に分類され、健康を支える素晴らしいパワーを持っている青魚由来の成分としか記載はないですが、DHA、EPAとは異なる脂肪酸です。このオメガ脂肪酸は前向きな気分を維持する事が立証されている様なので、今の私のニーズにあっています。セサミンは捨てがたいので、セサミンEXに戻して、オメガエイドに乗り換えようかと思案しているところです。やはり、健康や気力の維持を優先して投資するのは、私にとっては当たり前なので、惜しいとは思いません。ただ、DHA&EPAとオメガエイドを両方飲むとあまりにもDHA&EPAを摂取しすぎではないか?と心配なのです。

1.セサミンEX(3粒/日) : 90粒(30日分)=4,082円/270粒(90日分)=9,525円

米胚芽油(国内製造)、セサミン/ゼラチン、ビタミンE、グリセリン、トコトリエノール

■栄養成分表示[3粒(1.11g)あたり]

熱量/7.42kcal、たんぱく質/0.35g、脂質/0.63g、炭水化物/0.03~0.15g、食塩相当量/0~0.02g、ビタミンE/55.0mg、セサミン/10mg、トコトリエノール/2mg

2.DHA&EPA+セサミンEX (4粒/日): 120粒(30日分)=5,346円/240粒(60日分)=9,234円

■原材料名

DHA・EPA含有精製魚油(国内製造)、ビタミンE含有植物油、米胚芽油、セサミン/ゼラチン、グリセリン、ビタミンD

■栄養成分表示[4粒(1.66g)あたり]

熱量/11.6kcal、たんぱく質/0.50g、脂質/1.03g、炭水化物/0.04~0.11g、食塩相当量/0~0.02g、ビタミンE/55.0mg、ビタミンD/5.0µg、DHA/300mg、EPA/100mg、DPA/15mg、セサミン/10mg

3.オメガエイド(6粒/日): 180粒(30日分)=5,832円/360粒(60日分)=10,497円

■原材料名

DHA・EPA含有精製魚油(国内製造)、ARA含有食用油脂/ゼラチン、グリセリン、ヘマトコッカス藻色素■栄養成分表示[6粒(1.96g)あたり]

熱量/13.6kcal、たんぱく質/0.58g、脂質/1.21g、炭水化物/0.05~0.13g、食塩相当量/0~0.03g

■機能性関与成分[6粒(1.96g)あたり]

DHA/300mg、EPA/100mg、ARA(アラキドン酸)/120mg

■その他成分[6粒(1.96g)あたり]

アスタキサンチン*/1mg*アスタキサンチンは、ヘマトコッカス藻から抽出したカロテノイド色素です。

頑張ったけど結果が出ないとは?

ずいぶん、空いてしまいました。今回は中学3年の娘について綴ってみます。”試験で頑張ったけど、今回も目標とする点数なり順位なりを達成できなかった”という言葉を何度も娘から聞いています。彼女は私立の中高一貫校に通っていて、このまま高校に進学し、文系志望とは言え、今のまま、理数教科で赤点スレスレの点数を取りまくると退学勧告を受ける事になります。そういうシステムでも頑張る事ができる、医者、官僚、弁護士の卵たちがウヨウヨいる様な学校なので、成績の順位は期待していないのですが、何とか退学勧告は受けずに高校を無事卒業して欲しいと思っています。そういう、崖っぷちの彼女が”頑張ったけどダメでしたってどういう事?”となってしまいます。私の理解では”勉強を頑張ったけどダメだった”ということは経験がありません。余程、試験範囲を勘違いしていたとか、体調が悪かったという様な特殊な事情でもない限り、”頑張った結果が成績に出てこない”という事は経験がないので理解できないわけです。社会じゃないので、誰かに妨害されたり、正論が通らない世界ではなく、ただの中学校です。しかし、妻に聞くと”そういう事もあるさ”と言います。”じゃあ、このまま、勧告を受けるまで、そういう事もあるさでいいんだな?”と聞くと、悲しい顔になります。あまり責めると娘の問題にも関わらず、モラハラ夫と言われるので、口をつぐむしかないのですが、ついていけそうにない、今の私立中学を退学して近所の公立中学へ編入するチャンスはあったのに、娘がそれを拒否して、今の状態になっているので今後どうするつもりなのか?と次のステップについて、聞いているだけなのですが、どうも上手く伝わらない。娘と妻で失敗の傷を舐め合っている感じです。妻は真面目で成績も良かった様で、国立大学に推薦で行けたので、ほとんど苦労はなかったらしく、私から見ていると一生懸命、コツコツと努力している連中を要領が悪いとでも言いたげなムードがあります。それに対して、私の場合は不器用で、1日でも自学を休むとどんどんついていけなくなるので、そういう山掛けで試験を受ける様なことはただの一度もやったことはなく、コツコツ、毎日やるタイプです。勉強はそんなに甘いものじゃないということをよく知っています。だから、どうしても娘の日頃の姿勢を見ていると、甘いとしか思えないわけです。一生懸命頑張るとは朝がきたのにも気づかないし、体重が2ヶ月で15kg以上減少するほど、寝食忘れて没頭することが私にとっての勉強でした。それは中学生にはまだ無理だと妻は言います。崖っぷちというのは普通、満足に眠ることや食事の時間すら制限されると私は思うわけで、それが死に物狂いでやったという事です。ただし、それを別に強制しないし、耐えられないならば、逃げていいよと言って、そこから逃げ出せるチャンスを与えても、今更、公立中学に転入するのは落ちこぼれた様で恥ずかしいと今の私立中学に残ったのも娘の意志なのです。この八方ふさがり、かつ、自分でも気づいているはずの矛盾だらけの状態を”やったけど、今度もダメでした・・”でどこまで逃げ切れるのか?を見守ろうと思っています。妻からは、成績については触れないで欲しいと言われて、すでに2年経ちましたが、結局、幸せになっていない様に見えます。この中学に入学するまで受験勉強は私から、相当、フォローされ、死ぬほどきつかったと思いますが、合格した時に得た感動は大きかったはずです。小学生が乗り越えられた試練を中学生が乗り越えられないことを不思議に思わないのか?と思う、今日この頃。なぜ、そう見てくれだけにこだわるのか?自分に相応しい場所で咲けば良いと言っても理解できないのは何故でしょうね?ただの一度も達成感を得られない学校が自分にあっているはずもなく、そもそもブランド品に身を固め、自分を偽っている様なものです。全く意味がありません。

 

日本企業のパワハラ問題

最近、我が社でも自分と同世代の50代が20代-30代の若い社員から訴えられているケースが頻発している様ですが、たとえ仕事だけの付き合いとは言え、お互いが必要以上に親密になれば、男女問わず、今後、ますます増える問題だと思います。ケーススタディで色々、勉強する機会はあるのですが、正直、現場はそんな極端な例題がいきなり火種になる事はなく、見ている限り、絶えず燻っているという感じがします。50代が20代-30代の意見を尊重するということは、まず、よほどのことがない限り無理です。しかし、パワハラ抑制の基本は相手の立場で物事を考え言葉を選んでコミュニケーションを図る事にありますから、この時点で無理だと思っているのです。誰が考えても多くの場合、その業界においては20代-30代が50代を仕事で指導できる様な組織構造にはなっていません。それは勤続年数が短い中で一生懸命、努力し、実務能力が極めて高い20代-30代が居たとしても、何の努力もせず、時代に乗って上手く生き残ってきた50代にすら、絶対に逆えない倫理観が元々、我が国にあり、そうであれば、企業ではそれに準じた組織運営しかできないからです。つまり、年長者を敬う日本文化が、会社では実力、実績に関わらず長く勤めてきた者を崇拝する倫理観に繋がり、それがパワハラの原点になっていると私は思っています。年長者を敬うのが悪だと言っているつもりはないので、誤解なさらないでください。その国にはその国の倫理観に沿った原因があるはずで、パワハラやイジメというのは永久に人間社会からなくなる事はないと思っています。私の考えとして、ここで述べているのは、日本の企業におけるパワハラの原因です。早い人は18歳で就職し、一応定年の60歳まで勤めると仮定すれば、どんなに頑張っていても、大体、自分の将来が朧げながら見えてくると、どこかでトーンダウンします。経験的には今から約10年前の45歳を超えたあたりでしたが、”もう、いいかな”と思う時期が私にもありました。この”もう、いいかな”は、”やる事は全部やり尽くした、だから、もう悔いはない。”という意味ではありません。”どうでもいいかな”の”いいかな”です。要はもう、自分は”字も見えにくく、無理も効かず疲れやすくなってきたので、後輩に最前線を任せ、どちらかと言えば指導側に回るべきかな”と思うわけです。私の場合は、40代は管理職が多かったので、実務上の責任も負っていたわけですが、それでも、指導が主体であり、現役ではなかったと言えます。最初はこれまで一緒に戦ってきた、当時の30代-40代にはRespectされ、指導もスムースなはずです。まだ、戦士のオーラの様なものが残っているからです。ところが、これが10年ほど経つと、だんだん、”最近、あの人、ほとんど定時で上がっている様だし、一体、何をしているんだ?口先だけじゃないか。”という評判が立ち出します。そもそも管理や指導に残業を良しとしないムードがあるので、やりたくてもやれない状態になります。当時、一緒に働いていて、自分をRespectしてくれていた30代-40代はそれぞれ40代-50代になり、もはや、指導する立場。指導とか言っても、実務を教える相手はいません。現場の方はだんだん、20代-30代が主力になって、声が届きにくくなります。インフラもシステムもどんどん便利になり、使い方を知らない50代が下手に触ると仕事の邪魔になり兼ねません。現役の手伝いもできないということになります。昔ならば、年金も十分ならば早期退職するか、あるいは、55歳ぐらいで、協力会社への出向し、バイト程度で食い繋ぐ手もあったのでしょうが、それを選択できない年金事情もあり、65歳まで雇用を延長する道を選ぶ人がほとんどです。つまり、職場を変えずに何か仕事をしなければならない為、20代-30代と接さない仕事だけをやり続ける事は、ほとんどの場合、無理です。身内でもない20代-30代はもはや、息子、娘の年齢であり、文化も言葉も違う為、毎日、仕事上の付き合いとは言え、言葉使いや態度に違和感を感じるはずです。実は自分も若い頃、同様に当時の若者では常識とされている言動をとって、散々、ベテランに怒られた経験があるわけで、その経験があったからこそ、今、こうして生きながらえていると考えると、注意をしたくなります。ここで失敗するのが、”当時の自分の怒られ方を今の若者に対して再現してしまう事”です。注意はしていいのですが、その言い方がパワハラになりかねない。もっと言うとパワハラになりそうな注意しかできないという事です。違和感=この野郎・・になってしまいます。注意された若者は、そんな怒られ方を親でもないアンタから何故、僕がされなければならないのか?という思いはあるが、いまだ年功序列の日本企業では、都度、その不快さを発した相手に伝えても良い企業環境ではない。耐えているうちに、鬱になるか、匿名の告発と言う形になるのだろうと思うわけです。若者の問題でなく、年金または関連企業への再就職の問題のいずれかを解決しない限り、日本企業のパワハラ問題は無くなりません。親子ほど離れた世代が一緒に働く職場環境が、そもそも、今は通用しないと言えるのですから、互いが密に接さずに1チームでOutputを出せる環境に変えなければ、改善しません。では指導や技術を伝承できないではないか?という人もいるかもしれませんが、それは、今はVRもSNSもあるのですから、いくらでもできますよね?再雇用という形態は、やはり、考えものだというのが、私の意見です。再雇用で残ってくださいと若者から求められる人だけの権利としてはどうでしょうか?

 不登校

 1回目の緊急事態宣言の頃は、なかなか夏休みが終わらず、やばいと思った頃もありましたが、今のところ、娘は不登校ではありません。私立の進学校なので成績は相当悪いですが、それでも学校は好きだと言ってくれます。昨日、BSスペシャルで不登校とフリースクールの番組をやっていましたが、そこに出てくる子供たちは、”こうなってしまうのは仕方がない”と思える”教師や周りの生徒からの濡れ衣”やそこから発展した”いじめ”がきっかけになっている子供達もいれば、”どう考えても、本人が甘えているだけで、それを親が腫れ物にでも触るように扱ってきた結果ではないのか?”と思いたくなる様な子供達もいました。私は、特に、小学生の姉弟を不登校の子供として抱える家庭が非常に気になりました。お姉ちゃんは完全に被害者で、やってもいない悪事をやったと教師からも同級生からも言われ、もう何もかも嫌になったパターン。一方で弟は”僕がやりたい様にやらせて欲しい”と主張し、どう見ても親が甘やかした結果でこうなったパターン。特に、この弟は2−3年生だった記憶していますが、一日中、ゲームとYOU TUBE三昧で、このままではこの子の為にならないと冷静に話し合おうとした父母に向かって、”ねえ、話は終わった?ゲームしたいんだけど・・”という豪傑さ。強制されるのが大嫌いというわけです。これに対して児童心理学を専攻していたと思しき、何人かの教育の専門家がでてきて、”子供の自発性に任せるべきで、不登校は今や悪ではない”とまで断言していました。確かに文科省は”不登校の子も認め、彼らが教育の機会を失わない様、フリースクール等、学校以外の居場所を認める法律”として2017年に教育機会確保法というものを制定しています。この番組に出てきたあるフリースクールではそこに居るスタッフは勉強を強制しないし、積極的に勉強を教えないポリシーで、子供たち自身に計画を立てさせた上で、やりたい事を自由にやらせる様なシステムでした。その中から興味のある分野が出てきて、子供達自身が自分にマッチした進路をそれぞれ見つけ、自発的に必要な教科や学校を選択して勉強しだすということらしいです。正直、このお姉ちゃんの様な子供には最適だと思いましたし、良いシステムだと思いました。私は古い人間ですが、私自身がそういう性格なのでよくわかります。教師に教えられて良かった勉強は何1つないと断言できます。教師に教えられたのは、勉強や部活に向き合う姿勢やテストや受験に向かう精神力、そして、その教師のもつ魅力によって、自分もあぁなりたいという一人のお手本となる人間像の様なものです。絶対に勉強は自分の力で、独学やるべきものだという考えは社会に出ている自分の中でいまだに根強いし、仕事にもそのポリシーは生きています。つまり、学校は学科を学びに行く場所ではなく、社交性を含む人間形成の場所であり、学科を学ぶだけならば、自分で教科書や問題集を使って学び、補完として塾に通えば十分です。そういう意味でこの教育機会確保法というは、的を得ていると感じます。不幸にして義務教育期間の学校では勉強や部活どころではなく、いじめ等で負のスパイラルしか与えない場合だってありうるわけですから。我々の学生時代は、その逆境に耐えてこそ、人間は強くなるし、それが、社会で生き延びるために不可欠とされてきたわけですが、私はそんな事は絶対にないと気づいていました。教師や親も人間ですから、自分が不機嫌な場合にそういう根性論とすり替え子供に暴力を振るい、暴言を吐いてはけ口にしているということはそのあたりのつっぱりと同じく、ありうるということに早くから気づいていました。だから、安心して自分の目指したい道を目指す事ができない学校ならば、フリースクールは絶対にありだと思い、システムには賛成です。ですが、一方で、この弟の様なケースに対してどうでしょうか?自分のやりたい事を自由に続けていられる世界がこの世にあるかという話になりませんかね?この様な子が自発的に何かに目覚め、俄然やる気を出すとすれば、それは自分が大好きなゲームやYOU TUBEの何かでしょう。しかし、その世界で飯を食うプロになるということと、ユーザとして楽しむということは、全く別の話です。もちろん、小学校低学年にそんな理屈がわかるはずはない。つまり、一旦、強制力を持って王道に戻してやる必要があると思うのです。親が説教している最中にその長い話はいつ終わるのか?と顔色1つ変えずに質問する子供が、正常な躾をされてきているはずはない。この子は上司や先生に対しても同じ事をいうのか?と言えば、そんな事はないはずで、親だから甘えているわけです。親に甘えて学校に行かず、親もそれを容認している。学校が学びの環境に最適でないわけではなく、機会を失っているわけでもなく、学ぶ気がないわけです。こんな状態で不登校になっている子は、引っ張ってでも学校に押し込むべきだと思います。そこでどんな反応が出るか?をよく見てから、不登校扱いすべきではないですかね?色々、苦労はあるのでしょうが、それはどの家庭にも、それなりの苦労があります。正直、この親には甘さと憤りを感じ、こんな子供を、絶対に、そのまま社会に出してくるなよと思いましたね。