多少の無理が必要

 最近、また、モチーベーションが下がってきている感じがします。これが中年男性にありがちな、更年期障害というやつでしょうかね。イライラはしていないと思いますが、特に食事を採ったあとは、昼夕問わず、すぐにベッドに横になりたいという感じです。疲れて寝落ちする感じではなく、目は冴えているのですが、だるく何もしたくないと思うのです。この原因が肉体疲労ではなく、脳疲労であると感じるのはギターを弾いたり、歌ったり、あるいは、ちょっと無理して手書き日記を書くなど、比較的、好きなことを選んで、だるいと感じながらでも、やりだすとやれているということや、体型維持の為、義務的にやっているランニングや、やらざるをえない仕事ならば無理が効くということ。このブログもどちらかといえば、気分が上がっている時ではなく下がっている時に何か吐き出す様な感じで書くことが多く、やろうと思えば、やれることの1つかもしれません。年齢で無理が効かなくなると感じることが事実である場合とそう思い込んでいる場合の2通りあることを、私は、最近、知りました。中学や高校の頃、夏の炎天下の中で部活をしたり、大学のころ、前日徹夜で遊んで、そのまま、当日の講義やテストを受けるなどの無理をしても、1日くらいの無理は気合いで乗り切ることができていたが、それを50代になった今もできるか?という問いに対して、つい最近までそんな無謀なことができるわけがないと思っていましたが、実は、そうとばかりは限らないということを自覚したという意味です。実際、若い頃の様な無理をやればやれるはずなのに、自分で制限していることも多く、年齢とともに増える内臓脂肪がその証拠です。代謝が落ちているとよく言いますが、そればかりではなく、そもそも運動量が不足しているということ。体脂肪は走っているからか、かろうじて20%は切っており18%代を維持できている。一方で内臓脂肪はこのところ、晩酌をやめてもレベル6だったものが8まで上がってきています。勉強も同じ。相当クタクタでも明日に向けて今日、無理してでも、机に向かってやらざるを得ないことを今は仕事をやっていることを理由に先延ばしできます。勉強が本業ではないからですが、そう言えるほど、今、仕事をしているか?と問われるとそこまでの負荷はありません。ほとんど定時だし、残業なんてしていないのだから、20代後半から40代前半くらいまでとは、負荷もプレッシャも違います。つまり、勉強に回せる余力はあるのに、学生の頃の様に追い込まれていないから先に延ばす選択も、最悪は完全にやめてしまうという選択もできるということであり、結局、自分で限界点を下げている事に、最近、気づきました。この何事も無理をしないことが返って、意欲の低下と原因不明の疲労感につながっているのかもしれません。疲労というのは加齢によるものもあるかもしれませんが、それよりも自分の意識の問題の方が支配的である事が多いと思える様になりました。ですが・・そう考えてしまうのを避けられないのです。そこが年なのかもしれません。そう刷り込まれて、変えられないのです。私の今の課題は脳をいかに騙すか?なのです。研究者に憧れがあるのでせめて自分で専攻していた学科ぐらいは完全にやり直したいし、その先では英語も使いこなしたいと思っています。ギターだって我流なので基礎からやり直したい。体型や若さだっていつまでも維持したい。理想の姿は非常に明確です。だからやれば良いだけ。何が邪魔をしているのか?がよくわかりません。ちょっとやり始めると非常に疲れます。面白くて、やりたいこと、あるいは、やるしかないことならば絶対に疲れないはずなのです。少なくとも後者の”やるしかないこと”ではないので、やはり、面白くて、”やりたいこと”になっているはずで、そう公言してきたのに、それはマヤカシだったのでしょうか?そうだったらいいな程度でそんなに強い願望ではなかったのかもしれません。脳を騙し奮い立たせる何かを考えることにします。

英語学習:リスニングで気づいた事

 最近、リスニングをしていて気づいた事があります。それは聞こえている音を頭の中でリピートすることで少しは聞こえやすくなるという事です。まだ、気のせいかもしれません。実は逆の指導を受けたことがあるからです。それは、英単語1つ1つを拘って聞きすぎるなというもの。流れの中から大意を掴めと言うことで、メモを取りながらリスニングするというのは、どちらかと言えばそれに近いです。キーワードだけを書き取るので、まず、ワードを選定している段階で聞き捨てているワードもかなりあるはずで、結局、キーワードだけで大意を取らなければならなくなります。数字や固有名詞はとくに忘れやすいので聞いたら素早く書き留めなければなりませんが、その数字が何をカウントしたものかとか、単位は何かも一緒に書き留めておかないと、残った数字の羅列だけでは後で判別が付かなくなります。固有名詞が出てきた場合、ゴッホとかOotani Shouheiとかベネチアなどの著名な人名や地名ならば書き留めるまでもないのですが、一般的なキャサリンとかジョージとか、全然知らない地名がでてきた場合は、その後に説明されるその人やその場所の説明や行動など予想ができないので、絶対に控えておく必要があります。ゴッホならば絵画、大谷翔平ならば野球、ベネチアならば水の都だと想像がつきます、その文章に出てくるキャサリンやジョージが何をするのかは想像できません。ここでキャサリンやジョージってどう書くんだっけなどと考えていると、もうアウトですので、さっとカタカナで控えるのが基本です。毎週、家族と見ている東大受験をテーマにしたドラゴン桜というドラマがありますが、これの何回目かでリスニング問題はメモを取るなと言う指導をしていました。疑問に思って見ていたのですが、日常と違い集中力の高まる受験の場合は、聞き記憶力も高まるので書き留めなくても済むのか、あるいは、選択問題であるため、選択肢を読む間に思い出す可能性もあるので、これで良いのかもしれません。しかし、実際の英会話の現場では選択肢から選んで会話をしているわけではなく、その日の状態や内容次第で集中力も変わるので、ある程度のメモは不可欠だと思うのです。非常に困りました。1つ1つワードを頭の中で復唱するとスクリプトを見ながら聞いている感覚に近くなり理解しやすい。一方でリテンション能力が極めて弱い私は記憶に定着しずらく、細かな数字や具体的な固有名詞などを問われると覚えていない。この話は何が話されているのかというあらすじを固有名詞や数字を抜きして、英文をサマライズするだけならば、おおよそできると思うのですが、それは、遊びならばそれで通じる場合があっても、お金や納期などが出てくるビジネスでは、当然、細かい数字や条件が合意されていなければならないし、病院や警察や役所で色々申請したり手続きを取る場合でも不可欠です。おそらく、ワードを1つ1つ追いかけなければならないリスニングの仕方に問題があって、メモを取って聞くのが正しいのかしれませんが、その力がない事が問題なのかもしれませんね。スクリプトを見ずに聞き取れるのがリスニング力があるということなのでしょうから、ワードを頭の中でも1つ1つ確認しなければ聞き取れないというのが普通ではないのかもしれませんが、今、その程度の力しか、リスニング力がないので仕方がないですね。メモの方を何か考えたいと思います。

英語学習:理解しようと努力する事

 最近、気分が上がらないことが多くなってきています。喜怒哀楽が少ないというか、物事に動じなくなってきているというか・・毎日の英語学習やRunningもルーチンであり、やらなければ気持ちが悪く、落ち着かない状態だったのに、今日は疲れたからやめておくという選択を自然にできる様になりました。これは良いことなのか?悪いことなのか?一度決めたことをサボるとは何事だとこれまでの自分であれば無条件に反省するところ、最近は、そもそも、何の為にやっているのか?楽しめる時間には限りがあるのだから、その日にやりたいと思った事をやり、やりたくない事はやらない方が効率的じゃないか?とも思うのです。今の自分は英語にそこまでのモチベーションは持てていません。つまり、会社で使う程度の英語は大体できているという自覚があるからだと思います。昨日もインド人とちょっと会話しましたが、ほとんど聞き取れていなかったそのインド人の発音がある程度聞こえ、自然な会話ができていることを自覚しました。これまでの自分は相当、英語にコンプレックスと危機感があったので、英語のルーチンは絶対的なものでした。今はその壁は1つ越えた感覚があります。仕事でその英語を話せるかどうかは、その内容に通じているかどうかであり、仕事以外で何気ない日常会話ができるかどうかは、英語が得意かどうかではなく、話題を広げる力があるかどうかだと改めて実感することが多くなっています。リスニングもちゃんと相手の言うことを理解しようという気があるどうかであり、自分は、まず、その英語だけの修羅場を何とか早く終わらせたいが先に立っていた様に思います。つまり、理解するためならば何度聞き返しても良い。あるいは自分の解釈はこうだが間違っていないか?をDo you mean・・やAre you saying・・で何度でも確認しても良い。最近はこう思う様になってきたわけです。1つ進歩しているのは英語のBlogを再開し、リスニングはディクテーションにかえたこと。Blogをレビューしてもらうことで自分は正しい英語を書けているのか?が評価できますし、ディクテーションをすれば、何が聞こえていないのか?がすぐにわかります。しかし、ディクテーションは少し反省もあり、1つ1つのWordを聞き取ることも大事なのですが、まずメモを取りながら流して、ポイントを要約するという作業が抜けていたと思っています。実践の会議たプレゼンのQ&Aではこの作業が必要になるわけで、このメモを取るという訓練が欠けていました。特に数字や年代を表す数詞、固有名詞としてでてくる場所や著名人などをメモって聞くと言うのは不可欠だと感じます。リテンションが弱く覚えきれないのに、メモも取らないならば、長い話をされた場合に会話できないのは当然です。ただ、日常の会話にメモは取れないので、ある程度の長さの文章は記憶しなければならない。つまり、短文のディクテーションはやはり必要です。読むことと聞くことができれば、しめたもの。私は多分、書く事と話す事は何とかなる様な気がしています。NHKのラジオ英会話の文章はせいぜい、高校生レベル。しかし、これが残念ながら聞こえていない場合がある。スクリプトを見えて瞬時に大意が掴めない場合がある。これを今年は集中的に克服したいと考えます。今日も疲れていたので、今日の英語はどうしよう?やめて別のことをしようか?と悩んでこのブログを書き始めましたが、やはり、書いて良かったです。読むことと聞くことを集中的に強化することが課題であることを再認識でき、何とかモチベーションを維持できそうです。聞こえれば何とか会話できる。読めれば書いてe-mailで返信できる。これにつきますね。

英語学習:英英辞典

何か特別なことをしなければならないと、週末になると心がざわつきます。休みなのでだらっと休んでいれば良いのですが、それを無駄と感じるのです。月曜日から金曜日までにやろうとしてできなかった事を消化すべきだという自分と月曜日から金曜日にやるべき事はやはり、翌週で挽回すべきであり、土日にしかできないことを設定して、土日は土日で別のことをやるべきだという自分がいて、揺れ動いているのですが、悩んでいる間に、色々、家族との付き合いなどもあり、先週と今週は、結局、何もできませんでした。今、これを書いているのは日曜日の朝6:30なので、始まったばかりで、今週は、まだ、1日猶予があるのですが、何をやろうかと書きながら考えています。英語学習は、やることが決まっているので、取り掛かれば何から手を付けようかと悩むことは、まず、ありません。ただ、淡々と英文を暗記し、リスニングをして、音読してというルーチンに慣れ切っている為、もはや、ワクワクはしないのです。道具として使えるほど英語ができるわけではなく、ワクワクしようというのが、そもそもおこがましいのはよくわかっています。その通りで、そこまでいく為に英語学習しているわけなので、学習になれば、そりゃ面白くないに決まっています。考える事なく、苦行の様にひたすら暗記するわけなので、これは自分にはきついです。一方、大学の専門教科のやり直しをプログラムと平行してやることがあるのですが、こちらは工学系の学科ばかりで専門書を読んでノートにまとめたり、式を証明したり、例題を解いたりで、同じ学習なのですが、小さなワクワク感が繰り返しあります。多分、こういう謎解きの様な事が好きなんだろうと思います。英文暗記するというのは単純労働に近く、比べ物にはなりません。それを使いながら、英語Blogを自分で投稿してみるというOutputがある作業は別にして、単純暗記はやはりダメなのです。そうなってくるとNHKラジオ英会話は何に使うか?構文を暗記し正しい英語を使える様になるのが目的の講座なのでリスニング教材ではありません。ビニエットはマニアックな単語を使っている場合もあるため、聞き取れない場合もあるので、リスニング教材としても使えるのかも知れませんが、それはこの講座の本来の目的はない。自然に言える様になるまで、暗記を繰り返すということを奨励している講座です。1日、朝、1レッスンを流すだけでは絶対に覚えられないため、夕方に過去の4月号-5月号を暗記する時間を取ろうとするのですが、仕事が終わったあと、これを実行することがなかなか難しいです。では、構文を覚えないと、自分は英語を書けないか?というのをLang8で添削を受けながら、感じているのは、そこそこ書けているということです。ただし、Nativeに指摘されるのは、単語や熟語などが本来持っている意味を正確に把握できていないということで例えば”考える=consider”と一択で紐つけているところに問題があり、状況に応じてそれは”think of 〜”であったり、”study”であったりするということをわかっていないおかしな使い方をしているところを直す必要がある様です。そうなると、ひたすらビニエットを暗記することは、ちょっと活用の仕方として効率が悪いかもしれません。そのビニエットが特に学習者に知って欲しいとハイライトしている重要構文のみを暗記するのがWritingやSpeakingの強化に役立てる有効な活用の仕方なのかもしれません。私はビニエットを全て和文を見て書ける様になろうとしていました。WritingができるということはSpeakingは反射神経の問題であり、よく考えて話している、その考える時間を短くする様な訓練をすれば、Speakingまではあと一歩という感じだと思います。一方、今だにスクリプトを読んでも理解できないListening教材があるということの方が致命的で読めなければ聞き取れないのは当たり前。やはり、最重要課題はReadingなのかもしれません。このReadingの強化に悩んでいた時に、ちょっと気づいたことがあって、それは、Writingで単語や熟語の意味が本来の意味やシチュエーションに応じた正確な使い方がわからないということとReadingの弱さを同時に解決するには、英英辞典を読むのが良いのではないか?ということです。英語学習に英英辞典を使うべきと言われているのはわかっていたのですが、まず、単語のおおよその意味が日本語わかっていないのに、いきなり、英英辞典を引いて読んでも理解できるわけがないので、和訳に英和辞典は欠かせません。しかし、問題はここからで、和訳したけど結局何を言いたいのか掴めないとか、自分で英文を書こうとすると、英和辞典で理解している単語の和訳だけでは、不十分ということになると思います。そこで、しっかり英英辞典でチェックしてみるという作業を加えた方が良いということで、ようやく、最近、英英辞典の活用の様なものが朧げなから見えてきました。Readingの教材の英字新聞とかReadingの問題集とか選ぶのも良いですが、ちょっと英英辞典を活用してみようと思っています。

やりたい事:英語学習

私はもう7年ぐらい英語学習を日課にしています。2年ぐらい英会話Schoolに通ったのがきっかけですが、この動機やモチベーションがどこからきているのかをMindmapで探って見ました。Mapに起こす前からある程度の予想はついていたのですが、一番の動機は仕事で恥ずかしい思いをしたくないとい事でした。要するに仕事では外国人の顧客やパートナーと、難なくコミュニケーションを取ることができ、プライベートでも英語の通じる国であれば、1人で旅行に行っても、多少のトラブルは切り抜けられる様な日本人をすごく羨ましいと思いました。そして、自分が、もし、そうなれば、その先では、もっと楽しい事を経験でき、仕事においても、プライベートにおいてももっと有益な情報を得られるのではないか?と思ったということです。それでSchoolに高いお金を出して通ったのですが、以前にも書いた通り、Schoolはやはり商売ですから、ここでは、”素晴らしい。ちゃんと話せる様なっています。その調子で頑張ってください”とカウンセラーの若いお姉さんから褒められ、外国人教師からも、”あなたは英語を話せています。なぜ、自分を卑下するの?ちゃんと聞こえているし、通じています。”とすごくゆっくりとした、わかりやすい英語で話してもらった上で、あるいはその様な教材を使って、自分を揚げてもらえる。いわゆる、英会話School沼というやつにハマりかけた訳です。実際はサロン化した日本語だらけのロビートークと実践ではありえないほどスローでクリアな英語教材と2回/週のレッスン。1つ明確なのは予習が必要ですから、確実に勉強をする習慣がつくということ。数人のクラスで受講するので、予習していないと、何も答えられず恥をかきます。この恥ずかしいという心理が仕事でもSchoolでも学習の動機になっていた訳です。そして、そのマジックの種に気づき始めたころ、Schoolは卒業しました。外国人との英語による会話の機会が減ることは心残りだったのですが、それは会社にいる外国人とでもできるのではないか?と思い始めていました。では、Schoolをやめた後もなぜ、英語学習を続けているのか?ということですが、やはり、仕事で英語を使う機会が多く、相変わらず、恥をかきたくないからという呪縛はあるのですが、英会話Schoolに多額の授業料を払ったのに、このまま勉強をやめてしまうのが勿体無いというのが追加されました。やめると決して高くはない今のレベルを維持できなくなるのではないか?という恐怖感があるのです。かと言って、TOEICを毎年受験してレベルを確かめる様な努力はしていません。やっていることはラジオ英会話、Lang8の英語Blog、そして、アルク社の究極のリスニングVol.2をディクテーション。ラジオ英会話は現在は6月号ですが、それは朝に流し、夕方は4月号のDialogueを和訳を見て言えて書ける様に復習することにしています。とてもじゃないですが1回やっただけで覚えられるところまではもっていけません。Lang8は2日に1回の投稿で、このWordpressと同じ頻度でアップします。前日に和文でネタを起こしておいて、翌日、英訳して投稿という感じです。ちゃんとレビューしてくれる人が居て、本当に助かります。ディクテーションはかなり根気が必要ですが、確実に英語を集中して聞くという姿勢はできつつあります。足らないのはReadingと単語の暗記です。それを追加にすると、おそらく、もう他の事はできない、英語漬けの生活になりそうなのでやめています。英語学習をやり続ける理由は恥をかきたくないというのが70%を占めており、残り30%にBlogなどで外国人との交流する機会を増やしたいとか、英語のNewsを聞き取ったり読んだりすることで世界のトレンドを知りたいだとか、次回のブログにアップしようと思っている電気工学の学習しなおしの中にある英語論文を読める様になりたい等のもっともらしい動機があることがわかりました。しかし、ここも掘り下げると、結局は”英語を使いこなしている自分をアピールしたい”というのが正直なところで、”必要にかられ、追い込まれて英語学習を続けざるを得ない”という事ではなさそうです。一向にあるレベルから上達しない理由は動機が不純だからというのは間違いない様です。私は独学や科学者のライフスタイルの憧れがあり、これが次回のブログのネタなのですが、英語よりもこっちを軸足を移した方が良いと考えていて、ここに英語ができなければ困る動機が何かないか?と探っています。自分が知りたい知見が英語の論文や専門書にしか書かれていないとしたら、それを読まなければならないため、そこで道具として英語が必要になる。そういう動機が自然だと思うのです。恥をかきたくないとか、英語を使えると思われると格好良いからというのは、どうもギターなどを始める動機に近く、反省しているところです。

やりたい事をやりたい理由

Mindmapを手書きで始めてみようと思い、方眼ではなく無地のA4レポート用紙とクリアファイルを昨日、買ってきました。iMindmapというアプリは前から使っていて、綺麗なMapで残すという面で良いのですが、深く考えるとか、記憶するという面では、やはり、手書きにまさるものはなく、また、手書きに拘ってみようと思いました。ペンはStaedtlerの0.3mmと1.0mmの両方を昔、一度、ハマった時に買っていたので、新しく買う必要はありません。すぐに始められます。再開の一発目のテーマは何にするか悩んだのですが、やはり自分が何をやりたいのかについて、考えてみようと思いました。これまでもやった事はあるのですが、何故、それをやりたいと思っているのかを考えるのは初めてだと思います。やりたい事をやりたい理由をMindmapに吐き出してみるという事です。これまではやりたい事をやる為の手段や方法を探り、計画に落とすという感じだったのですが、自分が本当に何の為にそれを頑張ろうとしているのか?をまず、知りたいと思いました。セントラルイメージはイラストに拘っていると一向に進まないので、図解と文字にしました。メインブランチは、まず、4本。英語、電気工学、情報発信及びギターを選びました。本当はあと1、2本、体型維持とアンチエージングのメインブランチを追加するかどうか、迷ったのですが、これは動機がはっきりしていて、Mapに描くまでもないし、ごちゃごちゃなり過ぎないかという心配もあり、まず、4本にしました。いきなり、ペンで描き始めるとサブブランチを追加していくに従ってバランスが偏ったり、カテゴリーの分け方がまずい事に気付きメインブランチの直後のサブブランチぐらいから再度描き直したりした場合に、紙ごと捨てる事になるので、まずシャーペンで下書きをし始めたところです。色の組み合わせも大事で、下書きの縮小版のブランチだけをペンで色を使って描き、配色を考えます。やっていると考える事も楽しいのですが、絵としてブランチを整形したり、配色を考える作業が楽しいと感じました。これはiMindmapのMacの作業には無い感覚であり、こういう作業で記憶に定着していくのかと少し納得しました。今出先きなので、帰ったら仕上げようと思います。

50代こそ自分でOutput

 歳を取ると会社でも家庭でも大抵のことは許されて、我慢や無理をするということをしなくて済む様になります。40歳未満の人は信じられないだろうし、40代でも半信半疑な人もいらっしゃるかも知れませんが、さすがに50歳をすぎると、だんだんそうなのか・・と思う様になる人も多いはずです。まぁ自営業の方はちょっとわかりませんので、サラリーマンや公務員の方々に限定しておきます。いわゆる未だ根強く残る年功序列且つ学歴主義の組織の中で早い人は18歳-24歳、中には、中卒や博士課程の方もいらっしゃるかも知れませんが一応、高卒から大学院卒の年齢で普通に就職し、働いてきた人達ということです。私は1年留年していますので、25歳で就職しましたが、ここから、再婚した38歳までは、何がなんだか自分でも立ち位置がよくわからない、目まぐるしい日々で、会社と家を往復する生活でした。会社と家と書きましたが、この中の10年ぐらいは長崎ではない他県や海外の長期出張先が含まれています。そして管理職やあるプロジェクトのマネージャなどを任されると、明らかに仕事の中身が変わり、使われる側から使う側に変わったのを実感しました。ついこの前まで、その立場に向かってよく発していた”現場を知らない人間ども”に自分も成り下がった瞬間でした。13年間の苦労が報われたなんて思いませんでした。だんだん、組織に縛られ身動きが取れない、自由な発言ができない様な感覚もあり、いわゆるミュージシャンが路上からインディーズ、インディーズからメジャーになり、売れ筋の曲ばかりを個性度外視で書かされる、あの感覚に近いかも知れません。死に物狂いで徹夜してでもやりあげる気概、これは俺にしかできない、俺の手柄だという様な野心・・この野心こそが誤解を生みました。”これは俺にしかできないこと”を見せつけて格好をつけたかっただけ。その先を望まないし、ましてやお金の為なんかではなかったのに、勘違いされていました。きっと出世したいから、あんなに頑張っているんだろうと。40代は、その裏を演じ続けた10年でした。人が横でどんだけ苦労していようが見て見ぬ振り。自分の仕事が終われば、まるでダメな公務員の様にきっかり17:00に上がる。自分の部下が頑張っているのに、おきざりにして帰る。”裁けないのはお前の力不足。できないならば、やらなくていいから、俺にその仕事を渡し、お前が管理者やれば”と心ない言葉を発して傷つけたこともあります。しかし、この10年間の会社をある意味、そでにしたことで、同業者の妻も仕事を継続できたし、幼かった娘が愛に飢えずにすんだのも事実です。40代を、もし、私が会社人間を続けおり、その影響で妻が仕事を続けられなくなる様な働き方をしていたら、おそらく、今の様な、余裕ある生活や老後の展望は無かったと思います。男がある程度の家事をやるのは当たり前と言い切ることに当時は驚かれましたが、今ではそれは共働きでなくても、当たり前になっているはずです。そもそも、結婚し、子供ができたら、女の方が優秀でも、子供や男の世話をするために仕事を辞めなければならないというのは、間違っていると昔から思っていました。逆に男が家事が得意ならば家事をやれば良いという考えです。しかし、私の世代は、男が外で働き、女が家を守って育児+家事を担当するのが当たり前という考え方の親に育てられた世代で、そういう世代の残党の様なものです。そして50代。40代で人を使うことばかりに慣れきっている同世代の人は、ここで好き勝手にやろうとします。40代で指示側の立場も与えられ、その立場で20-30代と変わらない様な働き方をしてきた人なのですが、私の様に中休みがないため、その反動は大きく50代で老害となって現れます。ここまで、頑張ったんだからもういいだろうという感じです。私はあえて逆を行なっています。他の50代が疲れた、もう辞めたい、少し軽い仕事にしてくれ・・そのくせ、俺をリスペクトしろと権利ばかりを主張するのに対して、できるだけ自分の手作り、かつ、人に指示せずに、自力でOutputを出すことを心がける様にしています。理由はその方がCoolだからです。すでに娘も手を離れ、どちらかと言えばお母さんである妻への相談事が増える為、父親としての役目は主に資金調達と進路相談。どちらかと言えば親の介護を考える歳になりました。在宅勤務がしやすいムードになったのはコロナで苦しんでいる方には申し訳ないですが、ありがたいことです。50代に求められるのは元部下であった管理職が楽になる様な動きと、できるだけ人に頼らず、自分でOutputを出すこと。加齢の最大の敵は老婆心から小言が増える事なのですが、私も同じです。しかし、これを抑えられる様に修行をしたいと思っています。

書いて考えるにはMind Map

 何か考えたいと思ったとき、書き出すという行為は不可欠です。数学の問題でも良いし、英文を考えるでも良いですが、とにかく、一旦、頭にあることを目で見る必要があるため、紙、パソコン、タブレットなんでも良いですが、絵でも文字でも、とにかく、書いて、それを眺めて、改めて、考えることをしなければならないと思います。ですが、最近、自分はその行為がすごく減っていると感じます。物理や数学などいわゆる数式を使って問題でも解く様な機会が多ければ、書く事も多いのでしょうが、技術系の会社に居ながら、その機会がほとんど勤務時間中はありません。Power PointやWordで資料などを作ることはあるのですが、何か書き出してまで、考えて作る様な事はなく、大抵、アプリの上で考えて配置したり、文章を書いたりしているので、まず、手書きで紙に書くという行為がありません。ミーティングでメモを取るということはあるのですが、これを確実に記録しておかないと後で困るという様な情報はなく、結局、メールやドキュメントなどの電子データになって流れるので、”記録”の為に紙に書くという事もほぼありません。勉強会や技術的なプレゼンテーションに参加しているときは、流石に何か書いて後で読み返そうという態度で一応、講義の様なノートをとることもあります。ですが・・これも、読み返したり、後で整理をする様な事はないです。会社では、”これはすごい。是非、深く調べてみたい。”という様な勉強会は入社して全くと言って良いほどなく、これは自分が入社した20代の頃から変わっていません。まず、それを聞き逃したでも、死活問題ではないということ、そして、大学の講義の様に内容がアカデミックではなく、何となくその講師の主観が入っていて、固有のノウハウの様になっている点が、もう、自分にとってはダメなのです。まぁ、当時は生意気なのですが、それは50代になって自分が教える立場になっても、変わらないのです。私が教えたところで、この人がその通りにやるかどうかも疑わしいし、できない可能性もある。だけど、やり方は私のやり方以外にもあって、特に自分が伝承しなくても、大丈夫というものばかり。当たり前ですが、アカデミックな部分だけでは仕事にならないのです。アカデミックなところを深く追求するのが仕事ならば話は別ですが、そこを深堀りをする様な時間も予算もなくそもそも、仕事が回らなくなるのです。ちょっと横道に逸れてしまいましたが、そんなこんなで会社の中で紙に何か書き出して考えるということは、私の会社に限ってはほとんどないということを伝えったかったのです。一方で、私は何か考えたり、調べたことをノートにまとめたり、情報として整理したりするのが、すごく好きなのです。どうしても極めたいものの1つにMind Mapがあります。ノートに文章でまとめるというのは、結局、情報を取り出せず、関連性のあるものを繋げられない為、無駄な思考をし、結局、何も閃かないという事になりがちです。一時期、カードに書いて体系的に整理し、情報として活用しやすい様にしておくということも考えましたが、このカードを携帯し、事ある毎に取り出して何かを気づいたことを記録するというスタイルはちょっと自分には合わない様なのです。カードは確かに分類することで関連性に気づく可能性のあるツールです。しかし、弱点は頭の中の堂々巡りを俯瞰的に見ることができない点です。自分がこれから考え様とすること、あるいは、何か頭の中にあってモヤモヤしていることを広い紙面に書き出す場合はMind Mapが最適なのですが、問題はセントラルイメージです。ここに絵心が要求される。私はiMind Mapというソフトを使って描く事にしているのですが、これもなかなか、印象に残る様な描き方ができない。一度、専門家から講義を受けてみたいと思う今日この頃です。

結局、iPhone 12 Pro

iPhone 12のグリーンと心に決めて機種変に行ったのですが、予想通り、グリーンが行きつけのauショップになく、予約しても2-3週間はかかりますということだったので、これは縁がないと割り切り、結局、128GB のパシフィックブルーにしました。XSから機種変ですから、そりゃもう持った感触、バッテリの持ち、画面の動き具合が、まず、大きく変わった感じがしました。重量感は、さほど、XSと変わっていないのですが、意外に片手で打った場合の安定感が12Proの方があると感じました。ちょっとわからないのが、カメラで普通に明るいところで我が家の猫をアウトカメラで写真撮影をすると、キメの細かさはよくわかるのですが、鮮明だとか、綺麗だとかはあまり感じませんでした。多分、設定などを含め、使い方をよく理解しておらず、さっと撮影しただけだし、そもそも、そこまで写真の画質にこだわる人間でもないので、ただ、私が疎いだけだと思いますが、私ぐらいの素人にはXSとの差すら、猫を被写体にする限り、よくわからない感じなのです。そもそも12Proは望遠があるので、遠くの景色を一度、ナイトモードで撮ってみたいと思いますが、長崎県民の特権である夜のハウステンボスや稲佐山からの夜景で、すぐに行って試すことができるのに、今はコロナ禍で昨日まで市内は緊急事態宣言が出ていた為、何となく、その気になれません。私の住んでいるすぐ近くの中島川は、毎年、蛍が放流されているので、そろそろ、時期的に羽化して風流な灯火の夜景を見せてくれるはずなので、まず、一発目は蛍で試して見ようと思います。サウンドについては、まず、iPhoneのスピーカで生で聞くことはなくAir PodかBOSSのBluetoothスピーカで聞くことになるので、これもこだわりはないですが、今、試しに聞いてみたところ、意外に良い音がするなと感じました。でも、音楽を聞くことはなく、聞くときは就寝時にYOU TUBEのトークやブログが多いと思います。5Gの電波は長崎市内で電波が飛んでいる場所は歴史博物館のあたりに限られているそうですが、まだ、試していないので、近々、確認してみようと思います。データ通信はこれまで7GB上限のフラットプラン7プラスで契約していたのですが、このサービスがなくなるということで使い放題Max 5Gという契約に変え、この契約でさらに割引にし、このデータ通信をさらに3GB/月で抑え切れれば、さらに減額になるというプランで申し込みました。今回、12 Proを購入したことで、おそらく私自身はもうiPad Airを買うことは、しばらくないと思います。12のグリーンを購入していれば、iPad Airもグリーンを購入して、おしゃれに見せびらかしていた可能性はあったのですが、ちょっと心残りはあります。

禁酒スタート

こんな時間にこのブログを書くことは滅多にないのですが、今夜は眠くありません。実は今日から性懲りもなく禁酒をスタートしました。禁酒の理由は先日人間ドックを受診した時に体重や胴回りが若干、増えていた事とあまりにも夜の時間を有効活用できず、やりたいと思っている事をなかなかできない事です。このままでは、仕事上がりで、Runningに行き、風呂から上がって、ビールとワインを17:00から飲み出すと、もう19:30-20:00にはアルコールが回って、寝落ちし、夜中、12:00-2:00のいずれかの時間にアルコールの利尿作用で起き、熟睡できず朝を迎えるという生活を繰り返す事になりそうだったのです。随分前から17:00-19:00まで夕食前の2時間と、夕食後の21:00-22:00ぐらいまでの1時間をアルコールを入れることで使えないのは、非常に勿体ないと、ずーっと思っていたのですが、なかなか、断ち切れず、今日、決断したという感じです。以前も1ヶ月ぐらいの娘のテスト願掛け禁酒は実行した事はあるのですが、今回は主旨が違います。期限もないし、娘の為でもありません。自分の時間を確保し、ドライな体に戻す為であり、本日から残りの人生はノンアルコールで生きていくという事にチャレンジしようとしています。タバコは日常的に吸わないという事ができていますので、飲みに行った時ぐらいは、思い切り吸って良いというルールにしていたのですが、このコロナ禍でもう、居酒屋に行くことも、キャバクラに行くこともないわけで、タバコもこれで完全に断ち切ることになりそうです。さらに晩酌もやめるということで、これでストレスがなければ、健康への悪影響や太るリスクも無くなります。考えてみれば、アルコールに合わせて生活していたと思います。絶対に17:00には飲みたいから、それまでに、できることだけをやろうとか、飲んだら、何もできないから決めたことが17:00までに終わらなくても、緊急性のない目標は明日以降に延ばそうとか、週末にまとめて朝からやろうとか・・・要は仕事をちゃんとやって17:00から飲んで何が悪いのか?と自分を納得させて毎日、晩酌していたというわけです。ですが・・やはり、この姿は自分が理想とする姿ではないと思い直しました。自分はそもそも、研究者の様な独学の余生を送りたいと思っていたはずです。それも、いつからか、実行していませんでした。体型の変化はさらに望まないことで、去年のドックの結果より、お腹周りが3cm増えた、体重が2kg増えた・・もういいじゃないか?54歳だぞ、別に太り過ぎではないと悪魔が囁きましたが、以前はもっと敏感に反応して絞っていたじゃないかという天使の声を辛うじて聞きとることができました。確かに、もはや、諦めてしまったデブオヤジと比較すれば、大した増加でありませんが、やはり、彼らと同じ見てくれにはなりたくないという気持ちの方が私は強い様です。勿論、それを否定するものではありません。見た目などどうでも良いという生き方もありですが、私はそれを許容できないと思ったのです。今日は初日なので、あまり無理をせず、やれることをやろうと、このブログを書いたのですが、やはり、ちゃんとした計画を手帳に書いて、日々を管理した方が良いのかも知れないと、だんだん、Change Mindしてきました。自分は英語学習、筋トレ及びRunningをルーチンでこなしている事で、手帳に管理されなくても、ルーチンをこなせていると以前のブログに書いているのですが、実際、やろうと決めていたことは、これだけではなかったことを、改めて思い出したので、初心に帰ろうと思っています。